04/05/21:20――鷹丘少止・簡単な後始末
二日後、行動が起きた。
ここのところ悩みを抱えていた様子の
少なくとも単身、当人たちに逢い、話をするつもりではあるようだ。
遅かったなと、鷹丘少止は思う。
のんびりと待つつもりだったので、他の仕事を適当に片付けつつ待っていたのだが、最初の接触があった段階で動かなかったのは、少止にとっては、ない判断だ。だからといって、口を挟もうとは思わないが。
二十三時までは、やや遠い。一般的な動きならば、ぎりぎりの時間帯だ。懐中時計ではなく、本当に普段からつけている腕時計に目を走らせれば、まあ、丁度良い時間だろう。全て片付け終えて、――いや、さすがに時間内に帰宅はできないけれど、その時には帰宅する場所もない。高校生としての少止の姿は、消えている。
正直に言えば、野雨の外をほかの人間が担うと決まっていた時点で、少止のやることはほとんどない。花刀を餌として集める意味も、今となっては遊びのようなものだ。とっとと花刀を含めて、野雨に入ってきた連中を殺してしまえばいい。
単純に階級があると見て良い。闇ノ宮が頭、その下に夛田、もっと下に四十物谷。
闇ノ宮がなくなってから、夛田がいいように仕組みを使って台頭していたのは知っていた。知っていて、少止は放置していた。実害はないし――そもそも、潰すには労力がいる。頭を潰すだけなら簡単だが、手足がまた夛田の代わりにならないとは、限らない。足から潰して行くのも手だったが、今度は速度が重要になる。
そこまでの案件で動くのならば、誰かの依頼か、直接の被害が出てからの方が、自分に対しても言い訳がつく。もちろん、その時のために準備をしてきていたが、結果はこんなものだ。誰かに頼れば――いや、頼ったわけではないが、勝手に手伝う相手が、アレでは、拙速ですら遅すぎるくらいなものか。
どうであれ。
やや迂遠にも思える今回の行動も、突き詰めればそれだけだ。個人的にはどうとも思っていないし、もしここで、花刀が選択肢を間違えれば、殺害対象にもなりうる。最低限、ではあるけれど、必須ではないのである。
行く先は知っていたので、先回りして煙草を吸いつつ待っていれば、制服ではなく、身動きしやすい服装の花刀が登場。周囲を軽く見渡すようにしてから、ビルの中へ入って行った。大きなビルではない。小さな店舗がいくつか入っている雑居ビルというやつだ。周囲への警戒も甘いと、少止は煙草を捨ててビルの前へ。
マジックミラーではない。エレベータに乗り込み、地下へと降りて行くのを確認してから、いましがた歩いてきたかのよう、正面に来てから、中に入った。
見張りは、一人。金を握らせて、一時的に管轄下においたのは、金の流れを追わなくてもわかることだ。
「――おい」
「あ、ども」
男だ。それなりに訓練はされているようだが、軍人ほどではない。武装もナイフ程度のもので、そもそも少止にとっては脅威対象ですらなかった。
「なんだ、今日は貸し切りだぞ。出て行け」
「ああ、そうだったのか。――知っていたけど」
腰裏から引き抜いたP229を、そのまま顔に二発、腹に一発。屍体を確認することもなく、拳銃を戻してエレベータを呼んだ。だいたい、貸しきりにしたのは、少止の方である。
「おっと」
時間も有効に使っておくかと、携帯端末を取り出して鈴ノ宮へ連絡を。詰所に直通で繋がり、この場所への掃除の手配を頼んでおく。そういえばと思ったので、登録してある田宮正和、サミュエル・白井の二人にしておくよう指示した。特に理由はないが、仕事を回してやるくらいの繋がりはできたと、そのくらいの考えである。
エレベータに乗り込んで地下へ行けば、出た先に監視がいない。六名、いや、一人死亡で五人ならば、そこまで手配できないか。
