04/07/04:30――刹那小夜・厄介な爆弾

 そういえばと、小夜は口を開く。まだ夜明け間際の時間帯であるため周囲はうす暗いが、それだけ通行人がいなければ彼女たちの特異性は発露されまい。周回中の狩人がもしも発見したところで、きっと目を逸らしていくだろうけれど。

「鈴ノ宮に行くんで間違いねーよな?」

「ええそうです。野雨においての鈴ノ宮は魔術師協会の息がかかった家名ですが、私たちのような人間が記録を残さず国外に飛ぶ場合、もちろん海路であっても、手段を持っているのが鈴ノ宮です。いわば中継所の役割に近いですが、以前よりそうした目的のために設立したとも」

「昨日の内に洗った情報でその辺りは頭に入ってる。んで、そん時に気付いたんだけどな、ソプラノだっけ?」

「本名は鈴ノ宮清音すずのみやきよねです」

「おう。オレ、逢ったことあるわ」

「――というと?」

「昔にな。たぶんオレの勘違いじゃねーとは思うけど……随分前になるな。野郎が生きてれば、だいたいわかるかもしれねーけど、生きてんのかあいつ」

「面識があると?」

「おう。ま、行けばわかる」

 そうやって説明をしないのはベルに似ているが、わかることをいちいち説明しないのか、それともただ面倒なだけなのか、理由についてまでは付き合いが短いためレインにはわからなかった。

 しばらく無言で歩くと大きな屋敷が目に入る。

「でけーな。どこの邸宅だっての」

「十一紳宮など、こんなものですよ。資金繰りに関して鈴ノ宮は意欲的ですから」

「へえ、理由は?」

「軍人崩れを保護し、仕事をさせていますから、それを養うために必要なのでしょう」

「なるほどね」

 入り口の門が開き、執事がそこで待っていた――が、門が開き切っても黒服の執事は茫然とした表情のまま停止し、小夜を見ている。それが驚きによるものだとわかっていながらも、小夜はスカートのポケットから手を出してよおと、片手を上げた。

「――生きてたじゃねーか。服、似合ってるぜ」

「セツ……〝瞬刹シュンセツ〟なの、ですね?」

「変わったなてめーは。いや、悪くはねーよ」

「では刹那小夜、とは」

「オレのことだ。レインは知ってんだろ? オラ、ぼけっとしてねーで職務を思い出せ。厳罰ものだぜ」

「そう言われましても……」

五六いずむ、やはり小夜とは面識が?」

「――以前、私が清音様に手を差し伸べられた際に、顔を合わせています。もちろんそれ以前にも、それとなくは繋がりがありました。……小夜様は鷺ノ宮事件に際してこちらに?」

「なんだ、しっかり執事が板についてやがるじゃねーか。まあな、先日まで日本にゃいなかったけどな。そういやてめー、名前は?」

哉瀬かなせ五六と申します――失礼しました。どうぞ、清音様がお待ちです」

 道を示すか、先導するかを逡巡した五六は後者を選択する。珍しく高鳴っている鼓動が緊張と警戒によるものだと理解しながらも、わずかな間を置いて己を制御した。

「つーことはだ、あのガキと……ああ、もうガキじゃねーか。あの女と一緒にってことかよ」

「そうなります」

「五六、それはどれくらい前のことですか」

「そう、ですね……八年か九年ほど前のことになります」

「それほど前から小夜と?」

「ええ。その頃の小夜様も、外見はそうお変わりありませんでしたよ」

「うるせーな。これでもちっとは背が伸びると期待してた頃があったんだよクソッタレ。手が届かねー場所に物があるとイラっとするぜ」

「……ならば主様との年齢差は随分とあるのですね」

「オレとか? そりゃまー、そうだろ。ただあの場所は時間が狂ってやがるからな。だろ五六」

「時間だけではなく、物体の持つ〝意味〟が固定化されていながらも変動していました。おそらく、今でも変わっていないでしょう。それ故に妖魔が発生してしまうと私は考えていますが」

「今のオレやてめーにとっちゃ、既に古巣でもねーだろ。消えてなくなっちまっても、感慨はわかねーよ」

「なるほど、そんなものですか」

「おい五六、あっちの四角い建物は?」

「あちらは詰所になっております」

「軍人やら何やらを拾った連中が住み込みってことか」

「はい。ただ侍女の多くは本邸に部屋を宛がっています。現状、人数は十六名です」

「多いのか少ないのかは悩むところだな」

「業務に差し支えはないですよ」

「――雰囲気が柔らかくなったな。てめーがあの女を護衛してるってわけじゃねーみてーだな? 牙が抜けたわけじゃねーと、オレは思うけど」

「そうですね、腑抜けたと言われるのは心外です。それに清音様には護衛など必要ありませんよ。かつて、小夜様が見抜いたように」

「……ああ、そういやそうだっけか」

 五六が清音に対して力を見せて奪おうとした時に、言ったのだ。てめーでは無理だと、お前の力は決してソイツには届かない、と。

 玄関口はかなり広く作られており、立食パーティも行えそうなほどではあったが、小夜には特に感慨がない。見栄でそうしているのならばともかくも、おそらくは必要な処置だろうと思ったからだ。左側にある階段で二階に行ってエントランスを見下ろしても、ふうんと頷くくらいなもので、その中央にある部屋を二度、五六がノックをした。

「清音様、レイン様と小夜様をお連れしました」

 どうぞ、と返答があり五六が扉を開き、中へ招く。僅かに、驚いたように目を丸くした執務机に座した白を基調にしたドレスを着た鈴ノ宮清音は、最後に入った五六が扉を閉めるのとほぼ同時に、目頭を押さえてやや俯いた。

「――そう、あなたが刹那小夜でベルの子狩人なのね」

「ガキが一丁前に成長してやがるって言おうとしたんだけどな、おいてめー、文句あっか」

「言っていいのかしら?」

「……いや、いい。どっかの酒が入ったブロンドみてーに、ぐちぐちと言われたって相槌くれーしか返せねーからな」

「そう、残念ね。久しぶり、というほどの付き合いはないけれど」

「そこに関しちