--/--/--:--――円つみれ・学内ラジオ

 いつものよう昼休みの時間に部室に顔を出したまどかつみれだが、ただいまと口にして中に入った途端、ひらひらと手を振ったミルエナ・キサラギが指を立ててそれを己の唇に軽く当てた。静かにしろとの合図に、何かあるのかと首を傾げつつも珈琲の準備を始めたサミュエル・白井を見れば、軽く肩を竦められた。

 席に座って昼食を取り出せば、ミルエナはテーブルに置いたタッチパネル形式の端末に触れて、やや音量を上げる。そこから流れ出したラジオ番組に、ああとつみれは納得した。

 学内ネットワーク内部にある、リアルタイムラジオ配信だ。ネット上での配信だが、リアルタイムで発信される。昼に限定すれば、記憶にある限りでは三つほどの番組があるはずで、流れてくる声から判断するに、一番人気のあるラジオだった。学園祭などでは、放送部の頼みもあって、進行や宣伝を含めて、パーソナリティに抜擢されたとか。

 リスナーなのかな、なんて思いつつも、今までは聴いている姿を見たことがなかったのだし、はてさて、メールでも送って採用される可能性でもあるのだろうか。

 白井が持ってきた珈琲を受け取り、こういう時間もいいかと食事をしながらラジオに耳を傾けた。

『――というわけでだ、この話は終わりってことで。いや何話してんだろうね俺は。はい、次のメールはっと……ああ、そういえばさあ、今は基本的にネットラジオって主流っしょ。いつでも聴けるって点はいいし、この番組も一応リアルタイムだけどログは残るしね。二本撮りが主流で、メールチェックなんかも打ち合わせの段階でするわけ。あれいいなあって俺は思うわけよ。いや経験したことあるけど。この番組はほら、どういうわけか――ってあんただよプロデューサー! 知らない人には言っとくけど、マジでリアルタイムで送られてくるメールに目を通してんの俺だから! そりゃ最初は面白そうだなんて言ってたけど、結構大変なんだからな――え、次のメールに行けって? 三十八番目のやつ? ほらこれだ! くそう、採用はだいたいディレクターがやんのよ、これ。だけど事前に目ぇ通しておかんと、話題もなかなか広げられないっしょ? ――あ、苦労してんだぞってアピールじゃなく、そういうとこを前提にしてメール送ると採用されやすいぜって意味合いで。うん、そういうことにしといてください。

 ペンネーム、パズさんを心配し隊さんからいただきましたー……って、また俺の名前増えてんなあ。まあいいや、パズさんこんちはー。はい、こんちはっす。いつも楽しく番組を聞いているのですが、昼の間ずっとやってるパズさんは、いつ昼食を摂っているのですか? 正直、食べる暇なく話してると思うんですが……。

 心配してくれてありがとう! マジトークすると、基本的に食べ物は軽く摘まめるものにしてるよ。たまに水飲むタイミングとかで放り込んだりとか。あとは曲紹介の時かな。ない時もあるんだけど、ほら、うちの番組ってインディーズ系の人たちから宣伝を頼まれたり、学内での活動を配信したりするっしょ? あーでも、動画配信なのになんで俺の顔出さないんだってメールもあったね、そういえば。顔出しNGってのは事務所の都合――じゃねえよ! だいたい野郎の俺の顔見ながら食事してもつまらんだろ! は? 喉に詰まる? うるさいっての! つーか、なんでこれ読ませるんだよー、なんか策略を感じるぜ。いやだって、構成台本上だと、この次に曲紹介なんだよね! いや俺も人間だから、曲聴きながら昼食摂るんだけどさ!

 ってことで、一曲行ってみようか! 今回は、一昨日に行われた小さいライブの映像だぜ! 女性五人のガールズバンドで、曲はほとんどオリジナルな上、なんとジャズバンド! 全編通しては無理だから、ハイライトでお送りします。おっと、正式なバンド名がないので、紹介しにくいけど、行ってみよう。野郎諸君、じっくり見ろよ? じゃあどうぞ!』

 出たぞと、携帯端末を中央に押し出す。白井はそれを一瞥し、つみれは額に手を当てた。

 どういうルートで流出したんだ。いや間違いなく記録していた放送部関連なのだろうけれど、こちらに許可を得ていない時点でどうかと思う。いや、あるいはほかの人の誰かが許可を出したのかもしれないけれど。

 ちなみにあとで聞いた話だが、ミルエナも白井もきちんと会場にきていたらしい。

 去年よりもやっぱり良い音楽にはなってるなあ、と思う。あとカメラワークも上手いし、ソロパートもきっちり追っている。いや、むしろ編集の腕なのかもしれない。カメラは最低でも七台は確認できていたし。

 ハイライトというのは本当らしく、十分くらいの繋ぎ合わせで終わった。アイキャッチが軽く入り、また同じ声が戻る。ちなみにこのパーソナリティ、名前は明かしていない。パーソナリティなのでPSだと当人は言っていて、読み方はリスナー任せだ。つみれは去年、当人とプライベイトで顔を合わせたことがあったりもする。

