05/14/10:30――鷹丘少止・断れない相手
刹那小夜からの呼び出しかと思えば、待っていたのは鷺城鷺花だった。それ自体はそれほど驚くに値するものではないけれど、しかし、状況を鑑みた場合、手放しでその状況を受け入れるわけにはいかない。
何しろ。
魔術の総本山、イギリスにある協会と教皇庁魔術省の二つが壊滅したばかりだからだ。そして、状況を推察すれば、それを行ったのは目の前にいる鷺城鷺花であり、野雨から数日間だけ姿を消していた刹那小夜に花ノ宮紫陽花と、そんな名前が並べば、さもありなんと頷きたくもなる。
動機?
さて、そこまでは、それこそ想像の領域で、推察や推理の類でも届かない。だからといって、想像における結論を出していないわけではなかったが。
沈痛な面持ち、とでも言えばいいのだろうか。躰に蓄積された疲労を除去できず、顔から精彩を欠き、生命力が感じられないような表情である。当人がそれを隠す気はないようだが、果たして気付いているのかどうか。
「……――で、なんだっけ?」
無言のあと、しばらくしてそんな問いかけがあった。それは少止の台詞だ。
「イギリスに行って魔術師協会、それからローマで教皇庁。お前らにとっては、楽な行軍だったろうに――いや」
それだけならば、楽だったろう。
けれど、一人の人物が違う場所で亡くなっている。おそらく鷺城鷺花はその人物と親しくしており、近しかったのだろうことは、こういう姿を見ればわかることだ。
だからどうしたと、切り捨てることはしないが、割り切れる。他人事だからだ。もしもその亡くなった人物が、
だが、このままでは話にならんと思っていれば、喫茶SnowLightの入り口から、刹那小夜が顔を見せた。店員はどういうスケジュール管理なのか、橘
「おー……ん? どうしたサギ」
「あー、寝てないの」
「慣れないことすんなよ、年齢考えろ」
「うっさい。少止と同い年だっての」
「そうだったな。でだビート、とりあえずまだ猶予はありそうだぜ」
「ああ、そのようだな。今起きてもおかしくはない、という意味合いでは」
「こいつは世間話だけどな――」
小夜は、鷺花の隣に腰を下ろした。そして、何かを催促するように、鷺花へ顎で合図をする。それで何かが変わったとも思えなかったが、お互いに何かあるのだろう。
「お前、イヅナの師事は受けてねーのか?」
師事。
ランクB狩人〈
「基礎や手配を、師事というのなら、そうかもしれない。だが、体術のことを言っているのなら、私は見たことはあっても、教わった覚えはないな」
「体術の基礎もか?」
「言っただろう。見たことはあっても、見せられたことは一度もない。そういった意味では、真似事も不可能なレベルだ」
「ふうん。お前は、どうなんだ?」
「今はそれどころじゃないと、答えておく。ただ、仮に師匠が〝本気〟で私に教えようというのならば、きっと断らないだろう」
「そんなところか……」
「失われるには惜しいわよね、あれ。ベルやアブと〝対等〟に渡り合えるし」
「それを言うなら、オレや紫陽花と、って言えよ。渡り合えるじゃなく、逃げられるとか、そういう言い方があるだろ」
「そんなところで誤魔化しても仕方ないじゃない」
「対等に渡り合えるってのが、最大級の誤魔化しだろうが……ま、打つ手がないわけでも、ないからな。まあいい、先に本題だろサギ」
それがいつものお前だと言われた当人は、珈琲を飲み干してから、頷きが一つ。
「少止」
「なんだ鷺城」
「
「ここで、知らないと答えるような間抜けなら、ここにはいない」
「魔術のことを詳しく知りたいと打診があったのよ。今は、
「私にも無理だってことがか?」
「嫌味ね。――あんたと影踏みなんてしないわよ」
「できるけれどやらない、か?」
