09/15/13:20――蹄花楓・聞きたいこと
小柄であり、女顔なのを気にしている二十一歳男性、それが
蹄とは、武術家の一つであり、都鳥流小太刀二刀術が補助として扱う
昼食の時間は過ぎたとはいえ、喫茶ティアはまだ少し忙しそうだ。懐中時計を取り出してみれば、時刻は十三時二十分。ここは学生も含めて幅広い年齢層の客が入るため、現在では時間をズラして昼食をとるタイプの職業の人間と、花楓のように何かしらの理由で昼時の混雑を避けてきた人間くらいなものだ。
来店のベル、それに気付いて開いていた自転車雑誌を閉じる。外見に似合うものを選択したのならば文庫本が効果的だっただろうが、あえてギャップを作ることで、異質さから嫌悪、ないし忌避感を煽ろうと思っての選択であり、それとは別にして、いわゆるところのロードレースを昔から花楓が好んでいるのも事実である。
「――ごめんなさい、お待たせしました」
「それほど待ってはいないよ」
野雨西高等学校の制服で現れたのは、額にうっすらと汗を浮かばせた
もちろん、その情報というのも、緊急性や重度のものは花刀から質問されることであって、花楓が探る情報は日常会話の範囲程度のものだ。
適当に注文を済ませ、花刀は対面に座る。背丈の差もあるが、微差で勝っているのだと花楓は思いこむようにしていた。
四十物谷花刀はかつて、十一紳宮が一つ、闇ノ宮の持つ部隊の一人として野雨西高等学校に席を置いていた。役目は切り捨ての、刃物。普段はどうということのない生活を行いながらも、命令があった時点で対象を破壊、ないし殺害し、そのまま自殺を強要されるだけの使い捨て。けれどその生き方を拒絶した花刀は、ある件にて闇ノ宮の壊滅と共に、自由の身となった。
一連の流れも、その結果も、そこに深く関わった者が友人にいるため、花楓は全てを知っているが、そんな彼女と接触しようと思ったのは、なんのことはない、自分たちの名前の共通性というか、ただそんな興味本位である。
もっとも、三年前には、花刀が現在過ごしているつれづれ寮に住んでいたため、その頃に顔は合わせていたのだ。花刀は親がいないという事情もあり、義務教育中から厄介になっていたのである。
「外は暑かっただろう? 本題にはまだ入らなくていいから、もう少し落ち着こう」
「はい、ありがとう。花楓先輩は――えっと、自転車雑誌?」
「うん。十月にはジャパンカップっていう、日本で行われるレースがあるからね。その情報と、今やってるレースの記事をね。こう見えて、僕も自転車に乗ったりするんだよ?」
「へえ……意外だ、とは思わないですけど、そうなんですか。寮にいた頃も見たことなかったです」
「長距離の移動でたまに使うくらいだから、あんまり乗れてないんだよ」
「ちなみに、どれくらいの距離ですか?」
「そうだね、時間がある時には二百キロくらい」
「――え? 二百?」
「うん。余程の山岳を越えなければ、五時間くらいで到着するし、僕が持ってるのは折りたたみだから、邪魔にもならないし。ミニヴェロ、なんてことを言っても、まあわからないかな。いい運動にもなるんだよ」
「はあ……ちょっと、わからないです」
「うん、そんなものだ」
注文の品が運ばれてくる。花楓は珈琲で、砂糖類は入れない。対して花刀はソーダフロートだ。外は暑いのだし、花楓のようにホットを頼む方が珍しいのかもしれないが、とかく女性は甘いものが好きだと覚えておけば、そう失敗することもないとか、あるとか。
「――あ、そういえばスイ先輩がこの前、来ましたよ」
「え、
「うーん、どうなんでしょう。一泊はしていったし、どっかのビーチで遊ぶとかで。また、いつものように、ふらっといなくなったけど」
「相変わらずみたいだね。夢見をつれづれ寮に紹介したのは私だけれど、どうかな。上手くやっている?」
「そういえば、そうでしたっけね。えっと、庭の手入れや整備なんかを中心にやってますし、問題は起こしてないし、変わらないと思いますけど」
「変わらない、かな?」
「ええまあ、私の目から見ては」
周囲に溶け込むこと、または己の役目を悟られずに過ごすことに長けている花刀は、それなりに周囲を観察する経験がある。それは完璧とは言わないし、当人だとて未熟であると認めるところだろうけれど、一定の目安にはなるものだ。その目から見て、
