08/31/06:40――浅間らら・女湯の閑談

「あいつら、隣に聞こえてんの、気付いてないのかなあ」

 下山してすぐに風呂だったため、男女共に時間は被る。そのため会話が丸聞こえなのだから、少しは会話内容を配慮しなくてはと思っていた浅間が、呆れたように吐息を落とした。ちなみに、旗姫は温泉に入る余力もなく熟睡だったため、あやめはそれに付き合っている。だから風呂にいるのは浅間と、湯船の中央付近でお盆に酒を乗せて飲んでいる芽衣と、その隣にいるのは旅館の若女将である久我山なごみ、それから縁に両腕をだし、その上に顔を乗せている戌井の四名だ。

「茅は気付いていてやっている。気付かせないように、かもしれんが」

「ふうん……ちなみに朝霧さん、ベッドの中が一番情報が漏れやすいっての、本当?」

「どうだろうな。兵はよくそういう店に転がり込むが、そもそも情報を持ってはいない。情報を持っている人間は責任から口が堅くはなるし、意中の相手を見つける方が先だろう。ただし、結婚に際しては相手の素性を調べ尽くすとは聞いたことがある」

「なら、情報漏れって、そもそも、どういう状況なのかしら」

「身内の裏切りだろうな」

「ああ……そういうことね」

「……もしさ、えっと、もしもだよ? 私たちが今、戦場に出たら、生きて戻れる?」

「ふむ。戦場にも種類があるため、一概には言いきれんが……作戦行動を度外視して、つまり作戦の遂行を目的とせず、逃げ帰ってこれるかと問われれば、三割の確率で可能だろうと私は答える。ちなみにこれは、決して低くはないからな」

「あー……やっぱ、そうなんだろうとは思ったけど」

「たとえば、戦場そのものを通過して目的地へ移動する場合ならば、全体把握を戌井が行い、全体のフォローを田宮が行う。突破力のある佐原を先頭にして、バードマンを浅間がやって、それで行軍が成り立てば、敵に出遭わないで済むのならば、まず目的地へ到着するだろうな」

