02/19/06:40――イヅナ・ふらふらと歩いた先に

「大丈夫。――遅かったね」

 その気配に気づいて僅かに警戒をにじませた午睡だが、ラルの気楽な声に警戒するのをやめながらも、さて、知り合いだったのだろうかと内心で首を傾げたのだが、ふらりと姿を見せたイヅナの姿に、コイツまた気配を変えて騙しやがってと、ちょっと睨んでおいた。

「ごめんごめん、先輩らに絡まれちゃって。結衣もさっき、変なのに絡まれてたね」

「ちょっと、人前よ慶次郎けいじろう

「俺とラルさんの仲の良さを、スイちゃんはともかくも、そっちの景子ちゃんには見せておかないとね」

「まったく……」

 照れるほど若くはないけれど、それでも一緒に過ごす時間が短い生活をしているラルにとって、それ自体は同業者として納得しているけれど、特別な時間にしたいという乙女のような気持ちはある。何しろラルだとて、一人の女性だからだ。

「視てたの?」

「遠くからね。間に合えば俺が出たところなんだけど……あっちも、どうやら状況を理解していなかったみたいだし、ラルさんが下手を打っても、そこは俺が責任を負えばいいかなって――よっと」

 右手で持っていた大きめのコンテナを置き、その上にイヅナは腰を下ろす。

「や、初めまして景子ちゃん。俺はイヅナね。ラルさんとは同業者」

「あ、はい、初めまして」

「こんにゃろお、また気配が違うじゃんかよお」

「はは、スイちゃんに悟られるほど間抜けじゃないよ。ちなみに、このコンテナは荷物な。あとで必要になるだろうから、そん時はスイちゃんの仕事だ」

「んぅ……めんど」

「生存率は多少上げておかないとね」

「イヅナ、野雨の様子は見てきたんでしょ? どうなってる?」

「予想通り、妖魔の大半はVV-iP学園に集まってるよ。軽く見積もって数百って単位だね」

「え……?」

「ああ、景子ちゃんには、あんまりピンとこないかもしれねえな。けどま、聞き流しておいていいよ」

「あの、妖魔は、天敵なのですよね?」

「ははは、まあ、天敵になるのかな。少なくとも第三位以下の妖魔は、人を食料にしてるからねえ、学園は大変なことになってるよ。前線に出てるのは、どういうわけか、ガキも数人混じってる。えーっと、景子ちゃんの知ってるところだと、田宮正和がそうなんじゃね?」

「うえ!?」

「イヅナ、煽らないの」

「え? でも、夢見もいるんだぜ? ついでだって。芽衣ちゃんは生き残るだろうけど、ほかのメンツはどれも似たり寄ったり――不肖の弟子も出て行ってる。ま、あとは鈴ノ宮にも結構な数が集まってるね。だからこそ、野雨の中でもそっちに近寄らなければ、妖魔の数も少ないかな」

「夢見かあ。そりゃあ大変だあ」

「連絡が入らないようなら、まだ大変な状況かもしれねえなあ」

「にしても田宮がねえ……」

「ラルさんも、ご存じなんですか?」

「景子のとこの生徒だっけ? あの子は昔から、私に弟子入りしたくて、しばらく頭を下げられてたの。それなりに経験はさせてあげたけど、弟子にはしてないから、気にかけてるってのが正解かしら」

「はは、結局、田宮はラルさんの前で嘘を吐かなかったんだね」

「まあ、ね。それもこの結果を見ればどうかしら……未熟な癖に最前線、死にたがりでも、もうちょっとマシなことをするって、生き残ったら説教してやんなきゃ」

「あのう、助けにはいかないんでしょうか」

「馬鹿ね。子供が転んだのを見て、助け起こすのは、子供のためじゃなくて、その方が自分にとって楽だからよ? 子供が自分で立ち上がり、泣き止むのを待つのが親のすること」

「うう……失言でした」

「いいよ、べつに。田宮だって、自分で選んだんじゃなく、状況に流された結果なのかもしれないし。それでも、責任は自分にあると認めるのが大人の判断ね。単独じゃないんでしょ?」

「芽衣ちゃんが訓練見てあげてたでしょ、ほかに三人も一緒だよ」

 だから大丈夫だ、とは言えないけどねと、イヅナは笑った。

「おっと――冬の朝は遠いなんてことを、身に染みて実感するね。夜明けだ」

 東の空から太陽の姿が見え始める。

 本来ならば、これを一日の始まりとして捉える人も多いのだろうけれど――誰もが、ようやくと、そう感じたに違いない。

 つまりそれは、この一日がひどく長いことを示していた。


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