--/--/--:--――円つみれ・狼の捜索

 欲しい情報がある。ではどうすればよいかと問われれば、欲しい情報を持っている人間を探さねばならず、つまりそんな対象を探すための情報を得なくてはならない。

 特定の誰かを探し出す、なんてことはつまり、そんな作業の積み重ねであることを、ミルエナ・キサラギは知っていた。

 あちらへこちらへ、野雨市内に限られていたとはいえ、閑談を交えつつも情報を引き抜き、最終的に学園へと戻ってきてみれば空振り。これは避けられているのか、それとも最終手段を使うべきなのかと悩みながらも、せっかく戻ったのだから一度部室に戻ろう、なんて思って足を向けてみれば。

 部室の入り口を背中と合わせて、目的の人物がよー、なんて気軽に片手を挙げるのだから、いくらミルエナだとて肩を落としたくもなる。

「――刹那」

「今日は誰もいねーよ」

 短いスカートに白色のワイシャツ、それでいてアクセントになる赤色のネクタイを適当に締めている小柄な少女、刹那せつな小夜さよは詰まらなそうな、退屈そうな、それでいて鋭い眼光をこちらに向けていた。

 可愛らしい外見に、言動と眼光が台無しにしている。身長はおそらく一四〇に届いていないだろうことは窺えたが、そんなことはともかくも、ミルエナが捜してでも話をしたかった相手がここにいることに、いくつかの文句もあったのだが、大きな呼吸一つで振り払うと、ポケットに入っている鍵で部室を開いた。

 ここがミルエナの棲家になっていることから、本当に誰もいなくなるようならば鍵を締めてくれるようにと、あの二人には伝言してある。今まではミルエナがずっといたから、さして問題はなかったのだけれど。

「逃げ回っていたのか?」

 定位置に腰を下ろしたミルエナは、腕を組んで問うと、そこに小夜がいない。どうしたと思うと、いつの間にか背後へと回り、珈琲の用意を始めていた。

「オレが、てめーから? 冗談だろ、逃げちゃいねーよ。サギから話は聞いてたからな、オレとしちゃあんまし関わらねー方が良いだろうと、距離を置いてただけだろ。てめーが見つけられねーのは、その程度だってことだぜ」

「降参だ。わざわざ、私の行動が鼻について、出向いてくれたんだろう。本来ならば珈琲の準備は私がすべきだが、ははは、いかんせん、どうしても不味くなる」

「知ってる。てめーがどうのっていうより、スティークの方な」

「ほう――では、私の着眼点は悪くなかったな」

「オレに居所を聞いても無駄だぜ」

「だろうな。だが、所在に関して調べているほかの人間の情報くらいならば、交渉でどうにかできんものかと、そう考えてはいる」

「だったらサギに頼めよ」

「それは最終手段だ……」

「はっ、くだらねーことを言ってやがるぜ。そんなにサギが苦手かよ」

「刹那と一緒にしないでくれ。だが、まあそうも言ってられんのはわかっている。いくらつみれが責任を取ると口にしたからといって、私の事情に長長と付き合わせるのは気が重い」

「ほんとにてめーは、仕事以外での人付き合いが苦手だな」

 それは仕方ない。仕事以外だなんて、それこそ最近になって初めてやっているようなものなのだから。

「円つみれに、あっさりと影響されやがって。仮にも三○一が、なんてザマだ。笑っちまうぜ。少しは朝霧を見習ったらどうなんだ、あー?」

「あれと一緒にされても困るがな……」

「ちったあ成長してるかと思えば、そうでもねーな。そりゃサギだって文句の一つも言いたくなるぜ。てめー、円や白井に置いてかれてからじゃ遅えってことを、自覚しとけ」

「わかっているさ――否、わかっているつもりだ」

「だったら話は早い」

 そう言って、ミルエナの手元に珈琲を置いた小夜は、そのまま堂堂とテーブルに腰を下ろして脚を組んだ。行儀が悪いとも思うが、刹那小夜という個人を知っているミルエナは、口出しをしない。

 こう見えて、あのランクS狩人〈鈴丘の花ベルフィールド〉の子狩人チャイルドであって、そんな庇護など必要ないくらいに立ち回りも、技術も、何もかもを得ている小夜に、何が言えるというのか。

「オレの仕事に手を貸せよ」

「む……」

「まさか、内容を聞いてからにする――なんて、間抜けな台詞が言える状況だと思ってんじゃねーだろーな? それとも、やっぱオレじゃなくてほかに頼むか?」

「いや、そうは言わんが……ちょっと待て。今、鷺城に頼むのとどちらが良いか考えているのでな」

「サギだって似たようなことを言うだろうぜ。つってもまあ、てめーじゃなく円か白井の問題だってんなら、ほかの手段を使うんだけどな。――円ほど温くはねーぞ」

「わかっている……せめて拘束時間を教えてくれ」

「そうだな、てめーの技術次第だが、オレが見た感じだと三日くれーでどうにかなるだろ」

「いいだろう。今の私がどこまでできるかを試すのに丁度良い」

「へえ……前向きだな」

「知っているのではないのか? 朝霧を交えた、戦闘訓練があった」

「聞いてる。それに関しちゃ、ブルーが興味を持ってたからな」

「コントロール・ブルーが? レンからは何も聞いていないが……」

「個人的な話で、ちょうど今日に呼び出されてるぜ。円にも良い経験だろ、物騒なことにゃならねーし。白井は白井で、ようやく鈴ノ宮を正面からノックして鍛え直しだ。ま、ここにほかの誰かがいるようなら、オレは来てねーよ」

「なるほどな」

 そこまでの状況を見越して、その上でミルエナが学園に足を運んだことすらもお見通しか。まったく、恐ろしい相手だ。

 本当に怖いのは、むしろ恐怖そのものが浮かないほど、当たり前に、それこそ路傍ですれ違う他人のように、無関心とも違う、関係のない相手のような感覚があるのが、怖い。そのあたりが鷺花とは違って――手に余る。

「今の私では、つみれの要求に応えられん。ああいった人種は初めてでな――指揮官とも違う」

「そりゃそーだ。あの手合いとなりゃ、稀だぜ。言ったろ、あのブルーの興味を惹いたんだ、そうそういてたまるかよ。オレが知ってる限りでも三人くれーなもんだ。そこらへん、円は無自覚だけどな。イヅナは知ってて黙っていやがった。わからねーとでも思ってたのかね、あいつは」

「刹那にならば知られてもおかしくはないと、そう思ってのことではないのか?」

「知らね。逢ってねーし。まあオレも? 一度くれーは円に使われてみるのも悪くはねーと思ってんだけど、まだ早えよ」

「……まだ、か。いや恐ろしいものだな、それも。確かにうかうかしていられん。名目上、私が集めたようなものだからな。――さて刹那、確約はした。情報をくれ」

「ああ――どうすっかな。あー、てめーにやらせる仕事も加味して、つーか今からすぐにでも動けるのかよ」

「それは構わんが、すぐにか?」

「今晩からって意味だ。んじゃ調べる時間分を仕事に回すとしてだ――今、スペインにケイがいる」

「……? 誰だそれは」

「ケイオス・フラックリンだ。知らねーのかよ」

「聞いたことがあるのを思い出した。確か、一〇三……〝槍〟に所属していた男だろう」

「まーな。オレの同期でもあるけど、まーいい。そいつが、狼の発生点だけは押さえてある。オレから連絡して情報開示させっから、現地で逢えよ。そこからは、てめーらの腕次第ってわけだ」

「ああ、そういった情報の方が助かる。さすがに現在地を教えられても、その信憑性に関して追及することになる上、……スティークにそれが知られると厄介だからな。現地というのは、最近に狼が出没している地点か?」