「つまり、それだけの役割分担ができているってことよね」

「ふむ、次の機会があれば、そういった連携行動も教えてやろう」

「それも躰で覚えるタイプなんだよねえ……うん、わかってる」

「――なあ芽衣やん、ええやろか」

「なんだなごみ、言ってみろ」

「さりげなくさっきから、うちのおっぱい揉んでるの、止めてくれんかのん……」

「馬鹿な、こんな立派なものを持っていながら――待て、まさか男か? 触らせるべき男がいるからか?」

「なんで芽衣やんが驚いとるんじゃ、そりゃいるがー」

「いるのか!」

「いるの!?」

「いるのね!?」

「……したっけ、なんでそんな食いつくべや。ららやんもさつきやんも、ほんなに驚くことかいな」

「やっぱり男は巨乳かあああ!!」

「ちょっ、戌井ちゃん隣! 隣に聞こえるから!」

「うるさいわよBカップ!」

「ぎにゃあ! どさくさでなにバラしてんのさあ!」

「ええい寄るなっ、さっきからずっと目を逸らしてたのに現実をこっちに見せるな!」

「いろいろと面倒だから言っちゃうけど、それってただの現実逃避だよね! ね! それに巻き込まれてバラされた私ってどうなの!? 完全被害者じゃん! しかも逆恨み!」

「ははは、元気が良いなあ。どれ、ナイフの調達をしてやるか……」

「芽衣やん、それは優しさと違うけん、あかんべさ」

「しかし、――拳銃はいかんだろう」

「ちゃうって、武器与えてどうすんじゃ」

「いいわよねえBカップ!」

「あ! また言った! 繰り返した!」

「可愛いのたくさんあるし、柄入りも結構あるし!」

「Aだってあるじゃん!」

「あるわよ! でもワゴンセールで大安売りされてるのに惹かれ……セール、ワゴンセール……くっ、う、うううう」

「えっ!? ちょっ、戌井ちゃん泣かないで!」

 泣き落として終わりとは味気ないと、お猪口の中身を飲み干した芽衣は次を注ごうとするが、先になごみが手を出した。

「――あ、癖やねん、ええじゃろ」

「構わんとも」

 呼吸が整った頃、二人が振り返る。

『で、男がいるって話』

「気ぃ合ってんのなあ」

「年頃の女など、こんなものだ――クッ、いやいや、いかんいかん、笑えるなこれは」

「へ?」

「乙女だの少女だのと表現した相手が同い年となると、この私が? なんて思って笑えてしまう。ははははは。まあしかし、なごみほどの女だ、放っておく男はいないだろうな」

「うちとしちゃ、有象無象を蹴散らすんに楽じゃけん、そういう理由もあんのよさ」

「どんな人なの?」

「そうじゃのう……おうい、茅。聞こえちょるかー」

『え? ああ、うん、もう出るけど、なに? そっち糸飛ばそうか?』

「ええよべつに、すぐ済むきに。あんた、ひづめさんとこ、付き合いあるんけ?」

『いや――ないけれど、なんで』

「そりゃ、うちの旦那、蹄さんとこの花楓かえでじゃけんの。知らんならべつにええし、忘れたっても構わんべや。そんだけや」

『――』

「でな? 武術家の一つに蹄っちゅーんがあるけん。針を使うねんけどなあ、うちは久我山やのうて、父方の梅沢を名乗ってんけど、久我山は糸やん? 元は都鳥ゆう家名からそれぞれ派生しとんのやって、その繋がりで顔見知り――ゆうか、旅館の客やってん」

「ふんふん」

「……え? これで説明しとるじゃろ」

「まだよ」

「ふむ。蹄花楓ならば」

「芽衣やん、知っちょるん?」

「以前、都鳥家に乗り込んだ際、帰りに顔を合わせた。どちらかといえば物腰の柔らかい、好青年だ。やや小柄で、ふむ、どちらかといえば女顔に近いが、当人がどう思っているかは知らん。弱い……というか、優しいと言えば通じるか? そういう気配を持つ男だ。――それだけではないがな」

