04/03/11:00――鷹丘少止・最低限の繋ぎ

 入学式が終わって、教室の一番後ろで鷹丘少止は大きく伸びをした。

 市立野雨西高等学校、三学年情報処理科の一席だ。三年次編入の手続きなど、狩人である立場を利用すれば簡単に作ることができる。身分の詐称など実に簡単だ。実名であっても、雲隠れすることはそう難しくもないので、気にしなかった。

「よっ、お疲れ」

「ああ、田宮くん。お疲れ様。俺としては、そうでもないけど」

「そうか? はは、そりゃいい」

 やや陽気な少年は、気軽に笑う。真っ先に声をかけてきた人物であり、こう見えて芯がしっかりして落ち着いている。もちろん、狩人志望であることも情報として得ているが、口にするつもりはなかった。

「なにか質問は?」

「そうだね。俺としてはあれが、このクラスを受け持つ担任だってことが一番の疑問かな。特に外見が」

「景子ちゃんはなあ……」

 酒井景子は、体躯が実に幼い。ともすれば小学生でも通るんじゃないかと思うくらいで、そういう外見の人物を知っている少止としては、実際にそれほど気にしているわけではないが、ネタとしては活用できる。

「あれでも、ちゃんと先生なんだぜ。俺らが遊んでるだけで、信頼してる」

「ああ、うん、良い先生だってのは俺もわかる。朝に挨拶して、案内してもらった時に、そう思った」

「見た目はちっこいんだけどなあ」

「ははは。でも、ありがとう田宮くん。何かあったら頼るよ」

「学校の案内でもしてやろうか?」

「いや、とりあえず生徒会に聞けってことを言われてるから、いろいろ試してからにするよ。最初は右も左もわかんないし」

「諒解。んじゃ、気を付けてなー」

「わかった。背後から金属バットで殴られないようにするよ」

「そんなことが日常的に起こる学校なんてねえよ!」

 いい突っ込みだな、と受け止めた少止は、荷物を片手にして教室を出た。帰宅時間であるため、それなりに動きは早いが、部活動もあるためか、プレハブ棟などに移動する生徒も多い。もちろん、今すぐにでも帰宅する動きもあった。

 ポケットから懐中時計を出して時刻を確認し、まず少止が向かったのは校長室である。職員室の傍にあるためか、余計に人通りが少ない。顔は知っていても、逢いたいと思う生徒の方が珍しいだろう。もちろん、少止もまた、その珍しい部類になるのだろうけれど。

 やや強く、厚い扉をノックする。どうぞと声があったので、手で押して中に入れば、やや老いたイメージもある大山校長が椅子に座り、やや驚いたように目を丸くしてから、老眼鏡を鼻の先にずらした。

「失礼します」

「うん、どうぞ。君は――」

「本日、三年次へ編入した鷹丘少止です」

 扉が、背後でしまった。それを一瞥して、人通りがなかったのを最後まで確認してから、扉の傍にバッグを置き、足を進める。応接用ソファには目もくれず、ノート型端末のやや横に立った。

「聞いているけれど、なにか?」

「私の事情と、置き土産を」

「……? どういうことでしょう」

 少止は制服の内ポケットからカード入れを取り出し、その中の一枚を校長のデスクに置いた。

 アンモライトでコーティングされた一枚のカード。表記にはランクD、そして〈足音ステップビート〉の文字がある。

「これは……」

狩人認定証ライセンスです。これからの言葉に、信憑性が生まれるだけの道具ですよ。私が編入したことには目的がありますが、しかし、学校そのものが目的ではありません。表向き、いや、裏向きにもですが、私は――おそらく、数日中に姿を消すでしょう。その後、正規の中退手続きが取られます」

「それは――、たとえば、アリバイ作りのようなものと捉えても構いませんか?」

「そうです。居合わせたコンビニの店員は、私が客としてきたことだけを証明する。けれど、購入したものを答えても、何をしていたのかと問われても、買い物に来ていたとしか答えられません――が、多少の事情は話しておいた方が良いと、私は判断しました」

「なるほど。――どうぞ、こちらはお戻しください」

「アンモライトのコーティングです。それが許されるのはランクB以上の狩人であり、その子狩人チャイルドのみ。調べれば情報も出てくるでしょう」

「……どうして、とは問わない方が良さそうですね」

「個人的な事情になるので、その方が助かります」

「わかりました」

「ありがとうございます。しかし、事情を明かした以上、迷惑をかけるゆえ、勝手ながら対価を用意しました」

 カードケースを戻し、今度はフラッシュメモリを置き、差し出す。

「……これは?」

「この中には――」

 数日前、ビルに忍び込んだのは、これを得るためでもあった。

「――ここ、つまり野雨西高等学校における不正経理の証拠が入っています」

「それは……」

「ただし、教頭を挙げるだけの証拠にはなりません。言い逃れができてしまう。しかし、私がこの学校を〝中退〟した時には、逮捕状が正式に出され、学校にその手は伸びます。その際の対応までは、私の管轄ではありません」

「……――そして、あなたは、この学校に一時編入していたのは、この犯罪行為を挙げるためだったという、大義名分を得る。そういうことですね?」

「そうです。迷惑でしたか?」

 問えば、少しの間が空いて。

「いえ……受け取ります」

 そうですかと、大して気にした様子もなく少止は頷き、背を向けた。

「以上です。要求はありません。追及もありません」

 質問もありませんと言って、鞄を片手に少止は退室した。個人的に大山校長という人物像については、関わりたいとは思わないが、昔からその姿勢を評価している。だからこその土産でもあるが、さすがにそれを説明する気にはなれなかった。

 階段を上がって生徒会室へ行こうとするが、その途中で携帯端末を持った花刀かたなと逢った。ワンピースで可愛いと評判の制服だが、生徒会役員である証明の、白色の制服だ。

「花刀さん」

「ごめん、少止。先行ってて? ちょっと時間かかるかも」

「ああ、うん、諒解。いや、俺を気にせずにしてていいよ。昼飯もあるし」

「ありがとう」

 と、まあ、こうして気軽に話せるような間柄にはなった。初対面でカマしたこともあって、それなりに警戒を表に出されたが、そこは自業自得。かといって名誉挽回しようと躍起になったわけでもなく、解決したのは火丁あかりの性格だろう。いわば仲介役のような形になり――それも予想していた――それなりの関係を築くことができている。加えて、あとから入寮してきた橘ここのも、すぐに馴染んだ。

 どうせ数日間だけだと、半ば切り捨てていたのも事実だけれど。

 生徒会室の入口を横へ開けて、中へ入る。もちろん、失礼しますと声を一つかけて。中にいた男子生徒は、やや驚いたような仕草を見せるものの、笑顔を張り付けたままの顔で、いらっしゃいと言った。ほぼ真正面にいる小柄な少女と同じく、白色の制服なので役員なのだろう。ちなみに、少女はテーブルに突っ伏して眠っている。

