02/20/13:45――ジィズ・大きな道を一つ
倉庫から引っ張り出した荷物は、なにも自分たちの武装だけではなく、そのほとんどは預かりものばかりだ。各所持者が生きているとは限らない――が、おそらく生きているだろう、なんて期待を胸に抱きつつも、各自がそれぞれの荷物を背負う。
誰もが、準備を終えてから自分たちの居場所、鈴ノ宮の邸宅を振り返って見た。
それなりに長く、付き合いのあった者もいれば、一年にも満たない新人もいる。それでも誰もが振り返り、別れを告げた。
そうだ。
これより、彼らは本拠を離れ、学園へと合流し――そこから先にはもう、鈴ノ宮に仕えるという立場を、失うことになる。
これが最後の仕事であり、最後の進軍だ。であれば、その一歩は重く、そして過去を振り返るには充分な気概で、それでも楽しく行けるはず。過去は切らず、抱けばいい。そして足が前に進めば、積み重なる。
しばらくは無言で、誰もが神聖な儀式のようにそれを行っている。だが、ぽつり、ぽつりと言葉は増えた。
「――シェリル」
「はい、ジィズ」
詰所の長と、侍女の長。二人は最初に儀式を済ませ、作業を終え、そして会話をする。
「最初にここへ来た時のことを、まだ覚えているか」
「それはもう。まだ、私たちと、清音様と
「ガキに助けられ、日本にきたかと思えば、保護してくれたのはガキ二人。いや、あん時はまだ俺もガキだったか」
「もう二十五年以上前ですよ、ジィズ」
「そんなに前か……そりゃ、子供が十五になったんだから、そんなもんかもな」
「ですね。お役目御免は寂しくもありますが……」
「ま――家族も、こんなに増えやがったからな」
新入りも、古株も。
おそらく清音や五六がそうであるように、二人にとっても連中は家族だ。
「少なくとも、こいつらの先を見せてもらわねえと、役目はなくならねえよ」
ぽん、と頭に置かれた手から温かさを感じる。かつてもそうだった。ジィズに助けられたシェリルは、安心しろと言われて頭に手を置かれた時、安堵したものだ。
「――さて」
荷物を運ぶのはいい、これから移動するのも構わない。だがその手段は如何に、と思いながらも、隅でなにか会話らしいものをしていた、花ノ宮紫陽花――〈
「おっけ。えーっと……まだあ?」
「――準備はできたかお前ら! 未練は抱け、後悔は噛みしめろ。できたやつから前を向け! 旅の終わりを惜しむなら、次の始まりに期待しろ!」
「イエス・サー!」
返事だけはいいんだがなと、ジィズは肩を揺らす。おう、と声をかければ気怠そうな表情のウィルは、のんびりと首を傾げて言う。
「じゃあ、ちょっときよちゃんと、あかりんで、デュエットでもしてもらおうか。――全力全開の攻性のやつ」
「ふえ!?」
「あら、いいの? 私の術式も安定しているから、試すには丁度良いけれど」
「うんー。荷物、二人ぶん増えるけど、だいじょぶだよね?」
「これだけの数なら問題ないでしょう。五六?」
「はい、清音様」
「ん。やるわよ?」
「どぞ。あかりんもね、おもいっきり歌っていいから」
「よくわかんないけど、うん、わかった」
歌が広がった。声が波紋を生む。清音がリードして、火丁(あかり)が合わせて入る。一瞬にして空気を軋ませるような破壊衝撃が音と共に周囲へ拡散するかと思えば、眠たそうな顔をしているウィルの周囲へ集まりだす。
「まだまだー」
声色に乗せた攻撃術式の一切は、発動しない。何故? どうして、なんて疑問は十五分後、明確になる。
空間を歪ませて見せるほどの〝威力〟が、球形になって留まっていたからだ。
「もっとー」
ウィルが扱うのは〈
物理法則が存在する以上、力は必ず発生する。躰への負担はなくとも、その代わりの力は必ず発生しなくてはならない。だから、厳密には零にならず――術者に、蓄積される。もちろんそれが不可能なら、空気にでも発散してもいいが、それでは術式としての意味合いは弱い。
小石を蹴って、城門を壊そうとしたとしよう。無茶な話だと笑うが、術式を使えばそう難しくはない――が、小石が当たる衝撃を強くしなくてはならない。だとして、増加された衝撃、つまりエネルギーはどこから取得する?
――そんなもの、日常的に貯蓄したものを、使えばいい。
それがウィルの結論だ。
全力の攻撃術式で発生した威力を、両手を広げた範囲ほどで押しとどめるのも、貯蓄の一種だ。既に集まっているエネルギーは屋敷を吹き飛ばして余りある力となっているが、ウィルにとっては欠伸を噛み殺す程度には退屈な威力でしかない。
「あかりん、ループ入れてねー」
額に汗が浮かんだ清音が倒れそうになったあたりで、片手を挙げて言うと、最後の音符に指を当てた火丁が、それをウィルへと投げた。
「――はふう、しんど。かーちゃん、大丈夫?」
「ええ、なんとか……五六の肩を借りるわ」
「もうちょい待ってねー……あ、そだ。おーい、きゅーちゃん」
「呼ばれてるよ、
「え、私? えっと、なに?」
「私のことを、おばさんとか呼んだらぶっ飛ばすかんね」
「――え、と」
「九、ウィルは……花ノ宮紫陽花よ。ベルの妹」
「そうなの!?」
「そうなのよ」
うっわ、どうなってんだと頭を抱えながら、九は母親である零に掴みかかる。なにやら言っているようだが、のらりくらりだ。
「そろそろいいかなー」
「どうするんだ」
対応したジィズの方を見て、道を作ると言ったウィルは、迷わずに球形のソレを手の甲で弾いた。
門が弾けるように吹き飛ぶ。
――それは、大地を削り、空を切り、瓦礫を吹き飛ばして突き進む、砲撃だ。
「ん、方位よし。学園までの道はできたから、どーぞ。私の仕事はおーわりっ」
「お、おい! これ学園は大丈夫なのか!?」
「知らない。ぎっちゃんに連絡しておいたから、なんとかなるんじゃない? んじゃ」
さあて、行くかあ、なんて仕事帰りのサラリーマンのような哀愁を漂わせながら、あっさりとウィルは姿を消した。残ったのは彼らと、そして深さが一メートル以上はある半球形でできた〝道〟だ。
未だ、地鳴りのような音は響いている。ここから学園まで、あの〝力〟は向かっているのだろう。
「ジィズ」
「ああ……ボケっとするなお前ら! 先頭は俺、しんがりには――ジェイル! お前がやれ! 配置は適当でいいが、気は抜くな!」
あちこちで声が上がり、最初の一歩をジィズが踏み出す。その隣を、三歩ほど遅れてシェリルがついた。
まだ、隣を歩くのには早いと、そんなことを思いながら。
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