さて、どうなるものかと、壁に背を預けて腕を組む。少止が待っているのは決断の台詞だ。
つまり――四十物谷花刀が。
「断る」
そう言うのを、数分だけ待った。
「私は、四十物谷の生き残りである花刀は、もう、仕事はしない」
その言葉だけで充分だ。
扉を押しあけて中へ入れば、五人が居る。花刀は立ったまま彼らに応じ、中央にいるのは女性だった――いや、女二人に男三人だ。これも、事前情報通りである。
「――少止!?」
「花刀さん、今の言葉に偽りはないんだね」
周囲がうるさかったが、少止は気にした様子もなく、問いかける。
「どうしてここに――」
「いいから答えなよ」
「それは……、ええ、そうよ。私はもう仕事はしない……けれど、その」
「俺はそれが聞ければ満足だ」
横に並ぶ振りをして、少止は花刀の〝影〟を軽く踏んだ。
「二十三時になる前に、寮へ帰りなよ」
「え、――え?」
ふらりと、花刀の意思とは別のところで躰が回れ右をして、扉に手を当てて行動を制御しようとするものの、意識だけが空回りして、そのまま外へ。部屋の隅で携帯端末を取り出した一人を一瞥しつつ、ポケットの中で簡単な電波妨害装置を作動。エレベータへ乗り込んだであろう音を耳で拾ってから、吐息を足元に落とした。
「さてと」
両手を叩いて、音を出す。注目を集める行為だ。
「リーダーは誰なんだ?」
「貴様こそ誰だ」
近づいてきた女が、拳銃を突きつける。けれど、トリガーには指を添えるだけという間抜けだ。熟練者ならばもう発砲しているか、せめて八割は絞っている。
「
喉の奥で笑い、目を伏せ、そして。
「――影、踏まれてるぜ?」
表情を消し、雰囲気を消し、何も偽らない鷹丘少止として、これから死者となる連中の前に、立った。
「なにっ、――!?」
躰が動けば影も動く。この二つは切って離せない。いや、切り離しができるのが、闇ノ宮が闇ノ宮である所以だが、それはさておき。
影が動けば、躰も動く。
「よく聞け。今からその女がお前らを殺す。身体能力も底上げされているから、気をつけろ。お前らが女を殺すのとどっちが早いか、私はここで見物だ。ちなみに、やってもいいが、私を殺す方が難易度は高い」
言っている最中、既に女はゆらりと、少止から視線を逸らし、苦渋に満ちた顔で、拳銃を持ち上げていた。
発砲が、戦闘の合図だ。
少止は詰まらなそうに、携帯端末を取り出し、インカムを耳に引っかけた。妨害装置は、そもそも、この端末に影響を及ぼさない。
「――、久しぶりだな、私だ」
『やあ、少止』
『ん? そっちは、周囲がうるさいね』
「ああ、室内でぶっ放してるヤツがいるから、こんなものだ」
速射で狙ってきた三発を、ひょいと少止が回避すれば、その無駄な動きだけで男が一人死んだ。馬鹿なやつである。
「頼みがある」
『私に? 珍しい……というより、いや、なにかな?』
「闇ノ宮の残党処理をしてる最中なんだ。すぐにでも結果は出る」
『うん。確か、夛田だったね。そっちの情報は掴んでいたけれど、私には関わるスペースがなかったと思ったよ』
「必要のないアフターケアだ。
『まあ、そうだね、知り合いだよ。相談も受けていたことがある。アフターケアね、なるほど。少止のことは伏せたまま――で、構わなかったかな』
「任せる。私の性格を含んだ上で、適当に判断してくれ」
『少止としては、そこまでしなくても、良いんじゃないかな?』
「それを理由に、こうしてお前と、久しぶりに話せるだろ」
『はは、確かに、そういうこともあるかもしれないね』
「もう一つ」
『それも頼み?』
「似たようなもんだ。
『……、理由は?』
「市井に混ざりながら、一般人をやるのにも、無理がくる。あいつの知り合いで
