--/--/--:--――円つみれ・地下の番人

 刀を持って学園へきたつみれは、そろそろ休憩したいとばかりに部室へ行くことにしたのだが、どういうわけかミルエナが既に戻っており、やや驚いたような表情を見せるものの、白井がいつものよう珈琲を淹れる作業へ。

「うー、あー……」

「うむ、気持ちはわかる」

 朧月宅での話を一通り聞き終わったミルエナも、椅子に浅く腰掛けて背もたれに体重を預けている。白井だけが平気そうだ。

「でも、これから理事長んとこいかなきゃねー。っていうか、あたしの都合で振り回してない? だいじょぶ?」

「気にするな」

「まったくだな、私だとて有益だとも。ただまあ疲れているのは事実であるし、私よりもつみれの方がよほど――む、なんだミュウ、なにをしている」

「途中だった作業だ……」

 模型を作る白井は、ある意味で余裕がある。それほど興味のないことなのかと、二人は思っているが、実際には白井にとって二度目の踏襲に近いのだ。感情の揺れ幅も、新しい発見も、ほとんどない。

「まずいなー、このまま寝そうなくらい、頭の隅がじくじくしてるー」

「珍しくだらけているな……」

「ミルエナもつみれのことは言えないだろう」

「なにを言う、私は頭脳労働派ではないのだ。――しかし、知れば知るほど、この野雨市の特異性に関しては頭が痛くなる。何が悩ましいかと言えば、なんだ、道理だと納得できてしまう辺りがな……」

「基盤から創り上げて、迷彩までかけて、しかも整えられてる。普通こういうの、新しく上書きされて、こう、ごちゃーってなるもんだと思うんだけどね」

「地盤がしっかりできているから修正されるのだろうな。あとは、その仕組みを知っている人間が、維持している。ブルーもその一人なのだろう」

「ベルさんとか、うちの義父さんもそういう感じかも」

「だからこそ集まる、か……」

「あーでも、学園の設立に関しては、どうなんだろ――あ、それを理事長に聞けばいいのか」

 狩人法の制定前に設立したのはわかっている。だが、その理念が、いわゆる仕事をしている人間のための場所――とは、思えなかった。

 確かにここの放任主義は、狩人にとって実に楽な場所だろう。何しろ義務がない、あるのは権利だけだ。年に一度だけ顔を出して、試験をパスすればそれで一般卒業資格が得られるのも、それが必要かどうかは別としても、彼らにとっては有益のはず。

 ただ、鐘楼の件もある。それだけの理由だとは思えなかった――と。

 四度のノック。相変わらず入り口を見もせずにミルエナが入れと、短い言葉を投げて。

 ――紺色のスーツ姿の、やや小柄とも思える男性が、入ってきた。

「失礼します。――お揃いのようですね」

「り、理事長!?」

「ああ、どうぞお構いなく」

 慌てて立ち上がろうとするつみれを軽く制し、にこやかな笑顔で対応する。落ち着いた物腰は、今まで逢ってきた大人の中で一番かもしれない。舞台上の彼はいつもそんな雰囲気があったけれど、こうして実際に逢うとよくわかる。

 柔らかいのだ。

 雰囲気が丸い。その上、受け流されるものとも違う。かといって、油断を誘うものではない。

 ――貫禄だ。

「申し訳ありません、私も仕事があったもので、こうして私から足を運ぶことになりました。ちょうど時間が取れたものですから」

 壁際に畳んであるパイプ椅子を一つとり、腰を下ろす。その間にミルエナも姿勢を正しており、白井も一旦手を止めて、客用のカップに珈琲を注いで渡した。

「ありがとうございます、サミュエルさん」

「味に期待はするな。……荷物はテーブルの上にあるそれだ、あとで持って帰れ」

「ええ、そうさせていただきます」

 よくそんな、いつもの態度で対応できるなあ、なんて思いながらも、つみれは内心でひやひやしていたのだが、彼は大して気にした様子もなく。

「一応、ここでの私は理事長ではなく、五木忍個人としていますので、気を楽にしていただいて結構ですよ。もちろん、理事長としての私もそう大差はありませんが、ビジネスとプライベイトをわけるようにはしています」

