07/22/10:50――朝霧芽衣・見せろ? どこまでだ?
ヘリから落とされた私たちは、ライザーのテレポによって移送される。仮にライザーがいなくとも、鷺城ならば五万と打つ手を持っていただろうし、私としても着地前に――というか衝突前か――私ごと地点に組み立てて、本体を入れ替えてしまえばなんら問題はなかったのだが、それはそれとして、テレポの移動は楽だ。
地に足がつく。庭の様子は鈴ノ宮とそう変わらず、屋敷の大きさはどうだろうか。どうでもいいか、とも思う。
「――きましたか」
「ほう、レインではないか」
大きな大剣を背負った、ゴシックと呼ばれる服装に身を包んだ機械人形がそこにいた。一応は忠犬の末席にいたものの、一緒に仕事をした数はそう多くない。自分の身の丈よりも大きな大剣を背負う姿は、やや異質で、私はまだその大剣を扱っているところを見たことがなかった。
鷺城に一瞥を投げると、小さく肩を竦められた。ライザーを顎で示した私は、そのままレインと五歩の距離にまで近づく。
「見せろ――と、そう言えば伝わりますか」
「構わんとも。鷺城もそんなことを言っていた。しかし、レイン、できるのか」
「愚問ですね」
軽く、レインは目を伏せた。
「私はレイン・B・アンブレラ。境界線を担う者。あらゆる技術が凝縮された戦闘において、見極める者」
「ふむ。おい鷺城」
「なによ……」
「一応聞いておくが、私は越えていいんだな?」
「ああ、できるなら、問題ないわよ。そこの境界なら、越えても大丈夫」
「そうか。レイン、私はそれがどういうものか、把握してはいないが、望むのならば受けよう。単純にお前と戦闘をすればいいのだな?」
「ええ」
「あまり気は進まんが、では始めようか」
私は自然体のまま。レインは背中の拘束を外し、そのまま振りおろしで攻撃に繋げる抜剣。
いくつかの視線を感じる――。
相手の攻撃から戦闘を意識すると、常時展開していた私の領域が、普段は肌に限りなく近い状態なそれを、両手を広げたほどの範囲へ。そのまま軽く瞳を閉じて周囲を探る。
視線。
鷺城、ライザーはわかりやすい。瞳を開いて見れば、眼前に大剣があったので、突きの動作のそれを踏み込みによって回避、そこで回転運動と共にレインの背後へと動きながらも、やはり視線は外へ。
屋敷の入り口付近に三つ。侍女服の姿が見えたあたり、使用人なのだろう。その横にある窓際から一つ増えた、中から窓の開く音まで耳に届く。
レインが扱う、妙な感じがする術式は私の自動防衛によってこちらにまでは届かない。紙吹雪の数が増えているのを目で見る前に、それを術式および魔力波動によって感知する。
「――ほう」
似たような感じだが、どちらが本物なのかを一瞬だけ迷う。鷺城の使った〝
まだレインの相手がするつもりのない私は、視線を再び切って屋敷へ。
下――には、ないな。見上げた上、テラスのようになっている場所は、外から窺うことはできないが、少なくとも二名の視線がある。
ふむ。
一人、わからない。どこかにいるはずだが、視線を確認できない人物が一人だけいる。
「鷺城!」
「ん? ああ、いいわよー」
「気の抜けた返事だな」
ははは、と笑いながら戦術として構築された術式の一つ目を、狙った戦術を潰す形で動きながら、私はレインから離れることも、踏み込みもしない、最初から同じスタンスのまま、靴を直すよう、つま先をとんとん、と二度ほと地面に向けて叩く。
術陣の補強なしで一キロ。ただし、そこに立体を加えれば誤差が生じる――けれど、元より屋敷に布陣されている術式を間借りすれば、屋敷そのものを私の領域に引っ張り込むことは、そう難しくはない。そして、それを壊そうとする誰かの介在もないのならば、実に楽なものだ。
――いた。
顔がゆがむ、この感情をどう表現するべきかわからない。
最後の一人は、庭に出ていて、屋敷を背もたれにするように、煙草を吸いながら、こちらを見ていた。
やや針金質な髪で片目を隠した、カーゴパンツにジャケットという恰好。ひどく平凡に見えて、しかし、私が領域を広げた瞬間に察知したそれは――かつて、師匠にも見た、壊れかけのがらくたを彷彿とさせられるソレだ。
――誰だろうか。
もはや必要ないと、領域の展開を解除して元に戻した私は、改めてその人物に一瞥を投げる。
「……」
似ている? いや、だが、刹那小夜の名前が頭に浮かんだのならば、たぶんきっと彼は。
「レイン!」
鷺城の声に反応して、レインが大きく間合いをとる。汗は掻いていない、当たり前だ。思考こそ人間そのものだが、躰は機械。機能障害はあったところで、発汗はないはず。
「む? なんだ鷺城、邪魔か? 術式の起点となっているその大剣を、今から調べようという私に対して、文句でもあるのか? どうなんだ?」
「うっさい黙れ。レインちょっと交代。いいわね?」
「……そうですね、構いません。悔しくはありますが」
「よろし。――ガーネ! ちょっと運動してみよっか?」
はあ、と小首を傾げたのは侍女の中の一人。ガーネットの宝石を胸元にあしらった女性だ。先ほどの領域展開で、
「初めましてお客様。私、当屋敷にて料理をおもに担当しております、ガーネットと申します。どうぞ、ガーネとお呼び下さいませ」
「丁寧な挨拶、受け取った。私は朝霧芽衣だ。しかし、少し待ってくれ。――おい鷺城! 貴様、どういうつもりだ?」
「なに? 準備運動もまだだから、本命をぶつけるなとでも言いたいわけ?」
その言葉に、レインが非常に嫌そうな顔をしたが、私は腕を組み、聞こえるように舌打ちをする。
「準備が必要ないと私の口から言わせたいのか? それとも、
「文句はあとで。それとも、あんたこそ私の口から、術式じゃないあんたの体術に興味があるからガーネをぶつけたと、そう言わせたいの?」
「ふん――癪だが、ガーネ。いいのか?」
「はい、それが鷺花様の望みならば、やりましょう」
「ふむ」
ふわりと侍女服のスカートがひるがえり、ぺこりと軽く頭を下げたガーネの周囲には、形状の違う剣が七本出現していた。
「――待て」
「……? なにか」
「ガーネ、いいか? 私はお前の耐久試験に付き合うつもりは、ない。それでもというのならば、私は延延と、お前の刃物を壊さないように配慮して封殺する」
「――」
「鷺城」
「ガーネ、最初から〝戦闘〟をなさい」
「……畏まりました」
「うむ」
やはりそうか。
いくら刃物を周囲に展開したとはいえ、ガーネの腕は二本しかない。となれば、残り五本はただのストックだ。そして、それぞれ違う特性ともなれば、壊されるか、消して、次を引き抜く動作がそこに必要になる。いや、必要にしているのだと私は読んだ。
だからこその、耐久試験だ。こういった人種を封殺するなら、最初の二本のまま、対応すればいい。
展開していた刃物が消えたのと同時に、私は左足を軽く前へ出す半身で対峙する。
ガーネの領域が私を飲み込んだ――踏み込み、振り下ろす動作をぎりぎりまで見極める。頭上で構成、振りおろしの動きをする時点では既に創造が完了。視認した刃が左右にブレるような感覚を受け、回り込むような回避は引きつけるようにして最小限の動きで、けれどやや大きく。
先に創造するのではなく、動きに合わせて手数を増やすよう、ただ刃物のバリエーションを増やしてくる。けれど、、体術としてはどうだろうか。
両手剣の場合もあれば、片手の場合もある。三つ、四つ、――十を超えたあたりから、同じ形状の刃物が一切ないことに気づきながらも、私は回避に専念した。
――いや。
回避に専念できた、と表現すべきだろう。攻撃は多彩、一瞬でも気を抜けば、回避方法を間違えれば致命傷になる攻撃群が迫る。多彩な攻撃そのものに対し、こちらも多彩な回避方法を選択せねばならない状況は、それなりに神経を使う。
それでも、それはただの攻撃なのだ。
一撃を当てるための戦術構築が甘い。抜け道が見えてしまう。
そもそも戦術とは想像のぶつけ合いだ。自分が持てる、あるいは相手が考えている流れの先を、そこに至るあらゆる可能性を考慮し、自分の都合か相手の都合か、どちらに傾くかを楽しみながら、構築を行う。つまり、回避されることも、させることも、戦術の一つではあるが、しかし、回避した先に、もう一度回避の余地があるところを見抜けてしまうのだ。
一手先が闇で、致死を隣に置き、死を与えることができる、鷺城の訓練とは違う。ただしレインの時のように、よそ見をする余裕はないが、それでも、楽なのは確かで。
正直に言って気は進まないが、やってやろうじゃないか、なんて気分にもなる。本当ならば鷺城と戦う時にやりたかったが、まあいい。
分析が甘い、とアイギスに言われたこともあって、それなりに私も考えた。
分解と組み立ては表裏一体。分解できないものは組み立てられない――だから私は、ガーネの得物を分解してやればいい。
振り下ろされた剣が、ガーネの意思で消えるタイミングを見計らい、介入を開始。分析はずっとしてきていた、そして分解は容易い。作られたものを壊すのは、いつだって簡単なものだ。
所持権を奪うのではない。あくまでも解体が初手、続いて組み立て。同一のものを組み立てるだけならば、それほど難易度は高くないが、戦闘中であることも加味しつつも、元はガーネの作品ともなれば、なかなか面倒だ。
結果的に二手、遅れた。つまりガーネの三本目の剣に対し、合わせるようにその剣を向ければ、すぐに破壊される。それもそうだろう、同じものならば、どうすれば壊せるかなど、ガーネの方がよくわかっている。
やはり、気は進まないが、少なくとも分解から組み立てへの速度は問題点だ。この状況で二手は致命的過ぎる。
早く、より早く、――速く。
無駄を省く。解体速度を速めるための分析力の強化、組み立てを速めるために分解からの構築に流れを作る。結果として、私の術式領域が広がってしまう。
三十手ほど経過すると、ガーネが消した剣を組み立て、次の一撃に合わせられるようになった。もちろん、私が組み立てた剣は壊されるが、防御にはなる。
「――ふむ」
思わず出てしまった声に、ガーネが僅かに反応を見せた。接近戦闘、その中における防御は私の得意分野だ。最小限の動きで回避、および防御を繰り返すくらいならば、さして疲労はない。また、組み立ての術式に関しても、作り直す際にガーネの魔力で造られたものを再利用している形となるため、魔力消費が少なく、鷺城に言わせればそういうところが、面倒なのだろうけれど。
しかし、ガーネは攻められたらどういう対応をするのだろうか――ああ。
そうか。
だからこそ、鷺城は相手の領分で攻めようとするのか。それが相手自身を見つめ直す切欠になるだろうから。
最初から気が進まなかったのは、そこなのだ。こういう、相手と同じ戦術を使うというのは、なんだ、鷺城の真似みたいで、――気に喰わん。
「ガーネ」
癪に障るが、これも試しておきたい道だ。これだけ余裕がある状況で、攻撃もいくつか試してやろうか。
「気を抜くなよ」
コツは掴んだ、あとはガーネの対応だ。
「私は二刀が好みでな」
左手には剣、そして今しがた振り下ろされようとしている剣が途中で分解し、右手に持たれた。
「――」
攻撃すべき武器を失ったガーネは、一瞬だけ無防備になりながらも即応、私の左の攻撃を、ここにきて初めて回避すると、改めて造った剣で左から右へと続いた連撃に対応する。
右が破壊された瞬間、応じていたガーネの剣が消えて私は再び得物を持つ。その間に創造したもう一本――片手を空白にする時間だけ、私の方が優勢になった。
つまり、二手遅れから、一手勝る状況を作れたわけだ。
立場が逆転して、今度はガーネが私の攻撃に応じてくる。防御の甘さを見抜きながらも、私はガーネに合わせるよう、あくまでも創造される剣に着目する。
何本消費しただろうか。ざっと計算しただけでも百本を超えた辺りだろう。今までに、ただの一度も同一の刃物を創造しないガーネは、かなりの魔術師だ。おそらく強い矜持を抱いている。もちろん、形状だけではなく、効果もだ。
複雑になっていく刃物の構成に応じながらも、どれほどの時間が経過したか。やがて一手が二手となり、三手ほど勝った時点で私は刃物からガーネ自身へと狙いを変え、首筋と腹部に刃物を寸止めで当てて、停止した。
「――鷺城、ここまでだ」
「ん。ガーネ、お疲れ様」
「……は、はい。ご指南、ありがとうございます、朝霧様」
「いやなに、私の方こそ。なかなか面白かった」
刃を離し、分解すれば紙吹雪となって消える。私は暖まった躰を確認しながら、うむと一つ頷いた。
「殊の外、念入りな準備運動ができたな。やるかレイン」
「――よせ。必要ない」
腕を組み、煙草を吸っていた男が口を挟む。
「レインを壊されても困る」
「主様」
〝
だが、やりゃしねえよ、と言わんばかりの態度で手を振った。
「……で、やっぱ私なわけ? 嫌だなあ。んー、だからって
「影複具現? 聞いたことのある術式だな。確か、己の分身を術式で創るような内容だったか。いかんぞ鷺城、殺せない相手ならば魔力の繋がりを切りたくなる」
「でしょうね。――ん、そうか。じゃあ最後に、千本槍を対処してみなさいよ。それで満足するでしょうし」
「ふむ。つまり、封殺せずに、千本を防ぎきれと?」
「足りない?」
「防ぐだけならな」
「じゃあ――オリジナルと、私の槍で合計二千」
「それはいいな! 楽しそうだ!」
「オーケイ。レイン、そっちに合わせるから術式、頼んだわよ」
「それは構いませんが……正気ですか」
「わかっていないなレイン。これは訓練だ、殺し合いではない。であれば、得るものがなくては退屈だろう? 限界を越えるのはナンセンスだが、当たり前にできることを、ただ望んでどうする。できるか、できないかの領域を区切り、その中になにかを見出せる状況を好むものだ」
私は、両手に三番目のナイフを組み立て、僅かに前傾する。左手はだらんと下げ、刃物が地面に触れるか否かの位置。右手は腰の横付近で逆手。
「――では、楽しもう」
そうして、私は二千本の槍に挑む。
そうだ、挑まなくては訓練ではない。
いつだって、私はそうやってきた。
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