10/06/12:30――転寝夢見・設計図を前にして
ESPを所持する夢見は、力の大きさに対して制限をかけ、ついには封じることにしたのだが、その際に手持無沙汰になったため、姉に言われて整備を始めたのが切欠だ。
今の夢見には、ESPを持っていることの自覚はあっても、使えることは意識していない。ほとんど一般人と同じようなもので――むしろ、その趣味がこれほどまで高じてしまうなどとは、考えもしなかった。
緑色のつなぎを着た夢見の隣には、少し背の低い紺色のつなぎを着た男、
そして二人の前にある作業台には、設計図が広がっていた。
姉の好みもあって、夢見が組み上げた単車の設計図だ。その上に置かれたメモつきの紙面はもう二十枚を越えようとしており、設計図そのものを見るためには紙が邪魔なくらいだ。集合は八時、現在時刻は十二時を回っているのだから、そのくらいにもなる。
「なあ」
「おう……ちっと休もうぜ」
かなり熱中していたらしいのは、時計を見ればわかる。仁は空調を動かし、夢見はようやく手近な椅子に腰を下ろした。
「で、飯どうする? うちの社食、結構美味いぜ? それが嫌ならカレーにしときゃ大抵食えるし」
「俺もいいのか?」
「おう」
「わかった、んじゃ食ってく。寮には連絡入れとくわ」
お互いにVV-iP学園で同じ学科に通っていることもあって、付き合いはそれなりにある。もっとも学園では、仁が学生会に入っているため、行動が重なることが少なく、あまり話すこともないのだけれど、たまにはこうして談義をする。
そもそも仁は芹沢で働いている人間であるため、夢見とは違って趣味ではなく、本職だ。意見を聞くにはぴったりの相手で、そのぶん容赦もないが、勘違いを訂正してくれるありがたい相手である。――もっとも、そろそろ拠点を移すそうだが。
食堂にいくと数人が食べており、夢見は会釈をしておいた。
「――おう、仁じゃねえか。ツレか?」
「そんなところだ、フラーケン」
「だから、俺は福原健三郎って名がある。
「そりゃ俺はおふくろの息子で弟子だから、しょうがねえだろ」
「どうも」
「おう。どっちだ?」
「はい?」
「端折るなフラーケン。ちなみに、こいつが単車の設計図持ってきたんで、それの――話し合いを」
「言い争いだろ」
「はは、違いねえな。ありゃ言い争いだ」
「なんだ、仁にもそんな友人がいたんだなあ」
「おい、初老を過ぎて老眼が入ったのかてめえ」
「お前の場合、いつも内部の連中とばっかだし……ああ、俺も他人のこと言えねえか。ははは、まあよろしくやってくれや」
「あいよ」
適当なテーブルに座って注文をする。ちなみに、二人ともカレーだった。
「こんな時間なのに、閑散としてるんだな」
「ん? ああ、俺らは基本的に時間で動かねえからな。ついでに言えば、作業中断がもどかしいから、サンドイッチとか簡単な補給食とかで済ますし」
「そりゃ納得だ。つーか、せっかくの休みに悪いな」
「あ? 邪魔なら呼ばねえし、今さらだろ」
「言うのを忘れてたんだよ、俺もようやく設計図の目途が立って浮かれてたし。寮の庭の手入れほっぽって来ちまったからなあ」
「なんだかんだで、お前って細かいとこ結構手ぇ出すよな……」
「気になるから、それなりにな。一応あれだろ、お前の本業って〝人形〟だろ。だから俺に付き合わせちまってるなと、そう思って」
「――おいユメ、なんで知ってんだ」
「……あれ? 言ってなかったか? 俺、そっちの事情はそれなりに知ってるぜ。姉貴の仕事関連ってのもあるけど、親父も昔は派手に暴れてたみてえだし、情報くれえは持ってる。処世術っての? だから、
「なんだよ、もっと早く言えよ……」
「悪かった。そっち関係で話を持ち込んでるわけでもねえし、立ち入るつもりもねえんだよ。ただ、
「親父?」
「昔、世話んなったこともある。俺より姉貴が、だけど、まあ似たようなもんだ」
本当は、いわゆるその頃、暴れていた時代があったのだ。まだ夢見の持つESPが、使えば使うほど力が強くなり、上限を越えると勝手に暴走してしまうことを知らなかった頃で、一時期は花楓や少止と一緒に行動をしていたこともあった。その名残が、いわゆる事情通なのだが、今はまったく違うため、伏せておくべきだろう。
「じゃ、ちょっと話変えるか。あーそうだな、……そういや、野雨西で文化祭やってるらしいぜ、仁」
「そうなのか? ここんとこ、外の情報仕入れてなかったからなあ……夏休み後半から、趣味と仕事を両立させてたし」
「その様子じゃ学園にも行ってねえのかよ」
「おう。こっちが優先だからな。こう、あれだ、ふいに何かに気付くと、集中してやりたくなっちまうアレ、あるだろ」
「言わんとするところはわかるけどな……ちなみに、なに作ってたんだ?」
「空気清浄器」
「――は?」
「だから、空気清浄器。適当に仕事してたら、なんかこの部屋、匂いがついてるよなあとか思って、室内に配置されてる空気清浄器を分解してトラブルがねえのを確認したら、マジこれでかすぎね? とか思ったら作ってた」
「いやな? 俺もそれなりにわかってたつもりだけど、お前、――変態だよな、マジで」
「そうか? うちのおふくろだって似たようなもんだ」
「比較対象が違うだろ、身内じゃねえか。んで作ったのかよ」
「一応なー。けど、室内管理システムの場合、壁と一体化してるだろ? サイズとしても規格があるし、エアコンとの兼ね合いもあるから、付け替えるわけにもいかねえってことで、据置タイプにしてみた。アタッチメントはまだねえから、空気清浄機能だけで、ルービックキューブくらいのサイズだ。いるか?」
「いるかって、お前ね……」
「二十畳までならいける性能だ。コンセントでもボタン電池でも稼働するし、静音性にも気を配った。――あ、やっぱアタッチメントできてからの方がいいか?」
「おい待て、俺が貰う前提の話にすり替わってるじゃねえか。いや、いいけどな。作って終わりかよ」
「んなこたねえよ。作って、誰かに使わせて、感想きいて、発展だ」
「自分でやらねえところが、あれだよな」
「馬鹿、試験運用なんて時間ばっかかかるじゃねえか、誰かにやらせるのが一番だ。マスターアップ前のテストプレイやバグチェックなんて死ぬほど面倒だろ。だから動作チェックして後は使いたいやつにやらせるのがいい」
「そこに俺を使うのかよ」
「レポートを提出しろとは言わねえさ。だいたい、俺みたいな一介の技術屋に、どこまで求めてるってんだ」
「いや知らねえし。つーか話がめちゃ逸れたな。祭りだよ、祭り」
「ん? ああ、野雨西でか。興味あんのか?」
「いや……興味っつーか」
「なんか言いにくいことでもあるのか?」
「――朝霧に来いって言われてる」
「逃げるか」
「馬鹿、お前、逃げた後のことを考えりゃ……ああクソ、面倒臭え」
「つれづれ寮を出て行ってから、ずっと顔を合わせてないんだろう?」
「まあな。ただ、奴が簡単にくたばるとも思ってないし、生きてんならそれで顔を合わせる必要もねえと、そう思ってたんだが」
芽衣は、強制したわけではない。遠回しに何人かのツテを使い、そろそろ落ち着いた頃合いだから、たまには顔を見せろと、ただそれだけのことだったのだが、芽衣のことをそれなりに知っている二人にしてみれば、嫌な予感がするのも確かだ。
「あっちからの誘いなんだよなあ……」
「俺を道連れにするなよ――ん? いや、べつにそれもいいか。あいつに渡した携帯端末の様子も知りたいし」
「へえ、そんなもん渡してたのかよ。仁の自作か?」
「その場しのぎだったけどな。いるか? 今ならもっと改良したのが……三つくらい転がってるぞ」
