05/10/09:00――鷺城鷺花・魔術師協会の終わり

 戦闘衣ドレスを羽織る。

 昔からの習慣になってはいるものの、行為それ自体が久しぶりというのも妙な感覚だ。どんな服装よりもしっくりと来るのに、懐かしみを覚えるような。それほど遠ざかってはいないのに、今を実感したような。

 ――感傷ってわけじゃないけれど。

 ただ必要なものだとは思う。これは自分の存在証明を己へするためのものだと。

 朝食を終えて一息を入れた後、一度自室に戻って着替えた鷺花は改めて室内の様子を見渡して変わりないことを確認してから屋敷を出た。けれど敷地を出る前に一度、屋敷を振り返る。見るのは二階、左舷側――カーテンがしてある、エミリオンの部屋だ。

 昨日は夕食の後に深夜近くまでいろいろと話した。今までのこと、これからのこと、世間話やら何やら、今まで逢えなかった時間を――塗りつぶすように。

「おいサギ」

「ん、行くわ」

 けれど、それだけだ。

 それしか、できなかった。

 三人は並んで屋敷を出る。移動先は魔術師協会だ。

「つっても、本部があるわけじゃねーんだろ」

「今日ならシティホールで集会があるわよ。時期も狙ったんでしょうし、師匠が声をかければ必ずやるから。以前にレンと裏書庫に入った時は私が日程を知ってたから合わせたんだけれどね」

「なんだ、手を打ってあんのか。その集会とやらはどのくれー集まるんだ?」

「長老隠と、まあ、所属魔術師がざっと五百人前後」

「へえ、そんだけ潰せばいいんだ」

「乱暴なことを言ってんじゃねーよ、てめーは」

「え? 違うの?」

「違わないけれど、とりあえずは私が主導するから何もしなくていいわよ。というか協会と教皇庁……ん、いや、教皇庁は時間が足りないか。ともかくどちらにせよ、私一人でも問題ないし。単に私の名があっちに通ってるから、結果的に私がやったってことを避けるために、二人に同行してもらってるようなものでしょ」

「んじゃ楽なもんだぜ」

「えー退屈……」

「本当に違う反応するわよね、あんたたちは。協会絡みの仕事とかしなかったわけ?」

「潰したのならある」

「オレはねーな。面倒なことは避ける」

「それですずのみ……清音きよねさんに投げてるわけか。嫌な顔されるでしょ、セツは」

「慣れたもんだけどな。お前みたいに隠居生活じゃねーんだよ」

「いいよねー隠居生活」

「べつに前線を退いたわけじゃないけれど……まあいいわよね、隠居生活」

「駄目だだめだ。てめーが隠居しちまうと後進がきちんと育たねーだろーが」

「え? 私の立ち位置ってそこなの? そりゃ楽しくはあるけれど」

「どうしたってオレや紫陽花じゃ育成なんてもんはできねーからな。そりゃ一人くれー後継者を育てるってんなら、まーいつか、どっか遠い日にやる時がくるかもしれねーけど、そりゃオレを殺せる馬鹿が出てきてからの話だ」

