--/--/--:--――円つみれ・付き合いの長い二人
翌日、蒼凰蓮華の宅に邪魔をしたのは、昼食を自宅で食べてからのことである。
昼前にお邪魔すれば時間が多く使えるが、以前のように昼食を作ってくれるのだろうし、そこまで世話になるのも気が引ける。一応は蓮華からのお誘いになるのだけれど、その要因はつみれにあるのだ――となれば、こうして手土産の一つも購入して訪れるのが自然だろう。
もっとも、どんなものがいいのかと考えても答えが出なかったので、連理が好きな和菓子屋で、それなりに長持ちする菓子を購入した。この選択が外れていないことを祈りつつもインターホンを押すと、しばらくして蓮華が相変わらず青色の中国服で顔を出した。
「よォ、そろそろ来る頃だと思ってたよ。連理はいねェが、入れよ」
「お邪魔するっス。あ、これつまらないものっス」
「なんだよ、ガキが一丁前に気ィ遣うじゃねェか。ンじゃ、茶請けに出し――ちまうと、こりゃあとで連理に怒られるよな」
「あーうん、先輩好きだから、そこの。半分くらいとっとけばいいんじゃないすか?」
「そうするか。おう、すぐ戻るからリビングな――来たぜ」
蓮華の先導で中に入ると、先に来客がいて、こちらを振り返っていた。
長身――に、なるのだろうか。顔も含めて全体的に細い輪郭をしていながらも、佇まいが酷く落ち着いている。年齢からくるものなのだろうか、それとも――その、袴装束の印象だろうか。
「おゥ、
「え……? あ、どもっス、円つみれっス」
「蓮華から聞いてるぜ。まァ、あいつに言わせりゃァ俺がいるのも好都合ッて話なンだと。座れよ円、気にするこたァねェ」
「ういっス。――なんか、ミュウが……サミュエル・白井が世話になったみたいっスね」
「聞いてンのか?」
やや迂回する形で隣に座ろうとしたつみれは、逆側に小太刀が二本揃えて置かれており、ぎくりと身を強張らせるが、すぐに肩から力を抜くように腰を下ろした。
「一度、世話になったって聞いてるっスよ」
「ああ……まァ、俺の余暇の過ごし方だからなァ」
「お前ェの場合、相手もそうそういねェだろうがよ」
茶菓子とお茶を持って、蓮華が戻ってきてそう言うと、うるせェと暁が返す。
「ッと、あのよ? 俺と暁は昔ッからの友人なのよな、これが。付き合いもそれなりに長ェし、たまにゃこうして茶も飲む間柄ッてことよ」
「つッても、だいたいは盆か正月くれェなモンだろ。今日だッて、クソ爺が戻ってなきゃァ家を空けることもできやしなかったンだぜ」
「そう言うなよ、いいじゃねェか。昔みてェに遊ぶわけでもねェよ」
「まァな……」
「えっと、一応あたし、鷺花さんにも世話になってるんすけど」
「鷺花? あいつも手広くやってンなァ。うちは放任主義だ、義理不義理は気にしねェし――おゥ、演習記録は読んだぜ」
「へ? 暁さんって、武術家なんすよね。読めるんすか?」
「おいおい、なに言ってンだよ――ッて、知らねェか。暁だってそんくれェはできるのよな、これが」
「くれェッて何だてめェ。いやな円、俺もずっと家に閉じこもってたわけじゃねェし、戦場を転転としてたこともあるンだよ」
イメージが浮かばないのは仕方ないだろう。それも必要なことだったのかな、なんて思いながらお茶を受け取り、頷きを一つ。
「そうなんすよ、その演習っス。蓮華さんならどう動くかってことと、あたしの動きに関して何かないかなーと思っての連絡だったんすけど」
「わかってるよ。暁、どうよ」
「ん? 俺? あー……いいんじゃねェのか、これは」
「詳しく説明しろッて言ってンだよ」
「うるせェな、口下手なのは変わらずだッて知ってンだろ、お前は」
蓮華が突っつき、暁が返す。こうした男同士のやり取りはそれなりに新鮮で、本当の意味での友人なのだろう、お互いに険悪さが一切ない。むしろ、当たり前のような憎まれ口だ。
