--/--/--:--――円つみれ・昔のやり方

 そういえば、鈴ノ宮の屋内には入ったことがなかったかと、昼過ぎの時間帯を狙って、いつもの癖であちこちを経由してアリバイと尾行確認をしつつも到着した白井は、正面からではなく裏口を使って中に入った。

 足の裏の感覚が妙に硬い――今までは意識すらしていなかったが、鈴ノ宮というだけあって魔術的な防護が布陣されていることに、今さらながらに気付かされる。探ろうと思っても正解に至るまでには時間がかかるし、上手いやり方も思いつかなかった白井は、そのまま屋敷に隣接した無骨な建物、詰所の扉を開く。

 まず感じたのは慌ただしさだ。スーツでもなく、好き勝手な格好をした男が六人ほどデスクに向かっており、手元の書類をあちこちに回している。たまに見かける侍女服の女性も一人いて、仕事の内容はわからずとも、忙しさくらいはわかった。

 どうしたものかと思っていると、携帯端末に向かって何かを言いながら二階から降りてきたジェイル・キーアが白井に気付き、軽く片手を挙げた。

「おう、処理は頼んだ――と。きたのか」

「ああ……忙しいようだから、出直そうかと思っていたところだ」

「何を言っている、この程度なら普段通りだ。そこのソファに座ってろ、俺の珈琲を飲むくらいの余裕はあるんだろう」

 あるにはあるがと、返答するよりも前にジェイルは動いて珈琲を淹れている。実際、いつも淹れる側の白井は落ち着かない奇妙な気分なのだが、まあいいかとソファに腰を下ろして腕を組んだ。

 鈴ノ宮に所属はしているとはいえ、白井の立場は外注に過ぎない。ここにいる詰所の人間であっても数は限られるし、作戦上の運用により外の人間に頼んだ方が効率的なものも中にはある。そういう時、狙撃兵として配置されるのが白井で、ほかの作戦に呼ばれたことはなかった。

 ジェイルの配慮もあったのだろう。狙撃ならばともかくも、内部に入っての連携は装置としての白井には無理があった。汎用性がないというか、与えられた仕事しかしない上、余計な命令を出せば単独でそれを成し遂げようとする――もうここまでくると、連携そのものが不可能なレベルだろう。

 中には知った顔もいるが、そもそも白井の印象は良くないし、付き合いもない。となれば短い声だけかけるだけマシで、それに対して同様の返事をするだけ白井も丸くなったものだが、しかし、好奇心旺盛な新人も中にはいるわけで。

「お――よお、サミュエルじゃないか」

「ああ」

 顔を上げて見れば、前の仕事で顔を合わせた相手だったが、しかし名前が思い出せず、このまま誤魔化すのも面倒だと思った白井は、足を止めて白井の背後から背もたれに両腕を乗せた男に問う。

「名前はなんだったか」

「シルヴァンだ」

「そうか」

「忘れてたのかよ。まあ確かに、ツラは覚えても名前は憶えないとか言ってたの、本気だったんだな、お前」

「嘘を言ったつもりはない」

「ふうん。で、どうしたよ? 仕事――じゃ、ねえよな」

「ああ、躰を動かしたくなってな。シルヴァンは暇か?」

「そりゃまあ、使い走りだから客の頼みってンなら、付き合えるけど、俺を相手にってか? 狙撃は本職じゃねえぞ」

「安心しろ、今回の訓練はそっちじゃない」

「接近系? だったら付き合えるとは思うが――」

 やめておけと、声がかかれば、珈琲を二つ手にしたジェイルが戻ってきていた。

「あれ、キーアさんが対応してたんですか」

「俺に頼んできたから当然だ。それとサミュ、シルヴァンじゃ相手にならん」

「そうか」

「――マジかよ」

「お前、この前の総合訓練で俺にも勝てなかっただろう……」

「そりゃそうですけど」

「暇があるなら試せばいい」

「サミュ、おいサミュ、余計なこと言うな。俺の管理責任を問われたらどうする」

「殺しはしねえよ、今の俺ならな」

「そいつは安心できる情報だ」

 手渡された珈琲はブラックではなく、ミルクでサメをデフォルメしたキャラのようなものが描かれている。視線を落とした白井は、皮肉かと問うが、べつにと返される。ちなみに味はかなり良い。

