02/20/01:30――雨天紫花・忸怩を噛みしめて
こんな状況など、初めてだ。
忸怩を噛みしめ、羞恥心を捨て、内心を吐露すれば、それに尽きる。
――なにが武術家だ。なにが対妖魔戦闘の専門家だ。
傍らの天魔に力を借り、何度刀を振ったかわからない。軌跡は綺麗な弧を描き、また一匹の妖魔を討伐する。できるだけ高位の妖魔を狙っているつもりだが、もはや捜しようのないほど、闇に埋もれてしまっている。巨大な壁の向こう側に強い妖魔がいたところで、今の紫花には突破することができない。
――なにが、雨天だ。
どれだけ、今までの自分が甘ったれだったかを気付かされる。妖魔の巣窟、五森を二つ踏破したことが、なんの自慢になる――いや、自慢したことはないけれど、それでも自信をつけることができたと思っていたのに、このていたらく。
状況もわからず飛び込んだ戦場で、なにがどうと考える暇もない戦闘。そんな中に身を置きながらも、役に立っているのかどうかすらわからず、ただ刀を振る。
紫花はまだ、
得物の枯れを律していない。
無手での戦闘を至上とする雨天に、なれてはいないのだ。それどころか呪術の扱いも半人前、天魔と立場を同じくすることができているとはいえ、術式を組み合わせるまでには至っておらず、己の領域を作ることすらできない。
傍で戦っている凛の背中を、守ることすら、今の紫花には不可能なのだ。
室内戦闘および、対多戦闘に特化する都鳥の小太刀二刀術は、対妖魔専門の武術家の中では、やや異彩を放っているのだろう。
妖魔の群に放り込まれ、戦うことに不満はない。実に冷静な思考の下、けれど紫花のことなどはほとんど気にせず、凛は自分の戦闘に集中していた。
焦りはない。
余計なことを考える暇がないのも確かだが、それ以上に凛は自身を制御しきっている。役割ではなく、役目でもなく、目の前の問題に対処することだけに思考を費やした。
いや――凛も、紫花と同様だ。
それしかできないのである。あとは、割り切りの差か。
生まれた頃から父親を知らなかった凛は、それが当たり前であったものの、中学校に上がった頃、知りたくなって調べ出した。父の友人の中で、もっとも近しい話を聞けたのは、やはり雨天暁だ。
陰に傾いて堕ちたと聞いたのも、その時が初めてだった。
自分の身にも同じことが起こりうる――そんな恐怖は、一切抱かなかった。むしろ最期を看取った、いや、討伐した暁には頭を下げて感謝をしてから、どうして感謝をしたのか一瞬考え込むくらいの行為だったし、父を誇らしく思えた。
都鳥涼は、武術家だったのだと、本当の意味で認めたのはその時になるのだろう。自負を抱き、その道を進み、けれど陰に傾いてしまったのだと――ああ、確かに、その点だけを見れば不幸なのかもしれない。ほかに道があったのかもしれない。
それでも、父は武術家を貫き、だからこそ、暁はそんな父を討伐した。
今、凛は、その背中を追っている。
けれど同じように、陰に傾くことはない。だから道は、違うのだろうけれど、それでもまだ、追い越してはいないことを自覚していた。
だから。
それまでは、まだ、死ねない。
誰かを頼らず、道を切り開く。頼れば、頼られる。背中合わせの相手を気遣う余裕もなければ、期待は弱さを生むものだと納得していた。
それでも二人は武術家だ。袴装束の端が切れる程度のものはあるが、それ以上の負傷がない。一撃が致命傷になりうることを理解しているのは当然ながらも、その上で、いくら多くても妖魔という相手に慣れているのだ。
けれど彼らは、特に紫花は、ただそれだけだ――としか認識できない。できていない。それ以上に周囲が見えておらず、そんな余裕を抱けない。
あの四人のように、生き残ることを支えにしているのでもなく、防衛戦という目的を持っているわけでもなく――ただ、ひたすらに、一匹を滅し続ける。
それだけが、できること。それしかできないこと。
――もし、なんてことは、考えるだけ無駄だ。
意思の統制、呼吸の制御、自意識の確立。
百眼が一つ、遠眼は未熟である紫花に寄り添わず、やはり遠目に見ているような感覚に近い。契約をしてはいるものの、未だに心が通じ合っているとは言い難い。それはきっと、凛の傍にいる鏡娘も同様だろう。
妖魔の大群の中、涼と契約をしていた頃を思い出す。楽しくも、短かった日日を――都鳥涼と過ごした、時間を。
妖魔だとて自我がある。ただ在るだけではない。
だから、思うのだ。
力を貸してやりたい、とも。
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