08/29/15:30――田宮正和・登頂成功

 山頂はかなり平坦になっており、芝生の植えられた公園のスペースを彷彿とさせられるほど整地されている。やや奥になる部分にはログハウスが二つほど建てられており、しかし地面は露出している部分が多い。ざっと見渡しても円形とするのならば、直径にして三十メートルはあるだろう。

 到着してすぐに時計に目を走らせた田宮は十五時二十分を確認する。

「全員、動けるか?」

「僕は大丈夫だ」

「さすがに疲れているけれど」

「うん、倒れるほどじゃないかな」

「脚にくると気付いた時にゃ倒れるから――って、経験してるか」

 けれど、安堵はしているなと振り返った田宮は全員を見て思う。目的を達成した時は、それを一つの区切りとして緊張をほぐすのは自然だが、訓練中ならばすべきではない。できるのならば、田宮のように最初からあまり緊張せずにおくか、緊張を持続した方がトラブルが少なくていい。

 しかし、安堵した矢先に緊張させるのも疲労がかさむ。気を付けておこうと思って前を見れば、中から芽衣が姿を見せた。

「ふむ」

 思わず姿勢を正した彼らを見て――いや、田宮は自分に合わせられた視線に気づく。

「なるほどな」

「なんだよ」

「いや、それもまた必要なことだろう。では、そうだな、六十分やる。好きにしろ――」

 何かを取り出して放り投げられたそれを田宮が受け取れば、それはオイルライターだ。

「――そこにある印の位置にしておけ」

 それは。

「俺にやれってか?」

「なに、経験者がいるのならば任せた方が私は楽だからな。といっても、後で問題があるようなら追加しよう。とりあえずは好きにやってみろと言っているんだ、喜べ」

「諒解」

「ああ、ゲストはまだ来ていない。その内に来るだろうが、あまり気にするな。私はその辺りをふらついているから、何かあったら呼べ」

 任せられたのならば仕方ないと、田宮はザックを下ろし、ログハウスから七メートルほどの位置にあるバツ印を見つける。

「よし、んじゃまず火を熾そうぜ。最低でも明日までは火を切らさないから、細工も必要だ」

「たき火じゃ駄目なの?」

「風で飛んで二次災害ってのは避けるべきだろ? ありがたいことに火種はある。そうだな……木組みと石組みを合わせて、囲いを作るか。佐原、拳くらいの石を集めよう。その間に浅間と戌井で、拾った木材をある程度のサイズで縛っておいてくれ。保管を簡単にしときたい」

「諒解。食料の選別も軽くやっておくわ」

「田宮さん、ちらほら見えるのは、すすがついた石なんだが」

「ま、流用しちまおう。ほかにやりたいこともあるしな」

 石を積むのは難しい。組み方を間違えればすぐ崩れてしまうし、それでは意味がない。そのため、比較的燃えにくい太い木などを利用して補助を行う。もちろん、それは火の周囲にであって、いうなればたき火を囲っているだけのものだ。

「最初は火力を強めで火を出しておいて、炭をそれなりに作ってからは弱火を維持しようぜ。その間に食料を軽く分配してくれ」

「そう多くないわよ?」

「腹いっぱい食えるだなんて思ってねえよ」

 三十分ほど休憩の時間として考えつつ、火も安定させた。食料は木の実がほとんどで、先のことを考えてか、ほとんど手を伸ばすことはない。もちろん、少しは食べたけれど。

「――お、なんだ」

 田宮が気付き、二秒の間をおいてその場に三人が出現した。僅かに走った緊張を、田宮が片手を振って払う。

「ESPのテレポートだ。お前らだったのかよ、キチョウ」

「ああ、よろしく頼む。邪魔をするつもりはないが――なるほど、見た顔がいるな」

「全員顔見知りかと」

 そうなのかと田宮が振り返って問うと、おのおのが首を縦に振る。

「来たか――なんだ、陽ノ宮は声を上げる余裕もないか。まあいい、しばらく休んでいろ。さて、ふむ、火も熾したようだな」

 中から出てきた朝霧は、テラス部分の手すりに肘を乗せた。

「とりあえず、内部の使用は便所と寝所の二箇所だけに限定する。まあサーヴィスだ。今から……そうだな、刻限は十九時に設定する。陽は長いが油断はするな。田宮、ベースを利用した迷子にならない方法は?」

「コンパスと歩数」

「まず川沿いを確認しておけ。利用者が作った水場がある。この気温ならば問題はないだろう。それと全員合流したので、改めて発砲を許可する。本格的な食糧の確保をしておけよ。しかし、そうだな……おい鬼灯」