「その時が楽しみでわくわくが止まんない!」

「うるせーぞ紫陽花、てめーが死ね」

「はいはい、見えたわよ」

「やっぱ近いな……当時はエミリオンの馬鹿さを笑ったもんだが、ま、あいつにとっちゃどんな場所だって変わりはねーよな」

「そうなのよね。本当、刃物のことしか考えてないんだから」

「その台詞だけ聞くと楽しいなあ」

「楽しくはねーだろ。つーかこっちの業界じゃ結構いるじゃねーか」

「前崎もそういう傾向よね。じーさんに師事してたこともあったっけ」

「師事っつーよりは、頼み込んで邪魔してただけだろ。――あ? 戦闘衣じゃねーか。どうすんだ」

「荒事だもの、一応よ。あ、それとあんたたちも防衛くらいは気にしておいてよ。まあ、私と違って常時戦闘状態だから問題ないでしょうけれど」

「なあに言ってんの、この子」

「常時ってんなら、サギだって同じだろーが」

「一緒にされたくはないわよ……とはいえ、私はともかくも二人の術式を分析したことはないし、戦場を一緒にしたことも基本的にはないものね」

「戦場に出るようなことはねーよ」

「だいたい、誰かと一緒にやることもないしねえ」

「本当に個人主義というか何というか、あんたたちは……」

「なに呆れてんだてめーは」

「そうそう、ぎっちゃんだって同じじゃん」

 同じ――か。

 同一であることと、同列であることは違う。

「ああ、ウェルに言われたんだっけ……」

「あー?」

「いや、私が……全力で戦闘できる場所がそもそもないってことをさ」

「昔っからの問題だけどな。一時期はソプラノが主体になって戦場を作ってたんだけどな、今じゃもうねーし」

「もしかして〝世界〟を創ったの?」

「器だけな。内部は確か咲真が手助けしてたはずだぜ」

「ああ、世界に対して〝意味〟を与えたのね」

「一度だけ入ったことあるけど、――だぁめだねえ、あれは」

「ベルだって四割で壊れるって言ってたっけな。オレもさすがに全力戦闘ではできなかったし、今あったとしても鷺花じゃ無理だろ」

「どのみち、理由がないわよ」

「そうなんだよなー。それが問題だ」

 理由が、ない。

 目的があっても、それが理由にはならない。

 お互いに切磋琢磨をする間柄でもなし、けれど同列ではないだろう。

「ないけれど、そうは見てくれない……か。あんたたち、ほかの後継者と逢ってる?」

「それなりに」

「たまにー」

「ああウィルは別に答えなくてもいいわよ。暇があると紫花しかで遊んでるし」

「違うよお、紫花と遊んでるんだもん」

「どうだか――と、到着。じゃあ行こうか」

「真正面から、堂堂とかよ」

「隠れててもしょうがないでしょ」

 入り口から一歩を踏み出した瞬間に鷺花の足元に術陣が出現し、それは広がって消える。左右を歩く二人はそれを感じながらも態度には見せない。

「――あらら、受け付けは誰もいないのねえ。ま、いいか。上ね」

 一歩、一歩と踏み出すたびに術陣は展開する。さすがの小夜も階段の辺りで吐息を落とした。

「おいサギ」

「嫌よ」

「まだ何も言ってねーよ」

「これ対応しなきゃ駄目かなあ」

「なんでオレら二人まで対象に入れてやがるんだ。解除すんのも面倒じゃねーか」

「嫌よ。面倒ならそのまま放置すればいいじゃない」

「できねーよ」

「相手がぎっちゃんだもんねえ」

「そりゃ私の台詞よ。セツとウィルを相手にして除外するとか、どうかしてる。あんたたちが一番危険じゃない」

「その癖に、既知感を解除する術式は継続中じゃねーか」

「馬鹿……危険だから継続してるのよ――と、あら、なに、学習したのかしら。ちゃんと結界が張ってあるじゃない」

「はっ、この程度ならみやこどりだってできるぜ」

「そうよね。この程度なら確かに、とっとと壊滅させた方が楽そうだけれどね――やれやれ、〝蝸牛の迷宮マイマイ〟」

「おおう」

「――へえ、あの時とは逆だな。外からの侵入じゃねー、中からの脱出に対しての迷宮かよ。やるじゃねーか」

「このくらいのことで褒められても、ね」

 ノックのつもりで拳を軽く扉に当てると、勢いよく中側にはじけ飛んだ。そして、踏み入れる。

 ――魔術師の領域に。

「さて、久しぶりと言うべきかしら。それとも初めまして? ――どっちでもいいか」

 ざわりと周囲が波立つ。けれど言葉は放たれない、ただ警戒の気配なのはわかる。

「私の声を聴いているようで何より。ああ、返答はいらない。これは通告よ」

 ふいに、ホールの半ばほどで足を止めた。小夜と紫陽花は、その行為が相手に準備――猶予を与えるものだとわかって、揃って吐息を落としたが知らない振りだ。

「今日、魔術師協会を壊す。冗談ではなくね。つまり――なあに、まだ説明途中よ」

 長老隠は五名、その内の二名の首から上がごとんと、床に落ちた。単なる切断術式だが、たとえば佐々咲七八が使うように切断という現象を放出したのではなく、相手の首に直接切断現象を発生させたものだ。

「見ての通り、私に手出しをしたら殺す」

 やれやれと言いながら鷺花は再び足を進めた。

「どの程度を手出しと決めるかも、私が決める。けれど殺戮がしたいなら、こんなふうに顔は出さない。だから――そうね、今から八時間後の正午ちょうど。その時間までに私を殺すか、それともこの場から逃げ出すことができたのなら、見逃してあげる。けれど正午になってもこの場にいる人間は全員殺す」