「したくないから、やらない。ともかく、鈴ノ宮にいる紗枝と繋がりを持って教えて欲しい」
「私に?」
「そう」
「魔術師ではない私が、それをやれと?」
「闇ノ宮だった
そうか。
やはり、鷺花は知っている。
「そうだ、とは認めないんだな」
鷹丘少止が〝魔術師ではない〟のだと、鷺花は口にしない。ただの影使いだとも、言わないのだ。
それが事実だったとしても、可能性が残されている以上は、言わない。
「どうして私に?」
「火丁の件があるのなら、鈴ノ宮に滞在する理由づけもできる。都合が良かったからと、一言で済ましたくはないけれどね。適任でしょう?」
「あまり、鈴ノ宮には行きたくねえんだが……」
「どうして?」
「清音や
「はは、連中にとっちゃお前も息子みてーなもんだからな」
「刹那、笑って済ますな……」
「知るかよ」
「だろうな。たとえばだ、鷺城鷺花が実家に寄りつかない理由がどこにあるかと考察してみろ」
「そうでもないわよ」
「弟がいない時、母親がいない時、父親がいる時、――その全部に該当しない私に対しての配慮はどこへやった?」
「…………」
「おい、現実を直視して言葉が出ないならまだしも、眠そうな顔で頬杖をつくな」
「引き受けて」
「ついにはごり押しか……」
ふん、と笑った小夜が立ち上がる。
「ビート、何を聴く?」
「テイクファイブ」
「待ってろ」
しばらくすると、オーダーした曲が流れ始める。音量は控えめだが、やはり音は良い。
「あーいい曲」
「……、遠々路と私を関連付けさせるのは、あいつが火丁と関係があるからか?」
「それも理由の一つ。適任がほかにいないのも事実」
「だからって、私と火丁の関係を知ってる連中も、そう多くはないはずだがな」
「でしょうね。これからは、そうでもないけど」
行動を見透かされている。引き受けろとは言っているが、少止にしてみれば一連の流れの〝補強〟にすら思える行動になってしまうのだから、逆に気に入らない。
お前ならできる、なんて言葉は、いいように使う時の常套句だ。
「おいサギ」
「なによ」
「もういいから帰れよ、お前。んで寝ろ」
「あー、ほかに用事あるからまだー」
「じゃあ起きて用事を片付けろ、クソッタレ」
「わかった。んじゃ、あとよろしくー。料金だけ私が持つから。よろしくね少止」
「まだ承諾はしていない」
「はいはい」
ふらり、と立ち上がったかと思えば、本当に料金だけ支払って出て行ってしまった。最後まで、ひどい顔をしていることは言わなかったが、まあ、良いかと思ってため息を一つ。差し出された煙草を一本受け取り、火を点ける。
「――ああ、香草巻きだったか。香りを楽しむものだな、これは」
「たまにゃ、いいだろ。……ま、ちょっと、いろいろあって、眠れてねーんだよ、あいつ。悪かったな」
「いや……事情はそれぞれだ。エミリオンのことだろう? 何がどうかは聞かないが、
「ま、そういうことだ。どうせ眠れないならって、研究でもしてたんだろ。――で、引き受ける気はあるか?」
「断る理由は、今のところない。それを見透かされているのが気に入らない」
「正直だな」
「人に何かを教えるような立場だとも、思ったことはねえよ」
「はは、
「昔のことだ、持ちつ持たれつでな」
「知ってるか? 転寝
「――、いや、初耳だ」
「武術家と狩人、それにエスパー。お前らみたいに仕事を一緒にしたことは少なかったが、結構荒れてたんだよ。当時は外出禁止令もなし、彬とジニーはツラを合わせれば戦って腕を磨いた。熟は日本中を歩いて旅をしていて、どこへ行っても見つけやがると文句を言う。まあ――それこそ、昔の話なんだけどな」
そのうちの一人、ランクSS狩人〈
「お前らの行動は、それを思い出させるようで、面白かったってことだ。他意はねーよ」
「ふん……」
