05/11/22:30――鷺城鷺花・予測できるこの先
イタリア、ローマ入りしてからとった宿はかつて連理と一緒に訪れた時とは違う場所だったが、陽が落ちてからふらりと鷺花は音頤の店に向かった。ちなみにトリプルを一室だったけれど、お互いに仕事以外は別行動だ。
そう思っていたのだけれど、音頤につくと小夜が先に来ていて、輸血パックをコップに入れて飲んでいた。
「……改めてみると異様な光景ね」
「うるせ」
「おいしいの?」
「ん? 結構イケるぜ」
「ああそう……はあい、リーリン姐さん」
「お、――なんだいサギじゃあないか! あんたねえ、また厄介な依頼を持ち込んでくれたもんさね!」
「あれ怒ってるなあ姐さん、珍しい……」
「うちがサギと知り合いだからって、面倒ごとの七割はこっち投げやがったのさ、あの馬鹿がね!」
「いやそれを私のせいみたいに言われても。だいたいセツとだって合同依頼だったんだから――ん? あれ、なに姐さん、撤退準備してないの?」
「はあ? なんだいそりゃ」
「ちょっとセツ」
「あーいや、オレが来た時からこの調子だったし、まだ話もあったから逃げるわけにゃいかねーだろ」
「不審なこと言ってるじゃないかい、どういうことさね」
「明日、教皇庁潰すから」
「……」
「おい、だからまだ話もあるって言ってんだろ。相変わらず本題から入る女だ」
「だって言わないと怒るもの」
「――なんでとっとと言わないんだいこの子は! 大急ぎで店仕舞いさね、まったく!」
こうなるから言わなかったんだと、カウンターに肘をおいた小夜は吐息を一つ。
「サギはきっちりし過ぎなんだよ。錠戒を潰すのに、連絡も行かねーよう封殺すっからこうなる。そりゃ強行軍、明日になりゃ十二日だけどな。どうせ潰すのは夕方からなんだろ? 半日は猶予ができてんじゃねーか」
「私は、どうしても先に先に終わらせたくなるのよ」
「英才教育のたまものだな。……ローマの紅月はどうだ、サギ」
「ん……それは、ローマの夜はどうだって聞くところじゃなくて?」
「似たようなもんだろ」
「さすがに吸血種は近寄ってないけれどね。巨人族の縄張りはもうちょい遠いし」
――けれど実際、紅月が発生してからというもの、ずっと表舞台には出てこなかった人外、あるいは人と獣との混血種も名前を聴くようになった。それは最初からいたのか、それとも紅月の存在によって否応なく表に出されたのか、あるいは――発生したのか、それはまだわからない。
「ああ……大元はともかく、細かいのは同族にやらすのも手か」
「なに、呼べるの?」
「勝手に集まってくるだけだ。オレは何もしちゃいねーよ」
「まったく、ちゃんと血を飲みなさいよ。快じゃないけれど、文句の一つも言いたくなるわ。なに、ここ二日くらい大げさじゃなく死に体だったじゃない」
「あー? べつに、血を流さなけりゃ最低限で充分だろ。体内循環させときゃ、外部から摂取しなくても保てるしな。多少は薄くなるけど、さすがにオレだって限度くれーは知ってる」
それでも。
パック一つほどを飲み干した小夜は外見こそ変わらないものの、魔力の流れだけをみれば三倍以上の強さと量がある。
それでも。
「現状、二割ってところでしょう」
「三割――には届いてねーな。そんくれーになると、ちょい髪先に金色が混じる。夜間でも発光するくれーだし、面倒なんだよな。ただま、予備に三つほど貰ったし、サギがやるなら見せてやるぜ」
「ああ、対価ね? いいわね、そうしましょう」
「つっても全開にゃほど遠いけどな」