 ホールの中央に降りた鷺花は残り三人を一瞥し、机を蹴り飛ばして移動させると、その上に腰を下ろした。

「後は――そうね、ああ、名乗りを忘れていたかしら。私は鷺城鷺花よ。エルムレス・エリュシオンの弟子にして同じ〝魔術ルール〟の特性を持ってるわ。それとこっちの二人に関しては、私より厄介だから気をつけなさい。対象を私からこっちに向けた時点でどうなるかは知らないわよ」

「名乗ってもいいぜ? オレは〈瞬刹シュンセツ〉だ」

「〈朝露の花ウィルフラウ〉でーす」

「ま、そういうこと。ああ、重要なことが一つ。質問は一切受け付けない、会話もするつもりは一切ない。十秒後にこの中央部分だけ音の隔離をするから、そっちは好きに話してなさい。もちろん、――中に入った瞬間に殺すわよ」

 残った三人が一秒も待たずに中央から出た。それを見た鷺花はぱんと両手を合わせ。

「じゃあ、――殺し合いを始めましょう」

 ざっと五百枚以上の術陣を広範囲展開グランドハウスし、テーブルから降りて椅子に座った。

「おー、逃げる逃げる」

 ぱちぱちと手を叩きながら紫陽花も小夜も手近な椅子に腰を下ろし、小夜はテーブルに足を放り投げて煙草を取り出した。

「なんつーか、無駄だってことを確認しなきゃわからねーってのも問題だろ。つーか名乗り、よかったのかよ」

「いいのよ。ここから逃げ出せるヤツはもう、――正気になれないから」

「壊れるか狂気になるか、か。どっちにせよ、それでも周囲に殺されず生き残るようなら、そのくれーの情報は与えてやってもいい――なんだ、褒美みてーなもんか」

「そういうこと」

「ねえぎっちゃん、展開した術陣、多すぎない?」

「ああ、ここにいる全員の特性に符号したもの全部よ。これで打破できるかどうかは、やってみないとわからないけれど、初撃を回避できるようなら見込みがある――けれど、まあ、それだけのことよね」

「おい、耳のイヤリング、起動しねーのか」

「必要ないじゃない。これは戦闘補助の役割で」

 今この場で戦闘になんかならない――鷺花は、そう言って鼻で一つ笑った。

「ほら見なさい。長老隠なんて呼ばれてて、このザマよ」

 三人。

 残りの三人。

 それは予想できていた。何故ならばこの場において実力者とされる三人が最初に動かずに留まる、ましてや逃げることなどできない。だとすれば、この結果は必然だ。

「酷い女だって思う?」

「思わねーよ。魔術師が安全なんて呼べる位置に居座ってられねーだろ。研究だってそもそも紙一重じゃねーか」

「命を代価にしてるもんねえ」

「本当、こいつらも組織の一員じゃなきゃ、もうちょっとマシなのに」

「ソプラノやエミリオンみてーに、か?」

「そういうこと。群れでも独りであることに気付いたのなら、出て然るべきだもの。だいたい――あ、そうそう、忘れてた。あんたたちが寝るもんだから」

 本当は行きのヘリで渡そうと思っていたのだが、つい時期を逸してしまった。

「はい、通信機。チェックは入れてるけれど動作確認はお願いね。解析して陥穽があるようならすぐ報告ちょうだい」

「おー」

「そだね、うん、そうする」

 受け取った瞬間、小夜はそれをどこかに転移させ、紫陽花は胸元に放り込んだ。そしてすぐに枠を出現させ、ほぼ同時にその名前を指で触れる。

 そしてすぐに。

『おーう、……動作確認か何か、か? ひ、暇じゃないぞ、うん。あたし忙しいから』

「うるせーな。まだてめーとサギしかいねーんだよ。ニャンコもいるけどあいつは除外。つーか、てめーが最初かよ」

「うさちゃん、元気してる? んー?」

『へえ、なるほどな、並列処理だとこうなるんか……ふんふん。こっち側に登録申請とかはこねえってことは、あれか。登録は個個じゃなく別個に一括でやってるってことだよ、な? ……いや待て、あたしじゃなく鷺城んとこに』

「私はここにいるわよ、兎仔」

『げ――いやちょっと、はあ? おい、あたし脱げばいい?』

「脱げ脱げ」

「下からだよ?」

「ちょっと、まずは下着からでしょう」

『脱ぐっ! ――ええええ!? そっち何してんだよ! 見る限りお前らそこ、魔術師協会の集会っつーか、うおっもう何人か終わってんじゃん! ぬ、く、くそう腕が引っかかった』