「いや、使いこなせるかどうかわかんねえし、いらん」
「で、祭りはいつまでなんだ?」
「今日が一日目で、三日間やるとか――言ってたな。うちの寮、あっちの生徒会長とかいるから、話してたのを覚えてる」
「覚えてたら行ってみるか……」
カウンターで呼ばれたため、揃ってカレーを受け取りにいく。支払いはもちろん、それぞれ別で行っている。
「しかし」
食べながら、合間に口を開いたのは仁だ。
「久々津のことも知ってるとか、言ってたな?」
「ああ、
「外国だとそうでもねえだろ」
「まあな。あっちの場合は、水で薄めてねえ酒はあるか、って聞くもんだ。けど、それがどうしたんだよ」
「俺のお得意様だからってのもあるが……実際、上手くやってんのかなと」
「どうだろうな。いやそれ、俺に訊くことじゃなくねえか?」
「つってもなあ、知ってる相手を俺が知らないんだから、しょうがねえだろ。あいつとは生まれた頃からの付き合いもあるし」
「つっても、俺は知らねえから。本人に訊け」
「本人が気付いてるならいいんだけどな……」
「ああ……能天気系か……」
「それもあるけど、まだ未熟で周囲に目がいってねえ感じだ」
「……あのな、俺はそのレベルにすら至ってねえ、ただの一般人だぜ? なにを期待してんだ。お前はあれか、整体に行ってべつのサーヴィスを期待するくちか?」
「なんだそのたとえは……」
「え? あー悪い、俺ってこんなもんだ。よく、なに言ってんだこいつ、みたいな顔をされるけど、通じないならそれでいいし」
「付き合いがあるとは言っても、ユメとは腰を据えてじっくり話す間柄じゃねえしな」
「学園じゃ、必要事項だけの投げ渡し、くらいなもんだろ」
「まあ……ん、そうだ。お前じゃあ、
「学生会長だろ?」
「そうじゃなくてアイツ、電子戦爵位とかも持ってるし、妙なコネとか持ってやがる。狩人なんじゃねえのかと思ってたけど、聞いたら認定証持ってねえって言ってるし」
「俺は区役所の窓口でもねえし、サポートセンターの電話当番でもねえから、衛生兵を呼びたいなら違う番号をコールしろ」
けれど、たぶん、正解は、持っていないだけで、狩人ではないことを証明したわけでもない――という落としどころだろう。夢見も佐々咲七八がなんであるかを詳しくは知らない。もちろん、知っていることもあるけれど。
「まあ、危険だと思ったら逃げればいいだろ、逃げれば」
「危険とかいうんじゃねえけど……ま、いいか。俺は技術屋だ」
「あー、そういう納得の仕方もあるな。んでも、俺の拙い予想からして、鞠絵のことを心配してんだろ?」
「……まあ、そういうことになるんだろうなあ」
「えらく、あっさり認めるじゃねえか」
「あのな、夏休みの時に久我山の旅館でツラ合わせたんだが」
「おう」
「あいつ、風呂上りに俺が一人でぼうっとしてたら、隣に腰を下ろしてこうだ。〝あの迂闊な糸の使い方に文句はあるが、貴様の作った人形に関しては文句がない。ところであの機構なんだが〟とか言いだして詳細を求められた」
「うっわ……否定も肯定もできねえままの、最悪のパターンじゃねえか。いるんだよな、妊娠検査の機械に細工して退路を塞ぐヤツだ、気をつけろよ?」
「だから、なんでそう一言余計に付け加えるんだ、ユメは」
「んで、説明したのかよ」
「そりゃ軽い好奇心なら適当に切り上げるけど、あいつめっちゃ詳しいから、俺も盛り上がっちまって……あとになって、怖くなった。あいつなんだよって感じで。そっからだな、鞠絵のことを気にしはじめたの」
「俺もあんまでかい口は叩けねえけど、それ、たぶん比較対象間違ってるぜ。朝霧はうちの姉貴とも仕事をしたことがあるらしくて、俺の頭が上がらない姉貴曰く、できれば関わり合いになりたくない相手の一人で、仕事を回されたら断りたくない人間の内、五本の中の一人だとか言ってたし」
「その言葉も俺にはよくわからんな。まあ俺としては、単純に人形だと見抜かれた一点だけが気に入らん」
そんなもんかと、食事を終え、カウンターに食器を片づけた二人は、仁の研究室へと向かう。いくつも部屋があるのだが、作業用ではなく、話し合い用の部屋だ。あまりものが置いておらず、大きなテーブルがある唯一の場所らしい。もちろん、仁の持っている部屋の中での話だ。
「つまり仁は、人形だと見抜かれない人形を作りたいのか?」
「そんなもんだ」
「ふうん……外見だけじゃ、俺は宗井さんが作ったのと見分けつかないから、かなりのもんだと思うけどな」
「――親父の作品を見たことあるのか」
「驚くなよ、それも昔の話だ」
さすがに、ESPを使えば魂が宿っていない人形など、ただの人形でしかないけれど、それを説明するわけにはいかなかった。
仁の研究室があるエリアに向かうと、その廊下で携帯電話を片手に何かを話している少年がいた。いや、少年とは言うが同い年くらいで、やや背は低く、柔らかい雰囲気を持っている。
「ん? おう――」
仁が声をかけるが、その背後で、夢見は違和感を覚えた。それは違和だ、なにかがかみ合っていない感覚――けれど、こと感覚に於いては、たとえESPを使わずとも、保持している夢見に一日の長がある。
「どうも、こんにちは。すみません、こんなところで」
ぺこりと小さく頭を下げた彼は、糸目のような微笑みの顔で口を開いた。
「中に双海さんがいらっしゃいます。僕の用事だったんですが……ごめんなさい、ほかの用件ができてしまって、ここで失礼します。
「おう、そりゃいいけどな」
「……」
会釈と共にすれ違う時、違和はもう消えていたが、夢見は一瞥を投げるだけで済ませ、再び研究室の中に入った。
「おふくろ」
「――ん? 誰かと思ったら夢見か。ウチに挨拶くれえしろよ」
「悪い、双海さん。後回しになっちまったな」
「大して気にしちゃいないけどな。ってことは、この設計図、仁じゃなくて夢見のものか」
「そうだよ」
「なるほどなあ……妙にツメが甘いっつーか、実用性が前提なのに製作が度外視されてるわけだ」
「おいおふくろ、あんたの客がいたんだろ? 用事ができたから帰るって、今出てった」
「へえ、……まあいいか。夢見、こいつのコンセプトは――軽量だろ。搭乗者も軽い人間を考慮してる」
「ん、まあ、俺じゃないやつが乗るって前提だけど」
「客を見たか? ウチの客も、小柄だ。簡単に言っちまえば、ここ一ヶ月の突貫で単車を一台寄越せと言ってる。そりゃウチが手ぇ出せば期限内に作ることも容易いけどな」
「ああ、それで俺を助手に呼ぶってことかよ」
「嫌なら断れ」
「嫌じゃねえし、おふくろの仕事なら望むところだ」
「だろうね。まあいい、そこでだ――夢見、この設計図を寄越せ」
「おい……マジで作るってのか?」
「このままじゃ、駄目だ。コイツに忠実な形で、けれど手を加えさせてもらう。いいか? 今のお前に足りてねえのは、完成形から見える構想だ。こう作りたいってのは充分だが、こうやりゃ作れるって辺りが足りてねえ。定期的にツラ出して確認してみろ。ただし、作業にゃ手ぇ出させねえからな」
「……オーケイ、わかった。毎日とは言えねえけど、進捗状況なんかも知りたいし、顔を見せる。双海さんにゃ頭が上がらねえのは昔っからだし」
「本音を言えば――」
それは、本当は聞きたくなかったけれど。
「――こんな雑事より、てめえがすべきことをやれ」
昔の夢見を知っている人間なら、たぶん、誰もが似たようなことを言うのだ。
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