『――はい、というわけでハイライトでした。いやあ楽しそうだったね、俺は現場で見てたけど、かなり良かったよ。一応告知もされていて、学内通知の隅に載ってたんだけど、見逃した人もいるんじゃないかな。そこで朗報だ! 学内ネットワークにある放送部のサーバに、注文フォームができてるらしいから、確認してみてちょうだいな。

 さて男子諸君、ちゃんと見たか? ここで俺から朗報が一つある。――全員、旦那がいるそうだ。ここ、彼氏じゃないところが凄いよなー……っておい! 泣きメール多すぎだろ! は? 奪えるかって? 無茶すんな! 棺桶屋が儲かるだけだ! つーかマジで厳しいんだって、あれ。いやね? 実は去年の学園祭でも彼女たちがライブやってんのよ。でも当時は、曲の主体がジャズってことで、俺ら学生よりも年輩の客が多かったわけ。宣伝もしてなかったみたいだしね。俺は仕事柄、興味もあったし、去年は学園祭のラジオもやらなかったから、現場で聞いたわけよ。――ん? あ、そっちの記録はあるのかって? ちょっとわかんないな、放送部のレスポンス待ちってことで……おっと待った、どうやら時間が多少かかるらしいけど、あるみたいだね。注文フォームにもうあるのを発見したよ。

 そうそう、だから俺、去年の学園祭が終わってからしばらくして、彼女たちに逢いにいったわけよ。つっても、そん時はメンバーの内の二人だけだったんだけど――マジ、ナンパじゃないっス。学生証も見せた上で、俺もちゃんと身分明かして、取材じゃないけど、その辺りの交渉もどうかって――なんで俺、五分後に正座してんの? 片方の人はにこやかに笑って見てるし! 止めろよ! いやお願いしますから止めてください! なんで当たり前のように受け止めてんの? わけわかんねえ! 見慣れてるとしたら、それはそれで問題だろ……問題にはしなかったけどね。

 え、なにスーさん。じゃなかったディレクター。……今の話の許可? え、なに誰に。……彼女たちに? あー、うん、許可なんて……貰ってない、ね、うん。

 ――マジすみませんっしたあ! 聞いてても聞いてなくても謝罪に行くんで、勘弁してください! 生放送だからカットもできねえ! みんなすまん、私情、プライベートなことだけど許してくれ! 本気で怖いから俺! く……っ、なんて迂闊なこと言っちまったんだ俺は! 手土産も買っておかないといけないし、スーさん付き合って! 買い物なら? そっちの意味もあったけど違う意味もあったのに!

 ごめん、ちょっと落ち込ませてくれ……うわー大出費だこりゃ。クレマチ茶屋の和菓子セット五人前お買い上げありがとうございますってやつだ……あーどうしよ。許してくれなかったら俺泣くかも。くそっ、ザマーミロのメールが増えてるんだけど、お前らちょっとは俺に同情してくれよ! リア充爆発しろ? 俺まだスーさんと付き合ってねえよ! 仕事上の付き合いはあるけどな!

 は? ちょっと待ってスーさん、え? 俺の携帯端末の電源入れろ? なんでそんな怖いこと言うんすか! 同級生なんだからちょっとは手加減して欲しいんだけどねマジで! こえー、番号変えちまおうかな今から……うっわ、本当に怖くなってきた! 暖房! 暖房入れて! くそっ、進行したいのに台本が読めねえ! こんな動揺したの初めてかも! この状況でオンエア続くの? まだ三十分ある? ジーザス! ほんと御免なみんな! ちょっと落ち着きたいから、さっきの音楽をもう一度、どうぞ! 逃げるんじゃない、逃げたんじゃないからなお前ら!』

