02/19/22:50――蒼凰連理・除外されながらも
ようやく全体が落ち着いてきたかなあと、目まぐるしく追加される最新情報に目を通しながら、かき集めた菓子類を口に放り込み、ペットボトルのお茶を飲む
できるのならばもっと没頭していたい気持ちはある。八つ当たりも甚だしいと承知で言えば、状況を落ち着かせるために、突入を選択した友人の円つみれには、なんでもっと我慢しなかったんだ、余裕が生まれて没頭できなくなったじゃないかと言いたい気分でもある。
何故?
どういうわけか勝手に集合場所扱いになっていたかと思いきや、どう移動しても発見させられ、あまつさえごろごろと転がるようにして暇をつぶす花ノ宮紫陽花と、誤魔化しとだましが一緒に同居しているイヅナに加え、刹那小夜まで合流している現状を、直視したくなかったのだ。
つまり、それを現実逃避というのだが、知ったことじゃない。
「はは、相変わらず仲が悪いね。けれど以前よりはマシになったか?」
「よせよイヅナ。てめーはあれか、節穴か。マシだとか、そういう問題じゃねーんだよ」
「そうだよ、うん、だからイヅナ、はやくせっちゃん殺してよ」
「てめーが死ね、紫陽花。無駄にでけー躰して、ごろごろ転がりやがって。こんな状況下じゃなきゃ、ツラ合わせるのもクソッタレだ死にぞこない」
「うっさい金髪。街灯の代わりになってて嬉しいね?」
「あー?」
「だってそうじゃん。せっちゃんの気配に闇夜の従属が集まりだして、街灯じゃん。あはははは!」
「笑い過ぎだボケ」
二番目の名を持つ複製可能な投擲専用ナイフが出現したかと思えば、ぽとりと寝転がった紫陽花の隣に落ちた。
「え、なにしたの小夜ちゃん。嫌がらせに石を投げる感覚?」
「おー。直接心臓に転移させたのを防がれただけだ」
「それ石を投げる感覚じゃまずいだろ! おおおおい! 俺には絶対やめてね!」
「対応できるやつが生意気言ってんじゃねーよ」
「それも過大評価だって。やめてくれよマジで、俺を巻き込むのは先輩らだけで充分だっての」
「あ、それそれ」
「おー、一通りツラ合わせてきたのか?」
「……え? 俺にそんなこと聞きたかったわけ? いやいや、なんで俺なの」
「てめー、オレから逃げておいて、それか? あ?」
「なんのことかさっぱりわからないな――そういう事情なら連理ちゃんの方が知ってそうだけど」
「そこで私に振るな!」
話を聞けていただけの余裕、更には言葉を返すだけ作業も落ち着いたことが証明され、全員の視線がこちらにきた。やられた、と思いながらも睨む先はイヅナだ。
「熱い視線を送られても、俺には妻がいるんだけどなあ」
「いいから話せイヅナ。それともなにか、オレに対応して欲しいってことを、言外に伝えてんのか?」
「まさか、まさか。つってもなあ、俺が逢ったのはベル先輩とアブ先輩くらいなもんだぜ。マーデ先輩はまだ遊んでるだろうけど」
「へえー」
「聞いておいてその反応か、紫陽花ちゃんは……」
「いつものことだ、気にするな。マーデは今更だし、フェイやコンシスなんか問題外だ。――で、どうせ巻き込まれてんだろ」
「はは、さすがに見抜かれるか。まあね、鷺花ちゃんからも中継に使うから行けって言われたし、……あー、断る理由ほかにないかな、マジで」
「適材適所だろ」
「……イヅナって、そうなの? 私は詳しく聞いてないんだケド」
「うひひ、れんちゃんも暇になったー」
「ちょっ、こら抱き着くなっ! あーもー……暇になったわけじゃないんだケドね」
「どうもこうもねーだろ。過小評価をしたところで、オレや紫陽花はともかくも、レィルどころか、朝霧やトコだってこいつを打倒することなんざ、できやしねーよ。逃げに回られた時に、それを封じるので精一杯だぜ」
「へー。おちゃらけた、いい歳なんだから落ち着けばいいのに、とか思うような野郎じゃなかったんだ」
「うおーい、連理ちゃんそれひどくね?」
「だって説得力が――あ。そういや、つみれが」
「俺の娘がどうしたって?」
「さっき、アタック仕掛けたよ」
「わーお。ソレハ驚キダ」
「んー? つーちゃん、単独じゃないよね」
「馬鹿かてめーは、あの女が単独になるはずがねーだろ。白井もいればミルエナもいる。つってもアタック仕掛けたんなら、五木のを護衛してた連中も合流してるはずだろーが。で? おいレン、あと二人くれえの追加があるんじゃねーのか」