けれど、変わっていないことが、果たして良いことなのかどうかは、別の問題だ。
変わろうともがくこと、変わってしまうこと、変わらないこと、そして変わろうとしないこと――彼の場合は、一体どれなのだろうか。
「うん、そろそろ本題に入ろうか。聞きたいことがあるって言ってたよね。問題でも?」
「問題というか……朝霧芽衣って女、知ってますか?」
「知っているかどうかはともかく、彼女がどうかした?」
「数日だけつれづれ寮に入って、どっか出てって。いや――その、今も野雨西に通っていて、生徒会にも顔を出すので、所在はわかってるんです。ただ、釈然としなくて」
「うん。じゃあ、彼女の情報を多少なりとも花刀くんは知っている、のかな」
「どこかの軍人……えっと、
「そこまでわかっていて、何が疑問なのかな」
「危険意識はないんです。兎仔と同じで、付き合ってるぶんには怖くもない。ただ、なんというか、一番近いのはたぶん、また巻き込まれやしないだろうかって辺りなんですけど」
「一番近いのは……か。じゃあ、確認しておくけれど、何を問いたいのか、その核心的な部分は曖昧なまま――だね?」
「はい、そうなんです」
「わかった。じゃあまず、どうして野雨のテロ事件が発生してしまったのかを説明しておこうか」
そもそも、花楓は情報屋ではない。ただ、武術家の身でありながら周辺の、特に野雨に関連する情報を集めるのは己の足場を固めるためで、十二歳の頃、こちらへ一人で越してきた時に、ある大きな失敗をしたのが原因で始めたものだ。
知っていることと、知らないことの見極めが上手くないと足元を掬われる。そして、わかっていた従うのと、わからないまま動かされるのでは、同じ結果であっても違う経験が行えるというのも、知ることができた。
それに。
今の花楓は、一人じゃない。
「あれの原因はね、そもそも朝霧芽衣が〝荷物〟を背負っていたことなんだ」
「荷物?」
「そう、この場合は軍部に所属していたから、軍部そのもののことだ。彼女は所属していたつもりでも、彼女の存在は軍部そのものを背負っていることが可能なほど、自立していた」
あくまでもこれは、花楓から見た感想でしかない。けれど、かつてその軍部ではトラブル吸引器などと呼ばれていたことを考えれば、あながち間違いではないだろう。
「そんな人物が野雨にやってきて、一般生活を始めた。それが偽装であっても、軍部という荷物そのものは背負ったままだよね。だから、あのような結果になって、朝霧芽衣が引導を渡したとはいえ、そこはそれかな」
そして。
「今の朝霧芽衣は一人だよ。もうあんなことにはならない」
「うーん……」
「ん、不満?」
「そうじゃないですけど、なんて言ったらいいのか……」
「ははは、そうだね。夜に動いているのならば、到底、私では手の届かない位置にいる存在だよ。昼間の彼女は、知らないけれど」
「――ああ、やっぱり、そうなんですね」
「だからって気を遣う必要はないと思うよ」
「それはまあ、面倒なのでしませんけど」
「うん。そうはいっても、私も直接の知り合いではないから、想像でもあるけど。しかし、じゃあ尚更大変だね。今、生徒会には彼女と、山のと、
「笑いごとじゃないですよ先輩……本当、大変なんですから。以前なら茅がフォローに回って、兎仔もそれなりに動いてはいたんですけど、芽衣が入ってからはもう、茅もなんか遊ぶし、兎仔も出席率は上がるのに仕事しないし……」
「そういえば、試験は休み前だったかな?」
「そうです。私はこう、昔から恙なく試験とかは終わらせられるんで、いいんですけど。問題は文化祭がすぐ迫ってるって辺りですかねー」
「昔と何か変わった?」
「去年から外部の人間が入れるようになりましたよ。どういうわけか、そういう案件がいつの間にか提出されてて、いつの間にか通ってました。私も反対はしませんけど、生徒会長の私の知らないところで……たぶん、茅が通したんだろうなあと」
「悪だくみをして楽しみをするタイプには、見えなかったけど」
「実際にはするんですよ……もう」
「じゃあ山のは、楽しみ方を覚えたんだね。花刀くんには悪いけれど、良いことじゃないか」