 扉を閉め、入り口に鞄を置く。この作業は先ほどもやったが、大した意味はない。扉がちょっと開けにくくなるだけだ。

「花刀さんとちょっと話があったんだ。俺は、三年次に編入してきた鷹丘少止。ちょっと待たせてもらってもいいか?」

「ああ、構わないよ。仕事の説明もなく、すぐに出て行ってしまったからね、花刀さんは。けれど……」

「ん、なに?」

「いや、どこかで逢ったことでもあったかな。なんだか、そんな気がして」

「ああ」

 そうだなと言った少止は苦笑して、小さく吐息を落とすようにして目を閉じ、開く。

「――てめえの間抜けなツラを見るのは、楽しいんだけどなあ?」

 がらりと変わった雰囲気。犬歯をむき出しにしていやらしく笑い、上から目線で見下して、口汚い言葉を使う、鷹丘少止がそこに居る。

「思い出したか久我山茅くがやまちがや。同じ東洋人だ、外見が同じに見えるなんて言い訳は通用しねえぜ?」

「――、君か、三○四サンマルヨン

「なんだ、棺桶に名を明かした覚えはなかったけどなあ?」

 それは嘘だ。取引の際に名乗ったこともある。

「何をしに来たんだ」

「はあん? つまり、事情もわからねえクソだと、てめえはここで証明されたいわけか? ははは、とんだ間抜けだな、糸使い」

「――うるせーよ、影踏み」

 欠伸が一つ、頭を掻きながら潦兎仔にわたずみとこが躰を起こす。

「こいつが間抜けなのは今に始まった話じゃねーよ」

「兎仔さん」

「はっ、だったら手遅れだな。俺にゃ関係ねえ……と言いたいところだが、鷺城鷺花の名を貶めるようなクソッタレになってもらっちゃ、困るぜ、おい。いや、そいつはお前も同じか」

「……お前、鷺城と面識があったっけか?」

「ねえよ。あったとしても、お前らのように正面から〝対峙〟することはねえ」

「へえ? 鷺城が魔術師を見逃すとは思えねーけどな」

「見逃しはしねえよ。あのクソ女はまず相手に合わせる――ンなこたあ、お前らがよく知ってるはずだ。で? どうなんだコウサギ、俺と〝影踏み〟を鷺城がすると思ってンのか?」

「……ふん、あたしをコウサギと呼ぶな、クソッタレ」

「てめえの方が話は通しやすそうだ」

「まーな。というか、あたしじゃなく茅だって〝四十物谷あいものや〟の件に首を突っ込む真似はしねーっての。なあ?」

「それは……そうだけれど」

「わざわざ釘を刺されなくたって、知ったことじゃねーっての。潜入捜査はお手の物だろ、どうせ仕事が終われば――〝影〟も形も残っちゃいねー」

「わかってるなら余計な口は挟むなよ、コウサギ。それと山のは、俺の情報を改めて取得しとけ、大間抜け。ま、お前は半分以上が〝死んでる〟から、無茶は言わねえけどな」

「僕の事情はお見通しみたいだね」

「戦場の駒、その一単位としてしか動いてなかったてめえが、一人で動けるなんて勘違いをしてるんじゃなけりゃ、改善しろって言ってンだよ」

「やれやれ、お手上げだ。諒解だよ」

 一つ鼻で笑った少止は、雰囲気を元に戻しつつ、鞄の中に手を入れて、それを取り出し、やや迂回するように移動してから、兎仔の目の前に置いた。

「これを、お前に渡すよう頼まれてね」

「あっさりと気配を変えやがって……これは?」

「正式名称はRevia0Humレヴィアラブハム、製作者は芹沢にいる二村双海にむらふたみ。かつての所持者はランクSS狩人〈守護神ジーニアス〉だ。弾装は六発、弾丸は九ミリ。マテバと同様に銃身はシリンダーの下部になる」

「なんであたしに?」

「ジニーの一番弟子である朝霧芽衣あさぎりめいは、必要ないと手放した。預けられた音頤おとがいの餡子屋クークは、手に余る作品だと前崎に打診。その経由で俺が受け取ったんだけど――必要だろう?」

「……」

「所有者になるかどうかは、朝霧芽衣に打診でもすればいい。俺の仕事は、これをお前に渡すだけ。それでいいだろ」

「わかった。とりあえずは、預かっておく……」

「悪いな。どうせ断らないってことは、織り込み済みなんだ」

「気にするな。てめーからってことに、躊躇いがあるだけだからな」

「嫌われてるね、俺は。まあいいや、花刀さんが戻るまで、しばらく居座るけれど、あまり気にしないでくれ。適当にやってるよ」

「おう。――あたしは寝るから、お茶は必要ないぞ、茅」

「はいはい」

 椅子に腰を下ろした少止は、足で荷物を引っ張って中からお茶のボトルを取り出す。

 さて、仕込みはこれで全て済んだ。あとは、相手の動きを待つだけでいい。仕事なんてものは、事前準備ですべて終わっているようなものである。


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