「そうだケド、なんでわかるわけ? 変態なの? あー化け物の類だっけか、除霊されてしまえ。えっとね、七草ヘイキュリーと北上響生ってのが合流してた……はずだケド」
へえと、小夜は視線を左下に落としながら香草巻きに火を入れる。イヅナは空を仰いでしばらく固まっているが、口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「ねーせっちゃん、じゅんよーかんの方は、アブが遊んでたよね」
「ありゃ遊びじゃねーよ。本気でもねーけどな。あの軽巡洋艦野郎、あろうことか半殺しにされても、一丁前に挑みやがる。だから面白がってアブも仕込んだってわけだ。――ま、あくまでも戦闘技術、火の気は持ってねーから、北上に合わせて、それでも突破に関しちゃ、頭一つ飛び抜けてるぜ」
「へー、どんくらい」
「ランクDってところだ」
「おー、すごいすごい」
「すごいんだ」
「おいイヅナ、いつまでボケっとしてんだよ、てめーは。理解してんのに間抜けな返答しか寄越さない馬鹿と、理解できてねー癖に相槌だけ打とうとする馬鹿がここにいるんだよ。なんでオレが相手しなくちゃいけねーんだ」
「え? いやあ、だからって俺が相手するのも場違いだと思うけどね。ただ、そうか、合流したのはあの二人か。んー……」
「なんだよ、不満があるってか?」
「二人の相手をするのにはね、もちろんあるよ。小夜ちゃんの相手も辛いなあ。けど今のところ行くあてもないし」
「そうじゃねーだろ」
「敵わないなあ」
香草巻きを軽く差し出されたが断り、イヅナは自分の煙草に火を点ける。
「つみれの行動はある程度予測してたし、把握もしてた。そのために前線――学園へのバックアップも軽くしといたわけで」
「はあ? てめー、なにしたんだ」
「食料の差し入れ程度だよ。ラルさんと一緒に
「おー、ここから先の推測はてめーが持つピースだ。イヅナ、どうよ」
「つみれ自身がどう考えてるかは知らないけどね。部外者として、冷静に俯瞰しつつ父親として娘補正を入れて――」
「うっわ、こいつ父さんとおんなじ人種なんだケド」
「いやいや、ブルーと一緒にされてもなあ。俺のは冗談、そっちは本気。この違い大きいよ? まあともかく、ざっと二十時に突入開始として、おおよそ五木のが領域に這入って、術式の作動から安定まで、俺の予想だと成功までに八時間ってところかな」
「心配はしちゃいねーよ。円が仕切るなら、あとは駒の錬度だ。突入したなら、これ以上の増援は見込めねーし、円が次善の手であることを承知した上でだろ。成功したらようやく、オレらも襲撃に対する抵抗って言い訳も使えるようになるしな」
「えー、まだ仕事あんのー? 紫花といちゃつきたいなあ」
「ふざけんな。てめーが仕事しねーからオレがあっちこっち回ってんだろーが。いちゃつくのは勝手だが全部終わってから隠居前にしろ」
「ねたみだー」
「馬鹿言ってんじゃねーっての。オレの仕事を増やすなって言ってんだよクソ女」
ひょいと、立ち上がったイヅナが間合いを外すように距離をとって、なにしてんだと寝転がった連理が首を傾げると、一気に広がった
「ちょっ、ふざけんなって言っていい!? ばーかばーか!」
「抵抗する紫陽花に言えよ。それかイヅナみてーに察して避けろ」
「れんちゃんがせっちゃん殺せば解決だけどね?」
「てめーが死ね」
相変わらず、厄介だ。口喧嘩の中に実力行使。その行為に対応が遅れれば間違いなく死ぬのだとわかるのに、お互いに殺意がなく、ゆえに殺気が生じず、ただ結果として殺そうとする。
こればかりは察することすら難しい。しかも何がというと、お互いにそれをやったところで、結果的に殺せないことを、行為の直前には理解できてしまっている点だ。だから余計に険悪になるのだが。
「で、レン。収束に向かってんだろ。どーなんだ」
「え、なに、それ聞くためにいるの? 私が言うと思う――嘘! ちょう言う! 言いたくなったんだケド! すっげー言いたい!」
「実力行使なんかしねーよ」
「うんうん。なんだと思ってんだろうね、私やせっちゃんを」
「嘘だ……!」
立ち上がり、一回転して指を突きつけながら言うと、イヅナだけが拍手を返してくれた。この中では良い人だと、ちょっと人物評価がランクアップする。
「っていうか、私の作業知ってたっけ?」
「後も先も、てめーの仕事は〝調整〟からの〝統括〟だろーが。それとも、てめーの頭にわかりやすいよう、
「へ? あの二人だって直接的には……」
「関係ねーのはわかってんだよ、暗喩だクソッタレ。程度の低さを露呈できてよかったな。これがサギなら黙って呆れのため息でも落とされるぜ」
「それはヤだケド……もう私が干渉できる領域は狭くなってるし、世界側としては器の強固から保持まで、ほぼ万全かな。あとは、平らにするくらい。予定を消化しつつ、あとはこっちがどう落とし前をつけるかってとこかしら」
「つまり、落とし前をつけるまでは不干渉を貫くってことだろ。イヅナ」
「知り合いが集まる時間はありそうだな。小夜ちゃんじゃないけど、俺の仕事も減ればなあ……」
「円のことは気にするな。状況が終了し次第、快を送る。オレができる干渉は、その程度だけどな」
「気にするな、っていうのは無理な話だよ小夜ちゃん。心配するなって言葉なら、返す言葉もあったんだけどな」
「なに言ってんだ。イヅナが状況把握しちまうと、円とミルエナに気付かれるから糸を伸ばせねーだろ」
「あー……」
「そういえば私、つみれから、覗き見に対する防御ってどんなのが効果的かって相談受けたことあるんだケド」
「あははは、ばーかばーか」
「てめーはあれか、一緒に洗濯されたくねーとか言われる親父か。過保護が過ぎるのはビートのせいってか?」
「さすがに少止と一緒にされたくはねえって。それに、ぎりぎりの領域を綱渡りするのは、つみれの得意分野だ。追い込まれりゃそれだけ成功率も上がる」
「あー、追い込んでるのつみれ自身なんだケドね、あれ。どーしてこうなった、ってよく言ってるもの」
「周囲を巻き込んで勝手に背負っちまうだけだよ。誰に似たんだか。少なくとも俺じゃないね」
「てめーだろ、世話焼き」
「まったくだー」
「ここに俺の味方はいねえのかよ……」
こういう場で、少人数の男というのは必ず負けるものだ。それは仕方ないし、だからこそイヅナは常に回避していたのだが、こうなってしまっては諦めるしかない。そうだ、受け入れるしかないのだ。涙を飲もう。
「実際にだ、てめーの言ってることも理解はできるが、どうなんだこの野郎」
「なんのことか、さっぱりわからないんだけどね?」
「だから、オレや紫陽花は知らねーんだよ。――キツネって化け物のことをな」
「ああ……」
そういえばそうかと、がりがりと頭を掻きながらもイヅナは少し視線を落とした。
「ご高齢だったからね。俺が直接逢った時にもう八十は過ぎてたし、先輩たちだって俺より二年かそこら付き合いが長かっただけか。あの人のことに関しちゃ誤魔化しも嘘も抜きだぜ――俺はまだ、キツネさんには至らない」
唯一。
あの
自らに課した制約。それは生きることへの束縛ではないけれど――イヅナなりの、敬意の払い方だ。
「俺のは真似事でしかねえよ。術式含みのアレンジでしかない……とは言っても、キツネさんだって如月だ、それなりの術式は使えたみたいだけど、少なくとも戦闘の中で使用した形跡は一切なかった」
「話は聞いてんだけどな。やっぱマジかよ。勝敗を決する場において、およそ勝利と敗北のどちらも掴めない相手だって言ってたぜ、ベルが」
「マーデも笑ってた。あれは人としての在り方を間違えて生まれたんだーとか」
「おい一番弟子、てめーの目から見てどうなんだ」
「技術がどうのって話は置いておくとして、――まあ技術に関しても俺はまだ至っていないけどね。本質だけ捉えるなら、駆け引きのうまさだ。広範囲における状況把握、押し引きの技巧……」
「盤面を変えるわけじゃねーんだろ」
「そりゃチェスをやってる盤面を将棋に変えるような真似ができるのは、それこそブルーみたいな連中だけだろうけど、――隠す、あるいは誤認させるのはべらぼうに上手かった。こう、白色のマスを上から黒色に塗るみたいな感じだ」
だからだ。
「勝敗がつかないってのは、正しい。キツネさんはいつだって楽しむのがメインで、勝たない。で、相手が勝利を掴む頃には、とっくにその場を消えてる。いない相手には勝てない。けれどそれは、逃走を許した結果なのにも関わらず、勝利を掴んだ実感が数秒先に訪れるものだとすれば――負けた、とは思えない。そういうことを、呼吸をするようにやっちまう人なんだよ」
