--/--/--:--――円つみれ・訓練の反省会
自宅に戻ってからは、極力休むことを念頭にしながらも、学園には一度顔を出しておいた。なるほど、確かに自宅であれこれ考えに没頭するのならば、学園にくるのも休息になるんだなあ、なんてことを思いながらも、部室に行けば鈴ノ宮での訓練資料が既に揃っていて、仕事が早いと感想を言いながらも受け取って、そのまま反省会をすることに。
「実際に部隊配備を経験してるのって、ミルエナだけ?」
「俺はない。海の上では似たようなことをしていたが、基本的な運用が違うだろう。今回の訓練でも、上手く行動できていたとは思えん」
「うむ。私も単独潜入任務がほとんどだが、こう見えても海兵隊訓練校はきちんと出ているし、後期講習のあとに現場配備もされたからな、さすがに経験はある」
「じゃ、ミルエナの部隊からいこっか。最初はかなり早めに登山開始してたよね」
「地形条件から、場を保つのではなく周辺把握から入って、有利になる上方位置を取るつもりでの移動だ。私は二人単位で、更に速度を上げての斥候を買って出た」
「ん、そういう動きだね。っていうか、ミュウは読めたっけ、進行記録」
「問題ない、覚えた」
「そっか。でも、なんでそんな行動をとったの?」
「そもそも侍女部隊は、一単位として現場に投入されることは珍しい。基本は詰所部隊の補助としての斥候、あるいは後方支援などで動く場合がほとんどだそうだ。単位投入の場合はそもそも、連携を必要としない広域殲滅などが大半らしくてな、それを前提としての訓練だ」
「ああ……そもそも部隊運用が違うんだ。結構ばらばらに動いてるんだろうって推測は当たったわけだけど、その理由まではわかんなかったな。で、どうだった?」
「個人技ならば、私が引っ張る形にはなったものの、難点は意思の疎通だな。無線で話はしたが、銃撃戦の最中に大声を放つわけにもいかん。もっとも、私もこの躰を存分に使うことはできていなかったからな」
「きっちり俺の耳に反応していた癖に、よく言う」
「ってことは、ミュウはやっぱり周辺の音を拾ってたわけね」
「ああいう場所で視界は開けない。となれば聴覚に頼るのは基本だ。俺は夜間警備の経験が長いこともあって、こっちの部隊の中では頼られた」
周辺への察知能力が高いのは、どんな現場でも喜ばれる。それが敵であるか味方であるかを判断できれば、なお良い。つみれは個人行動をとりながら、耳を地面に押し付けるようにして音を拾っていたのだが、白井にはその必要もなかったのだろう。
「うん。ミュウの部隊は基本的に受け身だったよね」
「受け身にならざるを得ないだろう。最初の接敵から休む間もなく、べつの部隊からの襲撃があった。記録を見るまでもなく、自分たちがもっとも戦場において長時間の連続戦闘を行っていた自覚があったからな。つみれ、どこまで誘導した?」
「ん? んー、誘導そのものは大してしてないの。うちの部隊の残りを突入させる際に、ミルエナたちの部隊が接敵を発見するだろうってことは予想してたし、壊滅情報が無線で伝達されれば、間違いなく意識は向く」
「その際に、こっちの一人がやられたが」
「うむ、その情報が耳に入って、そちらへの移動を決めたのだが……つみれがやったんだろう? 記録にもあるな」
「記録では通り過ぎただけ、に見えるが、俺は目視確認はしていない」
「上手く行くかどうかは半半だったけどね。ここで気を付けるのは、ミュウに発見されないこと。狙撃をしてるのは知ってたし、うちの部隊なら、ららさんが受け持った部分ね。この時、ららさんを探して狙撃してたでしょ」
「ああ……そうだ。その行動も読んでいたか?」
「こっちに狙撃手がいないなら、ミュウのとこ狙わなかったよ。で、まあ本当にすれ違い。正面に意識が向いていて、後ろはミュウが受け持ってるなら、それほど警戒はしてないはず。だからあたしは隠れて、ミュウがららさんを狙撃する瞬間まで待って、それから接敵――ペイントをナイフで潰して、殺害を演出したわけ。もちろん、すぐに逃げの一手」
記録を見れば、つみれはミルエナたちの部隊の背後に回った形になっている。山頂へ向けての進軍であるため、その背後は一度通った道になるので、戻ってこない限りは安全だと判断したのだ。
「予定通りというべきか、私の部隊は有利な地形を得た上で、ミュウの部隊に接敵したわけだが、さすがに野郎連中はやる。状況的に、引きつけている――その結果から、踏み込むか撤退かの判断をするよりも早く、更に上から連中がきた」
「つみれの部隊が復帰したと、連絡があった頃か」
「そうだ。駒が復活したかと思ったら、べつの詰所部隊からの襲撃だ。挟撃の形になる前に撤退を判断した」
「その結果として、俺たちから見れば、敵がただスイッチしただけで、戦闘は続行だ」
「何を言う――撤退した先に待ち構えていたのが、つみれの部隊だったのだ。こちらも気を張っているとはいえ、内心では甘く見ていたのだろう。最初の時とは違って、かなり粘られた。特に田宮の陽動と、浅間の狙撃の連携が上手い。もっとも、その二人の連携を演出するための動きを、戌井と佐原が担っていたが……これはつみれの指示か?」
「そう。二度目の進軍では、とにかく生き残ることだけを考えろって指示ね」
「何故だ?」
「時間稼ぎ」
その間に、ほかの部隊の動きを掴むことと、可能ならば乱戦に持ち込みたかったのだ。残った侍女部隊、詰所部隊の位置と行動、そして誘導などをしたかった。
「この時に侍女部隊の一人がやられたのは、つみれだったんだな? 無線で入ってきた時には驚いたものだ。私の部隊の一人だったんだがな、これは」
「あー、ほかの様子見に行く前の行動だったかな。田宮さんたちと接敵しているのは知っていたし、本当は彼らの仕事に偽装するつもりだったんだけど、上手くいかなかった……まあ、結果的に、散っていたほかの部隊の注意を引くことができたから、良かったんだけど」
あくまでも結果的にだからと、つみれは眉根を寄せる。つみれが望んで引き寄せた結果ではない。
「どうして乱戦を演出した? これでは、誰がどこにいるのかも、とっさに判断がつかんだろう」
「その方が動きやすいし、あたしっていう存在が発露した際の布石でもあったかな。目の前に敵がいれば、あたし一人に注意を向けることも難しくなるし」
「共同戦線を張ることもできなかったからな」
「うむ、わかってはいたんだが、動きまで読めるわけではない」
「――実際に、ミュウとミルエナは、どうだったわけ?」
「どうとは何がだ」
「つみれのことか? 意識していなかったかと問われれば否だ、部隊長の命令には従っていたが、常につみれとミュウのことは意識していたとも。ははは、敵に回すと厄介だというのは、こうして行動するようになってから、身に染みているからな」
「そうだな。俺が拉致られた件で、それはわかっていた」
「あーうん、それはそうなんだろうなあって思ってたけど、お互いにはどうなの?」
「互い? 俺がミルエナを、意識していたのかどうかか?」
「うんそう」
「していた。もちろんだ、知っている相手だからこそわかることもある。だからこそ」
「そうとも、だからこそ、ミュウがつみれを意識しているだろうとわかっていた」
「部隊長の命令に基本的には従うが、つみれが動いている以上、伏兵としての扱いになる現状で、打開したいのならば、個人行動をある程度許可されなくては難しい」
「そして、その上で、――私たち同様に、つみれもまたこちらを意識しているだろうことは想像に容易い」
ミルエナと白井の視線が合う。だから、続けてとつみれは先を促した。
「行動に制限がかかった中で、狙う手は少ない」
「となればだ、確実なタイミングを狙うのは常套手段。そこで、私かミュウが狙われる瞬間を狙った」
「俺が狙われる可能性の方が高かったのは言うまでもないだろう。ミルエナは単独で行動範囲がそれなりに広い――が、俺の狙撃範囲内にいたのは確かだ」
「乱戦の中でも確認できてた?」
「していた」
「ん……まあ、あたし個人の技量だと、狙撃をするミュウを狙うのが精一杯だったんだよね、言い訳だけど」
「それでも、本来ならばミュウが被弾する前に片付けるつもりだったのだがな。しかし、結果的には、撃破後の隙を狙うことになった。いくつかシミュレートしたが、もっと上手い方法もあったな。ミュウはどうだ」
「ああ……つみれの接近に気付けなかったのは俺のミスだ。気付いた時には手遅れだった。ミルエナの攻撃が間に合って助かった」
「ははは、それは構わんが――どうだつみれ」
「うん? まあ安心はしたかなー。二人がちゃんと連携できてたみたいだしね。ただあたし自身の問題もいろいろあって、どう動けばよかったのかって点は、まだまだ疑問ばっかで解決してない」
選択肢が多すぎるだろうと、ミルエナが笑う。話に区切りをつけるためか、白井が席を立って新しい珈琲をそれぞれのカップに注いだ。
「総合的に、良い経験ができたってことで」
「――ああ、そうだ、忘れないうちに言っておく。資料を受け取りに行った際に、イヅナに逢った」
「む……」
「え、義父(とう)さんに? っていうか、本当にミルエナは嫌そうな顔するんだね」
「私が直接逢ったわけではないのでまだいいが……なんだか包囲網が敷かれているような気がしてならん。それと嫌っているのも事実だが、むしろ苦手としているんだ、私は。鷺城とは違って、どうもな……」
「鈴ノ宮で逢ったんだ。なにか言ってた?」
「いや、特にはなにも、ただ、弟子……になるのか。少止との戦闘訓練を見学させてもらっただけだが、あれは、どうもいかん」
「んー……あたしさあ、未だに義父さんがね? つまり、慶次郎(けいじろう)である時の印象しかないから、イヅナって呼ばれてる義父さんがわかんないんだよね。どうなの」
「わからん」
「うむ、わからんなあれは。一見すれば軽薄そうな、口数の多い青年として捉えられそうな雰囲気なのだが、どうも、掴みどころがなく、気が付けば騙されている……」
「騙されるか……なるほどな、理解できる表現だ」
「誤魔化されることはあるけど」
「いや、あれはそういうレベルではないだろう」
「――ミュウ。まさかとは思うが」
「ああ、一手合わせた」
「馬鹿か……迂闊だ」
珍しく、端的で短い言葉につみれはぎくりと身を震わせるが、白井は同感だったらしくそのまま受け入れた。
「なにをした」
「いつも通り、背後から首を狙った。術式も使って全開だ」
「届かなかっただろう」
「ああ」
「領域が違い過ぎるのは、まあ私も経験から知ったことだからミュウのことは悪く言えんな、ははは。もっとも、私はこれからその領域に挑もうというのだ、無視はできん」
「その躰の所持者は、既にそちら側なのか」
「うむ。そのため、使い切ることができれば、私もまた領域に至れるはずだ。その時を楽しみにしていろ」
「そうか」
「ミルエナはどう?」
「正直に言えば難航している。まだ切欠もつかめていないし、どう使えばいいのかもわからず終いだ。元より私個人の把握限界を超えている部類だからな、認識を追いつかせることが第一だろう」
「そっちもだけど、ほら、野雨のことを調べてみるって」
「ああ、それのことか。いやなに、つみれに期待している部分もあるのだが、いかんせん学生という立場からなかなか逸脱できないのでな」
「まだ引っ張られる?」
「そもそも、私の生活だからな……いくら仕事を辞めたからといって、生活そのものが劇的に変化するわけではないし、変化させるものでもあるまい。人格そのものを変えることが可能ならばあるいは、それも実現するのかもしれないが」
「あれ? 仕事っていえば、少止さんとは知り合いで、お姉さんなんだって?」
「うむ、少止は私の弟だ。軍時代も同じ部署に所属していたし、二年ほど適性に合わせた育成をしたとも。とはいえ、イヅナが師であるように、私が教えたのは軍の任務で必要なものだけだがな」
「しかし、俺が見た限り、少止にはイヅナと同系統の技術は見当たらなかったが」
「うむ、そうだろう。イヅナも戦闘技術を教えたのではなく、狩人としての生き方を教えていただけだろうからな。もちろん確証はない、そうなのだろうと私が思っているだけだ」
「そっか、狩人か……でも継いでるわけじゃない。あーでも義父さんも鷺ノ宮事件当時は、狩人になってたはずだし」
「年代的にはそうなるが、イヅナの口を割らせるくらいなら他を当たれと私は言いたいぞ」
「ああうん、卑怯な気もするし、あたしはたぶん聞かないけど、――当時に楽園が関わってる可能性も出てきて、ただの事件じゃないってことがわかってきたとこ」
「根深いのか? やはり、と言いたい気分だがな」
「そう。だから、かなり根源に関わっているとは思う。こっちも本腰入れて調べたいなあ、とは思ってるけど、まだやることが結構あって……明日は蓮華さんに呼び出されてるし」
「ほう、呼び出しか」
「っていうか、あたしから頼んだんだけどねー。今回の訓練で、蓮華さんならどう動くかってあたり。あの人、策士らしいから、ちょっとでも助言を貰えればって」
「なるほどな。まあ、野雨における蒼凰蓮華の存在は特異だ。聞いておいて損はないだろう」
さして興味はないのだろう、白井はただ黙って話を聞いている。必要なら直接言うだろうと、そんなことを思っているはずだ。
「――あ。そうそう、鷺花さんに逢ってね」
「よく逢うな……」
「にゃはは、あたしにそれ言われても困るなあ。美味しい珈琲飲んだから、機会があれば一緒に行こうか?」
「そうだな」
やはり軽い相槌。もちろん、つみれもそんな反応を予想はしていたけれど。
「で、こっから本題。なんでも近い内に、あたしらに仕事を頼みたいって言ってた。内容は聞いてないし、本気なのかもわからないけど、たぶん」
「私は嫌な予感しかしないがな……しかも、断る理由がないときた。どう思うミュウ」
「知らん。受けるかどうかは、つみれの判断に任せた」
「じゃあ受ける」
「即答だな……!」
「確かに鷺花さんって厳しいかもだけど、ためにならないことはしないよ?」