「そうっスか。――草去の件、蓮華さんから聞いたっスよ」

「そうでしたか。若気の至りです、ご容赦を。早速で申し訳ありませんが、しかし、私に話せることはそう多くなく、蓮華や咲真のように答えられるとは思えませんが、なにが聞きたいことがあったのでしょうか」

「うっス。その、忍さん――」

「どうぞ」

「ん、忍さんが理事長になったのは、いつ頃なんすか?」

「そうですね――失礼」

 小さく、声を立てて忍は笑った。けれどすぐに続ける。

「私が理事長になったのは十五の頃、ちょうど高校生になってこの学園に入学した時になります。草去の一件が蓮華の手によって解決されてからは、すぐにそのつもりで職務を代行していましたが、正式に決定されたのは、その頃になります」

「そう、なんすか」

「ただ、質問の意図を読み取った上でなら、――そもそも理事長の席は常に五木が在ると、そう決定されていましたので」

「――どもっス」

 ありがたいことだが、しかし、どうやって察したのだという疑問に対しては、もう答えがあった。

 忍の笑い声だ。つみれが少し遠慮して、遠回しな質問をしたことに対して、忍はその意図を正確に読み取って、今の返答を寄越した。この人もまた、違う意味で敵にはできない人だと思う。

「何故」

 忍が話を続けた。

「――理事長の席に五木が在るのかと疑問に思われるかもしれませんが、そもそもこれは学園の設立当時、そう決まっていたものなのです。であればこそ、五木の血統がなくなる可能性を孕んだ草去の一件に、蓮華という異分子が介入することになった。もっとも、蓮華当人はそこまで理解していたかどうか、確認をしたことはありませんが」

 忍は話しながらも、視線でこちらを窺っている。それは、きちんと話しについてこれているかどうかの確認だろう。疑問を浮かべれば、言う前にどうぞと促されそうな雰囲気だ。

「卵が先か鶏が先か、という話になります」

「五木を立てるためのものか、それとも五木が組み込まれたのか、ということっスか」

「表向きの理由は、公開されているものと変わりはありません。ただし、現状として五木が組み込まれていたのは事実です――が、理由を知る者は多くない。たとえば学園長であっても、理事長の席が空白であることを疑問視しながらも、それを埋める行動がどうしても成功しないことは経験しても、理由についてまで至っていません」

「それは、外部からの干渉があったってことっスか。知る人間は、五木でなくてはいけない理由があるからこそ、そうでなくてはならない――」

「その通りです。そして、過去も今も変わらず、この学園では不文律があり、それを犯すことは許されていません。つまり、ここは学園であり、交流の場であること――トラブルを持ち込むことを厳禁としています」

「うん、それはわかるっス。その有用性についても考えたし……ただ、十一紳宮なんかも投資してるんすよね」

「厳密には、鷺ノ宮と鈴ノ宮からは投資を受けています。ほかにも芹沢企業とのパイプは、今でもそれなりに残っていますね。それと、この立地条件を備えた土地を五木が所持していたのは事実ですが、それ故の起用ではありません」

「……あたし、そんなに顔に出てるっスか?」

「蓮華ほど器用ではありませんが、思考し予測しているだけですよ。しかし――」

 忍の視線が流れ、模型を組み立てている白井へ。だが当人は一瞥を返すだけで作業に戻り、ピンセットを手にとる。

「なんだ」

「よく馴染んでいらっしゃる、と思ったものですから」

「この二人に言ってやれ」

「なるほど、それもそうですね」

「む――理事長は、ミュウと知り合いなのか?」

「入学時、挨拶にいらっしゃいましたので」

「あの――ハジマリの五人は、関わっているんすか」

「なるほど」

 頷きが二度、ゆっくりと行われたのちに、忍は珈琲を飲む。

「始まりは一人ですよ、円さん」

「え――?」

「残りの四人は、彼女に振り回されただけです――と、失礼。当事者でない私が語るべきことではありませんでした。どうにも私としては蓮華と重なるのですが、いかんせん蓮華でも、彼女に至ることはないと、そう言っていましたので」

