--/--/--:--――円つみれ・どうしてこうなった

 それは去年のことになる。

 VV-iP学園に入学したまどかつみれは、選択肢が与えられたことに対しての戸惑いにより、情報処理学科を選択したものの、今日の料理は何にすると問うた時、なんでもいいと返された時のような感覚を持て余していたのだが、それも八月の夏休みに入れば、それなりに馴染むことができていた。

 だから、学園祭があると聞いた時、何かをしよう――なんて思った。

 慎重であり臆病ではあったものの、それは危険性があるからこそであって、学園内ではそれほど気負っていなかったつみれは、あくまでも自主性に任せた放任主義の学園において、参加が自由とされながらも、それなりに盛り上がりを見せる学園祭は中学の頃に一度見にきていて知っていたし、最初なんだからやってみようか、なんて好奇心があったのも確かだ。

 だったら何をしよう――安直とは言うなかれ、つみれが思いついたのはバンドである。

 学園祭といえばこれだよな、なんて思いつきからメンバー集めを始めたのが七月、人数だけは簡単に揃ったのだけれど。

「――どうしたこうなった」

 残り一ヶ月ほどとなった夏休み。一応は夏休みなのだけれど、基本的に学園は授業が行われている。とはいえ、普通のカリキュラムとは違って、補講に限りなく近いのだけれど、それでも通う人間もいる中、早い者は学園祭の準備に取り掛かろうという時期に、もうつみれは一杯一杯だった。

 本当に、最初は気楽にやってみよう――なんてことだったのだが。

 まず声をかけたのは梅沢うめざわなごみだった。この頃も実家の旅館を手伝っているのは知っていたし、断ってくれても構わない気持ちで誘ったが、思いのほか前向きに承諾してくれた上で、音楽科ではないけれど、音楽に強い雨音あまね火丁あかりを一緒に連れてきてくれた。

 どんなことをやろうか、と話しあいをする際に、去年を知っている蒼凰そうおう連理れんりにつみれが声をかけたところ、相談に乗ってくれた上に、楽器を一つ担当してくれることに。どうやら連理の父がステレオを好んで鳴らしているらしく、音楽に対して憧れもあったらしい。そして、連理の繋がりで最後の一人、昔からピアノをやっていたという遠々路とおえんじ紗枝さえが加入して、総勢五名がバンドメンバーとなった。

 この頃の紗枝はまだ実家の問題が片付いていなかったため、最初はやや困惑ぎみだったのだが、気分転換の意味も込めて連理が強引に誘った形だったのは、あとになって聞いたが――ともかく。

 そこからが、問題だった。

 最初は既存の曲をやろうなんてことを思っていたのだが、バンドをやると決めて同じクラスの心ノ宮しんのみやこころが学生会に入っていたため――この頃は書記だった気がする――書類を提出したのだが、どういうわけか、ステージに立つのもいいけれど、学園祭の間に流すBGMも適当に作ってくれ、なんて話になってしまい、ほとんど楽器を使ったことのない紗枝以外は、そちらの練習もしなくてはならず、その上、曲まで作らないといけなくなった。

 一人一曲で、五曲が目安。

 それぞれが違う楽器なので、楽器ごとにメインの曲を作ればいいのだが、それも大変だ。参考にしようと思えば、そっちの曲に引きずられてオリジナリティが失われる。曲としての完成度もそうだが、他人の楽器のことまで考えないといけない。

 そこで、ほぼ一人暮らしで部屋も余っており、出入りがそれなりに自由でかつ、防音設備の整ったつみれの家を開放し、夏休みの間はほとんど泊まり込みで、あるいはベースのような扱いで楽器まで持ち込んでやっているのだが――。

 正直なところ、まったく終わりが見えなかった。

「つーやん、今更なに言っとんのや……」

 ほとんど他人の視線を気にしない部屋着のなごみが、五線譜から顔を上げてため息を落とす。リビングでの作業は作曲がほとんどで紙が散らばっており、楽器はべつの部屋だ。今日は珍しく、全員揃っている。

