--/--/--:--――円つみれ・理解している二人
久しぶりに外を出歩く気分はどうだ、と問われたのならば、蒼凰蓮華はどうもこうもねェよと、笑うだろう。懲役を食らって罰房に入っていたわけでもなし、娑婆の空気が美味いなんて思うほど、蓮華は外を知らないわけでもない。
ただ、刀を手にして歩いているとなればべつだ。というか、外に出るための理由付けを狙ってのことだろうと予想はしているので問題はないのだが。
それでも、喫茶SnowLightの雰囲気は随分と久しぶりで、店主の顔を見て軽く手を挙げた蓮華はステレオのシステムに変化がないことを確認しつつも、カウンターに座った。
「珈琲くれよ――それと、鷺花借りるぜ」
「まだ暇な時間だから構わないよ。俺としても、シフトに入っていない今日も出てきてくれているから、無理は言えない」
「そりゃァ勤勉でいいじゃねェのかよ」
どうだろうねと、店主は笑う。すぐに奥からエプロンをつけた鷺花が顔をだし、腰に手を当てて軽くため息。
「なに、来たの蓮華さん」
「おゥ、そういうふうに仕向けたンじゃねェのかよ」
「そりゃつみれに仕事を頼むとは言っておいたけれど、たぶん、これが依頼だとは思っていないだろうし、今は考える余裕すらないとは思うけど――まあ、どうなのかしらね。まあいいか」
「どうよ」
それは私の台詞よと、鷺花は隣に座った。
「こっちはもう確認してるから、蓮華さんもどうかって話をしたいのよ。つまり、術式は作動しているかどうか」
「だから、どうなのよ」
「それ私に言わせるの?」
「お前ェは鷺城鷺花だろうがよ、だったら俺よりゃァ言葉が重いじゃねェか」
「そりゃそうだけど……あ、村時雨は私が預かるよ、ありがと。父さんからってことでいいよね?」
「おゥ」
刀を受け取り、それはそのまま足元の影の中へ。ついでに鷺花も、店主に珈琲を頼んだ。
「――絶賛作動中ってことでしょうね」
「やっぱりそうかよ」
「つみれの術式が使われていないって私が認識できている以上は、そういうこと。だからここでの会話も、たぶん知られることはない」
「そりゃまたなんでよ」
「理解できたら、終わるから」
「へえ、安全装置かよ……ッたく、お前ェは面倒だなァ」
「私? それより蓮華さんの方じゃないの、面倒なのは」
「俺ァいいンだよ――」
蓮華は軽く手を振って否定の意志を見せ、カウンターに置かれた珈琲に手を伸ばす。
「過程そのものはどうであれ、結果だけ見れば限定的とはいえ俺と似たようなもんよ。それを魔術の領域でやっちまってンだ、そりゃァ鷺花にとっても実現可能ッてことよな」
「そうだけど」
「だから、面倒だろうがよ。円の魔術師、その完成形。潦と合わせるな、なんて言ってた馬鹿を連れてこいッてンだよ――どう考えたって、合わせられるわきゃねェだろうが」
「代償そのものは軽微であったところで、精神的にはどうかしら。むしろ潦と合わせる必要がない――と、そう思えるだけの成果を残していないのも事実」
「今の円つみれ自体、奇跡的に完成したッて言いたいのかよ」
「少なくとも当事者はまるで理解できていなかったでしょうね。一応、師匠の方で研究資料そのものは回収して保存しているし、私もそれをざっと見てはいるけれど」
「どうよ」
「可能かどうかと、それを私に問うのなら、もちろんできるわよ? だってそれは魔術の領分であって、私は魔術師だもの」
「だから面倒だって言ってンだよ」
「……まあねえ」
この状況はそもそも、矛盾を孕んでいる。つみれの術式が作動している以上、それを鷺花は察知できず、使っていないと認識してしまう。それが理解できてしまうと、現状が現実であることに、偽りが混じる――と、面倒な話だ。
「だったらココも、条件に入るンじゃねェのかよ」
「ある程度は必要なことだもの、制限がかかっているなら閲覧も可能ってところでしょうね」
「やっぱ面倒じゃねェかよ」
二人は理解している。円つみれが扱う魔術がどんなものかを。
――この状況下で、理解していた。
「円の研究内容について教えろよ」
「あれ、蓮華さん知らなかったっけ?」
「俺を何の専門だと思ってンだよ……予想はするけど、知識はあんましねェンだぜ」