「良い味だ、ミルクとのバランスが上手い。親父がこの珈琲を目的にしてたんじゃ、俺にはできんわけだ。それよりも先に聞いておく。俺の相手はいるのか」

「ああ、今は下で遊んでる」

「――げ、本気ですかキーアさん」

「サミュには丁度良い相手だ。向こうも似たようなことを言うだろう。外注を除いた現場入りする中じゃ、一番だ」

「あー俺、見学だけしてるわー」

「そんな暇があるなら仕事しろ、仕事。……まあいいけどな、シルヴァンは元傭兵なだけあって筋は悪くねえ。軍人みたいに動きが硬くないからな」

「最近なら、棺桶屋か。チガのところだな」

「おいおい、待て、おーい、親父のことも知ってんのかよ、サミュエル」

「やり合ったことがあると、聞いてないか……? あの頃の俺は、俺の親父のところにいたから、特に名乗ってもいなかったがな。最近逢って話しもした」

「そうなのか……」

「武装の用意はどうする、サミュ」

「いらん。――さて、場所はどこだ」

「地下だ。シルヴァン、案内しろ」

「うーっす。こっちだ」

 詰所の隅に行けば、並んで歩けないほど狭い階段があり、それを降りて行く。そして到着した地下は、まるで鈴ノ宮の敷地内全域に広がっていると思えるほど広く、あちこちに灯りがついてはいるものの、ややうす暗いと感じる場所だった。

 まず白井が感じ取ったのは湿度だ。それから風速、そのどちらも平常値である。おそらく管理AIが搭載されていて、制御しているのだろうと推測する。そして、そう遠くない位置に倒れている男を発見した。

「なんだ、佐原じゃないか」

「え? ……白井さん。妙なところで逢いますね」

「こっちの台詞だ。鈴ノ宮に属しているとは聞いていなかったが?」

「僕の方は、朝霧殿の手配で、こうした訓練をして貰ってるだけです」

 佐原泰造さはらたいぞうは躰を起こそうと力を入れるものの、上半身が僅かに傾いた程度で終わってしまう。よほど疲労しているようだが、会話には問題ないらしい。

「白井さんこそ」

「俺はここの外注だ。躰を動かしたくて頼んでな」

 つまり、君が相手かと、両スリットの入った赤色のチャイナドレスを着た女性が、すたすたと近づいてきた。

「いや助かるね、佐原が相手じゃ準備運動にもならない。それに誰かを育てるなんて真似は加減が難しくてね」

「殺さずにいれば勝手に育つんじゃないか?」

「ははは! それはまったく、私と同意見だよ、気にったぜ。私の名は夜笠やがさ夜重やえだ、名前で呼んでくれて構わないよ。そっちはサミュエル・白井と聞いたけれど、白井と呼んでいいものかな?」

「ああ――」

 言いながら、なるほどと一つ頷く。

「――夜重が相手なら申し分なさそうだ」

「それもまた同感だね。相棒とは違う意味で本格的に躰が動かせそうだよ。……なんだいシルヴァン、その目は」

「いやな夜重さん、俺が聞いた限り快楽主義のあんたが、そんなことを言うなんてのは信じられなくてな」

「見ればわかるぜ、厄介な手合いだよ白井は。訓練でなければ正直、楽しすぎて何をするのかわからないから、紗枝さえを呼んできてくれと頼むところだ。何しろ、ここに来て私を目視した瞬間、狙おうとしたからね」

「防いだだろう」

「一応は手加減してたみたいだしね――」

 攻撃の意図。

 それは最近、雨天家に赴いてから白井が得たもので――それが通じる相手ということは、つまり、夜重もまた同様の気質を既に持っていたということだ。

「先に聞いておくよ。どういった理由で私と、ああここはべつに私じゃなくても構わなかったんだろうけれど、ともかく、訓練をしたいなんて思ったんだ? キーアが言っていた限りじゃ、そういう性格でもなかったみたいだしね」

「そうも言ってられん。目的は、かつての俺を〝理解〟するためだ」

「うん? それはたぶん、私が今までやってきたことと類似しているのだろうけれど、どういうことか説明できるかい」

「かつての俺が何をしていたのか、躰を動かして理解しつつ、それを今の俺に馴染ませるための突破口を探りたい」

「ははは! なるほどなるほど、それはまったく、私と本格的に似ているな! もっとも、私がそうしたいと願ったのは、そこに気付いたのはそれほど遠くない過去なのだから、白井がどうであれ、遅いとも早いとも言えないのが苦しいところだ。そして、相手をするのが私ならば、私は私が楽しむ理由を持って相手をしよう」

「……そうしてくれ。術式は?」

「どちらでも」

「そうか」

 白井は隣にいるシルヴァンと、足元にいる佐原にそれぞれ一瞥を投げたあと、吐息を落としながら四歩の距離にいる夜重を見て。

 夜重はその視線を受け止めて息を吸い。

 白井は吐き切った時点で呼吸を止め。

 ――お互いが動いた。

 たとえば短距離走の選手がそうであるように、呼吸を停止させることで一時的に身体能力を向上させることができる。そうでなくとも、人はほぼ無意識のうちに、瞬間的に力を入れるような時、往往にして呼吸を止めているものだが――それは、激しい戦闘行動においては、致命傷にもなりうるものだ。何故なら、その行為は持続を度外視しているから。

 だから夜重も、ずっと停止したままにはしないが、こればかりは経験が必要になる。あるいはもう躰に染みついた習性にも似ているのだけれど――しかし。

 それでもなお。

 ――馬鹿かこいつは!

 太ももの内側から両手でそれぞれ無骨なナイフを引き抜いた夜重は、背後からの一撃を防ぐために左手を首の裏付近に回して受け止め、右のナイフで牽制するために肘を支点にして攻撃をする動作を見せることで、白井に避けさせる。

 ほとんど目で追うことができないほどの高速移動。人が行動する際に発生する空気の揺らぎと、急所を狙ってくるだろうなんて確信の下に行動したわけだが、あまりにも馬鹿げていて、楽しみが吹き飛ぶほど――それは夜重にとって珍しいことだ――追撃が苛烈なものになる。

 夜重の戦闘は基本的に速度重視、手数で圧倒するタイプだ。一撃必殺を狙う相手への防衛は得意――というか、昔によく経験した。ほぼ無意識にでも防御行動は可能だが、しかし白井の動きも速い。

 否だ。

 むしろ、速度しかない。

 だからこそ、少しでも躰を軽くするために、息を吐き切ってから止めるなんて馬鹿げたことをしているのだから。

 こちこちと頭の中で時間を数えている。十秒、二十秒、こちらの攻撃に対応する白井の動きと、その隙を縫うようにしてくる攻撃への対応。意識せずとも既に、二人はお互いに殺し合いをしていた。

 いや、厳密には違うのだろう。殺すつもりなどない――が、殺す気でやらなければならないほど、二人の力が拮抗しているのだ。それでもお互いに、心情とはべつとして、余裕だけはあるように見える。見せている。表情も、行動も、焦っても切羽詰ってもいない。

 夜重は楽しそうに笑っている。

 白井は仏頂面で睨んでいる。

 けれど、夜重は楽しさなどとっくに吹き飛んでいたし、白井は何度舌打ちを内心でしたかわからない。

 そして、九十秒をきっちり計測した瞬間、僅かに白井の動きが停止した。

 やはりそうだ。

 吐き切ったあとに止めれば、持続時間は短くなる。呼吸停止の持続時間そのものは、個人差もあるけれど、確実に訪れるのは確かだ。そして、それは現実に夜重の方が長かった。

 当然だろう。そして、そこを狙っていた。

 もちろん夜重だとて、ずっと停止したままではない。状況を読み取り、きちんと呼吸を行う。できるだけ短くするか、あるいは止めずとも良いようにする戦闘用の呼吸を身につけているけれど――。

 隙を衝く。

 攻撃に転じたその一撃を、白井が回避した瞬間だった。

「――」

 白井は、短く、鋭く、息を吸って、そのまま勢いを爆発させるように――今までよりもより早く、一撃を仕掛けてきた。

 不味い、と素直に思う。

 呼吸、つまり酸素を取り入れることは、肉体にとって――心臓というポンプを稼働するに当たって、良い行動だ。むしろ酸素があった方がより強い行動が可能になる。

 つまりだ。

 吸ってしまった夜重は、これから一度吐き出さなければならない。否、今までの行動中に少しずつ吐き出しつつ、吸う機会をうかがっているような状態だ。それに対して白井は、吐き切っていたのだから、あとは吸っていく。