割り切っているというか、お互いの距離を熟知していて、さっぱりした関係だ。女同士ではこうはいかないんだろうなと思うけれど、じゃあミルエナとつみれはどうなんだと問われた時、たぶん即答はできない。
「なんつーか、上手く制御してンじゃねェか? 駒の動きとしちゃァ充分だろ」
「――」
その一言は。
つみれにとって、それなりに、重かった。
「そうっスか……」
「あァ? なんで落ち込むんだ、褒めてるンだぜ」
「暁、お前ェなァ……円は俺に判断を求めたのよな、これが。となりゃァ、駒としての動きじゃァ不十分だろうがよ」
「あァ――いや待て、そうだったとしてもだ、蓮華と比べちゃァ不味いンじゃねェのか」
「不味くはねェよ」
「ねェか」
「おゥ」
もう一度見せろと、暁が言うとテーブルの表面に映像が浮かぶ。つみれの自宅にもある映像投影システムだ。これは以前にきた時にも見たので、驚きはない。ただし内容は書類形式ではなく、シミュレータとして状況が動いていた。
それぞれに色分けされた各人が、仮想の山を動いている。さすがに山そのものの再現はしておらず、ただ傾斜だけが表示される山の形でしかないが、それでも非常に全体図は読み取りやすい。
再生すれば駒たちが一斉に動き出す。つみれも改めてその動きを視線で追った。
「暁、お前ェならどう動くよ」
「あァ? 知ってンだろ、俺ァ基本的に待ちだ」
「待ちっスか?」
「状況がくるまで
「そういう態度が厄介なんだよ、お前ェは。待ちの構えの癖して、動かねェなら扱いも簡単なのによ」
「動かねェなら鴨撃ちもいいとこじゃねェか」
「違いねェのよなァ……で? 暁がこの場にいたらどう動くよ。俺が居る前提で」
「蓮華が? そっちの位置は?」
「そうだなァ、ンじゃァつみれの位置よ」
「部隊指揮をするンなら話はべつだぜ」
「その、べつの話をしろッて言ってンのよな、これが」
仕方ねェと、そう言いながら頭を掻く暁だが、シミュレートを見る目は鋭い。それなのに、雰囲気そのものは柔らかいのだから、歳相応に落ち着いているとも言えようか。
「んー……」
「いくつよ」
「今、五十三回目。もうちょっと待てッての」
「ははッ、まァやらせておこうぜ。円、音楽やるんだッて聞いてるよ」
「え? ――ああ、そうっス。連理先輩とは去年の学園祭でやってんすけど、話は聞いてるんすよね?」
「去年は現場に行ったよ。ンで、今年のこれからも手ェ回してンのよな、これが。鷺花がいて助かったぜ」
「おい蓮華、あんま鷺花の好きにさせンなよ。甘やかすのは俺と翔(しょう)花(か)の役目だ」
「へいへい」
「いやあ、やるぶんには構わないんすけどね――」
「評判それなりにいいんだよ、あれ」
「あー、鷺花さんも言ってた……」
「ははッ、まあ楽しみにしてろよ。で、これ、サミュエルとミルエナも参加してたんだよな?」
「へえ――あの女もか」
「あれ、暁さん、ミルエナも知ってるんすか?」
「昔の流れでな……あんまり接点はねェ」
「そんなものっスか。えっとミルエナは――」
「E4だろ。サミュエルはC5」
暁が言い当てて驚く。行動でわかるのだろうけれど、まァわかるよなァ、なんて納得している蓮華もどうかと思う。
「知ってる人間が混じってりゃァ、行動でわかるもんよ」
「あの、以前にこういうこと、してたんすか?」
「学生の頃に遊び半分でなァ……つっても、人数があんまし揃わねェこともよくあったもんよ。どっちかッて言やァゲームよな」
「ゲーム……」
「ははッ、つまり――俺の策を、正式かどうかはべつにして、一番間近で何度も経験してンのは、間違いなくこの暁よ。敵だろうが味方だろうが関係なしに、遊んでたからよ」
「学生の頃からの付き合いなんすか?」
「ン? まァそんな感じよ。お互いに所帯持ってからは、逢う機会もそうねェけどよ」
「馬鹿言え、学生の頃だッてそれほどツラ合わせてたわけじゃねェだろ」
「おゥ、そりゃそうだよなァ」
「あのう、ちょっと話が逸れるんすけど」
「なンだよ、いいぜ気にすンな。言ってみろよ」
「お二人も、鷺ノ宮事件は経験してるんすよね?」
「そりゃァお前、当時の俺らは学生だぜ、経験してるよ。なんだ、調べてンのかよ」
「そうっスね、なんか――引っかかりが多くって。蓮華先輩から見て、どうなんすかあの事件」
「
「……あ、なーごのお父さん」
「そうだよ。ま、俺もその意見にゃァ同感よな。それ以上に、何か気になるッてか?」
「うーん、まずは鈴ノ宮さんの立ち位置、かな。それと楽園が関与してた、みたいな情報もあって、そこらの意図とかっスね」
「あー……ま、その辺りはおいおいッてところだよ。おい暁、てめェいつまで悩んでンだよ、おら」
「うるせェな、二百五通りのシミュレートが終わったとこだクソッタレ」
「ンだよ、機嫌悪いじゃねェか」
「わかってて言うな。――まだ勝てねェ」
「っていうか、この短時間でそんだけのシミュレートができる暁さんが凄いっスよ」
「んや、半分くれェは開始数分で終わってッから、凄いこたァねェだろ」
「蓮華さんすげえ……」
それを想定できる暁も暁だが。
「つーかよ、まず思ったンだけどな? 円は、あのガキ連中を使おうと思ったわけだよな」
「ガキ……や、そうなんすけど、うん」
「最初に思いつくのが玉砕からの誘導ッて辺りは、まァ納得するとしてだ、どうして連中を生かしてやろうッて選択肢が思い浮かばなかったンだ」
「え――いや、思いつきはしたんすけど、相手が鈴ノ宮の部隊じゃ、余程のことがない限り無理っスよ。実際に玉砕しろ――とは言ったけど、抵抗するなとは言ってなかったっス」
「あー……」
そこだなと、暁は言ってお茶に手を伸ばした。
「そこっスか?」
「蓮華と違う部分。円がそこを除外しちまったもんだから、駒としての動きに思えちまう――つーか、現実にそうなってンだな」
「おゥ、続けろよ暁。てめェの説明下手がどこまで直ってンのか、見てやらァ」
「うるせェ、直ってねェしな。いや単純にだ、二百五通りの中から半分以上は、そのガキに対応できねェッて状況だったからなァ」
「え……?」
「蓮華が動く時は、打つ手がそれしかねェ時だけだ。コイツは基本的に、不動の構えだからなァ……」
「策士がどうかはべつにしたよ、俺の基本は、余程のことをするためにどうするかッてのを模索して、実現することよな。たとえばだ、今回の演習でさっき言ったように、ガキどもが一切被弾せず、戦線を潜り抜けて、ないし維持して、生き残ってたらどうよ」
「どうって――」
とんでもないことだ、と思う。
明らかに実力が違い過ぎるのに、それができてしまったのならば、周囲は一斉に注目するだろう。
「――あ」
お互いに敵でありながらも、意識が集中してしまい、それだけで乱戦の構図は簡単に出来上がる。
「気付いたかよ」
「うん……そうっスね」
もちろん、それは難しいことだ。できるかどうかを問われた時、つみれはできないと言うだろうし、そう判断したからこそ、今回の動きを見せた。しかし、手数だけを考えれば、その一手だけで、状況を整えることができる。
降参だと、暁は肩を竦め、苦笑しつつも茶菓子を手にとった。
「クソッタレ、どう動いても読まれるぜ。変わらねェなァ、俺は」
「ははッ、そうそう好きにされてたまるかッてンだよ。むしろ、道筋が見えたッてンなら、俺が困るのよな、これが」
「まァそりゃそうだなァ」
「えっと、そうなんすか?」
「円、お前ね、将棋の駒が勝手に動き出したら、指で押さえるだろ? そして、駒はそれに逆らえねェ。違うか?」
「違わないっスけど……うん? え?」
「そういうことなんだぜ。駒を押さえるか、好きにさせるかは指し手の自由だ――おい蓮華、これお前が言ってたンだろ」
「よく覚えてンじゃねェかよ」
「ええ!? じゃあ、そういうことって――」
隣のソファにいる蓮華を見ると、当人は軽く笑っているが。
――この人は、つまり。
「盤面の外側にいるってことっスか!?」
「そんな大層なもんじゃねェよ。隠居生活をする理由になるくれェなもんなのよな、これが。鷺花の方がよっぽど怖ェよ」
「鷺花なァ、あれどうなんだよッて話はよく蓮華とした覚えがあるけど、円から見てどうなんだ」
「え、鷺花さん? 優しいし、何がどうとは思わないっスけど……立場ッて意味なら、あたしから見える範囲でも、よくその場にいられるなあって感じっス。かなり世話になってるんで」
「そんなもんか……ん?」
「気にするなよ、暁」
「おゥ、そうしとくか。しッかしこの演習、意味あンのか?」
「そりゃァ清音に聞けよ」
「清音よりゃ五六だろ……」
「知り合いなんすか、やっぱり」
「俺も暁も同じ世代よな」
「あの、これ聞くの変かもしんないんすけど、蓮華さんはともかくも、暁さんや――たぶん五六さんあたりもだけど、いつ訓練っていうか、鍛錬してるんすか?」
「あー……悪ィ、蓮華説明」
「ッたく仕方ねェよなァ」
阿吽の呼吸、なのだろうか。二人にサンドイッチされているつみれだからこそ、感じるのかもしれないが、お互いに好き放題言い合っているようでいて、通じているというか、何というか。
率直な気持ちを言えば羨ましいの一言に尽きる。本当に良い関係だ。
「一定以上のレベルになっちまうとな、そもそも鍛錬なんてもんが必要ねェのよ」
「そうなんすか……?」
「必要ねェは言い過ぎだろ」
「はは、まァそうだよな。けど、円が考えるような鍛錬ッて意味合いじゃァ間違いねェだろうがよ」
「ん? ああ……」
「えっと」
「説明してやるよ。まず、暁のレベルになると、そもそも相手がいねェのよな、これが。そう簡単に見つかるもんじゃねェし――やるとなりゃァ、場を整える手間ッてのも生まれちまうよ」
「たとえばなんすけど、うちの白井が厄介になってる、鈴ノ宮の地下訓練場はどうなんすか? この前、鷺花さんと一緒に――えと」
「フォセ・ティセ・ティセンが見せたんだろ、知ってるよ」
「俺は知らねェな」
「知ってるだろ?
「なんだ、あいつか……確か地下を囲って布陣してるタイプの防御式陣が組み込んであったッけか。あのレベルなら充分だろうぜ」
「あのレベルって……とんでもないこと言うんすね。あたし見てたんすけど、かなりものだったっスよ?」
「はははッ、だってよ暁! はははは!」
「笑うところじゃねェだろ、てめェ。あのな円、俺はこれでも一応雨天だぜ」
「それは知ってるっス。いや、知らないってのも合ってるかもだけど……」
知っているのは知識だけであって、実際に見たわけではない。それに加えて、たぶん今のつみれでは、比較する対象がわからないだろう。隣を見ると、まだ蓮華が笑っているので、話が逸れるかとも思ったが、つみれが口を開いた。
「鷺花さんも、暁さんが?」
「俺は見てやっただけだぜ。見るッつってもあれだ、実際にあいつが刀握って、俺も刀を持って、道場で対峙してさんざん叩いたな。術式で防御だけはしてたから疲労だけだが、普通にやってりゃァ腕の一本や二本を新調したところで、追いつきはしねェな」
「やっぱりそうっスか……鷺花さん、他人に厳しいけど、それ以上に自分に対してはきついかなーとか思ってたんで」
「俺の方も加減はしてやったンだけどなァ、偉そうに俺がどの程度加減してるのかまで見抜きやがって」
「そこだよなァ」
ようやく、蓮華が笑いをやめて会話に混ざる。
