07/10/08:00――朝霧芽衣・射撃訓練

 未舗装の山道を走っても問題のないジープは、舗装路では思いのほか素直に走る。これが米軍――というより、うちの組織からの払い下げなのだが、メンテも充分でチェンジもすんなり通る。荷台に乗った四人の心地など知ったことではないし、これなら八人はゆうに乗るなと言った時の顔は、まるでこの世では見れないものでも発見したような様子だったが、軍部では当たり前のことだ。田宮は知っていたようで、大して不満を顔に出していなかったようだが。

 服は上下にわかれている作業着を手配しておいた。つなぎでも良かったが、あれはあれで問題がある。見た目は似たようなものだ。

 ――しかし。

 どういうわけか、助手席に乗っているのは、兎仔と比較して遜色ないほど小柄な少女だ。目付きの悪さは兎仔以上だと思うが、短めのスカートに白色のシャツ、そして赤色チェックのネクタイなど、こいつ服装は可愛いな、と感じるのだけれど、いかんせん本気でその目付きが悪い。髪は短めで、眠そうにしていれば、脚を組んで両手を頭の後ろに回しているものの、ふむ、客観的に見て私が誘拐したと思われても、納得しそうなほどだ。

 刹那小夜――ランクD狩人〈瞬刹シュンセツ〉である。鷺城とは付き合いがある、ランクはともかくも最高峰とされる狩人でもあり、忌避の対象ですらあるのだが……さて、私はどうして同行したのか、未だに理由を知らない。

 駐車場もある鈴ノ宮の訓練場に到着してすぐ、中の荷物を四人に運ばせながら中に入る。刹那も降りたが、口を挟まず、ぼうっとしているようで、連中には気にするなと伝えておいた。

 陣地となる天幕を張る。といっても、仮設テントよりも簡単な、支柱が四つと布が張ってあるだけの簡素なものだ。そこに長机を四つ組み立てると、刹那はそこに持ってきていた椅子を使って腰を下ろしている。私はその間、適当な距離にドラム缶を組み立ててやった。これも持ってきたものなので、場所を移動しただけの、組み立てだ。

「――さて、お待ちかねの訓練だ諸君。これから行うのは射撃訓練だ――これは、シグのP229という、初心者でも安心の拳銃になる」

 私はテーブルに並べた拳銃を一つ取り、弾装を引き抜いた。

「実包ではない。先端がゴムになっているから、ドラム缶に張ってある的に穴を空けるくらいだろう」

 弾装を戻し、初弾を装填。そこから流れる動きでの速射――全員の太ももに一発ずつ、計四発を撃ちこんだ。

「――!」

「それがゴム弾の威力だ、覚えておけ」

「いっ、……てえなあ! なにしやがんだこんにゃろう!」

「ほう」

 ゴム弾とはいえ、火薬を使っているのだし、威力はかなりある。場所が悪ければ骨折するし、青痣になるのは確実だろう。しかも、二メートルと距離が離れていない。痛みに蹲るのが一般的だ。実際、浅間、戌井、佐原は不意を衝かれたこともあって、地面に転がっている。

 ただ、田宮だけが勢いよく立ち上がっていた。

「私は優しいぞ田宮。実際、私の時は実弾で撃ち抜かれたからな」

「お前と一緒にすんな!」

「そう怒るな」

「くっそ! あー痛え、マジかよ、覚えろってだけで撃つかふつー……」

「田宮、何故立った」

「軍部のゲストで入った訓練じゃ、痛いからって蹲ってると次がくる。俺は二発も撃たれたくねえ」

「ふむ。ではそっちの一番隅にある銃を分解・組み立てをやれ。私が止めろというまで続けろ」

「イエス、マァム!」

 続いては佐原がよろよろと起き上がり、痛みを実感しながらも分解と組み立て作業に移る。戌井、そして浅間が最後だ。

 的までの距離はせいぜい四十ヤード。風はほぼなし、湿度は平均だろう、空を見上げれば太陽が流れる雲で見え隠れしている。顔を戻せば刹那が煙草を吸っていたので、灰皿を組み立てて置いた。

「――よし」

 私が口を開いたのは、一番早かった田宮が分解と組み立てを十回ほど繰り返したくらいだ。

「ちょうど、全員組みあがったようなので、始めよう。分解整備は銃の基本、戦場では弾詰まり、泥詰まりなどで、否応なくすることもある。できない、で済ますな。手元に置いてある弾装を入れろ、初弾を装填してから安全装置セイフティを落とせ」

 さて。

「向かって左側の的は田宮と、……ふむ、浅間が使え。右側は戌井と佐原だ。適当な位置でいい、移動しろ」

「イエス、マァム!」

 移動は駆け足、そして適当な位置で停止する。私はもう少し離れろと位置を軽く正しておいた。

「真横に並べ。お互いに手を伸ばして触れる距離から、お互いに二歩離れろ……うむ、よろしい。今回は屋外だ、イヤーマフは使用しない。狙いのつけ方は書類に書いてあったはずだ、とやかく言わない。全員、引き金に指をかけず、右手だけで持って真っ直ぐ腕を上げろ! 腕は水平、銃口の先はだいたい的の方向だ。……よし、では左手でグリップを抑えてみろ」

 いくら戦場では構える時間さえ探すのが難しいとはいえ、基本を知らないで派生はしまい。

「よく聞け! グリップは右手で押せ! 左手で引け! その両方の力をグリップの中心に向けて固定しろ! 力の抜き方なんぞ、あとでいくらでもわかる! ――よし、照準合わせ! 安全装置を解除! 呼吸を止めろ……――撃て!」

 ぱかん、と音が連なった。標的に当たったかどうかは二の次だ。

「一発目はいい、二発目でコツを掴め。三発目からは馴染め。弾装の残り十四発、自分のペースで撃ってみろ。返事はいらん、始め!」

 しかし当たらんなあ。面白いくらい当たらん。最初はそれでいいとは思うが、それを口にするわけにはいかないし、だからといって落ち込んでもらっても困る。

 全員が撃ち終わった頃を見計らい、それぞれの足元に九ミリ弾丸の詰まったケースを置いておき、こちらを見ろと軽く手を挙げた。

「田宮と戌井、もっと顎を引け。銃声を怖がるな、全員腰が引けているぞ。それと照準は両目でやれ、片目を閉じるのは狙撃時のマズルフラッシュを庇う時だけにしろ。田宮と佐原は力み過ぎだ。握れと言ったのは確かだが、強張った力は照準を狂わせる。戌井と佐原、お前たちは狙い過ぎだ。集中するのはいいが、過ぎれば迷いを生む。浅間はややテンポが速い、コンマ五秒は追加しろ」

 とはいえ、だ。

「なあに、すぐに理解しろなどとは言わんとも。弾の詰めかたは覚えているな? 足元に用意したケースに入っている、弾装に詰めて撃て。とりあえず五百発、楽しみながら大事に撃て。時間は気にするな。ただし、集中力は持続しろ。弾の痛さは理解したはずだ、下手を打つな。あと、空薬莢はケースの蓋の中にでも入れておけよ。あとで回収する。では――かかれ!」

「イエス、マァム!」

 返事は良いなあ、と思いながら私は天幕に戻り、椅子を引っ張り出して腰を下ろし、足元の箱から水を取り出して飲む。一つは刹那に放り投げた。

「――で、なんだ貴様は」

「おー? なにって、なんだよ」

「ここにいる理由を聞いたつもりだが?」

「あー、なんだそんなことか。面倒な仕事をどっかの誰かに押し付けて、逃げてきただけだぜ」

「待て。聞いて私も同罪になるではないか」

「気にすんなって。押し付けたのはラルだしな」

「ふむ。ならばいいか……」

 よくはないが、ラルならきっちり仕事はするだろうし、その不満をまさか私にぶつけるなんてことはあるまい。

「あとは、ジェイに聞いたんだろ? 次はオレの番じゃねーのか」

 差し出された煙草を一本、火を入れればラベンダーの香りが広がる。ニコチン控えめ、香りづけか。値段は高いが市販品で以前見かけた覚えもあった。悪くはない。

「ジークスのエスか」

「つーか、今更なんだよ。G・Bガーヴが終わったからか?」

「いや、アイギスについて知りたくてな」

「今のアイギスはてめーだろ。言ってる意味はわかるけどな。オレはてっきり、てめーの中にいるもんだと思ってたぜ」

「ふむ――理由を聞いてもいいか」

「ちょいと前に聞いたんだけどな、アイの得意術式っつーか……てめーの残滓を組み込んでおいて、特定条件下で遭遇可能な術式とでも言えばいいのか。ま、オレが知ってんのは、所持者の死の間際に逢えるような仕組みだぜ」

「なるほど、説明にはなっているが……」

「サギからも聞いたぜ? てめーが喰ったんだろうってな」

「む……鷺城か」

「随分と前にな。オレは当時のことも知ってるし、ベルからも聞いてた。アイが間抜けだってのは事実だぜ」

 銃声を聞きながら、鷺城ならば仕方ないというか、諦めと納得が同居する。

「キーア殿はひどく渋面していたぞ」

「伸び白があったケイと違って、ジェイはなんつーか、実力差みてーなもんを間近で見て、嫌になったんだろ。オレはまだ経験を積む段階だったから全開でいろいろやってたし、アイはオレのフォローに回って、ケイはどうやりゃ至るかを考えながら、オレらを見てたんだろーぜ」

「――アイギスは、どうだったんだ」

「昔馴染みってことも含め、厄介だったぜ。同じ方向に足を進めりゃ仕事は減って、違う方を見りゃ潰すのを検討するくらいに厄介だ。痛い目にゃ遭ってねーけど、最初に試した時は頭を抱えたなあ」

「ふむ。傭兵だった、と聞いているが」

「砂漠の狐の生き残りだ」

 ああ――そうだったのかと、私は水を飲みながら思う。

 その通称はエルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメルの名を持つ男のものであり、その名を冠した傭兵として、かつては生きていた。身内への意識が強く、金で動く傭兵でありながらも、途中で依頼を変えることはしない。破棄することはあっても、その戦場には立ち入らない。徹底した情報収集からの作戦遂行は、実に戦略的だと謳われていた。

 生き残りはいない。継承した傭兵団もない。きっとアイギスは、最後の一人だったのだろう。

「あいつとお前を同列に扱いやしねーよ」

「個人的には、劣っていると言われているようで、なかなか癪だがな。だが、ようやく私もこれからだ」

「その一環でアレか?」

 軽く顎で示したのは、まだ百も撃っていないのに疲労が見えている連中だ。

「暇潰しの気分転換には良いだろう? それに、私は連中を一人前にしてやりたいと思っている。もちろん、望まれれば、だが」

「育成そのものの適性を探っているのかー。そのへんは、オレにゃ真似できねー部類だな」

「なにも後継者を育てようと思っているわけではない」

「そりゃそーだ。オレとしちゃ先の話だしな。でだ、そろそろオレの話いいか?」

「それは構わんが……それは、仕事を押し付けて逃げてきたお前が、暇潰しに話すことで構わんか?」

「おー」

 新しい煙草に火を入れるペースが早い。私は嗜み程度、なくても困らない程度なので二本目には手を伸ばさなかった。

「トコの話だ」

「ほう……?」

「あいつとは、たまに飲みに行くし、オレは気に入ってんだけどな。アイギスから見てあいつ、どーよ」

「あれは私を慕っているようだが……正直に言えば現状、私を越えているだろうな」

「へえ――やっぱそう思うか」

「隠しているというよりは、越えようとしていないように思えるな。私は〝冥神リバース〟フェイと逢ったことはないが、どうせ兎仔のことだ、突破可能ではあるが技術を盗みたいとか理由をつけて、名を奪っていないのだろう?」

「はは、まーな。似たような立場だし、オレもあんまし強くは言えねーけど、サギにしたって認めてるぜ。トコも、まだ早いとか思ってんだろ。それ自体は悪くねーよ、仕事を回されても癪だしな」

