08/30/07:50――浅間らら・それぞれのやり方

 一つ目を発見したのは、三十分を経過したか否か、といったところだった。

 そもそも戌井皐月は集中すると周囲の雑音をすべて拾ってしまう体質がある。それは彼女が〝置換リプレイス〟の魔術特性センスを持つが故に、その前提としての広範囲探査および把握への適性なのだろう。とかく範囲内における情報という情報は、すべて集めてしまうのだ。その状況こそが集中していると、そう呼べるものなのである。

 昔は、これにひどく困惑した。

 勉学にせよ何にせよ、一つのものに集中していると、すぐに周囲の音が耳に飛び込んでくるのだ。そこから、誰が何をしている、虫が鳴いていて数は何匹など、そうやって思考がすぐに派生してしまい、結果として没頭できない。だから自分は、そもそも集中と呼ばれる行為そのものができないのだ――と、そう思っていた。

 けれど、実際に違うのだと気付いたのは、最近のことだ。

 集中できている。その結果として周囲の情報を拾っているのだ。それを自覚できたのは魔術に触れてからで、己をよく見ろと言われた、芽衣の言葉からでもある。

 そして、今ここで問題に直面した。

「浅間……」

 小屋に近づいてから声をかけて、気付く。

 ――どうすれば、正確にあの場所を伝えられる?

「見つけたの戌井ちゃん」

「そう……なのだけれど、現状で二つばかり問題があるのよ」

「それ、私に関係する?」

「直接的には、あまり」

「ふうん。とりあえず、どっち?」

「方角はあちらよ」

 うん、と頷いた浅間の視線はこちらを、いや、手にしていた宝石を見ていたため、軽く投げて渡すと、受け取って。

「……うん、なるほど。ちょっと集中するけど、いい?」

「いいわよ」

「はーい」

 一度だけ、銃身の方向が合っているかどうかだけを訊ねると、だいたい合っている、との返答があった。さして気にした様子もなく、頷いた浅間は光学式照準器を覗きこんだ。

 その感覚は、もう掴んである。

 随分と前――たぶん、自動拳銃の発砲訓練を行った時だったか、帰り際に浅間は照準器だけを芽衣から受け取っていた。最大で二十倍のものだったが、実戦で使っていたものらしい。それで何をするのかも聞かされていなかったけれど、浅間には一つの訓練を行うことができた。

 イメージすること、である。

 浅間ららにとって集中とは、周囲が見えなくなることではなく、周囲を見えなくすることだ。そのために耳を塞ぎ、照準器から見える視覚情報だけに集中する。だが、どう考えても直線では障害物が多くあり、見えるのは木や葉ばかり。

 だから、障害物の先を想定し、感覚を伸ばす。

 射撃とは、直線移動だ。厳密には放物線に限りなく近いのだが、ここでは直線としておこう。だから、浅間は弾丸が飛ぶ距離を脳内で想定し、障害物を突き破った先の光景を構築し、それを現実に重ね合せる。

 それは、戌井が広範囲探査をするのと同様に、周囲全体にではなく、術式で向こう側――狙撃する相手までの距離と位置を、術式で感知しているのと同じだ。ただ、ひどく感覚的なものであるし、専門用語を使えば内世界干渉型の術式であるため、本人には使用している明確な自覚はない。

 だから、障害物に目隠しされていても、浅間の脳内にはその先が〝視えている〟状態だ。これはかつて、狙撃を始めた芽衣が持っていなかったものである。

 同じ気配を感じた、と思った直後にはそれが見えており、掴んだと感じた。

 距離はおよそ六百ヤード。照準器越しに見える景色は、浅間の鼓動と一緒に僅かに揺れて動いている。

 ――観測射撃。

 乱暴だが、現状では障害物ごと抜くしかない。運が良いのか、それとも芽衣が見越していたのか、射線上に大木はない。あるのは葉ばかりだ。枚数は十七枚、それを抵抗と考えずにまずは一発を撃って誤差を修正する。そのための観測射撃。さっきからずっと続けている射撃でも、こうした術式を使用したものとは状況が違う。一発は必要だろう。

 だが、それでも、当てるつもりで引き金を絞らなければ。

 浅間の得意とする術式は、芽衣の組み立てに似ている。厳密には〝具現(レゴル)〟の術式で、一つの機構に対する一部の部品を作り出すことができる。組み立てと違うのは、あくまでも部品そのものを内部で作り、機構を完全とするものであって、狙撃銃そのものを組み立てることは不可能だが、弾丸そのものを作ることはできる。

 ――冷える。

 今の浅間ができるのは、冷やすことと硬くすることだ。属性としては水と地になるのだろう。熱することは銃身が勝手にしてくれるし、余計な熱を与えたくはない。そして、より遠くへ飛ばすことはまだ困難だった。

