02/19/19:30――円つみれ・さあ、突入だ

 万全か?

 もしもそんな問いが放たれたのならば、サミュエル・白井は問題ないと即答するだろう。

 どれほどの怪我を負っていても、手持ちの武器がなくとも、生きていて動けるのならば白井は万全だ。殺すことも逃げることもできるし、やる。無茶だったと気付くのは死んでからだ、ならばやはり問題はない。

 けれど冷静に考えて、三時間程度の休憩を挟み、怪我があっても身動きが可能な現状を、九割と捉えてる。つまり、本当の意味でもこれ以上ないほどに万全だった。

「さてと――最初に聞いておくけど」

 相変わらず散らばったまま、けれど今はもう全員が起きている状況で、つみれの声が響く。そもそも、言葉はともかくも手抜きをしないミルエナが張った結界は綻びもなく、継続して展開されていたのにも関わらず不備は発生しなかった。当人も可能な限り魔力消費を抑えていたようだし、回復もしているだろう。つみれは幾度となく、今ある情報から推測した、ここから先のシミュレートを脳内で行っていたため、あまり休息は取れていないようだが、そこはそれ、ミルエナにしても白井にしても、つみれの判断で行ったことに口出しはしない。

 三人は仲良しグループなどではない。同じ任務を行ったこともあれば、一緒に集まることもある仲間かもしれないけれど、それでも当人たちの繋がりは、つみれがあってこそだ。あるいは――単純に、在り方が、三人で居ることに対して、落ち着きや安堵を覚えているのかもしれないけれど、たぶん当人たちはそれを認めないだろう。

 支えるのも一方的で、動かすのも一方的。たぶん、相互関係にあるものが限りなく少ないからこそ、仲間なんて呼び方に反発する。ただ、一方的なものが、上手く繋がっているだけだと、つみれなら肩を竦めて言うのかもしれない。

 ただし、一方的だが信頼はしている。

「あんたたち、あたしの指示に従うつもりはある?」

 それは、ミルエナも白井も、つみれの指示には従順な軍人のよう、有無もなく従う、ということだ。特にこうした戦場では、十割の信頼で頷き、呑み込み、行動する。

「構わないよ」

 最初に言ったのは、北上響生ひびきだ。その隣にいる七草ハコも頷く。

「必要だと請われたのならば従うわよ。こっちも、円の噂は耳に入ってるし――この状況だもの」

「ん。そっちは?」

「――目的は同じなのだろう? 断るつもりはない」

「よろし」

 前崎鬼灯の承諾も得て、一つ頷いたつみれは水を飲む時間を使ってから、口を開く。

「まずは、そうだなあ。ここから学園までの距離はざっと五キロ。自転車なら、十五分もかからずに到着するけれど……戦闘をし続けながらの行軍になる。常に余力を残しながらの移動になるからね」

「うむ。つまり、戦闘を持続せねばならんと、そう言いたいのだろうが……いや、いい。続けてくれ。ははは、いささか不安でな――特にそちらの前崎たちが」

「はいはい。まず大前提、誰かが一人でも欠けた時点で到達は不可能になるから、そのつもりでいて。その上で、十時間」

 つみれの言葉に、誰も反論はしない。ただ、その意味合いを強くするために、言葉を重ねた。

「十時間、戦闘を持続可能なレベルで行軍をする」

 体力、精神力、あるいは魔力を含め、今の自分を十分割して、一時間ごとにそれを消費するよう計算しろと、つみれは言う。できる、できないのではなく、――やれと。

「先頭は北上さんと七草さん」

「そう」

「おう、突破しろってことだな」

「突破力に優れるから道ができる。適時、私がリアルタイムで先をシミュレートするから、左に行けと言ったら、そこにどんな障害があれど、左に行って」

「諒解よ」

「わかった。ハコさん、ここまで来たのと同じ連携だ。いいよな」

「なんとかついていくわ」

「ん。先に配置を言っておくね。続くのはあたし。で、その後ろに鬼灯、旗姫、あやめの順番ね。その後ろにミルエナ。で――あ、一応確認しておくけど、五木夫妻に関しては、自己防衛は可能だよね?」

「ええ、そのくらいならば問題ありません」

「うん、じゃあミルエナに続いて、しんがりはミュウ。フレキシブルに動くとは思うけど、一応は単縦の陣形ってことね。――じゃ、役目だけど」

 どうしたもんかなあと、わかりきっている悩みに空を一度仰ぐ。

「――旗姫きき

「はい」

「蝶を出せる?」

「……失礼、一つ確認を。わたくしのことをご存じなのですか?」

「さっき鷺花さんに聞いてきた」

 納得したのは、二人だけ。ミルエナと白井は当たり前のように頷いて、七草と北上は疑問を抱くべき状況じゃないと割り切って聞き流した。その様子に、ほうとミルエナが二人を評価する。

「どういう意味だ」

「ん」

 そうくるのはわかっていた。だから面倒だと、思っていたのだ。

「それ必要なわけ? あたしが知ってる事情にまで突っ込んで、知ってる事実が覆ると思ってんの? 状況が終わったらでいいじゃない」

「む……」

「旗姫、返事」

「あ、はい。出せますが――」

「人に触れた時、強い干渉が発生するってところは、まだ改善できてないのね?」

「はい……」

「じゃ、蝶は全員分ね。あやめはその干渉から手繰って全員を繋いで。そうすればテレパスで通じ合えるから。――得意分野でしょ?」

「そう、ですが」

「とりあえず、蝶出して。ぶっつけ本番ってわけにはいかないでしょ。鬼灯は二人のサポートと、危険の排除――つまり、戦闘要員。ただし踏み込まないで防御方面に気を遣って。私のフォローは必要ない」

「少しお待ちください」

「はいはい、どーぞ。鬼灯はいいね?」

「構わないが、戦力にならなくていいのか?」

「あのね……二人のフォローができるのは、あんただけでしょうが。突破力を念頭にしないで。最初に言ったでしょ、誰か一人欠けた時点で到達は不可能になる。で、そっちはわかってるよね?」

「うむ。ミュウには負担をかけるがな」

「適材適所だ」

「一応言っておくけど、ミルエナは上空警戒がメインね。ミュウは――悪いけど」

「悪くはない」

「ん。後方戦闘ね。しんがりなんて言えば聞こえはいいけど、ここから先は、囲まれることが前提だから」

「プレッシャーだぜ、ハコさん。俺らのでき次第で白井さんの負担が変わるって話だ」

「ちゃんと聞こえてる」

「あんたたちも、ちゃんと十時間を考えてよね」

「――できました。いきます」

 どうぞと促すと、瞳を瞑った旗姫からさまざまな色の蝶が飛び散るように舞う。白井には灰色、ミルエナには黒、つみれには青、七草には赤、北上にも青、忍も青で二ノ葉は黄色、あやめが朱色で鬼灯が青――。

「ん」

「ふむ」

 誰も、動じなかった。白井に至っては一瞥するだけだ。

「精神汚染系かと思いきや、そうでもないのね。構えて損したわ」

「内面に触れて自覚させるって効能だろ。こんなの、魔術師としちゃ初歩だ、そうでなくたって軍部じゃ最初に〝我慢しろ〟って教えられる。なにを今更って――おっと、口が過ぎたか」

「うむ、私はともかくも、つみれはどうだ」

「あー、途中で拒絶系が発動しそうになったけど、上手く囲ったから問題ない。あやめ、繋げる?」

「は、はい。繋ぐこと自体は問題ないかと……」

「よろし。忍さんはどう?」

「ええ、ご安心を」

 天魔である九尾ここのおが干渉する可能性を察したが、どうやらそこまで無粋ではないらしい。それにしても、運び屋の真似事をする現状を思えば、笑いそうになるくらいだ。

 どうして自分が、なんて考えるだけ無駄だ。自分だから任された場だと認識しておいた方が良いくらいである。

「ミルエナ」

「うむ、可能な限り持続的な術式は控えて単発式を心掛けよう。場を囲うようでは、そもそも進行することに矛盾を孕む」

「ミュウ」

「ああ……足を縛られるのは仕方ないし、つみれを守る余裕もない。没頭しないようにしておけばいいんだろう」

「ん。それと――」

「五木夫妻の防衛」

「行軍に必要な空白の確保、だろう」

「おっけ。――あやめ、繋げた?」

「あ、はい、できました。私が一括して中継します。タイムラグはほぼないかと」

「ほぼ?」

「一秒はありません」

「コンマ五秒未満になるように調整しておいて。ミルエナ」

「うむ、繋がりがある以上は可能だろう。つみれと連携できるよう、こちらから手を加えてみる。三十秒くれ」

 わざわざ口にしなくても理解してくれる、というのは、普段の生活においてはさほど気にしないものの、こうして他者が介在する場では随分と楽だ。余計な疑問も挟まない、挟んだとしてもそれは必要な疑問になる。

 けれど、それも高望みであるし、デメリットもあるのは確かで、どっちもどっちだなあ、なんて思いつつ、視線を向ける。

「旗姫、どこまで飛ばせる?」

「あの、どういうことでしょう」

「あー……言い方が悪かったか。学園に夢見さんがいるから、繋げて。えーっと、これはあたしの予想含みだけど、あやめはテレパスで夢見さんと繋がったことがあるんじゃない?」

「はい、あります」

「だったらその繋がりを辿りながら、道を創って、そこに旗姫の蝶を飛ばして。今ここでやってることの延長、一人加えるだけ。鬼灯はその〝入り口〟を作る手伝いをして。それなら難易度も低くなるでしょ」

「やってはみるが、期待は――」

「やれって言ってんの。できないことは最初から言わない。三分あげる。連絡役をミルエナに任せてもいいけど、任せたぶんの損失を埋めることができるとでも思ってんの?」

「うむ、どうだ」

「ん、いいよ」

「よし――それはいいが、さすがに口が過ぎる。たとえば半月前に、足として使える自転車があるのならば、運動不足の解決にと私が購入してミュウが運んできた固定ローラー台をだな」

「あーうん、使ってみたら案外トレーニングにいけるってわかって、ミュウにうちまで運んでもらった、あれがどうしたの」

「――ミュウ、おいミュウ」

「なんだ……」

「いつの間にか消えていたことを話題に出そうと思ったら、私の半月に渡る疑問が今解決したのだが、これは一体どういうことだ?」

「部費で計上していたのを思い出せばいい」

「むしろ私に対しては口を過ぎて欲しいと今思った……」

「っていうか、いつもと同じじゃん。厳しいこと言ってるかな? シミュレートした結果に引かれてる?」

「そうでもない」

「結構、しんどいんだけどねー」

「つみれ」

「うん。以前なら世界の記録に干渉できたんだけど、補助記録そのものが中断してて、現状の情報はあたしが主観としているものが大半で、シミュレートとしての完成度は低いのね。そこは回数を重ねることでどうにかフォローしつつ、今回は鷺花さんにも手助けしてもらったし」

「ほう、鷺城への接触はシミュレートの内部か?」

「そうだよ。あの人は、本当になんていうか……ま、それでもあたしのシミュレート結果があたしの内部じゃなく、あっちの〝書庫〟に保存される形式だから、あたし自身の記憶容量を圧迫する形にはなってない。ただ、参照する手間がちょっと増えたんだけど……そこはなんとか、改良済み」

「つまり情報が減少したが、ほかはほぼ変わっていないと、そう捉えて構わないか」

「そんな感じ。ただ、最大の問題だとは思うけどね。精度そのものが違い過ぎるし――あ、ミュウ、こっちから武装回そうか?」

「できるか」

「ミルエナ、こっちでいくつか構成投げるから、それを〝組み立てアセンブリ〟かなにかで創れる?」

「程度にもよるが、どれ。……うむ、特殊効果のない物質としてのナイフなら、どうだ」

 ひょいと投げられたナイフを掴み、軽く瞳を瞑った白井は、口の端を僅かに上げる。

「〝共感シンクロ〟の率はざっと七割だ。間に合わせには使えるだろう」

「へ? あたしの構成だと八割くらい目安にしたんだけど?」

「私の再現率はそれほど低くないはずだが、これはあれか、私とミュウの相性か」

「それならもっと低いでしょ?」

「俺の台詞を取るな」

「ははは、場繋ぎの会話はこの程度でいいだろう。で、どうだ鬼灯。私は、そちらができんと泣き言を放つ前に、学園側にいる魔術師と繋げるためのラインを確保したところだが? 妖魔が渦巻くこの中で、個個の妖魔が持つ魔力波動シグナルを避けながらも、針に糸を通すよりも困難な術的なラインを構築した私の技術を、頭を下げながら感謝するのはまだか?」

「ああ、やっぱり術的なラインは精密作業になるよね。意識容量どんくらい?」

「維持しろ――と、まあこの場合、維持しなくてはより作業に手がかかるのが実情だが、四割は喰われるな。戦力の低下は否めんだろう。フレキシブルに動けと言われても、程度が知れる」

「だよね」

「――繋ぎました」

「だって」

「うむ、この場合は良かったと言うべきだろうな」

 よしと、両手を叩いたつみれが最初に立ち上がった。

「北上さんとハコさんは、テレパスの扱いは大丈夫ね?」

「初めてだけど対応するよ。うるせえと思ったら、そっちで制御してくれりゃ助かるね。あと、テンション上がると共通言語になるかも」

「そうね。――クソッタレと言い出したら、最高に楽しんでると思ってちょうだい」

 全員が立ち上がって、視線が集中する。それを受け止めて、つみれは頷いた。

「――全員の命を、あたしが預かる。退路はない、道は今から作って、防衛戦をしている連中の終わりを、あたしたちが作る。油断はしない、予断もしない、悲観も必要ない。さあ、行こう」

 始まる。

 時間制限は十時間――数十回試したシミュレートの中で、十時間を超えて到達できたものはなかった。最短でどれほどの時間になるかもわからないまま、それでもと足を前へ出す。

 そうして、彼らは分水嶺を超えた。

 敵地へ、足を踏み入れる。

 前後左右、あるいは上下。妖魔が常に襲い続けてくる死地を、抜けるために。


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