「結局、鍛錬にせよ訓練にせよ、縛りをつけるにしたって、縛りの中でも全力を出してこそのモンだろ。何かを試すなら、強いヤツに挑めなんてこたァ、今の円には言わなくたッてわかるよな?」
「うっス」
「全力……何年前だ、それ。たぶん十年以上前だろ。あの時にしたッて、俺は制限かかってたしなァ」
「ぼやくんじゃねェよ。まあつまり、場所がねェのよな、これが。だいたい鈴ノ宮の式陣なんぞ、暁が真面目に対峙するつもりで刀を抜いたら、それだけで斬れちまうよ」
「……強度が足りてねェンだろ」
「あれ、この雰囲気、もしかして」
「おゥ、以前に一度な。それもまた随分前の話だ……蓮華、あれ学生の頃だッけか?」
「確か――そうだよ。ジィズがきた頃だったはずだぜ」
「そうか、相手はジィズだったか。日本を知らねェ軍人野郎が、武術を見せろと意気込んだッて笑い話な。ついでだからッて五六が術式強度を見てくれッてことでやったら、本気で一振りで終わっちまってなァ……」
「たとえば、なんすけど」
「鷺花とやるッて言うンなら、学園くれェの敷地の廃墟を用意しねェと駄目だろ」
先読みして言われた――くそう、こんなとこが親子なのか。
「あァ? 違ったか?」
「当たってるっス……でも学園って、かなり広いっスよ」
「雨天を知らねェからンなこと言えるんだよ。だいたい、学園の敷地じゃ狭いくれェなのよな、これが。暁が本気で居合いを一発やりゃァ、学園の範囲にある建物全部、軌跡をなぞるように全部倒壊しちまうよ」
「う、わ……!」
ちらりと暁を見るが、否定せずにお茶を飲んでいるあたり、現実味があってぞっとした。
「術式とか使ってるわけでもなし――」
「呪術だよ、武術家は。簡単に言っちまえば、あれも強化の内なのよな」
「仕方ねェだろ、
「天魔……武術家が戴いた力の強い妖魔っスよね」
「戴いたッつーか、契約ッつーか――似たようなもんか」
「お前ェ、説明するのが面倒になったよな」
「わかったンなら説明しろ」
「ははッ、面倒くせェこと言ってンじゃねェよ」
「や、それはいいんすけど……雨天って、それほどなんっスね」
「俺の見地から言わせりゃァ、暁ほどの駒はそういねェよ」
「ンなこと言ってわかるのは、蓮華くれェなもんだろ」
「そうか? じゃあ暁、武術家の中でお前ェが厄介だと思う手合いはどうよ」
「厄介、か……今の俺だと、ほかンとこの師範連中が相手でも負けは許されねェしなァ」
負けが許されないのだと言ったのが雨天ならば、それは同時に、勝てる相手である――ということだ。もちろん、状況が整って戦闘が可能ならば、だが。
そのくらいの知識はつみれだとて持っている。
「鳥のと、山の。今思いつくのはそんくれェだ」
「蓮華さん、通訳お願いするっス」
「は? ……あー、そうか通じねェのかよ。武術家は大抵、家名を略称で適当に呼んでンだよ。全部ッてわけじゃねェけどなァ、鳥のは
「ちなみに神鳳は
「――紫月さんが? そうなの?」
「はは、知らねェよなァ。久我山については知ってンのかよ」
「都鳥の分家で、糸の武術家ってことくらいは」
「合ってるぜ。付け加えりゃ、学生の頃に久我山の師範が匙を投げて、宮の師範が教えてた。ンで、卒業する頃にゃァ宮の大将も教えることがねェと、うちに押し付けやがって」
「その頃は暁が家を出てたから、雨の爺が教えてたのよな、これが。ちなみに雨の爺は――どうよ」
「あ? 一応、俺も対等になったぜ」
「つまりは、そういう化け物だよ。それも今の旅館を始める頃には、すっかり手ェ引いてたのよなァ」
手が引ける程度には、もう認められていたということで。
「うわ、見る目が変わるわー……」
「今、山のどうなんだ? 蓮華は行くんだろ、旅館」
「おゥ、以前より落ち着いてるよ。お前ェと一緒だ、子供ができりゃ落ち着くもんよな」
「そりゃ蓮華だって同じじゃねェか」