 そして、得意なのはどちらかといえば硬くするよりも冷やすことだ。なにせ、弾丸そのものは最初から硬いから。

 弾丸そのものに水の属性を込めて作り上げる。あとの仕組みは狙撃銃そのものがしてくれる、余計な心配をする必要は一切ない。

 ――信頼をおけ。

 おけないのならば、信頼できるまで整備しろ。己の手で整備した銃は裏切らない。

 それは芽衣が教えてくれたことだ。ついでに、腕が劣るのならば銃の性能に助けてもらえ、とも付け加えられたけれど。

 照準器ごしの視界は十字に区切られ、ゆらゆらと揺れる。おおよそ五百ヤードでの調整は済んでいる、だから。

 引き金トリガーを絞った。

 反動で僅かに銃口が上を向く。発射された弾丸の軌跡を追うことはできないが、目標物に当たる寸前の光景は照準器越しに見ることができた。想像していた通りの経路を辿ってきたという確信は、浅間の直線把握が成せたものだが、今はまだ直感の領域から出ず。

 木の枝に挟まっていた宝石に弾丸の先端が当たった瞬間、そこを中心にして花のように青い氷が棘を出現させ、それが周囲の木を巻き込んで凝縮――そして、弾けるように砕けた。

「ふう――」

 結果を確認してから、止めていた呼吸を再開する。額の汗を拭って躰を起こせば、戌井がこちらを見上げていた。だから、銃を置いて一度降りる。このまま会話をするのは戌井も首が痛いだろうと、そんなことを思ったからだ。

「よっと。確認した?」

「ずっと把握は続けていたわよ。ちゃんと破壊されてる」

「良かった――いや、銃に助けられたのかな。でも、私の知覚範囲ぎりぎりだよ、あれ」

「そうなのよ、そこが問題の一つで……いや待ちなさい、まずは、そうね」

「うん、待つけど、なに?」

「集中していたわね?」

「そりゃもちろん」

「どうやっていたか、簡単に説明してくれるかしら」

「どうって……えーと、私の場合は感覚を伸ばすのね? 射線そのものを拡張するっていうか、そんな感じ」

「それはわかるのだけれど」

「射線そのものに感覚を乗せるっていうか」

「照準器そのものの視覚に己の感覚を伝え……待って、そうじゃない。いえ、それもわかるのだけれど、私には真似できない感覚だものね。そうではなく、……どう説明すればいいのかしら」

「うん? 戌井ちゃんは何を考えてるの」

「そうね……探査を行った場合、情報の中から目的物を発見するのに、どうしても時間がかかるのよ。私にとっての術式は置換で、特定場所にある二つのものの場所を変えることなのだから、それも正解だと思っていたけれど、特定のものを発見する工程に時間がかかるのね。だから――そう、そうよ、集中ね。その工程よ、どうやっているの?」

「手順ってこと?」

「そう」

「照準器を覗きこんで……それから、耳を閉じて」

「耳を――閉じる?」

「うん、そう。雑音の排除。意識から切り離す……のかな? 私、その時はなんも聞こえなくなるから、そこんとこ、どうしようか考えてはいるんだけど、とりあえず、続けるよ?」

「……ええ、続けてちょうだい」

「で、えっと……銃身と一体化する感じで、視覚だけ飛ばすの」

「その時点で、もう集中してるわよね。感覚としては、ほぼ視覚だけに集中する感じかしら」

「うん」

「そう……耳を閉じる、か」

 何をそんなに難しく悩んでいるのだろうと首を傾げていると、近くで佐原が上半身を起こした。

「あ、起きれる?」

「膝に力が入らないんだ、どうしようか悩んでる」

「全力だったもんね」

 どうにか立とうとした佐原は、しかし、腰を持ち上げた途端に前のめりになって転んだ。こりゃまだ時間がかかるなあ、などと思っていたのだが。

「ふむ、浅間。障害物ごと抜いたか」

「朝霧さん、そっちは――あれ? なんでキチョウさんが寝てるの?」

「あんなヘタレは訓練校でも珍しいぞ。あれか、最近よく聞く忍耐力の欠如か? まったく、悲鳴を上げさせるだけゴキブリの方が役に立つ――が、あまりこういうことを口にすると、鈴白が後で怒りそうなので回避するとしてだ、どうやって抜いた?」

「え、あ、うん……ええと」

「いつ捉えた?」

「見て、確認してから」

「ああ、そういうことか。つまり直接的な目視ではなく、感覚を延長させることでの障害物を飛び越えての把握から、確保した射線をそのままに撃ち抜いたと、そういう手順だな」

