--/--/--:--――円つみれ・二度目のどーしてこうなった
十一月十六日のことである。舞台袖の控室にて、メイクを先に終えたのはつみれとなごみの二人だったのだが、しかし――。
「どうしてこうなった」
「それ、よう言うとるぞん、つーやん」
いや、そう言いたくもある。確かに清音が手配するとは言っていたものの、まさか学園のステージを貸し切ってやることになるとは思わなかった。しかも、今回は彼女たちのために整えられているのだ。
「……まあいいや。客の様子とか、先に見てくるねー」
「あ、うちも行くべや」
衣装は揃えているわけではない。つみれは膝下まである淡色のドレスであるし、なごみはスラックスに蝶ネクタイと、動きやすくなっている。見ればメイクをされている紗枝は装飾の多いドレスで、腕周りだけを意識されているし、火丁はいつものような赤を基調とした和服だ。連理はやや短いスカートの、どこかの学校の制服にも見える格好である。
まあいいやと、サックスを手にして、なごみはスティックを二セット持って舞台に上がった。
――歓声がある。
ひらひらと軽く手を振って自分の位置にサックスを置くと、照明の眩しさに目を細めながらも、まだ明りが消されていない体育館内部を見渡した。ステージ近くは立ち見となっており、外周の観覧席はそのままだが、多くの知り合い――たとえば清音や五六などは、観覧席の方にいるようだ。あとは招待客も向こうなのだろう。
「――あれ? なんか、平均年齢下がってない?」
声の広がりから、あれマイク拾ってるじゃん、とか思いながらも気にしないでいると、なごみも隣に来て目を細めた。
「ほんまや……というかつーやん、うちは身内が楽しむためやと思うとったがー、学生がおるじゃんけ」
「んだね」
「――あら、一応学園内に参加者募集の通知が行われていたのですが、ご存じなかったですか?」
振り向けば、紗枝が歩きにくそうに近づいてきていた。軽くピアノの表面を手で撫でて合流する。
「そなの?」
「はい。去年のライブが映像と音楽と両方、販売されたことで、それなりに評判があったようです。そこで今回、この場を作るに当たって、参加者を募ることで学園側から場を提供する理由を作ったようです」
「ははあ……ってことは、今回もいるんだよね! こら映像係と録音係!」
言うと、何故か笑いが起きる。
「つーやん、あれあれ」
「なによう、なーご……ん?」
右側を見れば、そこにある大型液晶にはつみれの横顔がばっちり映っており、その下には、バッチリです。ご安心を! なんてテロップが流れていた。
「ご安心を、じゃないっての! 肖像権! あといろいろ! 事後承諾じゃ今度は許さないかんね!」
「したっけ、曲どないするん? うちら、あれから一度も合わせたことなかろ。曲順も決めてねーべや」
「なんとかなるって!」
続いてきたのは火丁――その後ろに、連理がやや呆れ顔できた。
「本当、火丁はまたそうやって……」
「火丁様にそう言われると、なんとかなりそうな気がしますね」
「紗枝やんまで、しょんにゃーにゃ」
「え、それなに語よ。でもまあ――やることは変わんないか。あたしらが楽しむのが一番ってことで。そんなのを聞きたがる奇特な人も集まってるしねえ」
吐息を一つ落とし、つみれがサックスを手にする。観客に背を向けたまま見れば、中央のつみれに対し、左右にそれぞれベースの火丁と、アコースティックギターの連理。そして奥、これまた左右にピアノの紗枝とドラムのなごみが配置した。
「んじゃ軽く音だしチェックねー。マイク! 拾えてるか確認しといてね!」
大丈夫だろうけど、と思いながらそれぞれが軽く音を出す。一つ一つ、何の音が出るかを確認するように、音が正しいかどうか、配置に問題はないか。
けれど――わかる。
お互いに探り合っている、いや、手の内を隠している。
大げさにはしない。軽く、どこまで上達したかを仲間内にすら示さないような、やり取り。
連理は苦笑、なごみとつみれはにやにやと笑い、火丁はどこか照れたように――紗枝は、全体を見るようにして微笑んでいる。
そして。
これ以上の会話を必要とせず、演奏は始まった。
単音――。
音出しが済んだ頃合いを見計らって、やや高い鍵盤を強く一つ、叩く。それは長く余韻を残して広がり、彼女たちに違う意味の笑みが浮かんだ。
それは、挑戦状を叩きつけられた時、その嬉しさに浮かぶ不敵な笑みと同じだった。
観客席が静まり返る。そんな中、紗枝のピアノが音を続けた。柔らかく、優しい旋律。先ほど叩きつけたような強さはなく、流れるような柔らかさに、瞳を閉じて聴きたくなるような心地よさがあって、そこに。
やはり似た性質を持つ、連理のギターが混ざった。のんびりとした空気、思わず口ずさみたくなるような長閑さ。それを聞いたつみれは、躰を半分後ろに向けるようにして見る。
以前は何曲目に披露したんだろうか――そんなことを思いながらも、感じるのは完成度の高さだ。前よりもずっと息が合っているし、演奏の仕方が変わっている。連理の合わせ、紗枝の主張、性格からか以前は逆だったのに――上手く馴染んでいた。
心地よさに不穏な空気が混ざる、ベースが一つ。
低い音色で奏でられるベースはしかし、以前よりも棘がない。むしろ、長閑さの中に混じって行けるような柔らかさを持って響き、――ああ。
始めよう。
――あたしたちの音楽を、楽しもう。