「よく見てるんなあ、芽衣やん」

「ああいう相手を見ると、まず裏を探りたくなるものだ。職業病だな、ついでにちょっと踏み込んでみたが、軽く往なされた。私とやる気はない、とな。賢い男だ」

「ええ男やろ」

「私の好みではないがな」

「なかなか手ぇ出してくれへんかったから、苦労したわあ」

「ええ!? そ、そうなの?」

「うちから押したのん。女なら放っとかん男やったきに、先手必勝じゃ」

「……なんだか負けてる気分ね」

「勝ち負けじゃないけど、うん、わかる」

「そうは言うが、学業をサボりがちな、いや、ほとんど登校しないなごみや、私のような経歴よりも、よほど男と触れ合う機会は多いだろう」

「なにそれ、トドメってやつかしら」

「触れ合う機会が多いのに何もない……」

「ははは、ネガティブでいかんな。どれ、今度ホストクラブにでも行くか?」

「行かないし」

「なんでホストなのよ……嬉しくないわ」

「ちなみに、茅は出たようだが、ほかの男連中はまだいる」

「大丈夫や、大声でも出さん限りは聞こえへんがー」

「でもほんと、なごちゃんは学校、あんましこないもんね」

「なんだ、顔見知りなのか」

「同じ食品生活科じゃけんのう」

「うん。たまに学校にくると、実習とか、ふらあって私の傍に来て、なんでか一緒にやってるんだけど……」

「面倒がないやろ、ええやん、手伝っちょるし」

「そりゃ調理師免許持ってるんだから、助かってるけどさ」

「ふむ……人には人の生活がある、か。私には過不足ないこの国の状況は、恵まれすぎていて逆に落ち着かなかったものだが」

「今はそうでもないんか?」

「表面に見えるものが全てだと思えるほど、私も若くは――ふむ? いや、まだ若いぞ私は」

「そうね。たまに年齢を忘れるけれど、私と同い年ね」

「私たちと、だけどね」

「なあ、芽衣やんの周囲ってどうなん? 同い年の子とか、おらんかったんかい」

「馬鹿を言うな、軍部にいた頃の私は十五やそこらだぞ? いくら海兵隊が悪ガキの巣窟とはいえ、どいつもこいつも二十歳以上だ。しかも東洋人は若く見られるからな。よく殴り合いをしたものだ――負けたことはないが」

「規律にがんじがらめとはちゃうんか」

「いや、大抵はその通りだ。しかし、抜け道もある。要領よくやった者の勝ちだなあれは。コツを知らん野郎は痛い目を見る――そういった意味では、こちらの方がよほど規律が強い。気楽なものだがな」

 私の学生生活に興味があるのかと問うと、揃って頷いた。

「想像がぜんぜんできないんだもの」

「そうなんだよね」

「ふむ、だったら――そうだな、田宮が言っていたが、来月頃に行われる文化祭に顔を出してみろ。私がなんと、学校指定の制服を着てお出迎えだ。お前には似合わんと誰も言わず、それとなく誤魔化しの言葉を口にすることで評定がある」

「ああ……」

「うん、そうよね」

「うちが見たら笑ってやるさかい」

「それでいい。だが――茅は、情報が遅いな。む、そうは言っても伝わらんか」

「電話、しちょったべや」

「遅く連絡が入ったんだろう、私は登山前に仕入れてはいたが、意図した情報統制かもしれん。お前たちにはピンとこない話だったな、すまん、忘れてくれ」

「ねえ朝霧さん。仲間って――どんなもの?」

「浅間。それは、私にとってで構わんか?」

「うん」

「裏切らず、信用する相手だ。いいか? 疑うな、疑うくらいならごみクズだと思え。仲間の命は自分の命だ、恐怖に身を委ねる状況に死を感じるのならば、仲間の代わりに買って出たと思って受け取れ。仲間が往くのなら、自分も往く。助けが必要ならば、地位など捨ててでも助ける。たまに顔を合わせれば、昔話を肴に酒を飲む。貸し借りはしない、恩は売らない、そういう相手だ」

「難しいなあ……朝霧さんは、いるの?」

「ふむ、そうだな。簡単に言ってしまえば、私にとって兎仔がそうだ。これは私の誇りでもある」

「兎仔殿は、朝霧殿を随分と慕っているわよね」

「あれはなかなか、こそばゆい部分もあるが、私が兎仔に対して命を貸せと言えば、あいつは逡巡もなく、どうぞと言うだろう。もちろん逆もそうだ。そして、あいつが命を預けられると思うように、私もまた、預かったものを必ず返そうと強く思う」

「変なこと訊いてええか?」

「なんだなごみ、いいぞ言ってみろ」

「もし――もしな? 兎仔やんが裏切ったら、どないするん」

「まず大笑いするな。それから調査をした上で判断するが……その場合は、報いを与えることもあれば、赦すこともあるだろう。いや、おそらく赦す。何しろ想像もできんことだ」

「信用って、そういうことなんじゃのう」

「言っておくが、私と兎仔の実力はだいたい同じくらいだぞ? 条件によって勝敗は左右するだろうが、好んで戦いたい相手ではないし、茅のように遊ぼうとも思わん相手だ」

「あらら……」

「でも兎仔ちゃん、怖いもんね、目が」

「機会があれば訊いてみろ、答えんかもしれんがな。だが――覚えておくといい。差し迫った状況で、もしも仲間の誰かが決断したのならば」

 その時は。

「疑問や行動は全部捨てて、同意しろ。同じ方向を見ろ。まずは、そこからだ」


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