07/22/09:00――朝霧芽衣・空の輸送

 鈴ノ宮からヘリが飛び立つ。CH-57、人員移送用で定員は四十名程度。稼働音はほとんど聞こえないのは、夜間移動用に整備されているからだろう。行く先はイギリス、通称〝楽園〟へ直通、そして片道だ。

「しかし」

 がらんとしたシートに座った私は、慣れた空輸の中で足を組み、背もたれに肘を置くようにして口を開く。

「鷺城も同乗するのは予想していたが」

「あら、そうなの?」

「お前からの通達のようだったしな。その上、貴様は楽園と深いパイプを持っているのではなかったか?」

「話したことはなかったと思うけれどね。まあわかるか……今から行く楽園って場所はね、私の育ったところなのよ。古巣――と呼べばいいのかしら。ほら、私って魔法師じゃない」

「ほう? それは初耳だな。そこまで隠しきれるものか?」

「んー、隠している、というよりも制御してるのね。私は他人の思考を読む……っていうと、ちょっと語弊があるけれど、似たようなものかしら。幼少期に暴走して、壊れる前に、楽園の主に引き取られたのよ。それが師匠ね」

「エルムレス・エリュシオン――か。魔術師としては最高峰だと聞いてはいるが、やはりそうなのだな」

「そういうことよ。なにかしてもらった覚えは、ほとんどないけどね」

「それは私の師も同じことだ。クソッタレと毒づくくらいが丁度良い。では、そこで基礎を学んで、私のところへきた流れか」

「そう。ジニーと知り合ってたのは、じーさん……エミリオンね。どうも、芽衣の情報を掴んだ上で、丁度良いと判断されたみたい」

「その判断基準も、どうかと思うが――で? それはいい、わかっている。そして理解したとも。しかしだ、そこで寝転がってめそめそ泣いているライザーが、どうしてここにいるのか説明がまだだが?」

「え? だって運び屋だもの」

「ヘリじゃん! これヘリじゃん! 私いらないじゃん!」

「……?」

「なにを言っているんだこいつは。帰りに同じヘリがあるとは限らんだろうに」

「え、ああ、そういうこと。本気で一瞬、わからなかったわ。相変わらず頭の回転が遅いのね。寝ぼけるのは顔だけにしておきなさいよ」

「仕事なのにこのていたらく……情けないのにもほどはあるぞ」

 逃げないだけマシか、と思いながらも、周囲に展開された術式が鷺城のもので、ライザーを拘束するような効果だと気付けば、周到なことだと鷺城を褒めたくもなる。

「ふむ」

「どう見る?」

「利点には欠点がつきものだ。それが超えたものであれ、人の原則に基づくものならば、対処もまた、人と同様で構わない――対ESP戦闘で私が想定していたものと同じだ。実戦で試そうかと思えば、先手を打ってコイツがうんと頷かん」

「スイ程度じゃねえ」

「それはそうだが」

「うぅ……ひぃーん」

「本気で泣き通しねこの子……なんなの? どうして欲しいの? べつにいじめてるわけでも、責めてるわけでもないのに」

「事実は事実と受け取った上で、個人的な見解を当たり前のように言っているだけなのだが、これはあれか? ライザーに対する評価が高すぎているためか?」

「私たちが高望みしている結果だって? なら、過大評価されている自分を直視して、忸怩たる想いを抱いて成長しろと、言ってやるけど?」

「もぉヤだあ……」

「――なにやってんだ、お前ら」

 操縦室から出てきた、どこかひょろっとした男は、煙草に火を入れながら呆れたような苦笑と共に頭を掻いた。

「だれだきさま!」

「お前なあ……だから、なんでいつも偉そうなんだよ、スイ」

 対面、ライザーの隣に座った野郎はそのまま頭を撫でる。

「あ、ケイだー」

「あのな……いいから寝てろ。挨拶が遅れたなメイ、それとサギシロ先生」

「ふむ。ジークスのケイ――ケイオス・フラックリン大佐か。私のことを知っていたんだな。一度、ちらっと顔を見た覚えはあったが」

「今は少将だ。こっちはお前と違って、まだ軍部に間借りしたまま活動中なんでな。お前みたいな異質な女を見逃すほど、俺は間抜けじゃねえよ」

「――ほう、なんだ、完全に眠ったスイは初めて見たな。どうだ鷺城」

「私も初めて。セツもそうだけれど、特定条件下じゃないと熟睡できないみたいね」

「ていのいい枕だろ、オレなんてな」

 確かに膝枕で寝息を立てている。どんな関係だろうと、私が突っ込む理由はないが。

「鷺城の手配か?」

「縁が合ったほうでしょ」

「合わせた、と言い換えてくれれば私も安心だがな。――ケイオス、一つ訊きたい」

「おう、なんだよ」

「まずは確認だ。私の中にアイギスがいるのは知っているか?」

「……は?」

「アサギリファイル」

「いや先生、そいつは知ってる。その渦中にいたのがメイで、アイが突入して死んだって結果もな。ガキが熟練者を殺すことなんざ、この世にはざらだ。納得してる。けど、なんだあ? いるってのは、どういうことだ」

「端的に言えば、私が喰った」

 軽く左手を差出し、その上に拳銃を組み立ててやる。術式の成果に目を細めたのを確認してから、私は解体し、紙吹雪となって銃は消えた。

「……そうかよ」

 がりがりと頭を掻いたケイオスは、煙草をこちらに放り投げる。

「往生際が悪いのか、それとも組み込まれたのかは知らねえが、らしくもねえことをするもんだぜ。死人の残り香が、こんなところに落ちてやがったか」

「訊こう。お前にとってアイギスは、どういう人物だ?」

「……たぶん、感情的には憧れが近いんだろうな。セツは飛び抜けてやがった、ありゃあ化け物だ。よくジェイと一緒に頭を抱えた。けどアイはセツの隣に並んでいて、それでいて――なんつーか、普通だったな。傭兵上がり、ジェイと一緒で完成しているようでいて、いつまで経っても届かねえと思えちまった」

 完成されている人間が傍にいるのなら、未熟な自分は一歩ずつ前へ進むだけで、近づける。それが感じられないのならば、相手がまだ完成しておらず、進歩しているからだ。アキレスと亀の話と同じように、いつまでも追いつけない。

「あとになって気付いたよ。死ぬはずがねえと――それだけの実力者を前にして思うのは、ただの期待だ。サギシロ先生も似たような感じだが、化け物って連中は結局、その期待が裏切られねえ何かがある。けど、アイにはそれがなかった。人としての境界を越えていなかったとでも言えば、格好はつくんだろうな」

「ふむ……憧れ、か。後悔があるのか、ケイオス」

「あるさ。文句は山ほど――返したかったものも、山ほどある。あいつは、なんだかんだで面倒見が良かった。今になりゃ、アイに面倒を見て貰ってたんだと気付かされる。きっとジェイも似たような感じだろう。だからこそ、あいつはジークスについて語りたがらねえ」

「なるほどな」

 似たようなものなら、私も持っている。あえて話そうともしないし、話したいとも思わない。ならばこれ以上聞くべきではないと思い、煙草に火を点けた。

「もう一つ。アイギスが世話をしていたガキ、湯浅ゆあさあかについて、どの程度知っている?」

「サギシロ先生」

「ということは、私以上には知らんらしいな」

「そういうことね」

 確認を求めたケイオスの言葉に即応したら、非常に嫌そうな顔をされた。

「もういない人間に、話を聞くことはできないがな。では話を変えよう。ところでケイオスは鷺城の訓練を受けていたそうだな。そこで一つ問おう」

「なんか、えらく質問がくるな……」

「仕方ないと思って答えろ」

「偉そうに……組織にいた頃からそうだったよなあ」

「私はどこにいても私だ。それに、話が通じる相手にしかこんな態度にはならん。もっとも、今はただのフリーだ、選ぶ相手も少ないがな。ケイオス、お前は鷺城の血を見たことがあるか?」

「は? いや……ねえよ」

「ふむ」

 なんだろうか。

「鷺城」

「そうねえ……やっぱり、経験の差が一番だと思うわよ」

「ケイオス、お前は私の倍以上生きているんだろう?」

「まだ四十にゃならねえよ」

「そして軍部に所属して長い。鷺城」

「少なくとも芽衣とやった時の――せいぜい二割程度ってところかしら」

「だろうな。訓練である以上、ある程度の加減は必要だ。どうせ貴様のことだ、本質は隠したままだろう? 兎仔は隠しているにしても、それほどまでに難易度は高いか? よくわからん感覚だな」

「だから、経験の差よ」

「先生、そりゃどういうことだ?」

「そうねえ……たとえば、一つの山を舞台にして、私と四十六時間の戦闘ができる?」

「――不可能だ。実力差は度外視しても、戦場を同じくしながら、敵対を維持するだけでも精神力が持たない」

「その通りだ。今の私でもせいぜい、二十時間が良いところだろうな」

「あらそ?」

「戦闘ならば、な。生き残ることなら可能だろう。私が戻った時にやった遊びも、せいぜい六時間だったろう?」

「あー……そうね。かつてと今じゃ、違うか。お互いをただの標的にして、遊ぶのにも限度が見えてしまう――か」

「そういや……親しいようだが、どういう間柄なんだ?」

「その説明には飽きた。鷺城頼む」

「この世で私の手数を一番知ってる人間と言われれば、私は師匠を挙げるけれど、一番見たことのある人物と言ったら、朝霧芽衣をおいて他にはいないわ。座学で身に着けた術式の中で、大きな派生を除いた、おおよそ八割を、芽衣は見たことがある」

「防御系もな。厳密には攻撃系のほとんどは、喰らった。避けたものも、防いだものもあるが、放たれた事実は変わらない」

「――なに、根に持ってんの?」

「まさか。いつか仕返ししようとは、いつも思っていたが」

「こっちとしては、あんたの防御を崩す方が厄介なんだけれどね。ケイオスの知ってる範囲で言うと……そうねえ、セツ以下、アイギスには至ってないけれど、そのレベルね」

「その論法で話せば、鷺城は刹那のレベルだろうがな」

「俺はメイの狙撃しか知らないんだがな……」

「ああ、それもそうよね。――ん? そういえば、忠犬のほかはどうすんのよ」

「マカロなんぞ、よくわかっていた。あれは見切りがいい。問題はあとの二人だが、足枷になるようなら殺せばいい」

「おいおい……一応、戦力として数えてんだけどな。ロウも、エリザミーニも」

「必要なら横からかっさらえ。マカロには言っておいたが、ジニーの私有地にでも放置しておけばいい。私は、目の前からいなくなるだけで充分だ」

「しょうがねえ……アキラさんも、もうやめだって言ってたし、俺から手配しとく」

「ははは、貴様もいらん面倒を抱え込むタイプだな。しかしだ鷺城、最近は暇なこともあって、いろいろと改良を加えている。今度また頼む」

「また? 私以外にも相手はいるでしょ」

「ほう――つまり、きちんと相手をしてくれる人間を、責任を持って貴様は紹介してくれると、そう言うのだな?」

「…………三日くらい考えさせてちょうだい」

「諦めてお前が相手をする未来が見えそうだな。といっても、私は鷺城ほど周囲が見えてはいない。立ち位置は曖昧なままだ」

「そう難しくはないわよ、基本は戦闘と同じ。ああ……でも、目的地についたら、見せろと、そう言われるかもしれないわね」

「見せる? ふむ……相手が誰だかは知らんが、見せられるものか?」

「それも含めてよ」

 なんつー会話だと、ケイオスは空を仰いだ。わかっている、今から行く場所が楽園であることを忘れる私ではない。


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