「……」

「五木がここに在る理由は、存在律(レゾン)と同様です。学園という場において五木は必要となる――そうですね、意味合いは少し違いますが人柱に近いのかもしれません」

「それは、魔術的な意味合いでっスか?」

「あるいは。その辺りは鷺花に問うのが一番早いかと」

「答えてくれればいいんすけどね……」

「ええ、口を割らせるための手段を持ち合わせてからになります」

「厳しいっスね。……鐘楼が鳴るのも、そういうことすか」

「どこから見ても目印になる、そうでしょう?」

 つみれは素直に頷いて認めた。もちろん、そこに深い意味があるとは思えず、思考は及ばない。目印にしなくてはならない状況に陥った際に、有益だろうなんて意味合いなど、読み取れるものか。

「とはいえ、私は理事長としての職務以外には、ほとんど手をつけてはいません」

「そうなんすか? てっきり、こういうことの管理もしていると……」

「そこまで業務に入れたら、私は自宅に帰ることもできませんよ。もちろん、宿泊することもありますが。……それにしても、あちこち回ってきたようですが、どうですか、鷺花の依頼は」

「――へ?」

「おや、てっきりもう察していたかとは思いましたが、鷺花からそちらへ仕事の依頼があると、事前に教えてあったはずですよ?」

「それは、聞いてるっス……でも、紫月さんが雨天に顔出す時、一緒に行くって話をしてただけで――あ」

「その折に、最初の荷物を受け取ったはずですが」

「うっス。確かに、雨天への酒を、鷺花さんからの荷物として――」

「そして、この刀をここまで運んだ。これで一通りは終了です」

 珈琲をご馳走様でしたと言って、テーブルに空のカップを置いた忍は、笑顔ではなくやや複雑な表情で刀に視線を落としてから、手に持った。

 ――まだ、抜けそうにない。

 それが今の忍の判断だ。もちろん、以前のような効力はないのだが、それでも心が拒絶する。

「おそらく、これが最後になるのでしょう。――学園の設立理由が、地下にあります。そちらへどうぞ」

「地下……?」

「サミュエルさん、案内を」

「わかった。……相変わらず忙しないな」

「こう言っては何ですが、よい気分転換になりました。ありがとうございます」

 それではと、刀を持った忍はきちんと一礼をしてから、部室を出ていった。

「――すごい。こっちと、きちんと向かい合ってる感じ」

「うむ……凄まじい人格者だな。芯が通っている、好印象が強い。知っているのならば何故言わん、ミュウ」

「聞かれなかったからな。どうする、まだ珈琲を飲むか、往くか」

「――往こう」

 そうかと、白井も立ち上がった。揃って部室を出てから、ふいにミルエナが腕を組んで口を開く。

「しかし、ミュウは地下の存在を知っていたのか?」

「ああ――あまり話したくはない部類だ」

「そうか、ならば今は問うまい。……ところで、どこに行くんだ?」

「教師棟だ。鐘楼がある建物に何かしら仕組みがあると考えるのは常道だろう」

「ミュウはそう考えて探ったの?」

「……似たようなものだ」

 あまり話したくないのは事実なのか、白井はそれっきり口を噤んだ。それは日頃から、会話に加わろうとしない態度と似ているため、なるほど、確かにわかりにくい。

 だが白井は、この先にあることを考えれば、すべて知られるだろうから、今は話さなくても良いとも、考えている。

「ん? これ、職員用のエレベータじゃないの?」

「基本的にはな。早く入れ」

 入ったらすぐに扉を閉めた。白井はため息を一つ落としてから、内ポケットから取り出した学生証とは違うカードをパネル横のリーダーに読み取らせる。表示の色が反転し、四ケタの数字を叩くと、エレベータは下へと向かって動き出す――が、移動距離そのものは短く、三人が出るとすぐにエレベータは戻った。