「うえー。馬鹿みたいー」
「イヅナ、どっちだ?」
「それは――連理ちゃんに聞きたいね」
話が振られ、菓子を咀嚼しながら振り向けば、全員の視線が再び集合していた。仕方ないので飲み込み、お茶を飲み、それから。
「ちゃんと聞いてた、聞いてた。如月槻寝さんだっけ? うん、べつに世界法則の中じゃ陥穽でもなければ、魔法師の類でもないし。ベルと一緒で、人の身の領域からは逸脱してなかったって記録はあったケド――あ、でもこれ、
「スノウも調べたってことかよ。そんだけ馬鹿げてる相手ってことか。けど、ベルだってイヅナのことは認めてんだろ」
「あー……そういう話も少ししたな。俺もそろそろ、少止が望むなら技術を真面目に教えてやってもいいって感じに落ち着きつつはあるけど」
「おい、即答しろイヅナ。キツネの野郎を十として、ベルは今のてめーをいくつだと判断した?」
「――八」
即答しながらも、イヅナは視線を逸らす流れで新しい煙草に火を点けた。本音を口にするのは、今も苦手だ。自信のないような、情けない顔を見られたくがないゆえに、こうして視線を逸らしてしまう。
「そこは俺も自覚してたところだ、ぐさっときたよ。だから少止にも、体術は教えなかった。俺はまだキツネさんに及ばない――と、そう思ってたんだけどなあ。ベル先輩が決めたなら、俺もそんなことは言ってられなくなっちゃってね」
「ついでだ、答えろ。今のオレがてめーに〝勝てる〟か?」
「そりゃまた難しいことを聞くなあ。正直、そうなったら俺は間違いなく、逃げる一手を選択し続けるけどね。だからたぶん、答えとして一番近いのは――」
紫煙を足元に吐き出して、言う。
「――殺せない、かな」
そうでなくてはならない。
いくら刹那小夜が化け物じみて――いや、正真正銘の化け物で、戦闘に特化していたところで、イヅナは事実、殺される可能性を抱いていようとも、その返答以外は許されない。
何故ならば、イヅナはどうあっても、キツネの弟子なのだから。
「試しゃしねーよ」
「そうあって欲しいね。ともかく、ベル先輩の最期には立ち会うよ。さてそこで問題があって、できれば小夜ちゃんと紫陽花ちゃんにアドバイスを求めたいところだ」
「あー?」
「なに? めんどーなのはヤだから」
「俺にとっては面倒だね。けどこれも仕事だ、仕方ないと諦めて受け入れる度量くらいは、男として持っておきたいとも思うわけだ」
「とっとと言え」
「――頼みたいことがある」
言い切り、返答がないのを確認してイヅナは、敵わないなあとぼやきながらも、続けた。
「と、ベル先輩が連理ちゃんにね。だから〝現場〟に連れていきいたいわけなんだけど」
「え、ここで私!? ばっかじゃない? 冗談もほどほどにして欲しいんだケド!」
「連理ちゃんは、それをベル先輩に直接言えるから強いなあ。で、どうかな?」
「あー? ……ベルが必要だってんなら、どうであれ連れてかねーとな。レン、無理強いは前提だ。てめー、どんな理由があるならこれる」
「理不尽だー!」
明後日の方向へ叫んだ連理は、しばらく呼吸を落ち着かせるために肩で呼吸をしていたが、再び座り込むと、お茶を飲んでからちょっと待てと、片手を差し出した。
回避できない問題が目の前にある。どうしようもないと諦めるしかないのだが、小夜はその上で、理由を寄越せと言った。となれば、それは動く対価に何が欲しいのかと聞いているのと同じで。
「――和菓子が食べたい」
「だとさ」
「そんな簡単に話が済むなら、ありがたいね。じゃあちょっと手配してこようか」
もっとも。
連理ならば、どれほどの術式を行使して逃げようとも、掴まえられるだけの人脈と技術を、イヅナは持っていたのだけれど。
それは言わぬが花だ。
「ちっ――」
舌打ちが一つ、小夜はそのまま寝転がっている連理の頭を撫でながら、視線は紫陽花へ。
「どーすんだ」
「んー……まかせた」
「しょうがねーな。レンのことは任せたぜ」
「え? え? なに、どゆこと? わかんないんだケド」
気にするなと言って、小夜は歩きだす。
なんてことはない――ただ、一つの物語に、幕が閉じただけだ。
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