02/20/13:50――円つみれ・防衛行動
円つみれ、サミュエル・白井、ミルエナ・キサラギの三名が運動場にある西門に到着した時には、それなりの人数が既に揃っていた。そして、真っ先に見つけた鷺花が声を上げる。
「つみれ!」
「はあい! なに、鷺花さん」
「鈴ノ宮から直通で、ウィルが〝道〟を作る。準備時間は五分くらい目安、指揮を執りなさい」
「うげっ……!」
どうせ乱暴な手段だよね、なんて大声で聞きながら、左手がミルエナの躰に触れる。
「防御行動でいいの?」
「それしかないでしょ。ちなみに――」
「鷺花さんと、芽衣さんは手が出せない、でしょ。わかってるって」
「おい、つみれ、正気か……? この規模だと、下手をすれば学園そのものが吹っ飛ばされるが」
「紫陽花さんを甘く見ない方がいい。そんくらいは絶対する――よしっ!」
手を離し、意識を切り替えた。ぐるりと全体を見渡して口を開く。
「景子! まずは場の準備! 全員分囲って! 上乗せは夢見がやって、全員の背中を支える形で! ――全員よく聞け! 今から莫大な衝撃がここを襲う! あたしたちがやるのは、それを防ぎ、相殺させることだ!」
あえて、大声を出す。その意図を理解しながら、小さく。
「――田宮」
「なんだ、夢見さん」
「三割から始めろ。いいか? 三割だ」
「……おう、わかった」
「北上と七草は前へ出てアタッカー! タイミングはこっちで指示するから、全力の一撃だけでいい! 茅は糸を編んで〝面〟の防衛! ケイオス! あんたは初手で〝
「親を呼び捨てか、あの子は……」
「そう言うなよラル、いい指揮じゃねえか」
なんて、緊張の中でもケイオスとラルは笑っている。
「そこで寝てる午睡をたたき起こして、田宮のフォローさせて! 遅いぞ鬼灯! 全力で攻撃する準備でもしておけ! 凛と紫花! 術式で場の補強と、最悪に備えて防御を念頭になさい! 少止と花楓はフレキシブルに! 指示のない全員、ありったけの攻性術式をあたしにぶつけなさい!」
「フレキシブルに、だと」
「はは、私としては助かったけれど、少止はどうかな」
「よく見てるじゃねえか」
「確かにね」
そんなことを言い合って、少止と花楓は左右にそれぞれ別れた。
「――ミュウ」
「なんだ」
「あたしに〝
「うむ、また難易度の高いことを言う……」
「場を任された責任、三人で分割だかんね」
地鳴りが聞こえてくる。破滅の行軍、一個師団以上の軍靴。
「残り二四〇秒! 全体、気合を入れろ!」
言って、深呼吸を一度。ミルエナとは強く手を握り合う。
整った場を意識して、自分の中の術式構成をミルエナへ譲渡。二人を含めた術式そのものを補強するよう、白井が同調してくる。
前へ、北上と七草が出る。楽しそうに、嬉しそうに、笑いながら。その隣にはケイオスが。
「しくじるなよ、新兵」
「フラックリン少将に心配されるとは、自分の身分も上がったものですな!」
「馬鹿、フォローする身にもなれってことよ」
「俺が最初に術式行使だ、時間は短いが、その隙にアタック。いいな?」
「諒解であります、サー」
「つーか、その言葉遣いはよせよ」
「癖になっているので無理です、サー」
「七草もかよ……」
地鳴りの音が、次第に大きくなっていく。たったそれだけのことで、心の中の恐怖が増大する。
そこへ、叫び声が上書きした。
心底から、躰を震わすように放たれた〝
息を吐き切り、大きく吸って止める。
大地を抉り、建物を弾き飛ばし、目に見えぬ〝衝撃〟を前に、ありったけの魔力を込めたケイオスの術式が、放たれた。
「――!」
コンマ三秒、衝撃は停止した。そこへ全力で術式込みの攻撃を放った二人は、そう見えた直後に大きく宙を舞うように吹き飛ばされ、ESPによる衝撃がぶつかり、それを覆うようにして糸で編まれた網が前方を封じた。