 狭い階段の通路が伸びている。まるで鈴ノ宮にあった地下への階段に似た雰囲気だが――到着した先も、暗かった。

「いらっしゃーい」

 入ってすぐ左手に、半楕円形のテーブルがある。まるで図書館にある受付だ。声を上げた女性は落ち着いた洋服を着て、ひらひらと軽く手を振った。

「遅かったね。まずは――私は姫琴ひめこと雪芽ゆきめ、まあよろしく。サミュエルは久しぶり。三年くらい?」

「……そうだな」

 カウンターに肩肘を乗せるように動きを止めた白井は、彼女の前に白紙のページが開かれた本と、万年筆が置いてあるのを見る。カウンター奥には雪芽の部屋があるらしく、寝泊まりをしているそうだが。

「ミュウ、そんな前からこんなところに足を踏み入れていたのか?」

「そっちはミルエナね。んで、円つみれ、と。――はは、さすがにサミュエルのことは知らないか。隠してないから、わからないというか、気付けないというか」

「む……どういう意味だ」

「野雨にきて一年で、この場所にまで至ったサミュエルの洞察力と、行動力を評価してるだけ。つみれはまだしも、ミルエナはこの二点に関して呆れるほど呑気だったと揶揄しているのも事実。ともあれ、――ようこそ」

 彼女は言う。

「原初と呼ばれる場所へ」

――さあ。

 何から話そうかと、雪芽は珈琲を全員分カウンターに置いてから、改めて口を開いた。

「始まりの五人――なんて、呼ばれてるんだけどね。私は一応、その中の一人で、世界の記録を補助する形の魔法師になってる。常時展開型リアルタイムセルの法式でね、常に記し続けないといけない――で、ここはその書庫ってわけ。鷺ノ宮事件くらいまでは、原初の書、なんて通称も流布されてたくらいなんだけど、まあ読める人の方が少ないからね」

 書庫、と言われて広大な空間を振り返れば、カウンター周辺の灯りに照らされた手前は、棚があることをどうにか確認できる。しかし、更に奥はなにも見えない闇だ。

 ここには、大図書館独特の雰囲気である、圧倒的なまでの物量の気配が一切ない。それこそ現実に、つみれは言われなくては気付かなかった。

「どんな話を、どのような順序で行ったところで、それは円つみれ本人のことに関わるわけだから、どうでもいいんだろうけど……」

「――ちょっと待って。あたしは野雨のことを」

「うん、そうね。私たちのことを語るには野雨の知識が必要だし、私たちのことを知らなければ円の魔術師を語れない。そして、円の魔術師がわからなければ、つみれのことも知らないまま。でしょ?」

「――」

「……順序としては正しそうだ。どれ、私は聞き役に回ろう。どうにも後手でな、思考することも多い。任せたぞミュウ」

「そうやって面倒事を俺に投げる癖、どうにかしたらどうだ」

「ははは、知らんな」

「まあそうね、サミュエルは――最初から、知っていただろうし」

「なにがだ」

「円の魔術師の完成形」

「俺が知っているのは、完成形の末路と、円の魔術師が仕込んだモノだけだ。知っているだけで、理解はしていない」

「知ってるんだ……」

「それだけ知名度が高いことを自覚しろ」

「むしろ、そこまで至ったサミュエルを褒めるべきでしょうね。うん、ところでサミュエル、どこから話すべきだと思う?」

「――最初の一人を話せ」

「ああそっか、ゴーストのこと話さないとね。っていうかアレの場合、どうなんだろ」

「ゴースト? 幽霊っスか?」

「名前がないから適当に呼んでたの。私はゴースト、青葉はヴォイド、狼牙はフェイク、公人はネイムレス。――そうとしか呼べなかったってのは、あとになって気付いたんだけどね。私もまだ子供だったから、そういう理解には及ばなくて」

「どういう人だったんすか」

「どう……口数が多くて、表情がころころ変わって、それだけ頭の回転も速かった。蒼凰蓮華が状況を想定して望み通りの結果を出すと仮定したら、ゴーストの場合は望み通りの結果を出すために状況を想定して道を創るって感じで」