 いや、珍しいというのは朝から揃っているということで、全員揃うのは二日に一度くらいの頻度であるのだが。

「そろそろ休憩にしますか?」

 にこやかな笑顔を浮かべる紗枝は、なごみとは違ってきちんと服を着ている。いや、それが当たり前なのだ。

 ちなみに、長いことピアノをやっているとはいえ、紗枝も作曲は初めてのことだ。それでも音楽に関わりが長いだけあって、火丁や――聞く専門の連理と同じく、慣れるのが早かった。

 苦労しているのはなごみとつみれの二人だ。といっても、慣れるに従って修正が続いている、というのが実際で、どこを落としどころにするのかもまだわからない状況にある。最後まで作って読み返すか、午後から演奏してみると悪い部分が見つかってくるため、また修正と――そんなことの繰り返しだ。

「あ、もうお昼になるね。よっし、気分転換にご飯作る!」

「手伝いいるけ?」

「んー、大丈夫かな。夏といえばそうめんでしょ! でもそんな風潮には乗らんのだ! とか言って、パスタを山ほど買ってきた隣のお姉さんが、ごめん飽きたって在庫を押し付けてきたから」

「おもろい知り合いがおるんじゃのう……ほんでも、手伝うべさ。ミートソース、作ってみたいがー、材料あるかのん」

「あるよー。あ、紗枝さん、火丁と連理先輩呼んでおいてくれる?」

「はい、わかりました。では食事の用意はお任せしますね」

 二人は一応、作曲が済んでいるので楽器を使って別室で特訓中だ。そんなことを思いながらも、サラダくらいあればいいかなーと言いながら準備を始める。まずはエプロンの装着だ。なごみのものもある。

「作り方は知ってる?」

「レシピは頭に入ってるきに」

「そっか。なーごんとこは、和食メインだもんね」

「そうなんよ……文句はあらへんのや。したっけ、作る機会がないのも問題べや」

「問題かなあ。日本食の基礎をきっちり覚えた方が、あとあとになって楽だと思うんだけど……」

「板長のきっちりを甘く見ん方がええがー」

「にゃはは、そりゃそーか」

 お互いに料理は慣れているので、話ながらも手早い。しかし、どちらかというと大雑把で適当に、早く作るつみれとは違い、なごみの料理はしっかりしている。客に出す料理と、家庭料理の違いだ。

 ミートソースができあがる時間を見計らって、大なべにパスタを投入し、冷蔵庫に張り付けてあるマグネット式のタイマーを設定しておく。すると、別室から三人が姿を見せたため、冷蔵庫から水を取り出してキッチンカウンターに置いてやる。

「お疲れー」

 紗枝も一曲ほど付き合わされたのだろうか。タオルを首にかけた火丁と連理は汗だくな状況だった。

「ふいー、あ、ご飯? なになに?」

「面倒だったからミートパスタね」

「あいおー」

「……作曲はあまり捗ってないのね」

「レンやん、しゃーにゃーべさ……修正に次ぐ修正じゃの」

「とりあえずは、レコーディングに間に合わせないとね。午後からはそっちも手伝うけれど、そんな二人に朗報がある」

「え、なに先輩」

「――火丁のボーカル曲もつくるから」

「マジっスか」

「大真面目よ。というか、さっきもテンションあがってずっと歌ってたから、もう作るしかないっての。私に伴奏させるんだケド……」

「ふふ、けれどこちらの演奏に合わせていただけますので、火丁様の歌は他者に共感を生みますよ。作詞は火丁様がやられますか?」

「うん! だいじょぶ、なんとかなるって!」

 相変わらず前向きで、よくわからない確信を持って頷く火丁に、吐息が一つ。

「……なーご」

「うん、特訓やな」

 決まったのならば、文句を言う前にできるだけやるしかないのは、よくわかっている。キッチンの下で、なごみとつみれはお互いの拳を軽くぶつけ合った。

 二人ともかなり呑み込みが早いと思うケドね、なんて言いながら連理がこちらを覗きこむ。紗枝はテーブルの片づけをしながら、譜面をざっと眺めているようだ。

「それでも、初めてなのにステージだけじゃなく、学園祭のBGMを作るためにスタジオでレコーディングまで……正気を疑うんだケド」

「いつの間にかそういう話になってたんだって。一応、音楽科の人がレコーディングには付き合ってくれるし、演奏するだけで問題ないと思う。あとは本番のステージで、結構な時間を取ってくれたから、六曲で足りるかどうかが不安なとこ」

「そう。……私はそんなに心配してないケドね」

「そうなんかー?」

「だって楽しいじゃない」

「そら……まあ、うちだってそう思うてるから、やってるがー」

「でも欲が出るんだよね。そりゃさ、上を見れば限りがないけどさ、連理先輩から借りたディスクとか聞いてると、くそうって感じで」

「あーわかる、わかるべ」

「そうなの? 私は純粋に聞いて楽しむ方だから、そうでもないケド」

「――それでも、お二人とも、随分と上達されていると思いますよ」

 フォローなのだろうとは思う。けれど、紗枝に笑顔で言われると、感謝の言葉しか出てこないのはどういうわけだ。

「まだ全員揃っての演奏はしてないけどね!」

 なんて、火丁が無邪気に言うと、また盛大に落ち込みたくもなるのだが、もう慣れたものだ。実際にその通りなわけだし。

「やっぱり、どれか一曲だけでも完成させてみて、全員で演奏した方があとが続くかな?」

「それなら、適当な曲をカバーするつもりで合わせるのもアリだとは思うケド、どう紗枝」

「そうですね……そろそろ、できるかもしれません。楽器は違うかもしれませんが、五人で演奏している曲を連理様が選択していただけますか?」

「んー、わかった。じゃあ、火丁と紗枝で譜面に起こして、聞きながらの演奏でもしてみようか」

「有名な曲なら、ネットに譜面落ちてないかな? あたし、検索かけとくよ?」

「そっちの方が早そうね。あとで見てみようか」

「――できたぞん。そっちはどないや、つーやん」

「もうちょっとかな」

 ゆであがったところでお湯を切り、オリーブオイルを軽く絡めてやる。それを大皿に盛ってミートソースをかければ、できあがりだ。それを火丁と紗枝がテーブルに運び、手早く洗い物を済ませたなごみが合流。最後に黒コショウとパルメザンチーズを手にしたつみれがきて、いただきます――だ。

「おお、これは美味しいですな!」

「んー……どうじゃろ、つーやん」

「美味しいよ? ちょっと玉ねぎの甘さが弱いかなー、トマトの酸味に負けてるかなー、とは思うけど」

「うぬう」

「いや、玉ねぎの時期って今じゃないし、唸らなくてもいいと思う……」

 なんて会話をしながらも、やはり思考は作曲の方にいってしまう。つみれにとって、最初から妥協するのならばともかくも、時間がないからこれ以上は無理、なんて妥協の仕方は嫌だった。であれば、可能な限り打ち込みたい。

 それに、何よりも言い始めたのはつみれなのだから。

「ま、そんなにプレッシャーがないのは救いだよね。つみれも変な圧力とか、ないんしょ?」

「ないない。ちゃんと、あたしらが楽しむの第一って伝えてあるし」

「気負わないのが一番ですよ。もちろん、当日に緊張するのはべつですけれど」

 とりあえず今は、目の前のことを片付けていくしかない。

 ――これは、一年も前にあった、つみれの思い出だ。いや、楽しい思い出であり、今思い出しても楽しくなるような、綺麗な思い出である。


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