10/08/14:00――転寝夢見・技術よりも立場

 野雨西の文化祭、最終日に夢見が顔を出すと、芽衣は読んでいた雑誌から顔を上げ、少し待てと言う。ちょうど面白い記事を読んでいる最中らしい。こういう身勝手さは知っていたし、大して気にしていなかった夢見は、近くにいた軍服の男に軽く肩を竦め、芽衣の隣にあるパイプ椅子を引っ張って腰を下ろした。

「――なんだ、ヴェルタ・ア・エスパーニャの総集編かよ」

「ほう、話せるのか?」

「酒場の姉ちゃん相手に吹くレベルじゃねえな。知り合いが好きで話を聞いてたってくらいだ。どっちかっつーと、朝霧が興味を持ってた方が驚きだ。どうしたんだ、最近付き合ってる男がそっちの趣味なのか?」

「話を振ったホストに知らないと言ったら、寂しそうな顔をしていたからな」

「お前以外の女が言うなら、説得力のある言葉だ」

「私には似合わんか?」

「他人のために自分を磨く真似はしねえと、俺が勝手に思ってるだけだ。朝霧がレーパンにジャージで走ってたら、とりあえず俺は笑うけどな」

「ふむ」

 記事を読み終えたのか、雑誌を畳んでテーブルの上に放り投げ、芽衣は腕を組む。

「まあ確かにその通りだ。趣味の範疇なのだろう、実用性があったのは山岳地帯へのヘリ降下、現地での移動性を重視した乗り物だったからな、さすがにプロ選手のように走ったことはない」

「山岳地帯なら、確かにあるとないとじゃ移動力に差が出るんだろうな。俺には想像もできないが」

「とはいえ、折りたたみの小径車だ。背中や腹部に装着して降下できるあたりが好ましい。――ふむ、転寝は変わらんようだな」

「お前もそれを言うのか……最近、逢うやつによく言われるんだが」

「あれこれ悩んで進まない内はそうやって言われるものだ。私もそうだった。それが手遅れにならんければ、それが一番だが?」

「うるせえよ」

「このくらいの、余計な世話はさせろ。しかし、九や花刀には誘われなかったのか?」

「お前らが面倒を起こすだろうからって、花刀は忙しそうだったな」

「見ての通り、面倒は起こしていないが?」

「だったら余計に大変だろうぜ」

「同情くらいしてやれ」

「そのくらいしかできねえよ。三学年で対抗させてんのか?」

「そうだ。初日は一二年の連合軍が勝利、二日目は三学年――今日の最終日は、さて、教員にやらせているトトカルチョでの優勢は、連合を組んだ場合の一二年がトップで、次いで三学年、一学年、二学年となっている」