「したことあるの?」
「ん……まだだ。せいぜい七割か八割ってところだ」
「その辺りはベルと一緒ね。その時を楽しみにしてるわよ」
「サギは関わらねーのか?」
「状況がどうであれ、私は観戦に徹するつもりよ。――感情が先走らなければ、ね」
「もったいねーな……」
「私は魔術師だけれど、戦闘は領分じゃないのよ」
「そうなんだよなー」
ああ納得してくれる、これはこれで嬉しいものだ――などと鷺花は二度ほど腕を組んで頷き、カウンターの椅子に腰かける。兎仔のレベルになっても、肯定してもらえないのだから困ったものだ。
「お? 格納系の術式反応だろ、これ」
「そうね。どちらかといえば格納より圧縮に近いかしら。私の〝
「あー、あれか。以前レインとやってた時の、最終安全装置に使ってた完全隔離のやつだろ。あれもやっぱ名前つきか」
「いや完全封印式にするなら〝コキュートスの
「どのくれーだ?」
「三百ちょい、だったはず。実際に術陣の量が魔力消費量と直結するわけでもなし、それだけ面倒な構成をしてるってだけなのよ」
「オレに言わせりゃ、五十以上の術陣を組み合わせること自体がおかしいぜ」
「え? 普通の術式と同じように連結式で繋ぐだけじゃない」
「簡単に言いやがる」
「けれど実際、儀式の補助陣と似たようなものよ」
「そういう感覚でやってんのか……」
「あ! ちょっとリーリン姐さん! 空白容量のある宝石あったら二つちょうだい!」
ちょっと待ってなと奥から声があり、数秒後に二つほど放り投げられる。親指の第一関節、およそ二センチ弱の宝石だ。
「というかダイヤ……ま、いいけれどね。よっと」
「情報式か」
「確認ね。で、構造式に変えてやってから術陣を組み込んでやる――と、これが私の基本」
「エミリオンの手法じゃねーか」
「そりゃ私が最初に見たのがじーさんの刃物創造だったんだもの、影響は受けるでしょ。どうする? ロックかける?」
「てめーのイヤリングと似たような感じにしてくれ」
「嫌よ。それ、私の薔薇を解析できるようにさせるようなものじゃない」
「だから、似たようなって言っただろ。難易度が低いなら、単なる電子データと同じじゃねーか」
「そう……でも、そうね。とりあえず参照経路を二つ用意しておくわ。片方は防壁で固めておくから――んんっと」
どうしようかしらと言いながら、小型の術陣を順次追加してく。目の前で五十を越えると、横に重なった術陣の群れがまるで円柱のようだ。
「どうせだからコキュートスの匣の劣化でも組み込んであげるわよ。黒薔薇のよりは劣るけれどね……というか、こっちのはたぶん、セツやウィルの特性だと間違いなく壊れるし――っと、はいどうぞ」
「おー、さんきゅ。なんだ、両方とも一応プロテクトかけてんのな」
「そりゃほかの人に見られたくはないもの。それと装甲強化はしてあるけれど、基本的に攻撃術式を当てると壊れるだろうから、無茶はしないように」
「オレは紫陽花じゃねーんだぜ、するかよ」
「いやあんた、イラっとするとやりそうじゃない」
「…………あー、おー、わかった。気を付ける」
「まったく、二つ目はないわよ」
「あれだろ、イヤリングの方は魔術特性そのものを変化させねーと、きちんとアクセスできねーんだろ」
「外部からの干渉は、そうなるわね。もちろん、変化させたって既成事実そのものを発生させれば可能だけれど、現状では師匠とウェル、後はキースレイおじさんとマーリィなら簡単にできるんじゃない?」
「簡単にできたら困るんじゃねーのかよ」