 単純に、そう、実に短絡的に考えれば――ずっと、白井はこれから強くなっていくのだ。

 予想していなかったことを悔やむよりも前に、夜重は対応しなくてはならない。いや、ぎりぎり反応はできている、防御は可能だが、均衡が崩れた。ありていに言えば、一手遅れだ。

 つかず離れず――いや、離れても追いすがる。

 それはお互いの戦闘スタイルが似通っているからこそのもので、そのたびに無数の金属音が訓練場を支配する。金属の消耗や、自分の得物の破壊など、考えてはいない。考えられる余裕もなければ、染みついてもいない。

 打ち合わせてでも守らなければ、死ぬからだ。

 四十分は続けていただろうか。あらゆる戦闘をしてきた夜重は、その全てをもって対応し、白井もまた、今まで教えられた技術の全てを使って対応する。

 そして、振り下ろしたナイフが、夜重の刃物によって壊された。

「――っ」

 夜重が踏み込む、左手を振り下ろしてがら空きになった顔、厳密には顎の下から隙間を縫うように喉元へ。

 突く――。

 これが訓練なんて考えは、とっくに消えていた。それほどまでにぎりぎりの戦闘を行っていたのだ、しまったと思うのは遅く、力は腕を伝わってきちんと。

 白井が息を吐く、不安定な姿勢から一点、ぎりぎりまでひきつけた切っ先を回転によって回避しつつ身を沈め、今までに一度も見せなかった行動をとった。

 背中を、夜重に向けたのだ。

 突きが空を切る、視線は下、右手のナイフは迎撃した時のまま顔の上、左のナイフは突きの姿勢、両腕の内側に白井の背があって――。

 停止から後方への踏み込み。無防備な背に虚を突かれた形で白井の肘が入り、腹部に感じた圧迫から無意識に両足は、背中側に大きく飛ぶように力を入れており、けれど相殺しきれるはずもなく、夜重は吹き飛ばされた。

 飛ばされ、まずは踵で跳ねるように一度、腹筋に力を入れると痛むため、二度目は尻から無様に落ち、そこで両手を使って姿勢制御、両足を後ろに放り投げるようにして後方宙返りをしつつ、ようやく着地すれば十メートルほど離れてしまい、そして。

 白井は、軽く片手を挙げて。

「――降参だ」

 そう言って、地面に落ちたナイフの破片を拾うと、そのままどっかりと腰を下ろした。

 警戒が解ける――気が抜ける。

 夜重もまた、だらんと両手を下げて力を抜き、二歩ほど近づいてから力尽きるよう、床に腰を下ろし、両手のナイフを鞘に戻す気力もなく、そのまま置いた。

 戦闘中はそうでもなかったものの、ここにきてお互いに呼吸を荒くする。額から汗を拭うのも面倒だ。

 お互いに致命傷はない。しかし、細かい傷はかなりあるし、刻まれた服はお互いに血の色で染まっている。

 それもそうだ。何しろ殺しを前提とする戦闘において、いくら長くなったとしても五分くらいが限度なのだ。いわゆる、それ以上は続けても無駄、というラインで、殺せなかったら撤退するタイミングでもある。それを越えて四十分以上も続ければ、こんな状況になってもおかしくはない。

 いや――おかしいのか。

 お互いに限界を超えていないとはいえ、どちらかが倒されるわけでもなく、こんな長時間続けられたなんてことは、あまりにも信じがたい。均衡が少しでも崩れていれば、もっと早くに決着がついていたはずだ。