「
「知らないのか?」
「ん、なにがだ」
「三年前だ。コンシスと私たち三人が遭遇した時、前崎の持っていた魔術品を使って長距離移動で逃げた。その際に〝ポイント〟として設定していたのが、
「ああ」
「あそこを紹介したのは私だ」
「へえ……その情報はなかったな。オレが掴んだのは、あいつが住みだしてからだ。どうして紹介した?」
「――絶望に似た気配があった。何もかも捨てたような、あるいは諦めたような、そういう気配だ。だが、それでも、放置できるような〝案件〟にはなりそうにない――ならば、枠に押し込めた方が、まだマシだ」
「事情は聞いたのか」
「世間話程度には、問い詰めることもなく、暇つぶしに口を開いた。私は折を見て、退屈を知って常識を知らないあの女に、マニュアル書なんかを差し入れて、質問に答える都合の良い相談者として接していただけだ。それを改めて、お前が拾った」
「拾った、ねえ……どうだかな。退屈さの中でも、己を見失わなかったのは、お前がいたからってのが確認できて――」
「――どうなんだ?」
「いや、思ったよりも安心してる。ああ、夜重の方じゃない。お前が、まともなんだって意味でな」
「ふん、まともか」
「ああ、オレらの流儀の中で、だけどな。壊れてんのは、仕方ねーだろ」
「私みたいな未熟者を、お前らみたいなのと一括りにするな。迷惑だ」
「言ってろ。で?」
「つまり、遠々路にも夜笠同様に、相談者になれってか……」
「そういうことになるな」
「〝仕事〟じゃなくなると、そういう話だ」
それが仕事ならばいい。鷺城鷺花から提供される報酬を名目に、少止は古巣とも呼べる鈴ノ宮で、適当に教員役でも買って出れば済む話だ。しかし、仕事ではないのならばそれは、行動に対する報酬は、なくていい。
ないから嫌だと、そう言っているわけではないのだ。その行動自体、メリットもあるし、少止としてはさしたる問題も起きない――が、これが〝頼み〟であるのならば、それ相応の〝付き合い〟も前提になってしまう。
面倒な関係、面倒な付き合い、そういうやつだ。
「サギのことだ、それも〝含み〟だろ」
「……冗談だろ」
「実際に、お前はよくやってるぜ? 褒めるわけじゃねーけど、こっそりオレが紛れ込ませた面倒な仕事も、ついでに結構やってる」
「おい……」
「はは、気付いてねーって当たりが、まだまだ甘いんだけどな。ただ、逆に言えば、ラルほど気軽に仕事が押し付けられねーよ。オレがサギに仕事を頼まないのと同様にな」
だから。
「サギは〝仕事〟として、報酬の提示もしなかった。そういうことだ」
「そっちの方が私にとっては厄介だ……」
わかっている。火丁のことだけ考えていれば良い、なんてのは、都合の良い言い訳に過ぎないことも、理解している。どうして私がと、全てを放り投げるわけにはいかないのも。
「仕事なら、あれこれ考える必要もねえのにな」
「そりゃそーだ。ついで、で済む問題だろ、あんなの」
「――そういや、
「ああ、エルムに預けてきた。説明はまだだ。知っているのはせいぜい、片割れが記憶を失って病院の裏病棟に入ってる。二度と会わない方が正解だ――ってくらいか」
「関わっておいて、それかよ」
「説明なら他のがするさ。オレの仕事じゃねーよ。ま、祠堂は面白い拾い物だったから、面倒は見る。これも、お前が夜笠を気にかけていた事実と、そう変わらねーよ」
「そういうスタンスで付き合えってか……まあ」
そうして、ようやく。
渋渋であることを、明言しておいて、少止は。
「わかった。今夜にでも顔を見せておく」
「おー、頼んだ」
そう、仕方なく、引き受けることもまた、明言した。
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