02/20/15:15――鷺城鷺花・足音を耳にして

 庭に出ても、料理でやることは変わらない。目の前の材料から想定される品目を頭に浮かべながら、なにをどうやれば効率の良い手順で進められるかを考える。何しろ今は大所帯だ、手を抜けるところは抜いて、きっちりするところはする。手間暇よりも制限時間を気にした料理方法だが、これは毎日料理をしているガーネにとって、当たり前の思考だ。

 いつも全力投球では疲れてしまう。こと、食に関してはさほど拘らない人間が多い楽園の屋敷だ、美味ければそれで良いなんてことを、あっさりと言う。レパートリーを増やすこともあるし、たまにはかなり時間をかけるけれど、基本的には簡単に美味いものを作るのが、一番良い。それにガーネだとて、料理だけが仕事ではないし、自分の時間も作るよう言われている。

 だから、材料がいくら多くても、少し時間がかかるくらいで、それほど手間ではなかった。もちろん、シディが手伝ってくれているのもあるが。

 のんびりとした時間だと思いながら、ふいに、足音が聞こえてガーネは手を止めて顔を上げた。

「……ん? どしたの、ガー姉ちゃん」

 二つ、三つの足音へ顔を向けて微笑む。靴が見えたが、それ以前に気付けた。そして、きっとアクアならば、屋敷にきた瞬間に気付いただろう。

「――おかえりなさいませ、鷺花様」

「へ? あ……ほんとだ。おかえり鷺花!」

 膝まで見えた辺りでシディも気付いたらしく、ひらひらと手を振る。すると全身を見せた鷺花は、ん、と小さく頷いてから術陣をいくつか出現させてから、消した。

「よし。ガーネ、シディ、ただいま。一時帰宅だけどね。なに、音頤の連中の食事?」

「ええ、そうです。鷺花様は、なにかご用事でも?」

「ああうん、うちの実家とこことの直通ルートを作ろうかと思って、師匠に判断を仰ぎに。あっちも一段落したから、その報告も。あと――って、まあ、いろいろよ」

「夕食は、一時間ほど後になりますが、いかがなさいますか?」

「そうね、じゃあ食べてく。お願いね」

「かしこまりました」

「鷺花、あとで時間作ってね」

「ん? もしかして、師匠がこの一帯に展開してる術式のこと?」

「そう!」

「はいはい、あとで作るから、ガーネの手伝いはよろしくね」

 はあい、と嬉しそうな返事をするシディから視線を切り、こちらに気付いている音頤に対して声を上げる。

「前崎!」

「はい、ここにいますよ鷺花さん! ――っとと、なにかありましたか?」

 座っていた前崎は、ひょいひょいと身軽な動きでこちらに来て、五歩の距離で立ち止まる。自然体だが、直立だ。

「なに、その言葉遣い」

「いやあ、俺の場合は、昔の印象が抜けきらないっていうか……」

「いいけど。ここの責任者は前崎でいいのね?」

「ええ、そうなってます」

「よろし。今夜――五神の、っていうか厳密にはベルがセツたちと、制限なしの最後の闘いをするけれど、見たいわよね?」

「そりゃもちろん! そんなことになってたんですか……?」

「この機会しかないもの。映像を見せることは構わない」

「対価ですね」

「そういうこと。一時間と少し、時間をあげる。今から言うものを揃えておきなさい。まず、北上響生が使える直剣を一振り。サミュエル・白井が使うナイフを一本。久我山の糸を四組、蹄の針を二十本、狙撃用の光学照準器を一つ、汎用の飛針と剛糸は適当に。九ミリを千発、7.62ミリを五百――以上よ」

