10/11/14:30――鷹丘少止・屋根の上の観覧
マイクなしでも清音に劣らない声量で歌いきった火丁は、しばしの余韻を楽しんだあと、ぺこりと頭を下げた。途端にわっと拍手が溢れかえり、火丁は照れたような笑みを浮かべる。
火丁の歌も客に向けたものではないけれど、共感はしやすい。だからこそ圧倒されず、火丁の雰囲気に呑みこまれる。領域に引きずり込む、というほうが正しいかもしれないが。
組んでいた腕を外すのと同時に、舞台袖から何かが飛んでくる。受け止めればレモンの味のするスポーツ飲料で、ボトルの表面にテープでストローがついていた。だからストローを外してすぐ飲めるようにしてから火丁に渡すと、口をつけて半分ほど飲み干す。
「――ど?」
「ああ、良い歌だ。きちんと伝わった」
「そ。ならいいや」
そう、火丁はたったそれだけで、充分だ。
マイクを受け取り、スイッチを入れる。それから少しだけ考える素振りを見せてから、口を開いた。
「えっと、ご清聴ありがとうございました。あたしの歌も、みんなのために歌うものじゃないけど、その、楽しんでいただけたら幸いです。えーっと……兄さん、こんなもん?」
マイクを切ってから話を振れ、とも思ったが、ここで話し合いをしても仕方ない。
「ああ、どうせゲストなんだ、私に判断を仰がなくてもいい。――清音」
火丁の傍に近づいていき、そこまで言ってマイクを切る。軽く火丁の背中を押すようにして移動を伝え、抱きかかえてステージの下へ。清音たちとすれ違うときに、少しだけ会話をして、立場は交代した。
火丁を元の位置に座らせると、軽く頭を撫でる。
「ん?」
「ありがとな」
「うん」
ちらりと背後を一瞥すると、清音がステージで話をしている。まだこれから何曲かは歌うだろうけれど、メインの仕事はこれで終いだ。そう思いながら視線を切って外に出る。やれやれと思いながら煙草に火を点けると、ゆらゆらと嬉しそうに動く自分の影に、右足を叩きつけて黙らした。
「よー、人気者」
「セツ、……心臓に悪いから
「大して驚きもしねー野郎がなに言ってやがる」
くつくつと笑いながら、刹那小夜は自分の煙草に火を点けた。ニコチンではなく、香草の香りが一気に広がった。
「一時期、脱法ハーブなんて流行っただろう」
「馬鹿、オレのは純正だ。オレのが薬物だってんなら、ハーブ系のお茶全般を取り締まらねーとな」
「疑っているわけじゃない、思い出しただけだ」
「それよか、てめーのことをちっとは考えろよ」
「私の?」
「ばーか、火丁の歌がてめーに向けられたモンだってのは、誰だってわかるだろーが。ま、さすがにツラ出しのお披露目とは思っちゃいなかったんだろ? あれもソプラノの提案だぜ、てめーがあちこち渡り歩いてるからだ」
「大きなお世話だ」
「まったくだ。〝かっこう〟に何を言っているんだって話だよな――そうだろ、アイギス」
「うむ、まったくもってその通りだ……が、邪魔だな鷹丘、踏み潰すが?」
「避けて降りろ」
鬱陶しそうに掌を振ると、屋根からひらりと芽衣が飛び降りてくる。
「なんなんだお前らは。私は地面に落ちたアイスかなにかか」
「いや? 実際には貴様にあまり興味はない」
「火丁のことを気にかけてるだけだぜ」
「……ん、おい朝霧、そういや鷺城の服、あれどうしたんだ」
「ああ、あれか。あちらの文化祭で軍服を集める必要があったから、古着をアキラ経由で受け取ったんだがな、その際に渡されたほかの衣類に紛れていたものだ。私が一箱、鷺城が一箱、そういう分配だ。中に何が入っているのかは知らんし、着れるかどうかも私は確認していない」
「無茶をするな」
「いや……無茶か?」
「ん? サギの服装のことなら、べつにいいだろ。紫陽花と一緒に指突きつけて大笑いしてやったら、――マジでキレてたけど」
「……おい」
「あとがちょっと怖いから、早早に退散しようと思ってる。祭りの最中に諍いを起こすわけにもいかねーし」
「ふむ……それほど笑えはしなかったがな」
「行くならとっとと行ってくれ。残るなら火丁の助けになってやってくれ」
「そうは言うが鷹丘、火丁にとってはお前一人で充分のようだが?」
「そこがまた気に入らねーよな。せいぜいオレにできることは甘やかすくれーだ」
「……火丁のことはいい」
「まったくだな。そろそろ転寝を動かしてみようとは思わんのか」
「本人に言え」
「そういや、いつの間にてめーら、三人一緒じゃなくなったんだ? オレにしてみりゃ、てめーらがツルんでる方の印象が強いんだけどな」
「昔の話だ。それに、連中を私がいいように使っていたようなものだからな」
「刹那は、どうだ?」
「オレとしちゃ、面白い連中だと思ってたくれーだな。それは今も変わらねーよ――ん?」
「ああ」
小夜の動きに芽衣が頷き、少止は瞳を閉じてため息を落とす。
空間転移を使って小夜が移動し、それに合わせるよう少止は影の中に溶け込む。そして芽衣は、紙吹雪のようにその姿を消した。
出現もまた、小夜が最初だ。屋根の上であぐらをかいて座っている花ノ宮紫陽花の隣に小夜が出現し、その影の中から少止が姿を見せる。その横、芽衣のカタチが組み立てられた。
「どったの?」
「外の空気を吸いにでてきたヤツから逃げてきただけだ」
「ふうん……あ、ぎっちゃんもきた」
「ちょっと待て。私がここにいる理由がないだろう、戻っていいか」
「ふむ、なにを言っている鷹丘。――肴がなければ酒も進まんだろう」
「まったくだ」
「ん? あら、みんなして集まってるのね。ちゃんと私に気付かれないように術式を使いなさいよ。たるんでるわよ」
「侍女が説教すんな」
「うひひひひ」
「そんなに笑えるか? 似合っていて私は実に癪なんだが」
「私は孤島でジェイソンに追い掛け回されるより怖い」
「ははは、〝かっこう〟が言うと真実味があって面白いな」
「まったく……まあいいけれどね。それより中、結構集まってるじゃない。こういう言い方は避けたいけれど、――私たちの世代が」
言うと、大爆笑の渦が巻き起こる。笑っていないのは少止だけだ。張本人である鷺花も笑っていた。
「くっくく……おい、おいサギ、ははは、てめーの姿を見た時より笑っちまったじゃねーか、この野郎」
「ごめんごめん。でも、年齢としては確かに、私と同じなのよ?」
「そうとも、私だとて同じだ。サギと一緒に年増扱いはするな――そう、私は違う」
「私も違うわよ」
「……どうだろう」
「どうだろう、じゃない。きっちり見た目通りの人間よ――今のところは」
「はは、冗談だとも。貴様に殺されるのは御免だ。どのみち、こんな場所でこうして顔を合わせるのも、いわば例外だろう。余計なことはしない」
「物分りがいいんだか悪いんだか……で? 少止、ほかの連中はどうなのよ」
「例外と言うなら、私がここに居ることがそもそも、例外だと思うが? 質問を投げる相手を間違っている」
「間違ってねーよ」
「だよねえ」
「……?」
「わからんのか、鷹丘。こういう言い方も鷺城同様に避けるべきなんだろうが、――貴様らの世代で、頭は貴様だ」
「――嗤えない冗談だな」
言って肩を竦めるが、誰も、その言葉に返答はしなかった。
「さてと、火丁の歌を聴いた以上、用事はない。私はまだ事後処理があるから先に去ろう」
「おー、あの件か。オレも動くから付き合うぜ?」
「ならば、酒は貴様の奢りだな」
「オレより先に仕事を終わらせたらな」
軽く笑いながら二人の姿が消え、だから痕跡を残すなと、鷺花が呟く。
「ウィルは紫花待ち?」
「うんそー。今日誘ったの私だし、帰りデートなんだー」
「そう。ほどほどにね」
「はあい」
「じゃ、私も行こうかしら。けれど――ねえ、少止」
「なんだ?」
「あんたたちの中で」
時間がないことを知っているのは、お前だけだと。
鷺城鷺花は、そんな言葉を残して、そこから姿を消した。
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