 本当に先ほどの映像が再び流れ出した時点で、ミルエナは大笑いだった。

「ははは、つみれ、どうなんだこれは」

「とりあえず茶菓子の予定が入ったねえ。去年は真っ先に連理れんり先輩と紗枝さえさんとこ行ったから、大変だったらしいよ? 本人が、だけど」

 ぽちぽちと携帯端末でメールを打っておく。それほど気にしてないよ、連理先輩は知らないけど、と――ああ、これ受け取ったら余計に怖いかな、とも思うが、まあいい送信だ。

「これ知ってて?」

「む? いや、私はこの学園にきてから、ずっと聞いている。リアルタイムでは久しぶりだがな。それなりに評判も良かったし、映像が流れるのではと思っていたのは確かだ」

「あ、そう」

 などと話していると、久しぶりに蒼凰そうおう連理が顔を見せた。相変わらずミルエナの入れ、の言葉に微妙な顔をしていたが、定位置の席に腰を下ろす。

「今日は静かね」

「あー、ラジオ聞いてるから」

「ふうん」

北上きたかみさんが、情報漏らしたからあとでクレマチ茶屋の和菓子セット持って謝罪にくるって言ってたよ、オンエアで」

「え、なに、どういうことよ」

 内容を軽く説明すると、連理はやや思案顔ではあったものの、ため息を一つ。

「しょうがないねえ、それは。っていうか、私そんなに厳しくしてないケド」

「うん、五分後に正座だったけど、厳しくはなかったかな」

「そういえば、随分聞いてなかったわね」

 知り合いなのかとミルエナに問われ、うんとつみれが頷いたタイミングで、ラジオは再開した。

『はいっ、何もありませんでしたよー。ないよー、本当だよー。編集点入れたり、摘まんでくれと頼んだり、――できねえのが生放送。不甲斐ない俺のために急きょ、ゲストをお呼びしました! どうぞ!』

『みなさん、こんにちは。ゲストの七草ハコです。――で、パースはどういうつもりなの、これ』

『え? ゲストよ、ゲスト。決して俺がテンパって進行できるかどうか不安だからって、プロデューサーが連れてきたお目付け役じゃないよ?』

『あのね……ゲストならちゃんと紹介してよ。だいたいね、うちの番組は収録だけれど、落ち着いた雰囲気で売ってるわけ。Pは一緒だけど方向性は違うの。あんたみたいにテンション高くしてないし』

『収録いいよね、マジで。あ、ハコさんは学内で流れてるべつ番組のパーソナリティを務めてるの、知ってるかな? 音楽紹介や店の紹介なんかもするんだけど、聞いての通りこっちの番組とはぜんぜん雰囲気違うから、――詐欺だろあれ』

『失礼なこと言わないでよ、キャラ作りなの。あんたと違って自然体でやってないの。だいたい、生放送でこの薄い台本なに? うちの半分以下よ、以下』

『そこは俺のアドリブが求められてるんだよ!』

『アドリブを磨きたいならアニメ収録の現場で学べばいいのに。放送事故を起こしてからじゃ遅いの。わかってる? わかってなさそうねえ。っていうか、なんで私なの』

『そりゃ俺と同期だからよ? リスナーだって、ハコさんがこんなふうに自然体で話してるの聞くの、新鮮じゃないかな。数字取れるよ?』

『ゲストできたのに数字気にしてどうすんの……いや本当、台本も手元にないし、何を話せばいいのか、打ち合わせも準備もせずにブース入れられたんだけど、そこんとこパースがフォローするわけ? 心配ねえ、ほんともう、どうしてコイツを使ってラジオやろうなんて思ったんだか』

『失敬な! ――待てお前ら、ハコさんが気になった野郎たち気持ちはわかるが、俺の番組終わってからそっち聞いてくれよ! なんでそんな連携してんだよ!』

『ペンネーム、アーレンベルグさんからいただきました』

『え? 何故にハコさんが読んでんの?』

『うるさい』

『すんません……』

『アーレンベルグといえば、パリからルーベへと向かう途中にある有名な石畳の道ですね、とても有名だと聞いていますよ。確か、英語圏ではアランベールと呼んでいたのではないでしょうか。……ラッパーさん、こんにちは。七草さん初めまして』

『ラッパーじゃねえYO! その呼び方止めてくれって言ったはずだYO!』

『初めまして、よろしくね。お二人の会話を聞いていて、仲が良さそうにも聞こえたのですが、同業者という理由だけですか? よろしければお答えください――はい、丁寧にありがとう。そうですね……』

『ちょ、ちょっとハコさん、乗りがそっちのラジオになってっから! これ俺の番組! もうちょいテンション上げて!』

『ヘルプ送ったのあんたでしょうが……』

『そうだけど! だけども! いや、確かにハコさんとは同業者なんだけど、いわゆる同期で一緒に養成所とかにいたのよ。昔は舞台に上がったりもしたよね』

『……』

『そこで沈黙とか勘弁してくれって! これ生放送だから! 空白摘まむとかできないんだって! あと、ちゃんと肯定してくれよ!』

『事実だけれど、なんだか認めたくない。あと――』

『あと、なに?』

『携帯端末の電源入れたら?』

『ジーザス! ヘルプのつもりだったのに敵を招き入れちまった! 俺の味方はリスナーだけなのか? ――って反応早いな! しかも肯定と否定が半半ってお前ら冷たいぞ!』

 相変わらずねえと、連理が口を挟んだ。頬杖をついて、聞く体勢ではある。

「あ、先に言っておくけど」

「なに、連理先輩」

紫月しづきさんが、明日の九時くらいに顔を見せろって。なんでも雨天うてんに行くから、つみれもどうかって」

「らーじゃ。ありがとね」

「ん」

 ラジオは続く。

 自分たちで会話をして時間を潰すのではなく、他人の会話を聞いて時間が過ぎるのを感じるというのも、それはそれで、悪くはなかった。


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