「どうかしら。黒薔薇は、いわゆる外部記憶装置、ないし記憶補助みたいなものだから、ある程度のパターンや術式そのものの構成情報が蓄積されているだけだし、これを調べても実行可能とは限らないわよ? もちろん、見た人間がどこまで記憶できるかも問題ね」
「ソレを使えばいいじゃねーか」
「まあ、使えればね」
「サギがそう簡単に手放すわけもねーか」
「今のところは、だけれどね。なくても困らないようにするには、まだ時間が必要だから」
逆に言えば、その時間さえあれば不必要になる段階を踏める――その道筋が鷺花には見えている、ということだ。
「つーか、リーリンは何をとろとろやってんだ? 最悪、場所ごとどっかに〝移植〟しちまえばいいじゃねーか」
「そうよね――」
「何を無茶言ってるんだい、あんたたちは。そうそう簡単に距離を無視した移植なんてできやしないさ。スペースがあったとしても扱えないよ」
「で、終わったのかよ」
「まだ」
「ああ、ダイヤの代金にこれとかどう? 私が未熟な頃に製作した小太刀なんだけど」
「どんなだい――……サギ、厳密にはいつの製作さね」
「ええと、厳密にって言われると困るけれど、たぶん十年くらい前よ。空白容量まで作ってなかったのが未熟な証拠よね。構成も甘いし。ただ耐久度に関しては気を遣ってるから――」
「いいんだね?」
「え、うん、いいけど。なに、そんなに食いつくもの?」
「ばっか、サギの作品なんてのは初めて見るぜ? うちじゃ、そういう意味で価値がある。サギのファンも多いしな」
「なんだそりゃ」
「師匠の弟子って意味合いでしょ、どうせ」
「似たようなもんだ。確かに、代金としていただくよ。さあて、片付けをとっとと済ませちまうか――」
「撤退準備くれー最初からしとけよ……」
「あのな、こっちは前崎と違って店舗と工房が一緒になってんだ、そう簡単にいかないさ。ま、お前の手を借りるつもりはないから寛いでな」
「ふん。引っ越しってんなら、オレが転移させてやってもいいのにな」
「客に頼るようじゃ音頤も終いよ」
それもそうだと言いながら、小夜はいつもの香草巻きを咥えて火を点ける。
「で? サギは何の用だったんだ」
「挨拶と、さっきの宝石二つだけよ。セツこそ」
「オレも挨拶と、まー状況をな。昨日からちょいと慌ただしくはなってるらしいぜ。特にウェストミンスター大聖堂な。あれのせいで結構散らばっちまった」
「教皇庁は信仰だから、それ自体を失くすことが難しいのよ。とりあえずは大元を断って、残りは好きにさせるわ。在野の魔術師なら、協会よりも教皇庁の方が嫌いだろうし、その内に淘汰されるでしょ」
「信仰そのものが悪いわけじゃねーんだけどな」
「……そうね。それが盲信でなければ」
「あるいは政治じゃなけりゃな」
「セツ、私にも一本ちょうだい」
「十八になったか?」
「なったわよ」
もっともここはローマだ。ならば、イタリアの法に違反していなければ問題はないが。
「セツ……別れは」
「――慣れねーよ」
ぽつりと放たれた言葉に、小夜は即答する。
「つーか、慣れるな。諦めるな。ま、そんくれーのことは知ってんだろ」
「知っているというより、きちんと弁えてるわよ」
わかっている。
小夜がそうであるように、鷺花もまた人とはずっと別れを迎えていく方だ。生き続けるということは、みな先に死ぬのだから、想像は容易い。
だから、別れに慣れるのか?
だから、諦めて感情を殺すのか?
だから、人と関わらないようにするのか?