「あ、はい。まずかった?」

「いや――今の私ならばともかくも、以前の私にはなかった技量だからな、悪くはない」

「え、じゃあ朝霧さんはどうしてたの?」

「射線を確保したが」

「えーっと……」

「一瞬であっても、風で揺れる木の葉が消えれば、目標物が目視できるだろう? その一瞬を狙えば、当たる。最初は直感の領域だが、訓練次第では技術として身に着けられる。特に、痕跡を残さないようにするためには必要だからな」

「なるほど」

「一つ目の破壊は上出来だ――と」

 半歩だけ背後へさがった芽衣はため息を落としながら僅かに膝を落とし、突如として出現した田宮を左手で捕まえると、姿勢を戻す動きで腕を極めたまま、軽く地面に叩きつけ、その腹部を右足で踏んだ。

「立ち上がれるようになったら言えと、そう伝えておいたはずだが、また立ち上がれなくなりにくるとは貴様、まさかマゾか?」

 返答はない。というか、できるはずがない。叩きつけられた反動を足で踏むことで更に押し付けたのだ、下手をすれば胃の中のものを逆流させるだろう。田宮は我慢しているようだが、苦悶の表情だ。

 ――そうかと、そんな会話を聞きながらも、戌井は一人で結論に達した。

 集中することで、ほかを排除するのではない。一つのものに没頭するのではなく、それは結局のところ、取捨選択なのだ。

 だからまず、瞳を閉じて把握している情報を再確認してから、おおざっぱに〝樹木〟という情報を排除した。現実に存在しているものを消す――あるいは矛盾にも似た行為だが、情報を一度脳内に取り入れて行えば、それは浅間と同じ内世界干渉系の術式なので操作も容易いのだけれど、やはり当人に自覚はなく。

 排除した途端、周囲の一切がぱっと開けて驚き、その一瞬で足元が消失したような感覚が発生し、そして。

「――きゃっ」

 バランスを崩して尻から地面に落ちた。

「おい、おい、浅間、すまん、やや動揺しているのだが」

「え、ちょっ、待って朝霧さん、いや、ごめん、き……聴いたの?」

「なるほど、私の幻聴ではないようだな。いやしかし」

「……なによ」

 立ち上がって埃を払った戌井が不満そうな目を向けると、浅間は視線を逸らした。芽衣は真面目な顔で戌井の肩に手を置く。

「いいだろうか。今、まるで少女のような声を上げたのは――」

「私よっ、悪かったわね! ちょっと驚いたのよ!」

「いやあ意外な一面ってあるもんだねえ、佐原」

「浅間さん、僕を巻き込まないで欲しい……身動きできないんだ、逃げられない」

「浅間」

「え? あはははは、うん、なんていうか、うん、覚えとく」

「忘れなさいよ……まあいいわ、残る問題は一つね」

「うん」

「ふむ」

「いや、なんで朝霧殿まで参加してるのよ……べつにいいけれど」

「俺もいるし……ぐえっ、ちょっ、マジ踏むの勘弁してくれ朝霧、動けね」

「黙れ。逃げたいのならばテレポでも使ってみせろ」

「く――そっ」

 田宮の姿が消える。出現したのは四メートルほど先という近場で、地面に寝転がったまま荒い呼吸を繰り返している。

「ちょっと朝霧殿」

「なんだ、服を脱がせて欲しいなら――」

「違うわよ」

「……最後まで言わせないつもりか。まあいい、それで?」

「いま二十二個、発見できたのだけれど?」

「甘いな。一つ破壊したのならば、残りは二十五個だ。まだ三つも発見できていないようでは、お前の探査能力も甘いと証明されたわけだ――む、何だその不満そうな顔は」

「二十一個だって言ってたじゃない」

「言ってはいたが、訓練教官の言葉を鵜呑みにする馬鹿は後で痛い目を見るのは常識だ」

「教官じゃないって最初に言ったのは誰よ」

「さて、覚えてないな」

「いいわよ、もう……さて浅間、ちょっと助言をちょうだい」

「うん、どしたの」

「私の視覚情報……厳密には視覚とはちょっと違うのだろうけれど、把握した情報を浅間に渡したいと思っているのよ。どうすればいいかしら」

「難しいこと訊くなあ……」

 けれど、それが可能ならば、難易度も低くなる。

「たとえばさ、現実的に考えるけど、普通は地図を使うよね」

「そうね。地図が読める前提ならば、お互いに共通の認識を得られるから」

「渡す方法より、まず先にそっちかな、と思うんだけど……」

「情報そのものとしては、地形図と標的の数なのだから、相違はないはずよ。ただ、あくまでも私の中のイメージであることには違いないのだけれど」

「感覚的には、私の方がそっちのイメージに擦り合わせる――のが、いいのかな」

「――ふむ。まあ何だ、しばし、話し合ってみろ」

 そう言って芽衣は、小屋の中に入った。


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