「呆れた」
「あのな……俺がいちいち動くと不味いのは、お前ェも一緒なんだろうがよ」
「ああうん、さすがに蓮華さんを封殺するのには骨が折れるし、せいぜい足止め三時間ってところが現実的かな」
「恐ろしい女になっちまったモンだよ。で?」
「ああ、円ね。あれは本来、文字通りサークル――循環ではなく、内部で延延と回してるってのが基本だったのよ。その特異性に関して介入しなかったのは、そういうこと」
「てめェの尻尾を噛んで、ぐるぐる回ってたッてだけかよ」
「悪く言ってしまえば、そういうこと。その円環から抜け出したのが、つみれの存在ね。でもまあ、それだけじゃないってのは、蓮華さんも知ってるでしょ」
「円の家系、ねえ……俺が知ったのも随分とあとになってからだよ」
がりがりと頭を掻く蓮華は、仕方なそうな表情で、カウンターの壁際に一度だけ視線を投げた。けれど、ただそれだけだ。
「この状況が早く終れと思っちまうのは、過ぎるかよ」
「過ぎはしないでしょうね。やれやれとため息を吐く気持ちはわかるけれど、こんなものよ?」
「お前ェはいいよ――けど、俺は立場上、忘れることができねェンだぜ」
「え? どっちかっていえば、この可能性も考慮できてしまうってことでしょ。でも、すべてが無駄になるわけじゃない」
「まァ、俺や鷺花にとっちゃそうよな。無駄にはならねェ、いくら規定されていようとも手繰ることができちまうのよな、これが。だから面倒だッて話よ」
「んー……」
「そうでもねェッてかよ。つーか、どうなりゃ終わるンだよ、こりゃ」
「どうなるって……ああ、そうか、わからないか。予想はしてるだろうけど、見解は私任せなのね」
「お前ェが魔術師じゃねェッて言うンなら、話はべつだよ?」
「わかってて言わない。まったくもう……師匠といい、蓮華さんといい、どうしてこうなんだか」
「おいおい、あいつと俺を一緒にすンな――ああ、制限がかかったな、こりゃ。ッてことはだ」
「うん、師匠と逢えばたぶん終わるでしょうね」
「なんで鷺花じゃねェンだよ。言っちゃなんだが、遜色ねェだろうがよ」
「立場が違うし、背負っているものも違うからね。私は意図的に流していることも、師匠の場合は意識して留める方に作用することもある」
「そりゃまァ、あいつと鷺花は違うしなァ……つーかよ、あいつの名前が出せないッて時点で、これも把握してンだろ」
「そうみたいね。私は最初からそのつもりだったけど?」
「ここでの会話は知られないとか言ったのは、どこのどいつだよ」
「いや、知られないようにすることは簡単だって意味合いよ。いくつかの手段を使って、禁則ワードを言えるようなら、そのまま遮断されるはずだから。問題になるのは、それを認識されている場合、状況そのものが終了することにもなる」
「ああそうか、そういう終わらせ方もあるよな……」
「ただこれも条件付けがあるの、わかるよね」
「あァ、俺が単独でただ呟いたところで、認識されなくちゃァ通じねェッてことよな」
「だからって、他人が介入して終わらせるのも、どうかと思うんだけどね」
「だったら、ほかにどんな方法で終わるのよ」
「わかってて聞くんだから……ああはいはい、ただの愚痴だから言わせようとしないでも、ちゃんと話を合わせるから大丈夫よ。あとはそうねえ、まず王道なのが二つ。魔力不足における収束と、知識量の増大における容量不足って状況」
「それ、どんだけ先の話なんだよ?」
「あ、聞きたかったのはそこか。うーん、魔力量が比較的少ない小夜みたいなタイプだったとしても、まあどうだろ……魔力に限定するなら五年? 知識量だとさすがに一年くらいと目途に見ているけれど」
「冗談じゃねェだろうがよ」
「うん? ああ、まあそうかもね。いつでも終わらせられる余裕もあるんだけど……どうかなあ」
「お前ね」
「大丈夫だって――いざって時の手は、打ってあるからさ」
「よし、ンじゃァお前ェに仕切りは任せたぜ」
「――げ」
やられた、と思った時には遅く、蓮華はにやにやと笑っていた。
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