そして、整えられた場に、衝撃そのものの圧力がかかる。その背中を支える夢見は、こりゃ呼吸が再開するのに何分必要なんだ、と毒づきたくなるような威力に、汗が一気に浮き出るのを感じた。
――嘘だろ。
その衝撃の威力もさることながら、前方へ壁のようなバリアを展開した田宮は、驚きを隠しきれずに目を丸くする。
三割を言われたことに、否定はなかった。あれだけの死地、今生きていることが不思議なほどの戦場を終え、それでも後遺症が限りなく少なかったのは、間違いなく吹雪快の手腕によるところが大きいだろう。だからこその安全策。どうして三割なのかはわからなかったが、現実としてこの初手、田宮は違わず三割の出力を発揮した。
三割だ、間違いない。きっかり三割を見定められたことはさておき、三割の出力で。
かつての田宮が出せていた最大威力と、ほぼ同一だった。
箍が外れているのかと思って、腰を落として堪えながら、薄い膜を重ねるようにして六割まで出力を上げても、そこは間違いなく六割で、確実に制御下で稼働しているのだと認識できる。
それどころか、今まで以上に安定していて、精密な制御が指先の動きに連動するかのよう、とても身近に感じる。奥歯を噛みしめながら、じわじわと出力を上げて八割――そう、八割でぴたりと止まった。いや止めた。
それでも、一人では決して、到底抑えきれない衝撃には畏怖さえ浮かぶ。だがそれ以上に、やはり精密なコントロールに加えて、自分の器そのものが広がっている事実に驚きが広がった。
――逆に。
鷹丘少止はため息を落としたくなる気分を、奥歯を噛みしめることで誤魔化している。
影買いの闇ノ宮、あるいは影集めの闇ノ宮。
その血筋である闇ノ宮暗影を名乗っていたことは、本当に幼少期の頃だけで、今はもう鷹丘少止として生きている。であればこそ、鷺城鷺花に言わせれば、少止は魔術師ではない――否、そう断言はしないだろうが、それでも魔術師とは違うと、口にするはずだ。それは少止が認めるところでもある。
ずっと誤魔化してはいたが、本当の意味での魔術師にならば容易く見抜かれる。なにしろ少止は、ただの〝影使い〟なだけだ。
先の戦闘でその大半を使い尽くした。祖父が集めに集めた影を移譲させた形だが、それは一人分ではない。多大な影を積み重ねたそれを、さすがにあの戦闘では消費することになった。初めての経験ではあったが、肩の力が抜けるような感覚と共に、影の使える範囲や威力が弱まったものだ。
今は、絞りかすだ。
消えることは決してない自分の影と、残っているのはせいぜい二人ぶん。これでは影使いなんてのは、聞いただけで空虚になるほど、見に余る称号だ。呆れるしかない。
衝撃に対し、衝撃を与えた場合、相殺されるのはもちろんだが、それ以上に周囲へと拡散してしまう性質を持っている。この場合は拡散してしまえば、学園の結界そのものに影響を与えてしまうため、それを〝留め〟なくてはならない。
相殺するための衝撃を一身に引き受けつつ、転換させてぶつけながらも、衝撃を留める――なんてことをしているのが、つみれたち三名だ。
初手で二割を削れたのが僥倖だった。そこからはじわり、じわりと押し返しているものの、半ば均衡を保っている状況が長い。少しでもタイミングがずれてしまえば、衝撃は結界に当たってしまう。呼吸の合間、攻撃の隙間、そうした際にはコンマ数秒であっても、ケイオスの〝停止〟が上手く発動している。
三人をフォローしているのがラルで、それでも弾かれる衝撃を上手く消しているが、それにしたって限度はある。ぴりぴりと張りつめた空気は、痺れるような緊張を呼び起こす。
四割を削った時点で、つみれは決断を下した。
これ以上は無理だ。いや、無理というか、ジリ貧になる。最初こそ最大効力を発揮できていたが、それを持続することはまず不可能。時間がかかればかかるだけ、削りきれず逆に被害が大きくなる。
「エスパー! 三秒耐えなさい! ケイオス!」
「聞こえてる!」
停止の術式で一秒、その間に転換していた攻撃そのものを魔力へと変え、その間にミルエナは術式で作った針を周辺へ飛ばす。ESPのバリアが軋む、その間に白井は一歩前へ出て、その背中につみれの手が触れた。
合計四秒、固定砲台となった三人から、爆発的な魔力の上昇と共に、攻性術式が砲撃のようにして放たれる。
それは、一時的であるとはいえ、こちらへ向かってきた衝撃の大きさを越え、飲み込み――そして、十五メートルほど先へ行って、消えた。
肩で息をしながらも、つみれは手を離して、一歩前へ出た。白井を押しのけるように。
そして。
「――ばっかじゃないの!?」
吠えた。周囲にはどういうわけか、小音量の歌が流れている。
「ふざけんな! 殺す気か! ばーか、ばーか!」
ひとしきり叫んだあと、くるりと振り返れば、死屍累累とは言わずとも、みなは地面に倒れて休んでいる。
「はい、お疲れさま。各自、休んでおいてね」
「ははは、つみれといると退屈せんな。しかし、この歌はなんだ?」
「ああ、火丁の歌と、清音さんの歌。たぶん、攻性術式を増幅して打ち出した形なんだろうね。こっちは防御で使ったけど」
「……なるほどな。確かに馬鹿か」
「そゆこと。――あ、ケイオスさん、負担がかなりかかったけど」
「お前らほどじゃねえよ」
「それもそっか。ん……じゃ、戻る」
既に鷺城鷺花の姿が見えないのを確認し、ひらひらと手を振って三人は校舎へと向かう。
「――気付いた?」
「私が気付いたのは、いなくなってからだ。ミュウはどうだ?」
「初撃が決まったあと……くらいか」
「なるほどな。まあいいだろう」
いずれにせよ、それほど影響のある話ではあるまいと、ミルエナは笑った。
部室に戻れば、いつものように白井が珈琲を淹れる。壁際のスペースに置いてあるのはつみれのロードレーサーと、白井のBMXだ。三人とも、自転車は所持していたが、さすがに学園まで持ってきてはいない。ほかには目立った調度品はなく、テーブルや椅子も学園で使っているものだ。
「あー……さすがに、しんどいわー」
「昨日の今日だからな。少し休め」
「ミュウもね」
「わかっている。俺自身を〝砲台〟にされたんだ、影響は不可避だろう。……思うところはあるが」
「うむ、思うところがあるのは、おそらく、それぞれだろうな。安定していないやつに、安定し過ぎたやつ――それらはつまり、変化そのものだ。善し悪しは別にしてな」
珈琲をテーブルに置いた白井も腰を下ろす。
「まったくもう――」
呆れたように肩を落としたつみれが、咽る。珈琲は手にしていない、それでも咳き込みは続き、テーブルの上のタオルをもがくようにして抱え込む。
大丈夫か、などと声もかけない。何故ならそれは、わかりきっていた結果だからだ。
「あー……しんど」
吐血を拭ったタオルを畳んで、膝の上へ置いたつみれは口直しとばかりに珈琲を飲む。
あれだけの窮地を過ごして、まさか無傷であるはずがない。吹雪快の言葉を借りるのなら、怪我は治せるが、壊死は直せない。死者を生き返らせられないのと同様に――だ。
つみれは思考を飛ばし過ぎて、術式の負荷で脳が焼き切れる代わりに、体内の機能のいくつかが滞っている。白井に至っては右足の感覚がほとんどなく、神経系が繋がっていないため、いちいち自身の躰に〝同調〟させるための術式を使うことで、それを足だと認識して感覚的に使用しており、身動きに問題がないとはいえ、かなり面倒だ。ミルエナもまた、常に保持し続けていた〝現身〟を失っている。それはかつての自分の姿ではなく、彼女たちがグランマと呼んでいた如月美登里の躰だ。ミルエナにとっては、唯一と言っていい、昔の繋がりだったが――。
どうであれ、いろいろなものを失って、けれど生きてここに在る。そんなものは、誰だとて同じだ。
「鷺花さんもさあ、こういう状況わかってて言ったよね」
「そこは誇るべきだろう。この状態でも、つみれ以外に指揮は任せられなかった」
「うむ、確かにな。ん? ――入れ!」
「だからその言い方……いいけどさ」
ノックに対しての応答はいつも同じだ。癖というより、好んでそうやっているように思うが、なんだか同類扱いされて嫌なんだ、というつみれの主張はまだ通っていない。
扉が開いて入ってきたのは、お盆を片手に持った梅沢なごみと、蹄花楓だった。
「お疲れ、つーやん。食べ物持ってきたべ」
「あんがと、なーご。花楓さんも」
「うん、お疲れ様。やあサミュエル、久しぶりだね。少尉殿も」
「うむ」
「ああ、そうだな」
「――んん? 知り合いだっけ?」
「はは、サミュエルとは日本にきた時に、少しね。少尉殿も似たようなものだったかな……昔のことだよ、円さん。トラブルを起こしたわけじゃないしね。なごみ、こっちの椅子に座るといい」
「はいよ」
壁に立てかけてあったパイプ椅子を取り出し、座るように勧めてから、その隣に花楓が腰を下ろす。その間に白井が珈琲を淹れたカップを二つ、二人に手渡した。
「あんがとなあ、白井くん」
「味に期待はするな」
「謙遜だね」
「うむ、その通りだとも。しかし蹄の、そちらはどうだった?」
「私一人では荷が重かったと思うよ、実際にね。ただ陽炎さんや紫月さんも前に立っていたから、妖魔の波を受け流したあとは、問題なかった。あったとすれば、私の実力不足くらいだよ。君たちほどじゃ、ない」
「はいはい、終った話はまあいいじゃん。ねえ?」
「うちにゃ、よくわがんね。レンやんのことは、ちょう気になるけんども」
「あー、あの人はだいじょぶ。……いや、考えようによっては、大丈夫じゃなくて、たぶん頭抱えてるだろうけど、うん、生きてるから」
「なんや、面倒に囲まれてどーしょーもなくなっとる姿が想像できるのん。……あ、珈琲美味いべ」
「ミュウの珈琲はねー、あたしじゃ出せないし」
「いい自転車が置いてあるね。サイズからして、円さんのものかな」
「うん、そう。うちにも一台、置いてあったんだけどね。花楓さん、わかるの?」
「あー、かえやんは、ミニヴェロじゃろ」
「そうだね。はは、本当に美味しいな。エンスさんの仕込み?」
「ああ……ありゃ俺の親父だ。血は繋がってないが」
「うむ。学園にはまだ来ていないようだが、そういえば裏の……久々津の娘がいただろう。見たか?」
「まだだね。へえ、そうか……辿りつけて良かったと、言うべきかもしれないね。――なごみが心配していたから、連れてきたけれど、随分と負担を押し付けた形になったね」
「どうかなー。あたしらの役回りって、こんなもんだし」
「かえやん、そんな直接言わんでも……」
「あちこちに話を飛ばしても、仕方ないからね。とはいえ、しばらくは休めると思ってるよ。なごみも、そろそろ休もう」
「うちは、動いとった方がいいべ」
「仕事中毒じゃないんだから、なーごは……。あ、今夜は起きていられるよう、寝ておいた方がいいってのは正解」
「へ? なんぞ、あるんけ?」
「なーごは観てて面白くないかもだけど、花楓さんはね、見ておいた方がいいよ」
「……予想はできるけれど、それは?」
うん、とつみれは頷いた。
「現役の五神の、最高な戦闘が――きっと、映像つきで観れるから」
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