最初にギターが消える、ピアノの速度が増していつしかなくなり、ベースが強い音を鳴らす、そして。
顔を思い切り殴りつけるようなサックスが、響いた。
ここからはサックスソロ。雰囲気は一転、暴れるように吹き鳴らし、強さを表現して一気に気持ちをひきつける。
呼吸、そのタイミングでなごみがドラムを蹴った。
吹く。
僅かに発生する、意図して作られた不協和音。基本はかみ合っているのにも関わらず、ところどころで音のちぐはぐさを表現する。けれど、それが違和感にならず〝音楽〟になっているのは、作曲した紗枝の技巧なのだろう。
それは挑戦状だ。
ドラムとサックスが、ぶつかり合う。
構わない――そもそも、マイクスタンドがあるわけでもないのだ。ステージ上の音は上手く拾ってくれる。
だから、つみれはなごみを見る。口の端を歪めるように、勢いよく叩きながらも視線が合う、そして。
もう我慢ならんと、火丁のベースが乱入した。
いや、もちろんそれもこの曲の進行通りに――だ。
一瞬、ベースに気を取られるようにサックスが弱まり、逆にドラムは勢いを増す。慌てたようにサックスも出るが、ドラムとベースの勢いが強い。
そこへ、はいはい落ち着きなさいと言わんばかりの連理のギターが入って主導権を握り、全体の雰囲気をやや弱める。やがて飽きたように、ベースが消え、一小節の間を置いてからピアノがフォローに入った。やや強く叩かれる鍵盤の音色の数に、休憩を促されたサックスが消え、ドラムが曲を締めた。
この一曲で十分弱、ようやく観客席にいた蓮華は笑い声を上げた。
「ははッ、変わってねェよなァ。お互いの関係を上手く曲にしてやがるンだよな、これが」
「作曲の妙ですね。だからこそまとまっている」
「
「ええ、そうなります。あとで以前のものも手に入れようかと考えていますが」
「なら、上達したかどうか、腕の程を確かめてみたいもんだよなァ」
笑いながら、蓮華は言う。
「――メドレーをやれよ!」
拍手や指笛に混ざって届いた声に、あ、父さんだと連理がマイクに乗らない小声で呟いたのを、つみれたちは耳にした。もちろん蓮華とは全員顔見知りだ――となれば、応えないわけにはいかない。
それぞれタオルで汗を拭いたり、スティックを拭ったり、水を飲んだりしていたが、視線を合わせて頷く。
心は一つだ。
――おっさん連中を引き込む。
そういう時は既存曲のメドレーでもやって聞かせるのが一番だろう。
すぐに、火丁が口を開いて歌いだした。以前と同じチルドレン・オブ・サンチェスの入りだが、今度はきちんとボーカルから。すかさずタイミングを狙って、連理のギターが合わせに入る。けれど、最後まで歌いきると長くなってしまうため、途中は端折って歌が終わり、ドラムが入った。
特になごみのお気に入りの曲だ。なんでも、騒がしくて良い、とのこと。トランペットの代わりで入るサックスのつみれも大変だが、本来は混ざらない紗枝のピアノも上手く入ってくる。これらの連携はあまり変わらないのだが、技術が上がったのは演奏している彼女たちも実感していた。
自分が――ではない。ほかの人たちが、だ。
メドレーに入る曲はよく五人で聴いていたジャズばかり。フライデイナイト・イン・サンフランシスコをギターとピアノでやってみたり、そこからアール・クルーへ飛んだかと思えば、エヴァンスのピアノジャズへ変わり、グレイトジャズトリオへ行ってと、十曲以上を回しながらテンションを上げて、これは十五分ほどで終わりを見せた。
タオルで拭った汗が尋常ではない。あとで体重計に乗ってやれ、なんて思いながら視線を合わせて、全員が笑顔。やはり飲み物や汗を拭う。
「うひい、前ん時より疲れたかもー」
「なによ火丁、まだ肩慣らしでしょ」
「うぬっ、レンちゃんの余裕が憎らしい!」
「叫べる余裕があるなら充分ね。――さあ、楽しもう」
「ん、紗枝さん」
「はい。それでは」
「あいお。なーご!」
「ほいよ」
一発目から強いドラムが音楽の入りを作ると、火丁のベースソロが始まった。最初の曲のように激しく荒荒しくではなく、柔らかくゆったりと。
ちなみに火丁、以前はこの曲が苦手だった。いわゆる落ち着きがなかったからだが、今はむしろ楽しそうに奏でている。そこに紗枝のピアノが加わって、音は増えたのだが余計にしっとりとした感じになった。この曲を作ったのは連理だ。
楽しいと、素直に感じられたつみれは、余計なことを考えない。どうして楽しいと感じるだとか、どういう関係だから連携ができるとか、そんなものは終わってからじっくり考えればいい。
今は、ただ、終わりが見えているこの楽しい時間を命一杯楽しめばいいだけのことだ。
それこそ――何もかもを忘れて、没頭すればいい。
かつて舞台に上がった時は、それまでに過ごした五人での日常を思い返し、それが終わることの寂しさと、その結果が今あることに喜んだものだ。
けれど今は違う。
これが最後だとは思わないけれど、次はないかもしれない。舞台を降りて明日になれば、つみれは白井とミルエナと共に、変わってしまった生活に身を投じるのだろう。
だからこれは日常の切れ端。零れ落ちた一滴が、器の中に運よく収まっただけの、その場限り――だからこそ、なおさら、楽しもう。
切れ端であっても。
その日常は、まだここにあるのだから。
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