「本気で脱ぐのかよてめーは……半泣きか」

「全泣きする時はバスルームにこもるものね。それより兎仔、解析は進んだ?」

『……まだ一割くらいだぞ。つーか、マジで協会潰すのか。ついでに教皇庁もか? まあ、情報は止めておくけどな、どーせ鷺城たちがやったなんてことは出回らないよう細工してるだろうし』

「なんだトコ、てめーよくわかってんじゃねーか」

『いつまでも成長しねーと鷺城に見限られるからな。せいぜい生きてる内に、刹那や花ノ宮と並ぶくれーには、なんとかしてえぞ』

「うさちゃんはその前に、ぎっちゃんと並ばないとねえ」

『げ、順序としちゃそっちが先かよ。んで、あたしが手を出す仕事はねえんだよな?』

「今のところはないわよ。というか、ちゃんと表示枠の拡大も上手くいってるようね」

『ん、こりゃ刹那の方が指定してんだろ? 最初は顔くらいなもんだったが、今じゃ全体が見渡せるくれえにはなってるぞ。さすがに魔力までは届かねえか』

「面白れー機能つけてんなあ」

『おい刹那、急に視界を回すな』

「全体が見れたんだから感謝くれーしろ。……ん? ああそうか、紫陽花の方の情報も行ってんだったな」

『こっちはベッドに寝転んで映像浮かしてるから、楽なもんだぞ。というか鷺城は相変わらず動かねえのか』

「あら、私を動かせる相手がいるなら殺したりしないわよ」

『それもそうか……ああ、不動と言えば蒼凰そうおうの娘がいたっけな。連理れんり――だったか』

「え? なに、あの子、そっち系の仕事してた?」

『そっち系っていうか、依頼が舞い込んで……あたしと一緒に行動したんだけど、結果的に戦闘になっちまって、そん時に――不動の構えだったからな。ちょっと鷺城に似てたぞ』

 とはいえと、言葉を返す前に兎仔は自分でそれを言う。

『動かねえってよりゃ、動けねーんだろうけど、面倒なのには変わりねえ』

「……ま、いいことだよな」

『なにがだよ刹那』

「いやオレの方に仕事が回らねーのがいいことだなと思って。やっぱトコに回してよかったぜ」

『ってあの依頼、刹那が回したのか! やけに断れねーと思ったら……くそう』

「とりあえず服着たら?」

『下着まで脱いでねえし。よいしょっと……つーかそっち、放置しといていいのか? 鷺城のそれ、寛ぎモードだろ』

「さすがに付き合い長くて、よくわかってるねえうさちゃん」

『うさちゃん言うな。それに付き合いはそんなに長くねーし。ただ訓練してもらったからな』

「や、兎仔とは付き合い長いわよ? 実際に顔を合わせた時間と回数はそれなりにあるあから」

『そうなのか……』

「つっても最近だろ? まあオレらは基本、あんまお互いに近寄れねーしな。サギがまだガキだった頃ならともかく」

『は? ガキって……んな昔からの付き合いあんのか』

「四歳くらいでしょ?」

「あー、そんなもんだっけな」

『……ここ、同情するとこで合ってる?』

「オレにな」

「私もー」

「……」

『……』

「なんだその目は。サギまで。いや真面目に同情しろよ。どんだけオレがフォロー入れてやったと思ってんだ」

「それも仕事の内でしょ」

「……あのな」

「たいくつ。ねーぎっちゃん、ちょっと回ってきてい?」

「いいわよ。好きになさい」

「はーい」

 中央から客席側へ移動した瞬間、唇を尖らせた紫陽花は、うるさいと言って半分ほどの人間を軽く吹き飛ばしつつ、外へ出ていった。

「ウィルの、あの乱暴なの、どうかしてるわよね」

「良い方だぜ。サギの仕切りだから加減をしてるじゃねーか。そら見ろ、誰も死んでねーしな。その気遣いをほかにもしろっての。あいつ、サギには結構甘いんだよなー」

「セツだって似たようなものじゃない」

「そうか? そうでもねーだろ」

『甘いって次元がわかんねえし』

「え? 私だって兎仔には結構甘いわよ。いろいろと見せてあげてるじゃない」

『そりゃ世話にはなってるけど……』

「あ、そうそう、兎仔、通信切らないで。セツも。接続時間の試験よ」

『オーライ。で、そっちどうなんだ?』

「まだ始まったばっかだぜ。過半数は生きてんだろ……五百もいりゃ数えるのも面倒になる。そういや通信系は遮断してんのに、コレは通じてんじゃねーか。穴空けてんのか?」

「違うわよ」

『直接、形而界……上部構造に繋がってっから、魔力波動だとしても簡単にゃ封じることはできねーってことか。なあ鷺城、これって随分前から前崎に頼んでた仕事だろ?』

「そうよ。偉いわね、ちゃんと調べたようで何よりよ」

『あたしをなんだと思ってんだ……後が怖いだろ、ちゃんと調べる』

「頭の回転もなかなか良くなってきてるし、そりゃレインも負けるかー。そういやトコ、千本槍サウザンドデッド受けたか?」

『ああ……受けたぞ。あたしにとっちゃ二度目だけど、見るのと受けるのはやっぱ違うな。あれって鷺城が渡したんだろ?』

「そうよ。私も持ってるけど」

『――は?』

「だから複製を所持してるわよ。オリジナルには及ばないけれど、なかなかこれで、手が結構入れられるのよね」

「まったくその汎用性にゃ舌を巻くぜ」

「――嫌よ」

「まだ言ってねーだろ」

『……ちなみに何を言おうとしてたんだ?』

「そろそろオレや紫陽花を殺せるんじゃねーかって言おうとしたんだ」

「だから嫌よ」

『できねえとは言わないのか?』

「できる、できないの以前に嫌だもの。戦闘狂愛者ベルセルクじゃあるまいし……」

『お互いに利用する間柄ってやつか』

「似たようなもんだ」

「似てるけど違うわよ。兎仔にはわからないでしょうけれど、さっきから私の術陣解析に余念がないもの。ウィルは直接外の迷宮を確認しに行ったけれどね」

「オレらだって止まってるわけにゃいかねーだろ。正式に継いだわけでもなし」

『そうなのか?』

「おー。まあオレとベルにゃ契約があってな。オレがあいつに拾われて、こうしてんのもその契約があるからだ」

「そう」

『なるほど、なあ……』

「んだトコ、わかんのか」

『わかるっつーか、――ベルを殺すってんだろ。たぶん、ベルもそれを望んでる。だがまだ状況が整わない。違うか?』

「お前、もうフェイを継げよ。問題ねーから」

『問題はあるだろ……』

「んじゃこっち来い。てめーは影響で成長するタイプだろ。遊んでやっから」

『あのな、あたしだってこれ隠してんだから。……まだ早い。あたしが継いだら、師匠の立場がねーだろ』

「あってないようなものじゃない」

「フェイとコンシスはなあ、過信してっからなー。……お? いいこと思いついた」

「止めなさい」

『ああ、あたしもなんかすげー嫌な予感するから止めてくれ』

「いやマジでいい思いつき――お?」

「あら戻ってきたわね」

 ふらふらと唯一の出入り口から戻って来た紫陽花は額や腕から血を流しながら近づいてくると、中に入った途端に仰向けになって倒れた。

「あーもうやだー、一年分くらい疲れたー」

「おい紫陽花、いいこと思いついたから聞け」

「えー?」

「いやもうコンシスとかフェイとか邪魔だろ? オレとてめーでやらね?」

「あーうん、いい思いつきだけど、一年後で」

「ぜんぜん良い思いつきじゃないわよ……」

『マジで今は勘弁してくれ。あたしだってまだ師匠から学ぶことはあるんだぞ』

「あははははは」

「く――くっくっく」

『な、なんだ?』

「んふ……うさちゃん、それ、今じゃなければ別にいい――そう言ってんの気付いてる?」

『ああ、なんだそのことか。別にいいんじゃねえの? あの人がどういうつもりかは知らねーし、どうでもいいけど、あたしは都合よく利用してやるつもりだぞ』

「おい、……おいサギ、なあおい」

「なによ」

「お前の育て方間違ってねーぜ、これ」

「私は育ててないわよ。ただ訓練を見てやっただけ……ちょっとウィル、手当くらいしたらどうなの」

「深くないしだいじょぶ。額の傷って血ぃ出るしー」

「そういやオレ、最近血が足りてねーって快に怒られたところだっけか。……ま、音頤に打診すりゃいいか」

「ああ、どこ行っても輸血パックだけは在庫にしてるの、やっぱりセツだったのね」

「快がうるせーんだよ――と、そういやトコには話してなかったっけな」

『吸血種の血……じゃねえのか?』

「なんだ知ってんじゃねーか」

『アルレールに聞いた。ああつっても、ベルに逢いに来た時に、ちょっと顔を合わせた程度だけどな』

「ふうん、縁が合ったのなら良いことじゃない」

 薬指のアルレール――夜の王から切り離された薬指として生まれた、金色の吸血鬼。小夜はその血液を分けてもらっている。成長が停止しているのもそれが原因だろう。それゆえに厄介なものも抱え込んではいるらしいが。

幻想種ファンタズマと逢えるなら、やっぱ問題ねーだろ。フェイだって顔合わせしてるかどうか怪しいもんだぜ」

「してるでしょ? 当時はベルもいたんだし」

「知らねーよ」

『なあ、縁を手繰るのに効率良い方法ってあるか? いろいろと複雑すぎて挫折ぎみなんだけど』

「そりゃお前、時間かけるしかねーよ」

「そうね。私だってそれほど把握できてるわけじゃないし、そういう質問はブルーか蜘蛛になさい。答えてくれるとは限らないけれど」

『助言感謝。あー、なんつーか、あんたらとの会話は疲れるな……珈琲でも淹れるか』

「軍隊仕込みのクソ不味い珈琲かよ」

「泥水よりマシってやつよね」

「もう飲みたくないやつだあ」

『う、うるせえ、どうせあたしは珈琲も満足に淹れられねえ女だよ!』

「オレも似たようなもんだけどなあ。――お、半分くらいに減ったか? おいサギ、敵意の選別が厳しくねーか、これ」

「え? そうでもないわよ。だって感情面や行動における攻撃の指向性を読み取ってるだけだもの。ナイフを取り出してどう攻撃するか考えるまでは大丈夫で、じゃあ試そうかと一歩を踏み出した時点で発動するし、発動のタイムラグに二秒置いてるのよ?」

「どーなのうさちゃん」

『だからうさちゃん言うな。実際にこうして聞けば優しさに溢れているように聞こえるけどな、実際にやられると厳しすぎるぞ。まあ人数がいるから被害が出りゃ分析も進むし、対応を百手くらい考えるのがせいぜいか』

「少ねーな」

「過小評価でしょ?」

『いや鷺城の過大評価だろ……あたしは見た目通り――じゃねえけど、年齢としちゃ鷺城より下なんだぞ。まだまだ発展途上だ』

「まあそうね、いくら急いでも時間に比例する経験量はどうしようもない。実際にセツたちだってまだ成長してるわけ――こらっ、身動きしないからって私の黒薔薇に干渉しようとしない」

「えー」

「……ちっ」

「まったく、目を離す隙もありゃしない」

『火丁も言ってたけど、鷺城ってどこ行っても保護者なんだな……』

「うるさいわよ」

『時間に比例すると言えば、七八はどうなんだあれ。セツとはかなり昔から知り合いなんだろ?』

「おー、たぶんお前が生まれる前からな。あいつはどうも、頭の回転が遅い上に、抗うことを知らねーんだよ。フェイやコンシスと似たような気質だな。ま、根源は違うからそう嫌になることもねーだろ」

『嫌になる?』

「お前じゃなくサギに言ったんだ」

「ん? ああ、そうね。発想が貧困なのは問題だけれど」

『あー、そういや師匠とは逢ったとか聞いてるぞ』

「逢ったどころじゃねーよ。六十秒もしねー内に殺そうとしやがったから、オレが介入して止めてやった」

『おいおい』

「私を前にして、殺されるはずがないと確信してる馬鹿が相手よ? 封殺してやっても気付きもしないなら、――もう必要ないじゃない」

『まずい、今の納得しかけた』

「え? 納得したらだめ?」

「てめーもか紫陽花。いやオレだって似たようなもんだけどな、まだ使い道が残ってんだから生かしておけ」

『世代交代、か。こういう話ってのも悪くねえぞ』

「つーか、てめーらが遅いんだよ。トコだって今ようやくじゃねーか。オレらは八年くれー前からこんなもんだ、なあ?」

「そうだったかしらね」

「そんなもんだよ」

『化け物め』

 三人にとっては聞きなれた言葉だ。そんなこと、否定するまでもない。


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