違う。
だからこそ、相手が生きている内にできる限りのことをするのだ。
「それでも思わずにはいられないわよ。もっと――何かができたんじゃないかって」
「そりゃこっち側の特権だろ。……別れを告げる側が満足なんかできるわけねーだろ。そうやって繰り返して、次につなげばいいだけじゃねーか。オレみてーに、慣れも諦めも通り越して、すぐに思い出にしちまうよりよっぽどマシだ」
「そうかしらね……」
「死にざまだけを確認して背負ってる馬鹿もいるし――ま、殺すのと死ぬのじゃちょい違うけどな。雨の倅だって同じだろ」
「――」
「その反応、知ってんのか」
「知らない、ではいられないわよ。そりゃ私だって戦場で殺しはしてきているけれど、状況が違うものね。だからといって、これから死に赴く相手に対して――どうでもいいから生きて、なんて我儘を通すほど子供じゃない」
「子供じゃない、ね。オレに言わせりゃ、てめーはもっと我儘を通せよ」
「これでも、そうしているつもりだけれど」
「子供みてーな我儘を、だ。そりゃオレが言える台詞でもねーけどなあ」
「環境というよりも、紫花がいたし、私はどうしても雨天にはなれないとわかっていたから、そういう部分の影響が大きいのよ。屋敷に入ってからじゃないわ」
「それも含みで、なんだけどな……」
わかっている。
このタイミング、この時期に。
まるで人払いをするかのように、屋敷から人を外したのは。
それが意味するところは。
「やっぱりそこんとこなんだろ。サギがエルムの考えを納得しきれねーのは」
「まあ、ね」
地水火風天冥雷の一つ、風に
嫌だと。
離れたくないと。
そう言えない鷺花は、感情を持て余す。
厳密には持て余すというよりも、押し殺すのでもなく、ただ。
「わからないのよね――いや理解もしているし、当事者同士が納得してるのに口を挟むのは問題外。けれど私自身が納得できない理由もわかる。そこまで理解しているのに、どうすればいいのかわからないような」
「不安か?」
「不安定、かしらね。安心はしていないとは思う」
「それでも手を貸してんだろ」
「やれることをやら……――ああ、そうね。わかったわ」
ようやく、気付く。
「私は――後悔したくないのね」
「はは、そういうことか。けどま、やっぱそりゃ無理だろ。後悔なんてのはずっとついて回るもんだ。さっきも言ったけどな」
「それでも、やれることをやるしかない。そうでしょう?」
「何もできねー別れもあるけどな。アイの馬鹿がそのくちだ」
「アイギス・リュイシカね」
「オレにとっちゃ誰でも似たようなもんなんだけどな。――そういや、紫陽花はどうした?」
「どっちの意味で?」
「既知感を除去してる術式の意味で」
「あっちも展開してるわよ? 私が追尾する形式になるからどうするって聞いたら、解かれるのヤだってゴネられたから」
「紫陽花らしいな……」
「――この際だから聞くけれど、ウィルとは付き合い長いの?」
「長いっつーか、快と同じだな。数日くれーは紫陽花のが長いってくらいなもんだ。オレがまだ蒼の草原にいた頃の話だから、鷺ノ宮事件より前からになるのか」
「ウィルにせよセツにせよ、随分年齢詐称してるのね。確か今、私と同学年扱いでしょ?」
「学園の話なら、そうだぜ。適当に留年してっから気にするな。そもそも、登校なんて用事がある時しか行ってねーし」
「どういう知り合い方?」
「ん? オレが草原からちょくちょく外に出るようになったら、妙な違和感があってな。まあ結果からしてそいつが既知感だったわけだが、ある小学校の図書室に潜り込んで本でも読んでやろうとしたら、紫陽花がいた」
「最初から険悪だったわけ?」
「ツラ合わせた当初はそうでもねーよ。三日目くれーにお互いに殺し合おうとして失敗して、血だらけで対峙してたら快が来て治療って流れか。以来の付き合いになる」
「ふうん……そういう話は初めて聞くわ」
「当時は術式の使い方も甘かったけどなー。お互いに殺したくて鍛えたってのも間違いじゃねーし」