「諒解しました。聞いたかお前ら、仕事だ! 一時間以内にきっちり数を揃えるぞ!」

 よろしい、と言った鷺花は料理を作る二人に一声かけてから、屋敷の中に足を踏み入れた。出迎えは、やはりアクアだ。

「おかえりなさいませ、鷺花様」

「ただいまアクア。屋敷の維持、無理してない?」

「お気遣いありがとうございます。先ほどまで休んでいたので、大丈夫ですよ」

「よかった。とりあえず道の準備してみたけど、競合ないかな」

「私の認識範囲では、問題ないかと」

「ん。師匠んとこは後回しで――あれ、なにしてんのスティ」

「げ、サギかい」

「なあに、呑気にお茶でも飲んで閑談中ってわけ? 随分と余裕じゃないの。それが戦場で得た経験?」

「……相変わらずの厭味ね」

「そう思うんなら、言われないように改善しなさいよ。っていうか、スティの部屋って二階だっけ?」

「いや、私は一階だ。さっきまでテラスにいたからね」

 知ってると、素っ気なく言って鷺花は戦闘衣を脱ぎ、落とすよう影の中にしまう。

「屋敷の隠ぺいに頼ってる大間抜けの顔は確認してたもの。だから、私みたいに逆の術式で姿を消してた相手は見れない。馬鹿じゃないの?」

「こいつは……!」

「サギ、サギ!」

 次は誰だ、と思ったら通路から歩いてきたのはウェルだ。相変わらず、清潔感こそあるものの、服の着方が雑である。ガーネが見ていないと、本当に駄目な男だ。

「なにウェル」

「大剣の構造式に含まれていた、意図的な陥穽が、状態の安定と威力の創造を担っているだろう。反術式による効能と仮定していくつか調べてみたが、物理構成が一つの完成を見せている辺りに疑問を抱いた。ガーネにも心当たりはない。だとすればジェイの術式の癖か?」

「あれは陥穽じゃなくて、構成情報のバイパス。核そのものに、オンオフのスイッチが必要になるから、それ以外の繋がりと、あとは外部干渉系のクッションにもなってる」

「む……僕の見方が悪かったか?」

「ジェイの術式じゃなく、ガーネが創ったっていう前提で解析しないから、そういうことになんの」

「そうか、そうか……バイパスにしているからこそ、あの仕組か」

「ま、貧弱性という意味合いでなら、陥穽はあるけどね」

「うん、うん、わかった。そうか」

 腕を組んだかと思うと、本当に聞こえているのかと疑うくらいの様子で、そのまま通路の奥――自室へと向かっていってしまった。

「ほら見なさい、あれが良い対応よ。それか、アクアみたいにちゃんと出迎えればいいの。わかったなら、次からは気をつけなさいよ」

「本当に口の減らない子だね、サギは」

「私のこんなことを言わせないで。アクア、お風呂は空いてる?」

「今はシン様が」

「んじゃ後回し。先に師匠かな」

「私は部屋に戻ってるよ。じゃあねサギ」

「はいはい。――遅いよ、師匠」

「やあ鷺花。学園の防衛はどうにかなったみたいだね」

 白色の服を着た、未だ少年とも思える風貌のエルムは、ゆっくりと階段を降りる。

「あそこが分水嶺だった」

「でしょうね。あれほど冷や冷やした戦場も、経験なかったもの」

 呆れたような吐息と共に、鷺花は階段の手すりに軽く体重を預ける。相手が相手だ、顔を合わせての会話はあまりしたくない。そんな時間が長く続く時というのは、いつだって最悪の状況の話だから。

「最後の最後まで、無事に終わるとは思ってなかったわよ」

「陣頭指揮は誰が?」

「最終的には、円つみれ」

「妥当な采配だな。死者はなし、後遺症は?」

「致命傷はないけれど、それぞれに分配されてるわよ。吹雪快が治療に当たってくれたこともあってね」

「報酬にうちの書庫から?」

「ん、何冊かの魔術書を持ってくつもり。といっても、基礎理論だけど」

「構わないよ」

「とりあえず、うちの実家が隔離されたから、そっちとここを繋ぐ道を暫定的に作ってみたから、現在稼働中の術式に影響がないかのチェックを。あと、学園の地下書庫――雪芽さんの記録がまるっと残ってる。処理に関しては長期的に見るとしても、保管に関しては師匠に一枚噛んで欲しいんだけど?」