「ははッ、そうだよな。ま、武術家もそれなりに面白いぜ? そのうちに知ることになるだろうけどよ」
「なんすかそれ、予言っスか? それとも」
「予言じゃなくて、予測の類よな、これが。俺が手ェ回さなくても、そのうち動くだろうよ、……たぶん鷺花辺りが」
「それも怖いんすけどね。あ、話は戻るんすけど、蓮華さんが自分で動く時って、どういう時なんすか?」
「俺が? そりゃ必要になりゃァ動くしかねェだろ。ただ動かずに済ませられる範囲ッてのは、かなり広いんだろうよ」
「あたしはこの訓練……演習で、あたしの立場だったら、部隊を全滅させずにどこまで引っ張れるっスか?」
「G1が円よな。まず最初の動きは変わねェとして、接敵した時点で迷わず退避させたらどうなるよ」
「大きくは二つっス。追ってくるか、こないか」
「その時、C3の足元に狙撃がある」
「警戒してC5が狙撃兵の割り出し」
「G1が先読みして狙撃位置を逆算、今度はそっちに狙撃だよ」
地形を知っていればそう難しくはないよなと、蓮華は気楽に言うが、そう言えてしまうレベルなのが恐ろしい。たぶん蓮華にとっては当たり前なのだ。
「足止めされる……」
「その間にG4とG5がE3に接敵、同様に撤退」
「一緒にいるE4がミルエナだけど、斥候に出ている以上は……」
「しかも二名のみの接敵となりゃァ、追撃はせずとも追跡くれェはするのよな、これが」
「……斥候なら尚更。でも」
「警戒半分ッてところよなァ。で、その間にG1が迂回してE2とE1の背後に回っていたら?」
「E3と合流する――」
「させるよう誘導させなきゃいけねェよな? つまりこの時点で、可能ならE4はともかくも、E3を撃破しちまえば、否応なく合流するよ。だからここでのG1は、背後に回るンじゃなく、E3だけ撃破することだ」
「その場合、E4を戻すけど、進軍速度が早かったから、Cとそう距離は離れてない……」
「しかも、単調にも思える狙撃しかねェと判断したCは、G3の狙撃位置を割り出しつつも、進軍を開始するはずだよな」
「足止めにならない……えっと、警戒しつつも進軍開始までの時間は」
「百八十秒だよ、だいたいな。そこらがデッドラインよ。そうすりゃCとEは、お互いの気配に警戒が倍増、Gはとりあえずの撤退だよ。何しろ、てめェの部隊以外は敵になるからなァ」
これで、二つの部隊の戦闘が開始される。
「ここで俺なら、第三勢力として参入させるよ。ただし、障害物から顔は出すな、弾は節約、倒す気を捨てて混ざれッてよ」
「乱戦を演出……?」
「へたくそが混ざった。Cはどうするよ」
「狙撃手への警戒っス」
「Eは?」
「遊撃への警戒……」
「そうだ、どっちも警戒せざるを得ねェのよな、これが。警戒しねェンならただの馬鹿だ、そういう連中は鈴ノ宮にいねェし、軍部でもやっていけねェよ。ちなみに、ここでの乱戦で狙撃は厳禁な」
「どうしてっスか? 警戒してるなら、更に警戒させられるだろうし、Eにしたって、無警戒とはいかずとも、有効だと思うんすけど」
「忘れてンなよ、撃破できねェなら無駄撃ちだ。それに二つとも警戒させてンだから、以上は無駄だろうよ。それに、C5の狙撃に対応できるとは思えねェから、狙撃手は隠れる一手だよ。ちなみに、G1は相手の狙撃位置の逆算から始まって、生き残れる場所を適時教えなくちゃならねェのよな、これが。まあ簡単だよ」
「簡単っスか……」
「そこに食いつくなよ」
蓮華は苦笑し、テーブルに触れて最初からシミュレートを開始する。ただ映像を流しておくだけだが、つみれもそちらを見た。
「言ったよな? C5の狙撃には対応できねえから、狙撃は封じるッてよ」
「うっス、道理っスね」