「あれは、自分のものにするかどうかは私たち次第だ、といった感じではないのか?」
「……似たようなもんじゃん!」
「笑顔で誤魔化すな……いや、まあいい。私としてもその見解には賛成だ。なにを要求されるかは、やはり問題だがな」
「ミュウの方はなにかあった?」
「なにか……?」
問われ、白井は珈琲を飲みながらしばし思考の時間を置く。
「なんだろうな、特に何かと言われても」
「じゃ、予定は?」
「仕事ではなくてか」
「うん、とりあえず思いついたこととか」
「……ああ、ナイフの調整と経過観察に前崎のところへ顔を出さないといけないな」
「ミュウって……」
「うむ、なんというか、私がこう言うのもどうかと思うが」
マイペースだ、と声が揃う。そのことに否定もなければ不満もない白井だが、そんなものかと首を軽く傾げた。
「それは、俺が受動的だということか?」
「うーん、そりゃ確かに受動的な部分はあると思うけど、それって以前の生活が原因の癖みたいなもんでしょ?」
「ああ、命令を待つ。狙撃の標的を待つ――いずれにせよ、能動ではなかった」
今はそれでも、考え方が前向きになったと思う。思うが、しかし自分の行動を振り返れば、やはり受動的であることの方が多いのだろう。どちらかといえば、白井は命令の多岐に応じられるよう幅を広げているだけで、基準はやはり命令待ちだ。
「ん……なんだ、俺もそれなりに能動的の方が良いか?」
「え? うーん、ミュウはミュウのままでいいと思うけど」
「それは構わんが、たとえばだミュウ、趣味はなんだ?」
「ここは面接会場か何かか」
「趣味もそうだけど、ミュウって自宅で何してんの? 一応、学園終わってからは帰宅して、それなりにまとまった時間があるんでしょ?」
「自宅? ……そう、だな」
そもそも、白井はほとんど寝ない生活をしている。さすがに海賊時代ほど睡眠時間が短くはないが、熟睡するのはほんの四時間ほどで、躰や脳を休める時間を加味したところで、六時間には満たないだろう。となれば、帰宅が二十時だと仮定したところで、かなりの時間を持て余しているようにも思うが――。
「魔術研究と言えばいいか? それなりに時間を費やしているが……あとは、ほとんど読書をしている。自宅ですることといえば、そのくらいだ」
もっとも、魔術研究は術式を大大的に使えない住居でもあるので、そう没頭しているわけでもない。となれば、大抵は寝ているか本を読んでいるか、どちらかだ。
「え、どんな本読んでんの」
「最近は――ああ、電子技術系の専門書だな。マニュアル本はもうだいたい読んだ」
「えーっと……」
「うむ、それは間違いなくつみれの影響であることはわかるが、以前はどんな本を読んでいたんだ? なあに、私もこの部屋で過ごすに当たって参考になる、後学のために是非教えて欲しいものだが」
「以前? ……電子系の前は、野鳥の本に始まって図鑑系が多かったな。その前は携帯ゲームの紹介記事の多い雑誌も購入していた」
「は? なに、ミュウってゲームなんてすんの?」
「パズル系が多いが、それなりにな。狙撃に配置されてからの待ち時間を潰すのに丁度良い。途中で止めても大して気にならないから、本とは違って手ごろだ」
「ああ、そーいうの……」
「あとは言語学の関係か。日本語を覚えるのにも役立った」
「ははは、いずれにせよ近くにいる人間から影響を受けるか、必要に迫られた分野を学習していると捉えれば、それは趣味とは言えんなあ」
「だったらミルエナの趣味はなんだ?」
「人間観察と、それに伴った集団心理の誘導だが?」
「うっわ、言いきったこいつ! 性格悪っ! 知ってたけど!」
「……ミルエナではないが、俺も生活が仕事になっていた部分もある。となれば、行動もそこが中心だ」
幅広い経験が必要だという理屈はわかっていながらも、優先順位が自然についてしまうため、やはり生活範囲そのものが、仕事に依存する形となる。
そうしてみれば、確かに、こうして三人で動くようになってからは、ミルエナも白井も、その範囲が広がったようにも思う。それはつみれのお蔭でもあり、気持ちの在り方が変わったことでもあるのだが――。
「うむ」
「ああ」
それを直接口に出して言えるほど、二人は素直ではない。この話題は続けない方が良さそうだと、小さなアイコンタクトで意識した二人は、軽く頷いて話題の変更を促した。
もちろん、つみれはそれに気付かない。
よくわからんが、なにか納得したのだろう――と、そんな感じだ。実際には、その感覚こそ、二人の連携の本質でもあるのだろうけれど。
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