「おー、スペインだ」

 なんだ――それは、なんというか。

「皮肉だな」

「だろ」

 白井の、出身地だ。

「鈴ノ宮に連絡をして、輸送を頼むことにしよう。そうだな……二日後くらいに、先に行ってもらうか。私は仕事を終えてから追いつけばいい」

「それで、円と白井が納得すんならな」

「ははは、あいつらは物分りがいい。どうせ私がまた言い出したと、そう思ってくれるだけだとも。準備は?」

「必要ねーよ。武装の調達もオレがやってやる」

「ならばいい。もっとも、その中に現地調達も含まれていそうだがな」

「そのへんは追って連絡してやるよ。――けど、てめーから見て白井はどうなんだ?」

「ミュウか? どうした、興味があるのか」

「あるね」

 くつくつと笑った小夜は、珈琲を置いてから煙草を取り出して火を点ける。止める暇もない動作だったが、香草の匂いに混ざりものかと、ミルエナは小さく呟いた。

「いや? 混ざりものじゃなく、百パーセント香草だ。シナモン嫌いか?」

「また分量配分の面倒なものを……まあいい。ミュウに対する見解なら、今の私ではまだ届かん――といったところだ」

「それ、ずっと届かねーぜ」

「ほう、それは面白い見解だが、何故だ?」

 わかってて訊くんじゃねーよ、と言われる。なるほど、確かにその通りだ。

 ミルエナは知っているし、朝霧芽衣が作った場での訓練で、それは確信に変わった。

「よくわかるものだ」

「このくれーのこと、メイだってわかる。あいつは文字通り、今までずっと殺人装置だった。技術、知識、経験――そういったモンを溜め込んで、それでもなお、言われるがままだ。それでいて生き残った異常性に関しちゃ、言うまでもねーだろ」

「そうだな。完成されているのではなく、否、ある意味では完成なのかもしれんが……技術そのものに関してはお手上げだ」

「あいつの余白にゃ気付いてるかもしれねーが、どうしてあるかまでは知らねーだろ」

「ああ……成長の速度も早く、充分な余白があることは把握しているが」

「馬鹿げた話だぜ? あいつは今まで、たった一度ですら、自覚なく、まともな状況として――成長したことがねーんだよ」

「は……?」

 間抜けな声くらい出る。なんだそれは――人ならば、本来あるはずの成長すら、していなかっただと?

「技術を身につけるだけじゃ、成長じゃねーだろ。それを把握して、ほかの技術と連携させて、使いこなせりゃ成長だ――なんて一般論は口にしねーけど」

「しないのか。思わず納得しかけたぞ」

「けど、似たよーなもんだ。海賊時代の狙撃技術は教わって覚えた――ただ、それだけだ。ナイフの技術も同じ。てめーの意志で使うことなんか、たった一度だってありゃしねー。命令に従ってただ使うだけ、装置としての仕事をただ右から左へと実行するだけだ」

「しかし、窮地に立てば、成長せざるを得んだろう?」

「あるいは、そういうこともあるだろーぜ。けど、教わって覚えたあらゆる技術が、それしかないものだと当人が認識していたら?」

「――」

 それしかない、のならば。

 それ以上は使えない。

 そして現実として、それ以上に発展させることを、成長と呼ぶのではないか。

「最大の問題は、オレにとっちゃ嬉しい誤算は、その領域で――」

 つまり、それこそ入門書を読んだ程度のレベルで。

 それで何ができるかと問われた時に、書いてあったことを素直に口にすることしかできない、応用性の低い初心者レベルに近しい場所で。

「――野郎は、生き残っているってことだ」

 本当に。

 刹那小夜を知っている人間ならば、間違いなく背を向けて去るか、珍しいこともあるんだなと口にするような、本気で嬉しそうな表情で、あるいは凄惨とでも呼べるような笑みを浮かべて、その台詞を口にした。

「今の白井は怖くねーよ。それこそ、評価そのものはてめーが見ての通りだ。大半の連中は――ああ、てめーらの世代の連中はだ、今なら殺せるって思ってんのが、それなりにいるだろ。楽観してそうなのもいるけどな」

「殺せるから何だと、言いたい気分だな。そんな比較しかできんのか」

「まだ若いんだよ、連中も。てめーと一緒にすんな。オレだって一応は、同じ世代ってことになってんだぜ。サギもな」

「そちらの方が充分に厄介なのだがな……」

「てめーなあ、どうしてアブがてめーらの監督役なんか引き受けたと思ってんだ。あれか? てめーの交渉で納得したからだ、なんてマジで思ってんのかよ」

「旨味はあるはずだ、と考えてはいたが、つみれの稀少性に関しても材料になったはずだが、ミュウもか。エイジェイの野郎め……」

「オレも含め、それなりの立場を得てる連中ってのはな――政治家と違って、そういう生来的に面倒そうな相手ってのは歓迎してんだよ。敵対上等、やれるもんならやってみろ。そうすりゃオレの仕事も楽になるって寸法だ」

「だからといって、育成に手を貸すほどではないんだな……」

 それはミルエナも同様だが、育つ人間は勝手に育つと思っているし、自分の分身を作りたいとも思わない。何かを教えてやろう、なんて考えるのは状況が作られてからだし、請われてもいないのに指摘できるほど、自分が完成もしていないのだ。

 その点、鷺城鷺花とは違うし、だからこそ苦手としているのだが。

「教えられることなんて、そうはねーよ。勝手に盗むしな」

「うむ――これは疑問なのだが、私程度ならともかくも、刹那は技術が盗まれることに不満……と言っては何だが、思うところはないのか?」

 あのベルを継げる一人であるほどの、総合的な実力を持っている小夜は、鼻で一つ笑った。

「べつに何も。盗んだからって、扱えるとは限らねーし、オレになろうとしても無駄だ。本質が違うからな。それをてめーのものにして、オレを超えられるってんなら、単純にオレが未熟だったって話じゃねーか」

「なるほど、その辺りは私の見解とそう変わらんのだが、さすがに私とは立場そのものが違うだろう」

「同じだろ。仮にそうなったら、立場が逆転して、今度はオレが挑めるじゃねーか」

 それを楽観的だと笑えれば簡単だ。けれど、小夜が実際にそれを望んでいたところで、ただ待っているだけの女ではないことをミルエナは知っている。何しろ今の立場でありながら、それこそ成長を続けているからだ。

「ま、あくまでも戦闘技術の面だけだなー。立場って観念で言えば、円の方に期待したいもんだ。――で、だからてめーはどうすんだって話なんだけどな?」

「……辛い話だな。否応なく、年齢を認識せずにはいられん」

「それでも、諦めたら終いだぜ」

「わかっている。置いていかれては洒落にもならん」

「なるだろ。老いて枯れて、だ」

「ははは! それこそ、本気で笑い話だ! ――とてもじゃないが耐えられそうにない」

「羨望を感じたらそこまでだぜ。つっても、オレの場合は仲間内なんてモンを感じたことはねーし、あんまし上手いやり方を知ってるわけじゃねーけどな」

「なあに、助言を貰おうなどとは思っていない。そして、誰かに任せるつもりはないとも」

「てめー自身に、やりことができるまでは、か?」

「見透かしたことを言う。だがまあ、似たようなものだな。道楽に見えるか?」

「似たようなもんだろ。さて――面倒な仕事は、とっとと片付けちまおうぜ、お互いにな。オレも暇じゃねーし」

 それは構わんがと、立ち上がったミルエナは二つのカップを簡単に洗いながら問う。

「そもそも、日ごろはどんな仕事をしているんだ?」

「いろいろだ。暇がありゃじーさん連中と将棋でも打つし、茶葉の配達もするぜ。物騒な仕事って意味なら、ほとんどねーよ」

「雑務か」

「まーな。放置できねーくらいには重要だけどなあ」

「で? 引き受けたからには、そろそろ情報開示をして欲しいものだが?」

 そう難しい話じゃねーよと、小夜は笑う。

「躰を手に入れたガキが遊ぶ、その尻拭いだ」


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