「三学年だな、二十ドル出してもいい」

「ほう、断言するか」

「二日目がぎりぎりの勝利だったんだろ。違うか?」

「いや、正解だ」

「だったら最終日に戦術披露して潰すだろ。圧倒的に――まあ、それだけの連携ができれば、だが」

「そこに関しては問題ない」

「だろうな。少止が、ありゃどうかしてるとぼやいてたぜ」

「ふむ。……まあ野暮だろうな」

「その通りだから余計なことは言うな」

「わかった。では、あとでライザーにでも愚痴を言っておこう。夢見にはそのほうが効果的だろうからな」

「面倒なことだ。それにしても、最終日には教員連中も巻き込んだ手管ってのを知りたいもんだ」

「私は良い店を紹介して、試しにどうだと就業後に全員分のビールを一本ずつ配っただけだ。大したことはしていない、あとはほかの連中がやったことだ」

「ルールはサバイバルゲームと似たようなもんにしてんのか?」

「もちろん、安全面には最大限の配慮をしているし、申請通り、緊急時の医療講習もきちんと行っている。まあ最終日だ、追い込みに入っているがな」

「へえ……ああ、仁はきたか?」

「ああ、二村なら顔を出して、私の携帯端末の中に入っているプライベイトデータを漁って帰ったな」

「スイッチが入ってなけりゃ、んなことしねえだろ」

「冗談だ、一応見せたが。なかなか、ここ三日で結構な数が私のところにくる。人気者は辛いというやつだ」

「違うだろ」

「まあ、使い勝手が良い駒としては充分だろうと思っている」

「それもどうかと思うけどな。それで? 俺を呼んだのは、どういう理由だ?」

「寮生の中でお前だけは顔を合わせていなかったと、その理由では不満か」

「筋を通すにゃ足りねえと、思うけどな」

「断らず律儀に顔を見せた理由の仔細を言うつもりがあるのならば、私も話して構わんが?」

「冗談だろ」

「それもそうか。聞けば、お前は私の素性に関して、情報を得ていたそうだが」

「察しはつけてたが、実際に詳しく知ったのはお前が出て行ってからだ。俺は見ての通り一般人だからな、そうそう情報も手に入れられねえ。お前が出てってから、ちょいと気になって耳を傾けただけだ」

「ふむ」

「……大きなお世話だ」

「なんだ、先読みして封じるな」

「面倒なんだよ、俺になにを期待してんだ。朝霧はガキの面倒みてりゃいいだろ、俺をそこに含めるな」

「そうは言うが、蹄のが残念がっていたからな。あいつに関してはどうでもいいが、私はなごみが好きだから、つい口を出したくなる」

「ん……ああ、あいつか。花楓が何も言ってねえとは思うけどな」

「腕を組んで楽しそうにしていたぞ。初日に見た。まったく――羨ましい限りだ」

「それは、どっちに対してだ?」

「――おい花刀、こちらだ、いいから来い」

 話を逸らしやがってと、夢見は頬杖をついて芽衣の見ていた雑誌を手元に寄せた。

「ユメ、きてたの。ちょっと芽衣、私は見回りの最中なんだけど?」

「その必要はないだろう、トラブルの処理はこちらが引き受けているし問題は起きていない。こちらの周波数に合わせた通信機は、既に渡していたはずだが?」

「おい朝霧、言い訳くらいさせてやれ」

「ふむ、つまるところ見回りだという言い訳をつけてようやく生徒会室から外に出たというのに、その必要がないと否定されればまだ戻らなくてはならなくなる――と、そういうことか?」

「べつにそういうわけじゃないけれどね……」

「そういうことにしといてやれ。女に対しては適当な気遣いが一番だ。いつだって事実をぶつければ感情が揺れる、それこそ面倒だろ」

「……ユメって、芽衣といる時は結構話すよね」

「そうか? 男をしゃべらす簡単な方法を知りたいなら、ベッドの中に連れ込むことだぜ。そういう手管を知りたいなら、シャワーを浴びてから俺の部屋に来いよ」

「ちょっと、あんた」

「来たら俺が出かけるから問題ない」

「それはそれで、どうなのよ……」

「コールガールのやりそうなことだな」

「見ろ、朝霧はこうやって理解するだろ。だから軽口を叩いてるだけだ。べつに無口なキャラを作ってるわけじゃねえ」

「つまり、私は男心がわかる女だということだ。花刀、少しは私から学んでみろ。あと褒め言葉をよこせ」

「面倒ばっか起こしてるくせに、よく言う」

「お前の要領が悪いだけだ」

「それについちゃ同感だな。ドイツ人かお前はって言葉を、俺が何度使ったか数えてそうで嫌んなる」

「数えてない。なんでドイツ人」

「ブロンドじゃないだけ、ありがたいと思え――む、すまん」

 軽く片手を挙げた芽衣は、耳につけたインカムに手を当てて、そちらに集中した。

「相手は三人? 田宮の手は空いているか? ……よし、二人で警告を入れろ、田宮は現場げんじょうに急行。藤堂は田宮の抜けた穴を塞げ。武力制圧を考慮したいなら、教員側にも手配を……うむ、結果報告を待つ」