「その条件なら、障害は一つだけじゃねェか。つまり、C5にG3の狙撃をさせておいて、その隙を作ってやりゃァG1での撃破も簡単だろ。サミュエルだってことを前提にしちまえば、円への警戒もあるだろうが、開始からここまでの流れだとせいぜい三十分、そんなすぐに動くなんて思えねェだろうし、まさか相手にミルエナの姿がある――なんてことが確認できたとして、ミルエナの状況まで推察はできねェだろうよ」
「あ――そう、か。確かにこの条件なら、こっちの狙撃を使えるようにするために、相手の狙撃を無力化してしまえば」
「で、指揮官がそこまで読んでいたとして、対応できると思うかよ?」
「そりゃ……注意喚起くらいはするかもしんないっスけど」
撤退はできない。しようとするのならば、それはGにとって好都合だ。あるいはEだとて追撃を決めるかもしれない。
「でだ、C5が被弾した時点で通達があるだろ? その瞬間にミルエナは、つまりE4は円への最大警戒を見せるだろうよ。――そこに狙撃だ、もちろん部隊も顔を出して追い打ちをかける。この状況ならミルエナは一手遅れだ、その隙を狙える腕が円にありゃ問題はねェのよな、これが」
できるか否かと問われれば、――やれると返答する。そこまで場が整えられたのならば、簡単ではないが難しくはない。
「ここらで一人、撃破されとくと面倒がねェのよなァ」
「そうっスか? このままでも問題はないと思うんすけど」
「接敵してる二つはこのままで充分だよ? けど、油断からの警戒を全体にさせるためにゃァ、一人撃破ッてのは有効的だよ。しかも、復帰可能なルールなら余計にな」
「あ……最初は油断か。うん、ガキが一人やられたって笑い話くらいなもので、けど続報が入らなければどういうことだって思うし、そこに接敵でもされれば――」
それは、最初に選択したつみれの判断だが、それをここでやれば。
「そう、狙撃や撃破をする前から、とっくに警戒されるンだよ。警戒されりゃ、こっちの打つ手も増えるッて寸法よ。もちろん、べつの方法もあるにゃあるぜ」
「凄い。思いつかなかったし、どれも現実的だ。蓮華さんはそうやって動くんすか」
「はははッ、だってよ暁」
「いや円、説明はできねェけど蓮華ならもっとうまくやる。結果だけ言っちまえば、俺の予想範囲で百通り以上、俺は一度も蓮華本人かその部隊を発見できずに、戦場が終わっちまってるぜ」
「――え? 冗談……じゃないんすか、それ」
見れば、蓮華はにやにやと笑いながらお茶に手を伸ばしていた。
「どうやって――」
「やり方はそれぞれだよ。俺は基本的に可能性を読みまくッて対応するし、知り合いの馬鹿は過去情報を漁って統計や類似した作戦から進行させるよ。どっちにも言えることは、情報量の多さよな。あと取捨選択。少なくとも俺ァこの演習に関して言えば、結果だけで二千通りくれェは軽く予想してるよ」
冗談じゃない。結果だけでその数なら、過程は倍どころの騒ぎではないのだが、暁はそれが蓮華なんだと呆れ顔だ。
今ならわかる。
ジェイル・キーアが言っていた、野雨に住んでいてコントロール・ブルーの名を知らない馬鹿はいないなんて、その言葉の意味が、ようやく実感できた。
「え、ちょっと待って。お二人は学生の頃とか、つるんでたんすか?」
「そう言わなかったか」
「遊んでただけだよ」
「正直、警戒する要素しかないっス……」
「聞いたかおい、清音と同じこと言ってンぜ」
「だよなァ。俺ら、そんな騒ぎも起こしてねェのに、酷い言われようだよ」
それは起きてからじゃ遅いからだ、なんて言い返したら笑われた。
なんというか。
本当、野雨って土地は、どいういうふうにできているのか、不思議でたまらない。これは本腰を入れて調べるしかないのかもしれないと、そんな決意をしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます