07/10/11:50――朝霧芽衣・訓練の昼休み

 昼前に刹那は姿を消し、そのタイミングで休憩を入れた。途中でも一度とったが、あちらは十分ほどだったので、これを昼休みにするつもりだと伝えて、全員を天幕の中に入れて適当に座らせたところで、鈴ノ宮から食料配達としてマーリィがきたので、良いタイミングだった。先に携帯食料でも食わせようかと考えていたところである。

「昼飯だ、好きに食え。水をよく飲んでおけよ」

 全員がタオルを首に引っかけたまま、弁当に手を伸ばす。といっても店屋物で米が主体だ。

「え? 田宮、そんなに食べるの?」

「浅間、腹回りなんて気にせず食えるだけ食った方がいいぜ。佐原だって似たようなものじゃないか」

「さすがに僕も、そこまでは食べないよ田宮さん。けど、食べた方がいいのか?」

「おう。学園じゃ授業ってこともあって、たぶん言わなかったんだろうけど、走るだけが体力を使うことじゃねえし。午後からペースが落ちるようじゃ、置いて行かれるだけだからなあ……食べ物があるなら、食えるだけ食えって俺は学んだ」

 丼ものを二つに、サラダを一つを前にして、田宮はいただきますと言いながら食べ始めた。

「ふむ、田宮の言うことに間違いはないな。なにも十分で食えと言っているわけではない、八分目で留めるのも選択だが、腹が減って動けないようでは詰まらんぞ」

「詰まらんってな、朝霧……」

「つまり私も食うと言っているんだ。マリーリア、お前もどうだ」

「へ? あー……うん、じゃあ一緒に」

「仕事をサボる口実か?」

「まさか。私は鈴ノ宮で働いていることを、嫌だと思ったことはないから」

 この炎天下で侍女服を着ているのも、そういうことか。

「しかし、五百がようやく終わりそうなくらいか。お前ら、午後からは追加七百だからそのつもりでいろよ」

「――ちょっと、目の前が暗くなったわよ、今の。当たる、当たらないの前に、耳は慣れたけど腕が痛いわ」

「あはは、私もそうかも」

「……そんなものか? 千発も撃てるのかと、私は喜んだものだが。なあマリーリア」

「うちにいる男連中なら、喜ぶかもね。芽衣、そっちの水ちょーだい」

「うむ。……シグはそれなりに素直だし、九ミリなら反動もそうない。目標としては、最終段階で弾装十五発、標的に中てるラインが最底辺だな。初めてでワンホールをやれ、とは言わんとも」

「そんな無茶言ってたら今日中に終わらないっての。芽衣はどうだったの?」

「それが実は、あまり記憶になくてな……むしろ一番最初の時に、銃で右足を抜かれた記憶が強い」

「そういや、言ってたけど、ありゃマジか。朝霧、そん時はどうだったんだ?」

 ふむと、私は田宮の問いに頷きながら、飲み込みを挟みつつも口を開く。

「まず私が感じたのは、頭が壁に当たったような衝撃だ。目の前が真っ暗になってな――衝撃そのものが、倒れて地面に頭をつけたものだと気付いたのは、もっと後になってからのことになる。痛みは遅れてやってきた。暗かった視界が真っ赤になったかと思うと、激痛が走ってなあ……歯の隙間から出る音が耳に入ってきて、そこからようやく五感が恢復し始める。すると痛みも強くなってくるわけだが――どうしたマリーリア、嫌そうな顔をして」

「や、気にしないで。私も思い出してたところ」

「そうか。でだ、ようやく目を開いて、掠れた視界で見れば太ももを撃ち抜かれていることに、ようやく気付いた。痛みに点滅する視界の中、放置しておけば参事になることがわかった私は、まずズボンを切り取り、太ももの付け根を思い切り縛って止血から入った。ちょうど薬草の備蓄も切れかかっていたので、応急処置をしてからは山に入って薬草探しだな。――ああ、ちなみに戦場ではなく、私の師の訓練だ。医療キットなど、余程のことがなければ手配しなかったのでな」

 ようやく訓練を続けられるようになったのは、それから三日後だ。たぶんそのくらいで拳銃や狙撃銃の扱いを仕込まれたとは思うのだが、いかんせん、その最初がわからない。

「大尉殿、軍部ではそのようなことが、日常茶飯事なのですか?」

「それは勘違いだ佐原。これは軍に入るより前の話でな。もっとも、軍部も似たようなものだと言えなくもない。目付きが気に入らないと殴られる、掃除が完璧で気に喰わないと叩かれる、成績が良かろうが悪かろうがバットで尻を叩かれる――理不尽に慣れるための訓練でもあるが、やられる身としては辛いものだ」

「私、マカロ中尉殿の訓練が手加減されてるって、今気付いたかも……」

「まったくね」

「それより、射撃はどうだ?」

「ぜんぜん当たらねえ……これさ、両足を肩幅に広げて、的を正面に構えて、真っ直ぐ撃てば当たるって理屈なんだろ?」

「その通りだ。――浅間、どう思う」

「反動の流し方ではないかと」

「ふむ。訓練中でなければ言葉を畏まる必要はないぞ。ようは頭の切り替えだ。続けてみろ」

「は、――ええと、私の感覚でいい?」

「おう、聞かせろよ」

「なんで田宮が偉そうなの……撃った時に、腕が上がるようだと、反動が逃げてるのね。銃口が上がるのを計算に入れるよりも、逆に受け止めてまっすぐ飛ばす方が当たると思う。で、狙い通りに当たったって時は、なんていうかなー、右腕の肩まで芯が通る感じになるんだよね」

「正解だ。衝撃が四散すれば、弾丸は真っ直ぐ飛ばない。左右に揺れるのは最悪だな。片手で撃つとよくわかるが――ふむ、午後からは少し、片腕でやらせてやろう。ちなみに、夏休み前までに狙撃訓練もさせてやる」

「大尉殿、どうなのかしら。実際に狙撃銃と拳銃では、どちらが当てやすいものなの?」

「もちろん、拳銃の方が当たる。九ミリで四十ヤード、標的があのサイズならば、照準をつける時間も惜しい。肩から手首までが直線なら、銃口の位置もわかる。難易度は低い――だろう、マリーリア」

「私に振らないで。でもまあ、私でも当たるかな」

「つーことは、当たる回数が増えりゃ増えるほど、疲労も増すってことじゃね?」

「え、それはどうだろ。逆じゃない? 下手に外した方が、へんなところに反動が入るっていうか……」

 千ヤード越えの狙撃でもなし、いくら九ミリでも風が出たくらいでそうそう外れはしないだろう。けれど、そうは言ってみたが、初心者に対してこの距離で必中を出せ、という注文が無茶なのは――わかっているが、黙っておくことにしよう。

「ふむ」

 どうやれば中るかと話しだしたので、私はサンドイッチを口の中に放り込み、咀嚼しながら立ち上がる。テーブルにある残った拳銃を手にすれば、馴染んだ。軍部での支給品は45ACPだったが、訓練では九ミリだったのを思い出す。

「座ったままでいいからこっちを見ろ。いいか? 照準動作を大げさにやってみせよう」

 私は躰を横にして、右から左、左から上、上から下と肩を支点にして伸ばした右腕を大きく動かす。

「お前たちは照準合わせの際、こうして銃口を動かしながら――実際にはもっと小刻みにだが、いわゆる中央を通そうと探るわけだ。戌井と佐原には、最初に狙い過ぎだと言っただろう? あれは、この動作が長すぎるからだ。何度も中央を通っているのに、その瞬間に撃てず、何度も繰り返せば、時間もかかるし迷う」

 いいかと言って、私は安全装置セイフティを外した。

「現状、私の腕が直線状にきた際に、標的に銃口が向く。これは把握の領分だ。不自然な体勢からの発砲も実戦では多くあるが、基本的には正しい姿勢を保ち、自分の方向を標的に向ける。――逆に言えば、これを怠るといくら撃っても当たらん」

 小さく笑い、右から左へ腕を動かして発砲、同じ動作で左から右へ。

「照準をつけるというのは、こうしてある一点を通す作業だ。細かい調整を入れていると思い込んで、何度も標的との〝芯〟を通り過ぎているようでは、時間ばかりかかる。これも把握の一種だが、ほぼ直線で掴めるだけ簡単だろう。極論を言えば、芯を掴めばワンホールもいける」

 真っ直ぐ伸ばしたまま三発撃てば、同じ場所に当たったが、田宮たちには見えなかっただろう。

「銃口が発砲時に上がるのは、自然な動作だ。それを抑え付けるにも、限度がある。強く過ぎれば、弾丸は下に向くからな。――浅間、狙撃時の感覚について上田から話を聞いたか?」

「はい、聞きました」

「うむ。狙撃に限らず、拳銃もイメージは重要だ。自分が撃てることがわかったら、今度は撃つ自分を俯瞰して、自分を弾を放つ仕組みだと認識してやるのも一つの手だ。あるいは、標的に吸い込まれる弾丸の予測イメージ……これらは個人差が出るものだが、やった方が効率は上がるし、呑み込みが早くなる」

 安全装置をかけて腰の裏に手を動かし、収納するホルスターがないことに気づき、私は苦笑して天幕の中へ戻った。

「それ最初に言ってくれよ朝霧……」

「最初に言ってもピンとこなかっただろう? 今だからこそ、実感を伴って理解もできる。なあに、午後からは午前の時よりも多く弾を撃てるから、安心しろ。しかもなんと、今回は初回だ。どうして当たらんのだと蹴り飛ばされることもない」

「それは安心だな……」

「おい佐原、そこ納得するところじゃねえだろ」

「蹴り飛ばされるよりはマシだろう?」

 そりゃ確かにそうだ、なんて空気になる。ここは軍部ではないので、そもそも蹴り飛ばしたりはしないのだが――まあいいか。

 今日は天気が良い。問題は、果たして夕刻くらいまでに全部撃ち終わるかどうかだ。


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