だからたぶん、少し前に起きたあの件も、彼は処理できただろう。
「そういえば、
「えっと……そりゃ、未だに連絡も取れないし、どこで何をやってるのかも知らないけど、火丁もいなくなって、だからたぶん、大丈夫かなって納得することにしました。私が気にしても仕方ない気もするし」
「そうだね。こういう言い方をすると花刀くんには悪いけれど、少止くんは、もう気にしていないだろうから」
「そうですね」
「……うん。詮索するつもりはないんだけれど、
「九? 最近はちょっと不登校ぎみ、かな。夏休みが終わってからすぐ、芽衣に発見されて確保、かなりいじられてるみたい――あ、いじめられてるのかも」
「仕方ないよ。私から見ても九くんは……いや、失言かな。忘れてくれていいよ」
「……? はい」
「じゃあ、本題はこれくらいでいいかな」
「あ、私からは大丈夫です。花楓さんからは何か、ありましたか?」
「私からもないよ」
問いたいことはもう訊いたし、そのことで情報の裏付けも取れている。
「あー……」
「はは、どうしたの花刀くん、憂鬱そうだね」
「あ、ごめんなさい」
ここは寮じゃなかったと、慌てたように花刀は背筋を正す。
「なんというか、文化祭が本当に、ほんっっとうに、どうしようかなと」
「うん? アルブラゾラムの数が揃えられないなら、手配しておくけれど」
「え? なんです、それ」
「鎮静剤の一種だけど」
「いやそんなの使う文化祭ありませんから……」
「そうか、ちょっと待っててくれるかな。ごめんね」
「え、はあ……」
携帯端末を取り出して言うと、花刀は頷く。だからボタン操作を行い、そのまま耳にかけた。
『――はい』
「こんにちは。いいかな?」
『ああうん、構わないよ。まだ学校だけど、授業は終わってるからね。どうかしたかな、蹄の』
「緊急連絡じゃないんだ」
『だろうね。蹄のから緊急なんてあったら、雨が降り出したんじゃないかと心配するところだよ』
「ははは。今、花刀くんと話している最中でね。文化祭の話をしていて彼女は、アルブラゾラムの数が揃えられないようなら手配しておくと言ったら、必要ないと答えたから、山のはどうかと思って」
『手配できるなら、三十ばかり頼むよ。ついでにエチゾラムも同数頼みたいところだ』
「配送先はどうする?」
『メールで連絡するよ。花刀さんには気付かれたくない』
「諒解。じゃあまた後で」
通話を切り、吐息。笑顔のまま珈琲に手を伸ばすと、対面の花刀が目を据わらせていた。
「どうかした?」
「……必要だって、言ってました?」
「いや、言わなかったよ。――手配を頼む、と言われただけだ」
「それ詭弁っていうんじゃ……」
「ははは、まあ大事にはならないよ。花刀くんもいっそ、楽しんでしまえばいいのに」
「それができたら、楽なんですけどねえ……これも癖だとは思うんですけど」
「あれ、もしかして本当に参ってる? まさかとは思うけれど、情報処理学科に伝統されているものって、まだあるの?」
「あります。誰のせいでしょうか」
「私じゃないよ。どちらかといえば、私は当時、煽った側であって、伝統を作った当人ではないからね」
「裏で手引きしてたんですか……?」
「手助け、と言って欲しいかな。どうせなら盛り上がって楽しめと、当時の友人にはよく言ったものだよ。周囲を楽しませることが得意だったからね、彼は」
「ちなみに、その方は今?」
「確か、芹沢の事務で働いてたはずだよ。ただの学友だったから、卒業してからはさっぱりかな。きっと顔を合わせれば、あの頃はよくやったものだと、そう笑って話ができる」
「良い思い出ってことですか?」
「そういうこと。でも、どんな形になっているかはともかくも、それとなく連絡を入れて、一度見に行ってみたらどうだと、誘ってみるよ」
「それ、絶対に、現役の子たちに言わないで下さい」
「約束はしないよ」
「先輩ぃ……」
恨めしそうな顔をする花刀を見て、花楓は笑う。二年も前のことは花楓にとってもう昔だが、それでも、現役のことを羨ましく思うことくらい、あるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます