10/11/14:20――雨音火丁・一人への歌

 ――最古の記憶は、複雑なカオ。

 繋がりのない、男の人を、兄と呼んだその日。

 ありったけの勇気と一緒に、伝えたとき。

 なにかを噛みしめるようなカオをして。

 頷いてくれたあの時のこと。

 ――長い記憶は、空白の最中。

 振り返って、誰もいない、そんな確認をして。

 曲がり角まで走ったのに、いなくて。

 寂しさを紛らわす言葉も、届かない。

 歌うことも忘れてしまう。

 ――逢いたいよって叫んでみても、答えはない。

 声が枯れるほど伝えても、ただ空気を震わすばかり。

 ――愛してるって言いたくって、気持ちばかり膨れ上がって。

 周りがずっと明るいから、そこを探してばかり。

 ――落ち込んだあたしは俯いて。

 足元で見つけた、あなたのカケラ。

 小さな、小さな、影法師。

 火丁あかりに照らされて、そこに居る。

 ――現在の記憶は、まどろみの日。

 寝ぼけ頭で飛び起きて、部屋を飛び出して、影を探す。

 見つけた嬉しさに涙をしながら、抱き着いたのも。

 もうずっと前のお話で。

 離れてしまっても、戻ってくることを知った。

 ――行こうよって誘うことも、あなたがいるからできること。

 仕事だからって断られても、次があるから笑っていられる。

 ――大好きだって伝えることは、恥ずかしくてまだできないけど。

 気持ちは確かにここにあって、それでいいんだって大事にする。

 ――落ち着いたあたしは空を見て。

 口からこぼれる、歌の音色。

 小さな、小さな、影法師。

 あなたのお蔭で、思い出した。

 ずっと好きだった、歌うこと。

 道を照らした、その先に。

 隠れて見守る、影法師。

 火丁あたしの先で待ちながら、ちょっと先を行く少止あるきかた。

 追いつこう、は間違ってて。

 今の距離がいい関係。

 あたしの大事な影法師。

 いつか、ありがとうを返すから。

 返さなくてもいい、なんて言わないで。

 小さな、小さな、影法師。

 ――火丁あかりに照らされて、そこに居る。


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