「現在はどの程度の封鎖をしているのかな」

「封鎖はしてない、隔離だけ」

「だったら、うちの書庫に入り口を作って構わないよ」

「多重構造がまた複雑化するわよ? ただでさえ、協会と教皇庁の書庫のために広げたんだし」

「あれらは開放手順を踏むから問題ないよ」

「ああ……」

 もとより、各地から蒐集して保存したものなのだ。それは、あるいは必要なことだったのかもしれないが、エルムたちが担う仕事ではない。一時保管をしたあとは、魔術書だろうが魔導書だろうが、各地へ好きに開放してやるのが、自然な流れだ。

「性急かなとも思うけど、師匠の判断ならいいか」

 その手配もしておかないと、なんてタスクを追加していたら、いつの間にか姿を消していたアクアが、お盆に紅茶を二つ乗せて戻ってきた。

「どうぞ」

「ありがと、アクア」

「僕はさっき飲んだばかりだ、アクアが飲むといい」

「はい、ありがとうございます若様。お話を聞いていても?」

「構わないよ」

「それにしても、どうすんのよ。いくらなんでも、これだけの規模の術式、魔力がどうの構成がどうの、なんて言う前に〝器〟の許容量を超えてると思うんだけど?」

「なに、僕の試算では最悪の状況でも一ヶ月ばかり寝込む程度で済むよ」

「――若様」

「大丈夫だ、うん、心配することはない。誰にも言っていないし、アクアにはあとで言おうとは思っていたからね」

「そうでしたか。くれぐれも、ガーネやシディの耳に届かぬよう配慮なさって下さい」

「大変ね」

「まったくです」

「あははは。鷺花、今夜かな」

「うん。師匠の通信機があるから、それを触媒にして庭にも投影する」

「解説役は?」

「え、魔力の流れなんかを二重投影する? 必要ないでしょ。つみれだってその程度、どうにかするわよ」

「あれは円だからね。もしも、打診があるようなら、こっちじゃ担えないからと先に伝えておくよ」

「……あー、蓮華さんあたり?」

「まあね」

「諒解。そうなったら、つみれたちに助力を請えばいいか。そうそう、学園の結界自体に綻びはなし。一度稼働すれば五千年くらいは持ちそうよ」

「解除は?」

「しない。役目を終えたら、〝蝸牛の迷宮マイマイ〟あたりを敷いておくつもりだけど」

「隔離」

「――どうだろ。必要ならそれも考える。それと、飛ばす先のリスト出しておいて」

「ん? ないよ、そんなの」

「はあ?」

「だからないよ。フレキシブルに、鷺花の好きにすればいい」

「またそうやって私の仕事を増やす!」

「夜のうちに、周囲へ転移系術式を展開しておくだけなら、セツだってできそうなものだ」

「あー……どうせ最後まで残るつもりだったから、それでもいいけどね。あとは?」

「ことが終わり次第、蓮華だけは一度、こちらへ呼び寄せて欲しい。僕が逢いたいと、伝えてくれ」

「はいはい。――これ、データ」

 わかったと、コートの中から取り出した宝石を受け取ったエルムは、再び二階へ戻っていった。

「ほんとに、あの人は仕事を押し付けるのが上手いっていうか……」

「ふふ、昔からそうでしたね」

「そうそう。勉強の一環だと思ってやってたら、どういうわけか仕事を済ませてたり」

「それだけ鷺花様が優秀なんですよ。ううん、スティーク様やフォセ様が、随分と苦手意識を持っていらしたようですが、やはり付き合いが短いからでしょうか」

「あはは、シンやウェルみたいにはいかないって。さてと、お風呂入ってからはシディとの付き合いかな」

「すぐ戻られるのですか?」

「そうね、一時間ちょいくらいは休んでいくつもりだから」

「はい、わかりました。ごゆっくりどうぞ」

 こういう、なんでもないやり取りだが、それだけで戻ってきたんだなあ、と鷺花は思う。幼い頃からこの屋敷で過ごしていて――どちらかといえば、やはり、実家に限りなく近いのだ。

 せいぜい、のんびりするとしよう。誰もが承知の通り、本番は夜なのだから。


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