 武器がなくなって、降参だと白井は言ったけれど。

 正直に言って、夜重にだってあの状態で更に踏み込もうという力は残っていなかった。

「情けない話だよ」

「ん、俺のことか? 確かに、体力で負けているようではな」

「そういう意味じゃ――なんだ、いつの間にかシルヴァンがいないじゃないか。佐原! 動けるようなら、上に行って医療キットを寄越せと言え!」

 半ば呆然としていた佐原は、声をかけられて頷き、慌てたように階段をのぼっていった。それを苦笑して見送り、それなりに呼吸が落ち着いたのを感じてから夜重は口を開く。

「驚いだよ、その呼吸法はまったく、私は予想すらしていなかった。馬鹿げた真似をする――とは思ったけれどね」

「ああ……昔の、狙撃の癖なんだ。吐き切って、少し吸って停止する。それを矯正したくなかったから、馴染ませた」

 馴染ませた、というが簡単ではなかっただろう。なにしろ効率が悪い――どのくらいって、夜重が苦笑しか見せられないくらいだ。

「とんでもないな、君は」

「そういう夜重こそ、二本使われるのには参った……防御したところで、二つ目は回避しなくてはならん。繋ぎそのものは見えたが、フェイントが混ざると、さすがにな」

「私は昔からこうさ。むしろ、抜いたままこんな長時間の戦闘をしたのは、片手もないよ。途中から術式も混ぜてみたいだね、それにも参った。共感するタイプのものかな。相手の術式を見抜く〝感応キャッチ〟は鈴ノ宮にもいるけれど」

「文字通りの共感だ。夜重のものは解体系だろう?」

「そっちも文字通りさ、〝対解デコード〟と呼ばれているけれどね」

「空気に共感しようにも、術式で消されたからな。仕方ない、あとは視覚や聴覚から得た情報を元に、夜重の行動そのものに共感することで動きを読むことくらいがせいぜいだ」

「内世界干渉系になると、私の術式でも解体が難しくなるからね。その辺りは織り込み済みかとも思ったけれど、やっぱり戦闘中に読み取っていたのか」

「ああ……こんな汎用性があることにも気づけた。付き合ってくれて感謝する」

「いいさ、私も充分に満足する訓練ができた。――途中、何度かもう嫌だ逃げよう、と思ったのも確かだけれどね」

「安心しろ、俺も同様だ」

 それにしてもと、白井は折れたナイフを床に放る。

「調達しないとな……」

「そこらで手に入る消耗品とは、ちょっと違う感じだね。こっちの代物は、銘こそないがあのエグゼ・エミリオンの作品なんだぜ? 一撃でとは思っていなかったけれど、四十分もよく持ったものだと感心するよ」

「武器破壊もお互いに考えていたようだな……その名前も聞いたことはあるが、そうだったか、いやに強いわけだ。俺のは音頤おとがいの前崎が作ったものでな」

「ああ、あいつか。鈴ノ宮も懇意にしているみたいだし、野雨の窓口だから私も付き合いがそれなりにあるよ。なんだ、思ってたよりしっかりしたモノを作ってるんだね」

「経費で落としたい気分だ」

「いやいや、そのくらいはぽんと出せる男の方がいいよ」

「相手が男でもか? 嬉しくはねえな」

「それもそうか。けれど、拮抗したとはいえ、随分と私と君は違うね」

「ああ……そうなんだろうな。夜重は生き残るための戦闘であって、俺は結果的に生き残った殺すための戦闘だ。根本的な部分が逆なんだろう……それも、情けない話だ」

「へえ? 今は違うと?」

「少なくとも、そこがきちんと確認できただけで、当初の目的は理解できた」

 そして、白井は言う。

「これから、今の俺と混ぜ合わせられればいいんだが」

「――」

 待て、と言いそうになって夜重は苦笑いを無意識に浮かべた。

 ということは、なんだ? この拮抗した戦闘そのものは、かつて白井が扱っていた暗殺技術を、ただ使うだけだったと? 今の白井のやり方と、混合されていない?

 そんなことはないだろうと、白井は言うだろう。術式の使い方も、封じられこそしたものの、今の白井が持っていたものだ。けれど、夜重にはそれがわからない。ただし、白井の言葉にまったく嘘はなく――まだ未熟だと痛感しているのも確かだった。

「そろそろ限界だな……」

「そうなのかい」

「そっちの手数が多いお蔭で、損害が酷くてな」

 ゆっくりと、躰から力が抜けるように、白井は背中側に上半身を倒した。どさり――なんてことはなく、血液の混じった重い衣服が、べしゃりと音を立て、僅かに首を動かせば汗と血の割合が三対七くらいの液体が床に痕跡をつける。

「さすがに死にはせんが、復帰に時間がかかる――ああ、佐原がきたか?」

「いいや、キーアだよ」

「キーア殿か」

 まずは増血剤をくれと、白井は言う。といっても、夜重だとてどうにか座ったままいられるのであって、疲労の度合いは似たようなものだ。

 まったく。

 振り返れば、楽しかったとは思えるものの――正直に言わせてもらえば、二度は御免だ。

 もっとも、それは白井も同じだっただろうけれど。


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