「ベルに逢ってからは?」
「あー、ほとんど実践だったな。あれこれ仕事やらされて、んで認定試験を取ろうって段階になったら紫陽花とブッキングしちまうし」
「ウィルの顔がだらしないのも昔から?」
「そりゃそーだけどな、あいつが真面目な顔するなんてのはろくでもねーことが起きるから、見ないことを幸運だと思っとけよ。いや、紫花に対しては随分真面目らしーけどな」
「たぶん私より紫花の方が付き合いあると思うけれどね……」
「野郎どもも、もうちょいと張り切ってくれねーと困るんだけどなあ」
「鷹丘少止は?」
「火丁がいねーと駄目な癖に、火丁がいるから駄目なんだよ」
「若い世代を引っ張る人間がいないってのは、デメリットよね」
「サギ、そういうやつを育成するってのはどうだ」
「今からじゃ遅いし、あんたたちが旗印になってる限りは大丈夫でしょ」
「――旗印といや、
「ああ。あの子は無自覚なまま、そろそろ野雨に落ち着くとは思うけれど、そのための手配を師匠がしてるんじゃない?」
「頼むからオレがいる時にして欲しいもんだぜ。エルムと陽ノ宮ひなたとの子だし、どうであれ一波乱あるだろ」
「あったら、介入する?」
「いやオレが介入できる物語なんてそうそうねーだろ。端役を振られたって傍観者に徹するしかねーし」
「セツが介入した時点で物語は空中分解だものね」
「もうすぐだ、残りちょっとの我慢くれーどうってことはねーさ」
「現状でどうなのよ。殺せる?」
「あー……聞くな」
「そうよね。私も……せいぜい確約できるのは生き残るのがせいぜいってところ」
「あ? ベルとの仮想戦闘組み立てたことあんのかよ」
「こっち系にいる人を相手になら、してない人の方が少ないわよ? まあ想像力の足りない相手もそれなりにいるけれど」
「想像力が足りねーってんなら、お前がそうなんだけどな。実際、紫陽花とまともにできる話し合いって、お前の攻略だったりするし」
「ちょっと、やめてよ」
「いや手の内が読めねーし、仮にも雨天の血筋だから余計に厄介なんだ。こっちは空間転移と伸縮指向だけだぜ? そりゃほかにも術式はあるけどな、戦闘じゃそういうわけにもいかねーし」
「うーん、私も最大戦闘してないし何とも言えないわよ」
「それもそーか。あ? ESP保持者とはどうなんだ?」
「あれも結局、人の領域から逸脱していないもの、何とでもなるわよ。べつにこっちがESPを使わなくとも、ね。知ってる相手は転寝(うたたね)午睡(まどろみ)くらいだけど」
「ああ、一時期は紗枝の護衛もやってたな。本業は運び屋だろ? アイギスを追ってて発見した」
「芽衣と?」
「何かの仕事で共闘っつーか、まあ運ばれたらしいぜ」
「縁はちゃくちゃくと合ってるようね。誰の仕業でも芽衣の資質でも、どっちでもいいんだけれど」
「オレとしちゃ後者を期待してーところだ」
「血の気が多いわねえ……」
「べつに――お、リーリン、終わったか?」
「まださ。そら、珈琲を持ってきてやったんだよ、飲むといいさね。うちも一息よ」
それにしても物騒な話をするもんだと、カウンターに頬杖をついたリーリンは苦笑する。
「ちょいちょい聞こえてたが、こんな場所でする話じゃないさね」
「そ? そんなに大層な機密、あったかしら」
「あったら口止めするだろ」
「それもそうよね。物品の圧縮準備とかしてなかったの、姐さん」
「してたさね。でも急にとなりゃ、それなりに準備もいるのよ。だいたいうちは――ん? 外、ちょいと騒がしいんじゃないかい」
「気にするな」
「気にしないで。夜が騒がしいのは当たり前じゃない」
「落ち着いてるもんだね、あんたらは……」
「外のに害はねーよ。オレがこれから何をするか興味津津で集まってきてるだけだ。オレがローマ入りした時点で探りを入れてんだよ」
「なんでさね」
「は? そりゃオレが吸血種だからだろ。吸血鬼狩りは教皇庁の特許みてーなもんだ。敵地に堂堂と入ったなら何かあると、同種なら思ってそりゃ集まってもくるわな。――とはいえ、オレがどの程度やるか、あいつらは知らねーけどな」
