02/20/04:10――ケイオス・猫の大行進

 ――なんだこりゃ。

 なんて思いながらも、もちろんケイオス・フラックリンは状況をきちんと把握している。学園から鐘の音が聞こえてから、すぐに進軍は開始されたし、陣頭指揮を執っているのは藤堂夏と、美香の二人だ。こと人材に関しての記憶と、その適性から適所を割り当てるのは二人が得意とするところ。それを術式として扱うまでには至っていないが、それでも閃きとして発動し、時折その魔力波動シグナルを感じることがある。

 あくまでも、ガキ連中に自分が使われること。それが力を行使する最低条件だ。

「おい……」

 未だ眠り足りないらしく、腰にしがみつくようにして、うとうとしている転寝午睡はいい。まだいい。こいつはいつも、こんな感じだ。危機的状況に対応する際は問題ないので、とにかく、放置する。

 隣を歩く〈大輪の白花パストラルイノセンス〉に視線を投げれば、似たような視線を投げられてすぐ逸らす。前を歩く酒井景子は、藤堂たちにアドバイスのようなものをしているため、いや、それはそれでいい。

 問題となるのは――。

「やあ、どうしたフリーク」

「エッダ、俺を化け物みたいに呼ぶな。つーかこれ……なんだよ」

 四つ耳――猫族の象徴である姿を見せる、やや小柄だが美人に分類されるような佇まいをする女性は、随分と楽しそうにこちらを振り返り、はははと気軽に笑った。陣地でキャンプをしていた時に合流した猫族の女性で、ケイオスは二度ほど出逢ったこともある。その時はコロンビア大学で、彼女は教育学の教授だったのだが、どうして日本にきていたかは、まだ説明されていない。

 いやそんな説明はどうでもいいのだ。

 彼女の仲間である、猫たちが二十匹以上いる。半数は人型になっていて、夏の指揮と共に前衛を担っているのだが、残りの半分がいけない。

「なんだ? 疑問があるなら明確に提示するんだね。ただし、回答を期待するのならば問題外だ。その問題がどうであれ、回答があったところで解決するとは限らない。何よりも疑問を発生とする問題に、解答なんてない方が多いんだ。そんなこと、僕が言うまでもなく、君なら知っているだろうけれど」

「うるさい。ラルとも知り合いだったみたいだな」

「知り合い、というほど付き合いがあったわけじゃあない。口が悪い僕の教え子が連絡をくれた時に、ちょうど傍にいたから、少しだけ会話をしたというだけさ」

「いやそんなことはどうでもいい」

「だったら確認すべきじゃあない。君のような狩人なら、そう判断してもおかしくはないと思ったけれど、この状況で余裕があると判断すればいいのかな」

「うるせえ。そうじゃねえ、なんで――俺の傍にこんなに猫がいるんだ」

 一匹はうつ伏せになるよう、腹を頭に押し付け、がんばって背中にしがみついているのもいれば、肩に乗って両手を逆側の肩へ伸ばすようにしている猫もいる。だからやや背中を丸め、足元を見るようにして移動している最中だ。

「中腰だし、結構辛いんだが……スイも離れやしねえし」

「うーん……確か以前に逢った時は大学のテラスだったし、僕たちとは顔を合わせていなかったからね。いやなんというか、君の性格もあるんだろうけれど、どうも君の傍が落ち着くらしい。なんだろう、もしかして湯たんぽ族の末裔とか、そういうのはないんだよね」

「体温目当てかよ!」

「それだけじゃ、ないけれどね。それにほら、服の中にまで潜り込んでないだろう? そこまではさすがに、警戒されてるって話さ」

「警戒……? この状況でか? いや、そりゃ服の中に潜り込んだら困るが」

「僕たちの中にも、人型になれない――子猫はいないが、なりたくない子はいるからね。なあに、戦闘になったら自分の身と居場所は守るさ」

 それは戦闘になってもこの状況を維持するってことか、と思ったが、口にしたら肯定されそうなので黙っておいた。実際、もう前衛たちは戦闘をしつつ行軍をしているのだが。

「縁は合うものだ」

「あ?」

「これは鳩……じゃない、サギから聞いた言葉でね。その見解については右から左へ流していて、よく覚えてないんだけれど、しかし、なるほどこうして体験してみれば、頷けるというものだ。以前にメイの学友である彼ら二人にも、僕は逢ったことがあるからね」

「メイに関しちゃ、学園にいるだろうさ。サギシロ先生もな」

「へえ? なんだいフリーク、君はサギの教え子だったのかい?」

「戦闘訓練方面で、それなりに世話になってんだよ。そういうお前こそ、サギシロ先生とは知り合いなんだな」

「それはもちろん、サギはメイと同様に、僕の教え子だからね」

「――」

 初耳だ、という言葉が口から出ず、開いた口が塞がらない。

「ちなみに、教育学教授としての、教え子だ。サギは厳しかったろう? ははは、あの子のやり方は迂遠だ。意図を読ませないメイと違って、サギは意図を自覚させる布石だけを打って、あとは当人次第」

「――メイが、どうしたって?」

 エッダシッドよりもやや背の高い女性がふらりと前線から戻ってくる。人型の猫族たちはみな、適当な洋服だ。エッダシッドはスーツだし、彼女にしてもコートを着ている。

「これから行く先に、メイもサギもいるって話さ」

「へえ……だったら、メイと横並びで一緒に仕事をすることは、あるにしても、大仕事にはならなさそ。あたし、休憩してていいか?」

「駄目だよスズ。君はそうやって、すぐに退屈を享受するというか、興味を失くす性格をどうにかした方がいい。その癖、楽しい仕事に関しては全力投球過ぎるから、その結果に僕も頭を悩ませることになるんだ」

「知らないね。あーあっと……ま、夜明けまでは働くか」

「まったくあの子は……」

「――エッダが、サギシロ先生を教えてたって?」

「なんだ、そんな事実を咀嚼するのに時間を要していたのか。そうだよ、教育学をね。君の知っているサギが、僕の師事を受けたあとなのかどうかは、知らないし、そもそもサギに教えたのは、方向性だけのような気がするよ」

「なんつー因果だ……つーか、世間が狭いってのか、これ」

「縁が合うってことだね」

「冗談じゃねえな。はは――っと、第一波がくるな」

「へえ?」

「ケイオスさん!」

 聞こえてる、と叫び声を上げた一ノ瀬聖園に軽く手を挙げ、首にいた猫を掴まえて胸元に抱き寄せ、姿勢を起こす。

「今から私が〝庭〟を作ります」

「おう。防御系の結界か。動かせるのか?」

「進軍に合わせて、私を基準にして作りますから、補助をお願いします」

「補助、ねえ。お前らはともかく、猫連中がやられるのを黙って見てるほどお人よしじゃねえ。どのくらいだ?」

「十五分――」

「馬鹿、持続時間の方だ。計算に入れて余力を考えておけ」

「はい、わかりました」

 ぺこりと、律儀にも頭を下げて再び先頭の方へ。

「ははは、ミスノは素直だね」

「ミソノだ」

「そうだっけ? 略称にすべきだな、これは。理解はできて、覚えることもそう難しくはないけれど、――面倒だ。おいキーコ! キーコ! そろそろ下がったらどうだ?」

 はあいと声が聞こえたかと思うと、進行速度を落としてこちらに合流した酒井景子は、どういうわけか目を見開いてこちらを見た。

「な……なんて羨ましいんですか! いいですねケイオスさん! 変わって欲しいくらいです! 猫がこんなに集まって……!」

「あのな……」

「羨ましいです!」

「うるさい、繰り返すな。中腰は結構辛いんだよ。スイも離れねえし」

「ううう……エッダシッドさん」

「なんだいキーコ。お疲れ様、なんて言葉を待っているのなら、僕に求めるのは筋違いだと思うけれど」

「どうしてわたしのところには、一人もいらっしゃらないのですか!?」

「うん、それはねキーコ。誰がどう考えてもわかることを、自問自答した結果として疑念が残るようでは話にならないなんて、そんなことを言いたいけれど、キーコ、君はどう考えても可愛がり過ぎるタイプだ」

「そ――そんなこと、ありませんよぅ」

「目ぇ逸らしてなに言ってんだ景子。お前はあれか、途中まで楽しく遊んでたのに、いつの間にか爪を立てられて泣くタイプか」

「泣きません!」

 こりゃ泣いたことがあるなと思いながらも、ため息を一つ。頭の上の猫が妙にシュールでさまにならないのは承知の上だ。

「ラル」

「はいはい、なあに? こいつら、私が隠し持ってる保存食のニボシを狙ってるから、あんまり傍に行きたくないけど?」

「隠し持つなよ。つーかそうじゃねえ」

「なに、戦線に加われって話? 猫さんがいるから、私は楽ができるなと思ってたんだけどね」

「……団体行動にゃ向かないのは、俺もお前も同じか」

「そうね。狩人なんて、単独行動が基本だもの。誰かと一緒なんて笑っちゃう――向かないだけで、できなくはないけれど」

「手を貸すって素直に言えよ」

「戦力になれって言われると面倒じゃないの」

「そうはならなくとも、面倒はあるってな。景子、お前の仕事だぜ」

「へ?」

「今から聖園が陣を敷く。名前通り、聖なる園を創り上げようって算段だ。どの程度かは知らんし、俺は期待しちゃいねえ。景子、陣が敷いたらその場を――そうだなあ、俺なら上書きしちまうけど、ま、そこらは好きにしていい。場を整えろ」

「整えろって……無茶を言いますねえ。わたしは、経験もしていないことを、さもできるように言わないようにしています」

「少なくとも自分よりも熟練した人間が、お前にならできるって可能性を示唆した時、やらないって選択肢は抱かないだろ?」

「それは、……そうですけど」

「前提条件なのよ、景子。そのくらいのことをしなくては、手を貸す理由にもならない――とは言い過ぎだけれど、似たようなものね。今の私やケイオスは駒だけれど、誰かの仕事を奪うことは好ましくないの」

「ははは、まさにそこが面倒の極致だね。僕たち――つまり、僕の同族たちはいつものように僕の影に潜んで、ちょっと窮屈だけど一時間も過ごして貰えれば、僕とフリーク、ラルの三人で学園に到達することは可能だ。こう言ってはなんだけれど、その方が難易度は下がる。しかしだキーコ、僕は教育者だよ、こう見えてね。若者が自らの過ちに気付くための、間違いの一歩を踏み出そうとしているのなら、それを全力で応援する義務がある」

「義務はねえだろ、相変わらず性格が悪いな、エッダは」

 仮にその失敗で全滅してしまっても、それを受け入れる責任があるとエッダシッドは思っている。それが、当たり前なのだ。教育者として。

「だから、そうしねえための俺らだ。――スイ、弟の無事は確認したんだな?」

「んぅ……生きてるって」

「だったら仕事だ、多少は動け。いい加減離れろ」

 むすっ、とした顔のまま、のんびりとした動きで午睡が離れる。ふわっと欠伸が一つ出ているが、いつものことだ。

「なにすればいいのぉ」

「全体補助」

「……めんど」

「やれよ、なまけもの。……で? エッダは何ができるんだ?」

「僕よりも先にラルじゃないのかな」

「指示しなくても、場に立てば役目を自覚するのがハンターだ。なあ?」

「そうねと、頷いておけば楽ができるかしら」

「てめえの娘も生き残ってんだ、見合う仕事を親はしろ」

「はいはい。――何をしてるかなんて、悟られるような下手は打たないけれどね」

「それでいい。エッダはもう好きにしとけ。夜明けを目安に動くぜ」

 なあに、そのくらいの時間ならば充分に耐えられる。彼らの奮闘を思えば、楽な仕事だ。

「しかし、ほかの連中はどうしてるんだろうなあ」


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