「なんだ?」

「しばらく火の番をしてやってくれ」

「構わんが」

「ふむ。……そういうわけだ。ちなみに私は食料確保に手を貸すつもりはない。明日には本格的な訓練に入るから覚悟はしておけ」

「諒解」

 ひらひらと手を振った田宮は、鬼灯に頼むと一言投げた。

「んじゃ、荷物も置いて狩りとしゃれ込むか。でだ、川がどっちにあるかわかるか?」

 言いながら、田宮は腰からナイフをとってしゃがみ、ブーツに仕込む。そして拳銃をより抜きやすい位置に調整した。

「だいたいの方角はわかってるわよ」

「さすが戌井。地形把握はやっぱ得意だな」

「……田宮さん。刻限まで三時間、これはどう見る?」

「短い、でしょ」

「浅間が言う通りだ。そうだなあ……先に水場を確認しといて、食料確保。できりゃ刻限前に水浴びでもしたいところだな。っと、飲めるようならボトルも適当に作るしかねえが」

「竹がいくつか発見できているから、工作はそう難しくないわよ」

「オーケイ、とりあえず向かおう。――おい朝霧」

「なんだ?」

「木に傷はつけてもいいか?」

「構わんとも――ああ待て、浅間」

「はい、なんですか朝霧さん」

「追加サーヴィスだ。受け取れ」

 渡されたのは狙撃銃。迷わず弾装を抜いて数を確認、薬室に弾が入っていないのを見てから戻して安全装置を落とす。

「ありがとうございます」

「よし。ベースが決まってるから目印をつけるぜ。簡単に、数学記号の大きさ比較でいこう。尖ってる方向がベースだ。基本的にはさっき言った通り、歩数と方角を中心にな」

「目印の間隔は?」

「各自、適当でいいぜ」

 迷わず、田宮は先頭で歩き出す。既に川がどこにあるのかを把握した上で、最短距離を脳内地図が作成しているのだろう。その足取りに迷いはない。続くのは浅間だ。狙撃銃は肩にかけて背負い、経験不足を実感した上で田宮の行動から知識を読み取ろうと注意深く観察をする。

 傾斜に差し掛かると、身を投げ出すよう滑り落ちる。なるほど、効率的な動きだなと思いつつも、背負った銃が邪魔になるため、田宮のように背中を使わずに足を前後に広げて滑る。両手を空けておくのは、方向転換と危険なものを回避するためだ。

 途中、田宮が止まって手招きをしたため、遅れて浅間が近づくと、声を落とすような指示を手でしてから指先を右方向へ。

「――見えるか? すずめがいる」

「うん。四十ヤード先」

「食料としちゃ上等な部類だ……が、見てろ」

 音を立てずに腰から拳銃を引き抜き、安全装置を解除。照準を定めて引き金を絞り、銃声と共に弾丸は放たれた――が。

「うわ……これは」

 すずめには当たらない。

「音に反応して飛び立ったね。危険に対しての反応……とはちょっと違うか」

「枝に止まってる方向で、だいたいはわかる。けどピンポイントで当てようと思ったら、俺らの技術で拳銃じゃ無理だ。それこそ転がってる石でも投げた方が確率は高い」

「でも、野生動物より鳥の方が発見しやすい」

「そういうこった。行こうぜ」

「あいおー」

 どちらにせよ、確実に狩れる腕があるいとは言えない。ならば数を見つけやすい鳥を狙うべきか、それとも捕獲の確率が高い小動物を探すべきか。

 三時間。

 なるほど、この状況では確かに短すぎる。

 一直線で川辺に到着すると、その場所には既に水場が作られていた。田宮がナイフを引き抜き、手近な木に目印を描く。これでこの水場さえ発見できれば、ベースに到着できるだろう。

 川の水を上流から入れて円形の石造りで溜め場を製作し、溜まり過ぎれば下流へ自然に流れる仕組みだ。水は循環しているため濁らず、また増水時にも壊れにくいよう細工がいくつかあった。

「これ、冬場はどーすんだろ」

「ん? 使う時には流れを塞いで、加熱した石を何個か放り投げれば温かくなるだろ。俺が思いつくのはそんくれえだな」

「あ、そっか……それも時間がかかるね」

「夏場に感謝ってことだ。おい、ここからは別行動といこうぜ。佐原、魚はどうよ?」

「二十分くれれば、結果が出ると思う」

「オーケイ、そうすりゃ最悪、餓死することはねえか。二人一組でいこう。俺と――浅間は山に入る。戌井は佐原のフォローって感じでどうだ?」

「いいわよ。水の確保もしておくし、細工は得意なのよ」

「私は狙撃ができれば、あるいはね」

「わかった」

「一応、成果がどうであれ、二時間後には顔を合わせよう。そこが最終ラインってことで」

 時計見るの忘れるなよと言って、再び田宮と浅間は山の中に足を踏み入れた。

「つっても、どうしたもんか。俺もそうだけど、粗食には慣れてねえだろ?」

「あー、うん。そうだね。忍耐力はついてるから、なんとかなるとは思うけど、機能低下に陥りそう」

「さすがに満足するだけの食料確保となるとなあ。民生の米でも隠し持ってきてりゃべつだが……さて、どうしたもんか」

「民生の米パック? なんで?」

「軍部の演習にゃ、こっそり持ち込むもんだって聞いてるぞ? 教官のぶんも持っておけとも言われた」

「ふうん。でもまあ、今はないしね。山の中だと射線が確保できるかどうかが問題かな」

「手当たり次第やるしかねえだろ。さすがに、俺もここからは経験したことねえし……実践あるのみなんだが」

「探し回るのか、それとも待ち伏せにするか、どっちが得策?」

「とりあえず、狙撃できそうなポイントを探そうぜ。石を投げても小鳥なら落とせるんだ、ライフルがありゃできる――はずだろ。そっちをメインにして、小動物も探るか。浅間は気配を隠せたっけか?」

「なにそれって感じなんだけど」

「そうだよなあ……俺だって、誤魔化せるくらいがやっとだし、野生動物にゃ見つかるからなあ。調理時間はあるとして、……あ、迷わないようにもしねえと」

 やることが山積みだなあと、田宮は笑う。

「え、そこ笑うとこ?」

「まだ頭が回ってるってことだ。浅間こそどうよ」

「田宮に頼ってる部分が気にはなってる」

「そりゃ知識があるのは俺だから、引っ張る形にゃなってるが、経験だってそう変わらないくらいだぜ?」

「最近の田宮はさ、なんかこう……落ち着いた。特にこういう訓練の時はよくそう感じるんだけど」

「ん……たとえばさ、できることと、できないことってのは、あるだろ」

「うん。いつかはできること、まだできないこともあるけど」

「以前の俺は、そこの辺りがよくわかってなかったんだよ」

 視野が狭かったわけではない。おそらく同世代と比較して田宮は視野が広い方だったし、実際にはその二つの判断もそれなりにはできていた。

「やってみねえとわからないこともある。あるが、向こう見ずだったんだろうなあ」

「私なんかは手探りなんだけどね」

「いや、俺だってそうだ。ただ……落ち着いたってのは、結局のところ、立ち止まる時間ができたってことなんだろ」

「そう……かな?」

「できることはいい。けど、そいつができないことだった場合――俺は、立ち止まることにしてる」

「それは、なんで?」

「考えるための時間が必要なんだよ」

「できないこと……を、考えるって。どうやればできるのか、じゃなく?」

「以前の俺はそう考えてたんだが、似てるようで違う。今の俺は、どうして今はできないのかって部分を考えるようになった」

 どうすればできるのか――と考えたのならば、それは自分の技術の錯誤でしかない。けれど、どうしてできないのかを思考したのならば、己に足りない部分が見えてくる。

「そっか。それで……」

「浅間の場合は意識せず、こんなこといつもやってただろ」

「――そう、だけど」

「わかるさ。いや、わかるようになった。戌井なんかは、こう言っちゃ悪いが落ち着いて見えるようで、ありゃただのガードだ。脆い自分を守るためのスタイルだろ。俺らの中じゃたぶん、浅間が一番落ち着いてる。悪い意味じゃなくな」

 ただ、悪い意味で――冷めている部分もある。落ち着いているが故に、諦めを持ち、危機的状況に際して両手を上げてしまう場合がある。

 冷静に状況を見て抗うことをやめてしまうのだ。料理の失敗に対し、失敗の瞬間に手を出さず、それを甘んじて受け入れてしまい、後にリカバリをする――が、料理ならばそれでもいい。生死のかかった戦場でそれをやったら、そこで終わりだ。けれどその半面で、表に出る感情の揺れ幅は大きい。内面と外面の差が激しいのだ。

 ――ま、俺が偉そうに指摘するもんでもねえしなあ。

 それを理解できるようになったのも最近だ。出逢ってしばらくは、何故だろうと首を傾げていたものだ。

「変わったんだ」

「まあな。ESPを使うようになって……いや、キチョウと逢って、考えさせられたってのが近いか。浅間も知り合いなんだって?」

「ああうん、私はあやめちゃんとね」

「あいつらは俺とは逆で、知識や思考が先だ。それを経験で埋めてる。だからその影響なんだろうなとは思ってる」

「わからなくもない、かな。でも、私はさっきまであやめちゃんたちがESP保持者だってこと知らなかったけど」

「そりゃ隠すだろ。ただここんとこ、……魔術師が増えてる。それがどういうことなのか、なんて考える余裕もないし、結論が出るとも思えねえけど」

「でもさ、こう、見せびらかすようなことをする連中って、いないよね。一般的には術式を誰かに見せたくて仕方ないと思うんだけど」

「――潰してんだよ」

「え?」

「狩人を含めて、そういう馬鹿をする連中はとっくに潰されてる。いや殺されてる。調べてみりゃ出てくるぜ、そういうのも」

「……そう、なんだ」

「ただ俺らみてえにさ、朝霧みたいなのがきっちり場所を用意してくれるのは、かなり恵まれてるんだろう。いや、その辺りの事情ってのは詳しくねえけど、ただ鈴ノ宮は魔術師の家だったはずだ」

「そこらへんの事情、朝霧さんは話してくれるかな?」

「後で聞いてみるか。期待はできねえけえど――さて、できることをやるか。ぼちぼちいこうぜ」

「ん、そだね」

 結局、そこから二時間。食料調達の困難さを痛感することになった。


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