『ああ、知り合いだったのかどうかはともかく、芹沢の人間だね。それが?』
「寮の――」
電話をしている最中に、一人、二人と減っていく。さすがにリーダーというだけあって、体術や戦術に関しては、ほかに追随を許さないようだ。
「――管理人には、もう打診してある。それでも、後押しが必要だ。ちょっと二村じゃ弱いような気もするが……」
『うん。いや、わかったよ。夢見の姉さんがこっちに戻ってるって話は、ついさっき、耳にしたから、そっちか父親側へそれとなく接触してみるよ』
「悪いな。なんなら、たまには逢ってみたらどうなんだ?」
『それは私の台詞だよ、少止。半年前に、私は逢ったばかりだ。そっちは全然、音沙汰もないんだろう?』
「私の動きがわかるよう、情報は〝置いて〟いるだろ。それを花楓も拾ってるはずだ」
『まったく……わかりにくいようでいて、わかりやすいよ、少止は』
「ははは――と、そろそろ終いになる。切るぜ」
『じゃあまた。幸運を』
「さんきゅ」
そうして、インカムを外してポケットにある携帯端末に戻せば――残ったのは。
息を荒げ、悲鳴を上げ、涙で顔を濡らした女が一人、返り血にまみれて残っていた。先ほどからうるさかったのは、逃げろだの、殺してくれだの、わめいていた女の声ばかりだ。そんな状況で、銃声の方がよく聞こえたのならば、それはもう職業病に近い。
「はあ、はあ、はあ……」
「ご苦労さん。随分と素直な〝影〟だが、対策もしていないようじゃ、後釜にはなれないな」
「お前は……、お前は、なんなんだ……!」
「言っただろう? 闇ノ宮を潰した、最後の闇ノ宮である、
「く……! だが」
「心配するな、昨日の時点で野雨の〝外〟にいる、お前らの同胞は全滅してる。不運なのは」
近づきながら煙草に火を点け、紫煙を彼女に向かって吹きかける。
「私が生き残っていたことでも、餌に食いついたことでもない。――この〝野雨〟という土地に、断りもなく踏み入ったことだ。……さてと、土産はこのくらいでいいだろう。どうしたい?」
「……!」
「選択肢は三つだ。影を自由にして、私とやり合って殺される。このまま私に殺される。自分で頭を撃ち抜いて死ぬ」
「わ、私も、もう、仕事はしない……!」
「三つから選ばないんなら、私以外に殺されることになるが、あまりお勧めはしないな。少なくとも即死はできない。あらゆる苦痛から強引に意識を起こされ続けることになる。私は、まあ、そこまではしなくても良いだろうと思っているが?」
彼女は。
諦めたように力を抜き、自分の意思で銃口を口の中に入れた。影は従順だ、その先の行動を奪って、トリガーを絞る。
自分の震える意志でやるよりは、よっぽど救いだったろうと、最後に死んだのを確認した少止は、煙草の灰を落としてすぐ、エレベータに乗り込んでその場を去った。
地上に戻ってみれば、エントランスのソファに座っていた――少女が。
おう、なんて言って立ち上がった。
「ご苦労さん」
「お前に頼まれた仕事じゃない」
「ただの挨拶じゃねーか、噛みつくなよ」
短いスカートに、ワイシャツ。目立つ赤色のチェックが入ったネクタイ。背丈が低く、少女らしい服装なのに、目つきが鋭すぎて雰囲気それ自体がまるで少女のそれではない。以前に逢った時と同じだ。
ランクD狩人〈
化け物、である。
「飲もうぜ」
「ああ」
外に出れば、真正面に黒色のスポーツカーが停まっている。右側の運転席に小夜が乗り込んだため、煙草を捨てた少止は助手席へ。
「店にしてくれ」
「なんだよ、オレのセーフハウスはベルんとこだから、安全だぜ?」
「化け物の巣に乗り込むには、装備が足りないな。この時間なら、フラーンデレンにしてくれ。SnowLightに行くと、鷺城がいそうで面倒だ」