「では、フェイ自身に落ち度はないと?」

「どーだろうなあ。オレの見解を言ってもいいけど、てめーが逢うまで保留だな」

「それはそれで、内容も察せられるというものだがな」

「んで? てめーの同僚はどうすんだ」

「知らんな。邪魔になったら殺すだけだ。足元も見えていない馬鹿だ、それなら北上や七草の方がよっぽど弁えている」

「あいつら、階級は低い癖に、だからこそ目端が利いてやがるからな。それに、あいつらはむしろ、軍を出てからの方が成長してる」

「そういう人種も少なからずいるものだ。軍部の教育も、結局は個を伸ばすのではなく、前に倣えが前提だからな」

「お前の体術くれーは、誰かに教えてやると面白そうだけどなー。かといって、腕試しだって面白がるんじゃ、オレが面倒だ」

「そうか? 光栄だが、そうでもないだろう」

「対策してあるやつは面倒なんだよ……オレの中で、五手で終わらねーやつは、全員面倒だ」

 五手。

 手数が多ければ多いほどに、相手によって変化することができる。鷺城だとて、何千通りかの技術の中から五手を選択すれば、誰かを打倒することくらい可能だろう。しかし、それを基準にされれば、恐ろしいと感じざるを得ない。

 刹那にとって面倒な相手がどれほどいるかは知らないが、少なくとも大多数の人間は、セツにとって五手で済む相手なのだ。やるかどうかはべつにして、だけれど。その上、五手では至らないと見抜いた刹那の技量も凄まじい。

 ――だとして。

 面倒の上にある、厄介という人種は何手なのか、知りたいところだが、訊かずにおこう。聞けば、返答がある。それを知れば、私が何手で殺されるのかもわかってしまう――それは、たぶん落ち込みたくなるだろうから。

 対策をしているとは言ったが、もちろん初対面である刹那に対してのものではない。私がこうして生活する上で、最低限の防衛術式を常時展開しているだけだ。中には即応する術式も準備してある。少なくともそれらが、刹那にとっては五手で届かない領域なのだろうけれど。

「私は一応これでも、鷺城と育ったようなものだからな」

「聞いてるぜ。サギも似たようなこと言ってたし。お前がこっちくるって情報を、一番敏感に察してたのは、トコだけどな」

「ははは、澄ました顔をして、慌てていたのか」

「慌てたっつーか、裏を読むのに忙しかったって話だぜ。てめーに無様な姿は見せたくねーってことだろ」

「私は軽く、訓練を見てやっただけなのだがなあ……鷺城の匂いは感じたが、確信は得ていなかったし、技術を見抜かれるのだとて、私以外にもいただろうに」

「なんだあいつ、下手を打ったのか」

「いや? 宿舎で飯を食っていたから、訓練に誘っただけだ。ふむ……刹那、お前はESP保持者を感知することはできるか?」

「事前情報なし、戦場で遭遇しても使われるまでは、わかんねーよ。もちろんそいつが、自己顕示欲の強いやつじゃなけりゃの話だ」

「だとしたら私は、感応力が高いのかもしれん。ライザーと出逢ってから、エスパーの類には自己封印を施していてもわかるし、そのせいで兎仔を見抜けたのかもしれん」

「そりゃ、オレがどう見えるのか聞きたいもんだぜ」

「お前は見にくい。まるで穴あきのフィルタ越しになっているようだ。あるいは、お前が穴からこちらを覗いているのか」

「思いのほか、よく見えてるな。だったら、あいつらはその目で見たのかよ」

「そうだな……考課表を見て、適性から軽く引き抜いたつもりだったが、脱落しなければ連中は、良いパーティになるだろう。田宮が浮いているようにも見えるが、だったら田宮が引っ張れば良い」

「御免だと言うだろ。あいつはもっと先を見てる」

「その背中を見ればいい。――並びたいと、そう思えるように仕向けることも可能だが、そんなことはせずとも、望むのならばそのうちに思うようになる」

「ま、個人的に言えば後進の育成をしてくれると助かるけどな。――まだ時間はある。おいアイギス、ちょっとジニーのことを聞かせろよ。ベルも直接関わってねーし、イヅナは馬鹿にしてたみてーだし、あんま詳しく知らねーんだ」

「それは構わないが……面白い話ではないぞ」

「それでいい」

 そうかと、私は頷いてから考える。昔話だ、考えるのはいつだって、どこから話せば良いのか、である。


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