「うわ……」

「私が最初に逢った頃にはもう、識鬼者コンダクトの名は手放していたけれどね」

「――識鬼者!? あの、魔術において知らないことは何もないっていう……!」

「つみれ、そこに食いつくな。――手放した、その意味を考えろ」

「あ……」

「そういう、誤魔化された本質に気付くとこ、サミュエルのいいとこだね。地図をざっと見ただけで、気になる点がすぐ上がる。そこに足を向けてきちんと調べる行動力もあるわけだし」

「そうだ。手放すなんて……」

「ゴーストはね、所持しているあらゆるモノを〝譲渡〟することができたの。代償もなく、代価もなく、ね」

「待って。それは、でも、世界法則がある以上、等価交換は必ず発生するはずで」

「東京事変前、魔法師は極端に少なかった事実に目を瞑って、それを言える? あるいは」

「そうだ、あるいは、そいつの存在が、行動が、世界法則の陥穽を大きくしたが故に、世界の意志が判断を下したとも考えられる」

「……うん」

「そもそも残りの四人は、それぞれ譲渡されて受け取ったからこその、ハジマリの五人なんだろう……雪芽、どうして彼女には名前がなかった」

「ん、そうだね」

 口を挟んでいるわけではない。ただ言われた通り、会話の流れを白井が誘導しているだけだ。

「名前すらも、譲渡の対象だった……そういうことすか。そして、だからこそ、十一紳宮の姓を、今も誰かが使ってる」

「よろし。――ゴーストが消えて、ああ文字通りの意味で消えたんだけどね、消滅というかなんというか。それから五年後くらいにようやく、私たちが突き止めた結果、ゴーストの起源に至ったの。それが円」

「――円の、実験体、だった?」

「ついでに言えば、失敗作ね。何しろ完成形がここにいるし」

「それが理由か?」

「んん……どうだろう、私たちとしては、面白半分かな? たとえば、公人がアブを選んだように、紅音がベルを選んで、狼牙がコンシスを拾って、青葉がフェイを見つけて、ゴーストがマーデを掴まえたように、私も気まぐれでちょっと干渉しただけ。ゴーストに対して何かがあったわけじゃないし、そもそも私たちはそれぞれ違う役割を持っていたし」

「その――役割っていうのは、なんすか?」

「箕鶴来狼牙は〝放浪〟すること。椿青葉は〝滞在〟すること。躑躅つつじ紅音あかねは〝存在〟すること。嵯峨公人は〝発端〟であること――そして、私は〝記録〟すること」

「均衡……っスか、それは」

「疑似的に五つの柱を作って――その均衡は、もう崩れた。公人が先に逝ったからね。その結果、どうなったか、サミュエルは知ってるよね?」

「紅月の存在の台頭だ」

「紅月は――それまで、外出禁止時間帯にのみ、姿を見せていたって記録にあるんすけど」

「そうだよ。そして、今よりももっと小さかった。ちなみに、ゴーストはそこまで計算して、狩人法の施行に際して外出時間の禁止時間帯を決定させたんだけどね」

 どこまで察しているんだ、とミルエナが吐き捨てる。それを雪芽は、そうなるように道を創っただけと軽く否定した。

「あの、もう一つ」

「なに?」

「――それを、知ってるんすか、ほかの人は」

「境界線を越えた人間なら知ってる範疇かな。サミュエルなんかは特殊な部類。知識や行動力とかの中に、戦闘力ってのも境界を越えるには必要だから。ただ、厳しく言えば、野雨に住んでいて気にせずにいられる呑気な人間は、羨ましいと思うけど?」

「耳が痛い話だな……」

「で――なんだっけ」

「円に何をした、という話だ」

「ああうん、私はただ教えただけ。――ここにある記録に、繋げるための方法をね」

 たったそれだけの話だよと、雪芽は笑う。

 だからこそ知ることができていた現状がある。それを否定する気はない。

 だがそうであっても、だ。

 つみれには、その術式を使えてはいない――ずきりと、頭痛がした。

 正直、これ以上は、まずいことになる。そんな予感から、つみれは強く瞳を瞑って気付かれぬよう、ため息を足元に落とした。


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