「もうちょい、距離を走りたかったが、まあいいか。昨日までは、気分よく飛ばしてたからな」
「労いの言葉は、私が言った方が良かったか?」
「ははは、面白れー冗談だ」
「聞いておくが、鷺城と紫陽花も動いたのか」
「ん? おー、紫陽花のクソッタレはオレの反対側担当な。サギはあれだ、まあ、情報提供みてーなもんだ。楽な仕事だったから気にするなよ。今度、火丁と一緒にドライブでもするから、それでチャラだ」
「…………まあ、いいけどな」
「あんまり、ぐちぐち言うなよ? オレらにとっちゃ、友達ってのはいねーようなもんだ。それこそ、火丁くらいなもんだぜ」
「吹雪がいるだろ」
「ありゃ別だ。ほかには紗枝くらいなもんだな」
「
「おう。あの女、冗談でもなくオレに対して、人を殺してはいけない、なんてことを真正面から突き付けやがった。ははは」
「それで気に入ったのか」
「まーな。ただ、紗枝になると仕事込みだ。火丁みてーに可愛くねーしな」
「いいんだけどな……兄貴としては気苦労が絶えない」
「ははは!」
「笑って済ますな、元凶が」
搭載AIによる自動運転ではなく、完全なマニュアル運転で車は動く。速度は出ているがスムーズで、危うさは感じない。シートの位置なども、小夜の背丈にきちんと合わせられているようだ。
「しばらくは野雨にいるんだろ?」
「ああ、いろいろと仕事もある」
「ならいい。つーか、お前って魔術師じゃねーんだってな」
「そうだが、知らなかったか」
「聞いた覚えはなかったし、付き合いもそうねーだろ。この前、サギがそんなことを言ってたんだよ。管轄外だってな」
「管轄外、か」
「ああ。影を切って張ったのが術式でも、それを持つ人間が魔術師だとは限らない――とかなんとか。皮肉で〝影使い〟だとか言ってたが、それはお前も認めるところだろ」
「……まあ、そうだな。そうだが、だからといって知らないなんてことは、口が裂けても言えない」
「他人の生き方に口出しはしねーよ。オレはサギとは違うしな。でだビート、こいつはサーヴィスだ」
「なに?」
「火丁が関わることなら、オレも口が軽い。口は出さないと言ったが、まあ、生き方なんてのは見えにくいもんだぜ。五月に入ってからだ」
「――」
「たぶん、すぐにでもオレと、サギと、紫陽花は野雨から出る。どういう意味かはわかるだろ?」
「……、つまり、出て行くからその間、刹那の仕事の肩代わりを、多少しろってことか」
「ははは、多少だけどな。片付けるようにはするが、魔術書関連でキナ臭い物件もあるから、そっちがどういう結末に至るかで、スケジュールも変わる」
「そっちには、ノータッチでいたいものだけどな」
「お前は、そうかもな。オレはそうでもねーけど。とりあえず、今回の仕事でやり残したことはあるか?」
「いや、多くはない。せいぜい、野雨西の教頭が癒着してた不正経理の告発と、私の退学手続きくらいなものだ。結局、三日だけの編入だったが、私の後ろを追いかけてくる馬鹿はいないだろ」
「いたじゃねーか、九番目が」
「ついて来れるように、道しるべを残しながら、のんびり歩いていたからな」
「ははは、それもそうか。んじゃま、仕事は抜きでとりあえず飲もうぜ。なあ」
「できりゃ、私もそうしたいところだ」
ひとまずは、ここで終わりだ。闇ノ宮に関連する異分子は、こうしてあっさりと潰すことができた。
けれど、だからといって一区切りだとは思わない。
こんなもの、こんな仕事、少止にとっては今までに何度でもやってきた、いつものことだ。酒を飲んで、明日になれば、また違う仕事に取り掛かる。
そう、四十物谷花刀にとってどうであれ、そんなものなのだ。
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