「知らないから見に来てるんでしょ。結果を示せば勝手に残党狩りしてくれそうだから、私も傍観者に徹しているけれどね――」
「サギに手を出すようなら終いだな。だからま、気にするな」
「面倒だねえ。うちらと違って厄介を抱えているわけだ」
「ん……なんだ、上質の珈琲だぜ、おいサギ」
「そうねえ。ゴーグのところとは大違い」
「うちだって一端の女さね。休憩を効率的に取れなくっちゃ作業も進まないってもんさ。おっと、こっちの糸も回収しとかなくっちゃねえ」
「客の撃退用か。リーリンもそれなりに糸が使えるんだろ?」
「うちなんて、大したことはないさ。未熟な――チガヤだっけか? あれと似たようなもんさね」
「サギはどの程度使えるんだよ」
「んー? 糸はまだ練習してるんだけど」
テーブルにカップを置いた鷺花は店のあちこちを歩いて剛糸を六本回収し、素手のままそれを操りながら戻る。操るとはいえ指先が跳ねるように動くだけだ。
「十本までならとりあえずはこの程度で」
糸と糸を絡み合わせて蝶の細工を作り上げる。それから兎、蝉、猫と姿を変えた。
「この一度解いてからの組み込みが面倒なのよね。どの部分の形状を残すかの判断が」
「――やるさね」
「そう? 私に言わせれば実用段階じゃないわよ。はいどうぞ」
「ありがとさん」
糸の先を受け取ったリーリンは苦笑しつつ、リールにまとめてしまう。さすがに手慣れたものだ。
「それで、なにか作戦はあるのかい」
「は?」
「えーっと……なんの?」
「明日にでも教皇庁を攻めるんだろうに」
「そうだけど」
「作戦なんて必要あるか?」
「ないわよね。たかが教皇庁を相手に、準備なんて必要ないじゃない」
「……恐ろしいことを言うんだね。あんたらを止めようと思ったら、どうすりゃいいんだい。協会の連中でも集めろってか」
「え?」
「昨日にもう壊滅させてきたぜ。半日も持たなかったし、オレは何もしちゃいねーし」
「じゃどうしろってんだい」
「私を止めるならセツかウィルが出張ればいいじゃない」
「オレを止めるには快を説得するくれーか?」
「あとはベル」
「ああ、確かにベルが出てくるんなら理由はどうであれ止めるな。実力行使で止めれる――お、エルムでもできるか」
「百歩譲って師匠なら」
「……ほかにはいないのかい」
「おい、この女、妙に面倒な注文してるぜ。どうする」
「どうするって……私としては戦闘狂愛者みたいな扱いが気に入らないのだけれど」
「そうじゃない、そうじゃなくて、あんたらを止めるにゃどうすりゃいいかって話さね」
「……」
「あー、オレも紫陽花も混ぜるとなると、やっぱベルくれーしかいねーんじゃね?」
「そうねえ。けれど今回みたいに、よっぽどのことがなければ一緒に行動なんてしないし。けどセツやウィルを止めろって言われても私は基本的に断るし」
「音頤の戦闘レベルはそこそこだけど、せいぜいC指定だしなー」
「利用者にもその程度のレベルは求めてるんでしょう?」
「うちはそうでもないさね。特に先がある連中には先行投資もいいからね」
「なるほどな」
「そういえば姐さんは後継ぎいるの?」
「いるさ。まだまだ育ってる最中で表にゃ出さないけどね」
「そう――おっと、そろそろ戻ろうかしら。セツは?」
「ん……おー、んじゃオレも戻るか」
「お邪魔さま。あと、姐さん。明日は一応見届けてから移動ね。だいじょうぶ、すぐに影響はないから」
「ま、サギがそう言うんなら従うさね。見届け役にゃならないかもしれないけどねえ」
そうではない。
本当は、そういう意味ではなく。
――それを。
ただ、見逃して欲しくないだけなのだ。
これから起きるだろう、そのことを。
少なくとも音頤機関の人間は、全員でなくとも、知っておくべきだと思うから。
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