08/09/13:20――前崎鬼灯・伸ばした手

 携帯端末を操作しながら歩くのは、鬼灯のいつもの姿だ。その背後を追いかけるように歩調を合わせるあやめも、またいつもの光景なのだろう。

 かつて鬼灯が手を差し伸べた少女は、こうして傍にいる。全てが全て鬼灯の望んだものではないにせよ――安堵を覚えるのも事実だ。

 傍にいるのが当たり前になっていて。

 そもそも疑問を抱かないようにしている。

「鬼灯」

 短い言葉、その呼びかけだけで内容がわかるのも付き合いが長いからだ。

「すまんな、本来ならば今日は午後もいるつもりだったが、先ほど師匠から呼び出しを受けた。もっとも急ぎではないらしいが、三日以内に顔を出せとのことだ。何であれ早いに越したことはないだろう」

「師匠ですか?」

「ああ。とりあえずは一度帰宅し――……ん」

 ふと鬼灯が足を止めたのは公園だった。遊具は新しいものの、そもそも子供が公園で遊ぶなどというのは旧時代の風景だ。今では子供自身が外に出るよりも自宅で何かを行うことに意味を見出しており、そこに親の意思が絡めば自然と公園などという場所は形骸化してしまう――が。

 珍しい風景だった。五人の子供が遊んでいる。

 稀にはあるだろう――実際に鬼灯も、数こそ少ないものの初めて見る光景ではない。ただ足を止めてしまったのは、子供が。

 せんだんの木に登っていたからで。

 ――まさに今、一人の少年が落下している最中だった。

「……!」

 走り出そうとする全身を、己の意思で自制する。伸ばそうとする手を、必死に抑え込んだ。

 落ちる、その光景から目を逸らしはしない。隣付近から向けられるあやめの心配そうな視線が、他でもない己へ投げられていることもわかっていたから。

 ――ここでは目立ち過ぎる。

 いくら助けられる手立てがあっても、それができないのでは意味がない。

「――ふむ」

 力が自然と入っていた躰が、やや背後から放たれた声でぎくりと震える。見ればワンピース型の制服――野雨西高等学校の制服だ――を着た女性が、頷きを一つしていた。

「珍しいな。好ましい状況に遭遇したものだ」

 すたすたと歩いて近づいた女性を追うように、二人も落下した少年たちの下へ。その女性はすぐにしゃがみ込んだ。

「諸君、まあ安心しろ。命に別状はない。あまり慌てるな」

 声をかけるよりも前にしゃがむ――視線を合わせる。その所作を冷静に見た鬼灯は手馴れているのだなと思う。

 そう、冷静だ。

 それを取り戻すことが素早いのは、鬼灯が受けた訓練の賜物でもある。

「よし少年、左手はあまり動かさないようにしよう。ふむ……おい、何か縛るものはあるか?」

「――ああ、包帯ではないが持っている。それと、今調べたが近くに吹雪診療所と呼ばれる場所があるようだ。君たち、知っているかな?」

 少年少女たちに聞くと、二人が知っていると頷く。あそこは小さな病院だと。

 一度立ち上がった女性が木の枝を折る。生木、しかもそれなりに強度がある太さをあっさりと――だから、鬼灯はそれを手渡す。

「ふむ。ナイロンの紐を常備しているとは、お前はなかなか面白そうだな」

「面白がるのは後にしろ」

「それもそうか。いかんな、最近は好奇心を抑えずに済むようになったためか、私の意識はあちらこちらに移動する――少年、少し我慢しておけ。簡単な措置だが、しないよりはマシだろう」

「いたっ……」

「当たり前だ少年。怪我をすれば痛い。そして痛みを我慢する時は、強く奥歯を噛み締めるといい。……よし、少し窮屈だが諦めろ。立てるか少年」

「……うん」

「よし。ならばその吹雪診療所へ向かおう。いいか少年、自分の足で歩くんだ。少年の怪我は腕で、足は無事だ」

「わかった。行くよ」

「よろしい。――では君たち、私はこの兄さんに案内してもらって吹雪診療所へ向かう。私の顔をよく覚えておくといい」

 そう言って一人ずつ視線を合わせた女性が一瞥を投げる。だから鬼灯は頷いて、先導するように足を進めた。歩幅はそう、小柄な少年に合うように。

 通りを二つばかり越えたところに、それはあった。いわゆる団地の一つであり、表向きは民家と相違ないものの、吹雪診療所と書かれた木の看板が置いてある――が、いかんせん休診日の看板もある。

「どうする?」

「愚問だな。家主がいないのならばともかくも、私は少年を治療させるために連れてきた」

「……私たち、と訂正しろ」

「ふむ、それもそうか。なあに安心しておけ少年、こういう時は――こうするんだ」

 無造作に踏み込んだ女性は、拳を作って乱暴なノックをした。

「ドク! いるかドク! 急患だ!」

 少年が驚きに目を丸くするほどの大きな声に、鬼灯は苦笑しつつ腰をかがめて少年の頭に軽く手を置いた。

「乱暴だな。あんなのは映画でしか見たことないぞ」

「う、うん……俺も」

「いないのかドク!」

「――喧しい」

 扉が開き、白衣の裾が舞ったかと思えば蹴りが繰り出され、女性はそれを回避した。

「おい少年、今蹴ろうとしたぞあの人」

「うん。蹴ったね」

「ここは野戦病院じゃないわ。近所迷惑を少しは考えなさい」

「いたかドク、聞いての通り急患だ」

「あんた聞いちゃいないわね……」

「聞いてないね、姉ちゃん」

「そうだな。だが怪我をしているのは君だ。行こう」

「うん。――あ、あの!」

「あら、急患なのは本当ね。入りなさい。ここではいつも、休診日でも患者がくるから気にしないわ」

 中に入ると消毒液の香りがした。ついたてがあり、その奥へと少年を誘う。ここまでこれば大丈夫だろうと、鬼灯たちは待合室で足を止める。

「――助かった」

「ふむ、それは私の台詞でもあるだろう。まったく妙な縁が合ったものだな。名乗りが遅れたが私は朝霧あさぎり芽衣めいだ」

「……? 俺は前崎鬼灯」

「鈴白あやめです」

「覚えておこう。だが、どうした前崎」

「いやすまない。どこかで、……よくは思い出せないのだが、朝霧の名を聞いたような覚えがあってな。あるいは見た――のかもしれない」

「ふむ。……なるほどな。推察はできるが、妙な勘繰りはよしておこう。そちらはVV-iP学園の学生か?」

「そうだ。そちらは野雨西のようだな。思い違いでなければ夏休みだったはずだが」

「生徒会の手伝いをしているからな。それだけだ」

 芽衣は女性にしては背丈が高い。それに何より印象的なのはその――鋭い両目だろう。その奥に潜む暗い影は、どこかエイジェイの瞳と似ている。

 そういう人種なのだな、と鬼灯は思う。

「――珍しい子供もいたものだな」

 少し声のトーンを落とし、芽衣は苦笑を滲ませる。

「今時のこの日本で、あのように遊ぶ子供を見るのは初めてだった。そう遊びだ、誰かに強要されているわけでもない。だからだ、私は自然に手を出してしまっていた。あのまま親を待つという手もあったはずなんだが」

「いや……そうだな。俺も似たようなものだ」

「違うだろう? 前崎は、おそらく落ちる前に助けることもできた。違うか?」

 視線は逸らさない。だが、返答はしなかった。

「ふむ。まあ何故だろうか、そう思ってしまったわけだが――責める気はない。むしろ、それができたのは私も同じだ。だがきっと、助けなかった理由は違うのだろうな」

「そうか?」

「私が思うに――私は落ちる少年が、落ちることでしか学べないものがあると思って手出しをしなかった。まあこうして連れて来た以上、それなりの責任は感じているが、それは前崎たちと折半しておくとしよう」

「ああ、それは先ほど俺も了承した」

「だが前崎は、手出しができなかった結果として少年が落ちてしまったと、そう見える。まあどうであれ、同じことかもしれないが」

 逃げ場所を用意しておき、それを質疑にしない。どうであれ自己完結なのだと示すその言葉に――恐ろしさを感じてしまうのは、鬼灯だけか。

「……ん? どうかしたか?」

「いや、やはり思い出しそうにない。気のせいだったかもしれないと思っていたところだ」

 携帯端末を操作した鬼灯は、己の師匠へ夕刻になるだろうメールを送っておく。それほど時間が取られたわけではないが、一度帰宅すればそのくらいの時間になるはずだ。

「この後に何か予定でも?」

「後にずらせる用事ならば、俺は今の用事を優先することにしている」

「ふむ、なかなか志の強い男だなお前は。どうやら――いや」

 そこで言葉を区切ったのは、少年の治療が終わったからだ。思ったよりも早い。

「君のご両親は家にいる?」

「あ、うん。夕方には帰ってくると思う」

「なら、これを渡しておいて」

 それは封筒だ。茶封筒で、もちろん中は確認できない――が、おそらく。

「一応口で説明しておこうか。これは野雨市立病院への推薦状よ。受付で渡せば問題ないから――覚えておいてね。一応、紙に書いておくけれど」

 クリップで一枚の紙を挟んでから、吊っている腕の中にそっと入れておく。落とさないように配慮したものだろう。人はその物体の感覚を近くに感じれば感じるほど、意識を保つため忘却しにくいものだから。

「先生、ありがとう」

「いいえ。どういたしまして」

「――少年」

 小さく微笑んだ鬼灯はやはり、腰を落として少年の頭に手を載せる。

「今日の痛みを忘れるな。痛みは、覚えておくと役に立つ。それと――」

「うん……」

「――次は、もっと上手くやれよ?」

「え……?」

「今回は落ちた。次は落ちるな。同じ失敗を二度もすると男が廃るぞ?」

「……おれ、もう危ないことは止めろって言われるのかと、思って」

「そうだなあ……」

「ふむ。少年、今回は危なかった。落ちてしまったからな。だが次に落ちなければ、それは危なくないものだ。――いいか少年、怪我は男の勲章だ。何でも挑戦しろ。存分に楽しめ。それでいいんだ、間違いじゃない。ただ、親には心配をかけるなよ?」

「……うん。次は、失敗しない」

「いい子だ。さて、一人で帰れるか?」

「大丈夫だ。おれ、歩いてここまでこれたから、大丈夫。歩いて帰るよ」

「よし」

「ありがとう! 兄ちゃん、姉ちゃん、先生!」

「お大事にね」

 大声で礼を言った少年はきちんと頭を下げてから、診療所を出て行く。ふと吐息を落とした鬼灯は手にしていた携帯端末をポケットへと滑らす。

「――あんたたち、時間ある? 礼にお茶くらい出すわ」

「礼を受け取るようなことはしていない」

「ふむ、時間はあるな。受け取れるものは受け取っておこう」

「……理由を」

「あの子の親が礼にくる時、それを受け取るのは私なのよ。可能性の話。それがあんたたちに向かないのなら、それは私が先にしておくべきもの。いいから黙って待ってなさい」

 強引な物言いだったため、鬼灯は苦笑して待合室に腰を下ろす――が。

「すまないあやめ、少年が帰宅するまで目を付けてやってくれ。他の子供たちと合流する可能性もある、騒ぎが大きくなりそうなら臨機応変に対処を」

「はい、構いません。行ってきます」

「遅くなるようなら一報を」

 ずっと部屋の隅で黙っていたあやめはすぐに出て行ったが、どことなくその足取りが軽く嬉しそうだったのを、鬼灯は見逃さなかった。

 あやめは昔から、変わっていない。特に内面は。

「――随分と、信頼があるようだな」

「信頼か、信用かは定かではない。俺たちはただお互いに、裏切られることを許容しているだけの消極的な間柄だ」

「ふむ、そうは思えないが……口出しするのは野暮か」

「詮索屋が嫌われることを知っているのならば」

「余計なお世話が押し付けにならないことを知っているのならな」

「……性分だ」

 きっとあやめに同行を頼んだことを言っているのだろう。確かに余計なお世話かもしれない。少年は己の足で帰ると言ったのだから、これは過保護だ。

 それでも、鬼灯は後悔したくなかった。あやめに頼んだ理由は、それだけだ。

「それにあやめは、姿を隠して見つからないように同行するだろう。見つかったとしても、さして問題はない」

「ふむ。いや口出しするつもりはない。それもお前の選択だ」

「――待たせたわね。どうぞ」

「いただこう」

「ふむ、緑茶か。この夏も盛りな日に熱い茶とは――気が利いている。さすがは医師だと賞賛した方がいいか?」

「それは紅茶にしろという遠まわしな催促かしら」

「私は飲料にこだわりを持たない。喉を潤せるならばなんだとて同じだ」

「そう。改めて、――ありがとう。あの子を連れてきてくれて」

「あの少年は鎹の役目を果たしただけだろう? 私が思うに、お前たちと出会うために少年は怪我をしたとも考えられる。酷い話だが」

「いや、それはきっかけに過ぎない。縁が曖昧であると前置したところで、たとえ少年が怪我をしない可能性があったとしても、この場は作られたと俺は考える。その原因はわからないが――初めまして、だな。名前は聞いている、吹雪快(かい)だな?」

「ん、名乗りの手間が減って助かるわね」

「なんだ前崎、知っているのか?」

「過去の医学界に寄稿した論文を読んだ際に、簡単なプロフィールを記憶している。それに一応はVV-iP学園に通っている――らしいが、どうなんだ?」

「たまには顔を出すわよ? ただし大学校舎の医学部に」

「名のある医師か? それがこんな個人経営の診療所とは、性格が窺えるな。私は好感が持てる」

 吹雪快――ドイツ留学の際に十二歳で医師免許を取り、学会にも席を置く。十四歳の時に帰国して日本の医師免許も取得していたと鬼灯の記憶にはある。

「専門は脳神経、だったか?」

「脳医学全般よ。特に仕組みの解明に関して、昔から専門にしているから学会の席を空けて貰ってる」

「謙虚だな。聞いた話だが、医学界は吹雪の参加を欲している――嫌味ではなく、参加していないと落胆する医師も少なくないらしい」

「私はただ、私のやりたいことをしているだけなのよ」

「……ふむ。つまり、年齢はそう変わらんわけか。たかだか十八年の人生で、こうまで道を違えるのも珍しいことだ。――面白いな」

「面白いと言えばこれ、返しておくけれど誰の所持物かしら?」

「俺だ」

 主に捕縛で使われる黒色の紐を受け取る。伸縮性はほとんどなく、また簡単に切断することもできない。他にもゴム紐にも似た、伸縮性がそれなりにある紐も持っているが状況にそぐわないからと思って出さなかった。

 鬼灯は肩に提げていたバッグに紐を戻す。

「包帯を持ち歩くよりはマシだろう」

「私は持ち歩いているわよ?」

「立場の違いを考えてくれ」

「――ところで、一ついいか前崎」

「どうかしたか? こんな機会だ、答えられる質問ならば答える」

「ふむ」

「……あんたたち、感情の制御が過ぎてるわ。喜怒哀楽がなさすぎよ」

「大きなお世話だ」

「私はそうでもないが? まあ歪であることは認めている。さて前崎、お前はあの前崎か?」

「あの、とはどういう意味だ。俺は学園でそれほど目立つ学生ではない。世間的にも有名な吹雪のように行動しているわけでもなく、自覚もないな」

「ああそうか。いやなに、私が訊きたいのはつまり、デパートの一画に骨董品の店舗を開いている前崎と何か関係があるのかと、そういうことだ」

「答える前に、それほど類似性が見られるか?」

「性格はまるで違うが、いうなれば直感だ。人の見分けに理屈を持ち出しても決定力に欠けることは、私の経験だからな」

「……人物特性を羅列するのは愚行と呼ぶのよ。総合すれば確かに直感なのでしょうけれど」

「なるほどな。……年齢は少し離れているが、彼は私の兄だ。そうなると兄から聞いたのかもしれないな」

「それはない。――あの前崎が知っているのは、朝霧芽衣ではないからな」

「どういう意味だ」

「〈天の守りアイギス〉。ゼウスが与えた防具を名乗るとは随分と大げさよ。もっとも守護はそれほど得意ではなさそうね」

「吹雪は、どうやら私を知っているようだな」

「ああ、その名なら目にしたこともある。現役狩人リストには適時目を通しているからな」

「……なんだ前崎、随分と知識の幅が広いな」

「知識だけ、と換言すべきだな。経験は少ない」

「謙虚ね、蓄積学科二学年生」

「ふむ、あの学科生なのか。噂だけは聞いているが……なるほどな。前崎の言った通り、経験に関してはどうなんだ?」

「俺は適時、それを求めてはいる。だが知識と違って効率を求めても躰は一つしかないからな」

「やはりそうか。私などは経験が前提でそのために知識をかき集めたものだがな。まあ私もあの前崎とそれほど親しいわけではない。仕事上の付き合いがあるだけだ。ただ……なんだろうな。どうして縁が合ったのかが気になる」

「縁か。人との縁も、因即縁……つまり因縁の関係に当たるのだろう。因果関係、相互の依存によって成り立つ動機や契機、由来や来歴。それが血縁であっても同じことが言えるが――他者との繋がりに際した状況を説明可能な単語だ」

「それは知識だが、経験ではどうだ?」

「目に見えないものをそうである、と確定することは困難だ。特に因果関係は結果をどこにするかが問題でもあり、また結果が出ていたところで過程や要因を解明するには俯瞰が必要になる。究極的に人は己を俯瞰できない。だが、縁と呼ばれる人が引き合う仕組みに関しては無自覚でいられない――それが俺の見解だ。そして、必ずそこに理由はある」

「ふむ。つまりこう言いたいのだな? 今、ここで考えても答えは出ないと」

「いや――答えは出せない。ここでなくともな。ただし、答えを知っているのならば別だ。それは結局のところ、知っている人間の口から聞くほかない」

「だが繋がりを見出すことは可能だろう?」

「ああ。それでも、理由を探るのは困難だ。その二つは別物だと考えた方がいい――後は想像力を駆使して予想するくらいなものだ」

「ふむ……いや参考になった。ところで吹雪は何か意見があるか?」

「どうかしら。ただこの接点がこれからどうなるのかには興味があるわね」

「これから?」

「今ここで縁が合った理由はどうでもいいわ。ただ、その結果として今後にどのような影響があるのかをもっと重要視すべきだ、と言いたいのよ。それもまた、今ここで考えて結論に至るようなものではないでしょうけれど……ただ、私は関係ないわ」

「関係がないのか」

「ええそうよ」

 何故そう断言できるのか、問うのは簡単だ。けれど返答などあるはずがない。どうしたものかと鬼灯は視線を落とすと、とっくにお茶は飲み干していた。

「――そろそろ、お暇しよう」

 頃合でもあると思って立ち上がった鬼灯は、湯のみを快へと返す。何も問題がなければあやめも戻ってくるはずだ。

「ご馳走になった」

「いいえ」

「ふむ――そうだな、もう少し話したいところだが前崎」

「なんだ」

「また逢おう」

 それは再会を前提とした別れの言葉。どう返答すべきか逡巡した鬼灯はしかし、顔を苦笑に変えて頷いた。

「わかった。また逢おう朝霧」

 人と人とを繋ぐ縁。

 それが目の前のものだけではないのだと知るのは、もっと後になってからだ。


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