02/20/15:50――蒼凰蓮華・老人たちの憩い

 蓮華はおるか――。

 そんな言葉が放たれたのは、充分な睡眠を終えた蓮華たちが、学食の場を借りてのんびりと会話をしている最中だった。疲労の回復というよりもむしろ、夜に起きているための睡眠だったため、それなりに熟睡もした。となれば、なにかやるべきことはあるだろうかと、そんな模索をするには充分な時間で、あるいはその言葉で出鼻を挫かれたのかもしれない。

 かつん、と杖が床を叩いた音が聞こえ、蓮華は首だけ出入り口に向ける。そこには、杖に頼らずとも問題ないと言わんばかりの仁王立ちで、こちらを見ている老人がいた。

「げっ、小松の爺さん……!?」

「なんだその反応は」

 中に入ってきた小松の後ろには、三人の老人と、両手に荷物を抱えた雨天彬がいた。

「蓮華」

「んだよ……竹さんや小梅さんまで」

「とりあえずは勝負だ、クソガキ」

「もうガキじゃねえよ」

 彬が持っていた将棋の盤と駒を置くと、小松はどっかりと床に腰を下ろした。じろりと睨むようこちらを見たので、軽く肩を竦めて対面まで移動する。

「瀬の、山の、原の。ちと話があるからよゥ、俺に付き合え」

「あとで返せよ。俺一人で全員の相手はできねえからよ……和幸、悪いが茶を用意してくれ」

「おう」

 まずは駒を並べるところから。周囲の目など気にした様子もなく、先手後手を決めて始めだ。

「懐かしいよなァ」

「儂の仕事を終えてから、さっぱり面を見せんくなったお主の代わりに、刹那と遊んでいた」

「――おう」

 先ほどとは違い、声色がやや低くなる。呆れか、それとも悔やみか、そんな感情が乗っていた。

「蓮華、いいか」

「ん?」

「儂ら以外にも、そうだろう。儂はな蓮華、棟梁としての人生に悔いはない。若い連中を育て、儂は一線を退いた。今の儂では梁に乗ることも難しいだろう」

「……ああ、そうだな。うちの家を頼んだのは随分と前だが、聞いてるよ」

「だからだ」

 ぱちり、と駒が動く。

「儂はな、刹那が儂を助けると言った時、言葉を返した。齢百まで生きると豪語しておったことに、偽りはない。だが、老い先の短い儂らよりも、助けるべきは幼子や、未来ある若者だろう。だから、そちらを助けてやってくれと、言った」

「あいつはなんて言ってたよ」

「それは無理だ。せいぜい、儂らくらいしか助けられんと、笑っていた」

 刹那小夜が言いそうなことだと思うのと同時に、たぶん蓮華自身も同じ言葉を放っていただろうことは想像に容易い。

 ふいに訪れた沈黙の合間に、鷹丘せんりが座布団とひざ掛けを持ってきた。気の利く女だ。

「長く生きてきたからといって、この状況を納得できるわけではない。若者を犠牲にしてまで、儂らはこれから、どう生きればいい」

「そのうちにわかる――と、言っても返答にゃならねえだろうな。小松の爺さん、あんたまともに仕事ができるようになった時のことを、覚えているか?」

「まとも? そりゃお前、この仕事を初めて……そうだな、親方にどやされながら仕事をして、ほかの連中に指示が出せるようになるまで十年ってところか」

「だろうよ。極論を言っちまえば――お前、若造が数人集まって、さあ家を建てようと考えた時、十年でまともな代物が造れると、そう思うかよ」

「……イロハも知らねえなら、冗談の類だ」

「これまであったもの、すべてがなくなって、一から――いや、零から作り出さなきゃいけねえ時、若者の特権は自由にできることだよ。けど、そりゃ好き勝手って意味で、理屈がわかっていたとしても、それが成功する確率は極端に低い。どれほど堅実だろうがよ、あんたらが積み重ねてきた経験ってのは、おっさんの類になった俺らだって、比べられたくはねえのよな、これが」

「確かに、なるほどと納得しても良い話だが」

「加えて――若い連中はな、ここにもういる連中も含めて、てめえでどうにかするって選択肢が、最初からちゃんと用意されてるのよ。けど、老人連中はそうもいかねえ。……このへんで、納得しとけよ、爺さん」

「納得、か」

「割り切れって話だ。――お、ラル! 丁度良い、手伝えよ」

「え? なによ……ご老人たちを丁重に接待しろって話なら、自動麻雀卓を持ってきてから言って」

「うるせえ、竹さんが暇そうにしてんだから、将棋指せ」

 廊下から入ってきたラルは、ため息を一つ。

「そろそろ休めって、素直に言えないのは性格? いいけどさ……じゃ、お竹さん、やろうか」

「はいはい、楽しみましょうね」

「平気で穴熊とか使うから気をつけろよ」

「あらら、そりゃ大変そう」

 しかし、避難所じゃあるまいし、なんてことを、この光景を見ながら思う蓮華は、そういやここが避難所だったな、なんて事実を改めて確認して、笑った。


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