 どうやらスイッチを入れなくては言葉が入らないようになっているらしい。その内容に花刀は顔をしかめ、額に手を当てた。

「まったく……」

「いや、そこは褒めるところだろ。良い連携が取れてるじゃねえか。朝霧が中心になってんのか?」

「ああ、指揮官が欲しいと請われての結果だ、大したことはしていない。現場責任者は椅子を暖めて責任を取るのが仕事だからな」

「ケツが蛍みてえに光るようになったら言ってくれ」

「ここにいるデカ尻女と一緒にしてくれるな」

「ちょっ――なんでさっきから、こっちに誤爆すんのよ!」

「誤爆じゃねえよ」

「勝手に花刀が一人で爆発しているだけだ」

「こいつら……!」

 とっととここから去ろうかと思ったが、ふいに、花刀は思いだして顔を上げた。

「そういえば、最近、花楓先輩に逢ったよ」

「はあ? なんで」

「ちょっと用事があって。ユメのこと気にしてたけど、最近逢ってる?」

「俺とアイツに関係なんてねえよ」

「でも、寮を紹介したのって花楓先輩よね」

「そんなことは忘れた」

 ただ理由が必要だったので、勝手に名前だけ使っただけだが、それを当人に知られているとなると、これまた説明が面倒になる。もちろん、そんなことは見越していたが――どうせ、いいように情報を引き抜かれたのだろう。

「ったく、どいつもこいつも……」

「うん? なによ」

「周囲がなにを言おうとも、忸怩を噛みしめているのは当人だと、そういうことだ」

「さも知ってるかのように言うな」

「違うのかと問い詰めてもいいが、まあよしておこう。私は――む?」

「――朝霧大尉殿! 三学年の攻勢により一学年が壊滅寸前であります! 特別救援の許可を!」

「ふむ、残り一度になるが、構わんか?」

「はっ」

「よし、一般公募を許可する」

「ありがとうございます!」

 なるほど、なかなかうまくできているものだと感心する。戦力そのものは当てにならないにせよ、一時的な体験ならば可能であるし、参加者に弾丸などの物資を運ばせるルールでも作っているのだろう。最悪、同じ生徒を引き込んでしまえば良いのだ。それも一つの駆け引きなのだろうけれど。

「どうだ花刀、脚線美が最近気になっているようだが」

「だからそういう情報をいちいち暴露すんな!」

「まったく改善する気配がなけりゃ、口を出したくもなるだろ。俺に言われるより、朝霧に言われた方がマシだ。言われたくねえなら改善するか、言ってくれる男をとっとと捕まえろ」

「はいはい正論どーもー」

「どうよこいつ」

「地味な女だと再確認できただけでも、まあなんだ、そうだな、言葉を選んで言うが、今では書き損じの紙でも裏面を再利用することで無駄を省いているからな、うむ」

「言ってる意味はよくわかんないけど、残念そうな顔しないで」

「この女はまた無茶を言う……」

「それこそ、俺なんてこいつらと同じ扱いでいいぜ」

「さて、それはどうか。まあかつて、私も同列扱いだったと考えると、周囲の不満も今では実に頷ける話だ」

「ふん」

「……なんか疲れた。もう戻るから」

「ああ、こちらは任せておけ」

「おう、ほどほどにしとけよ。気負い過ぎると疲れるだけでいいことねえからな」

「はいはい、ありがと」

 もっと楽しめばいいのだがと、芽衣が苦笑しながら言う。それができたら、もう少し融通の利く女になっているだろうとは思ったが、夢見は口にしなかった。

「ん、田宮か。トラブルの処理は終えたか?」

「あ、ああ……一応、その報告な。無事終わった。よお、夢見。きてたのか」

「朝霧に呼ばれたんだよ。どうかしたか? 揺らいでるぜ」

「いや――以前に逢った時は、まったくのド素人だったが、改めてこうしてみたら、どうなんだ。確かに鈴白やキチョウなんかも凄いとは思ってたけど、お前の場合桁が違うっつーか……凄まじい制御性能だな」

「ほう、田宮。お前にはどう見える」

「どうって、……ちょい怖いな。朝霧とは違う意味で」

「褒め言葉じゃねえな」

「そうか? ま、だからどうしたって言われりゃ、反論もしねえけど。しっかし、花刀さんが疲れた顔してたぞ? またからかって遊んでたんだろ、朝霧」

「私のせいにするな、転寝も同罪だ」

「おいおい、夢見もかよ」

「花刀の側に原因があるとは思わないか?」

「あの人、あれでも生徒会長然としてやってんだから、プライベイトで突っつくなよ。だからって俺に矛先を向けられても嫌だけどな」

 軍帽をとり、それを指でくるくる回していた田宮も、パイプ椅子を引っ張って腰を下ろした。

「田宮も暇なのか?」

「ん? 巡回時間はもうちっと先だから、突発的なトラブルがない限りは問題ない。俺は基本的に遊撃……っつーか、朝霧の手足で動くほうだから、楽なもんだ」

「ふん、初日は女と二人で遊んでいた癖に、私の手足とはよく言ったものだな」

「ちょっ――」

「へえ、少しは度胸がついたのか。マニュアル雑誌はアテにすんなよ、失敗したら素直に頭を下げろ。主導権を握るのが一番だが、あんまわかりやすいと馬鹿って言われて終わるからな」

「へいへい、注意しときますよっと。……けどま、こんなのんびりしてていいのか、とは思うな」

「休暇も必要だ、切り替えろ。戦場に出たがる兵士ほど生き残るとは言うがな」

「ん……ああ、自分に罰を与えるタイプか。生存してこその罰を、死との狭間に身を置くことで実感する。よくある話だ」

「……なあ、朝霧。誰かを守るためには、どうすりゃいい?」

「おい転寝、答えてやれ」

「悪いな、俺には答えられん。誰かを守れるなんて、思ったこともねえからな」

「なあに、簡単なことだ。貴様が持っていて田宮が持っていないものを答えればいい」

「ま、冗談を抜きにしても、見当がつかねえのか、田宮」

「わかんねえ。まだまだ足りてねえってのは、自覚してるし、誰かを守りたいなんて思ったこともねえよ。けど、だったらその差はなんなのか、知っておきてえと――」

「立場だ」

 めくっていた雑誌を置き、運動場で行われている合戦を見ながら、夢見は言う。

「自分がどの位置に立ってるのか、知ってるか?」

「いや……」

「だろうな。けど、そこは最低限なんだぜ、田宮。じゃなきゃ情報も集まらんし、情報を使うこともできねえ。いいように踊らされて、その結果に落胆が待ってるって寸法だ。指を詰めて赦されるのは日本だけだぜ」

「そこが、違うのか?」

「そこだけではないが、おおむね正解だ。そして、立場にもいろいろとある。お前たちは私の庇護下にあるようなものだからな、わかりにくいかもしれんが」

「朝霧の庇護下か……いや、さんきゅ。なんとなくしかわかんねえけど」

「集団の位置取りと一緒だ、油断すると後ろに追いやられるか落車する。現状維持じゃ発展はねえとは言うが、俺からすりゃ現状維持だけでも大したもんだ。なあ朝霧」

「ふむ? なあに、実力に応じた立場ならば問題はあるまい」

「そりゃ対処できる人間だから言える台詞だ。おい田宮、間違ってもこうはなるなよ」

「なりたくてもなれねえよ」

「はは、そんなものか。――おう、こっちの学園祭で鈴ノ宮が歌うって話、聞いてるか?」

「げ、なんだそりゃ。あの鈴ノ宮だよな? 御大か?」

「そうだ。朝霧」

「ふむ、あとで日程を調べて合わせておこう」

「どうよこの判断。田宮、これ真似できるか?」

「できねえ……調べてわかるの前提で、その日は確実に空けておくって断言するレベルなんて想像もつくか」

「しかも、こっちが、できりゃ来てくれと誘う前にこれだぜ? よほどの暇があるって線もありえるけどな」

 まあ伝えたから忘れるなと、夢見は席を立った。

「もう行くのかよ」

「おい、俺にも内部を回らせろ。直行でここにきたんだ、もったいねえだろ」

 それに用事は終えたのだ、とっとと去りたいものである――が。

「ああ、田宮、忘れてた」

「どうした?」

「さっきの立場の話だ。言っておくが、序列をつけるんなら、俺はお前の下だからな」

「へ?」

 往生際の悪い男だと、芽衣が苦笑するのを聞き流し、夢見はひらひらと手を振ってその場を去った。


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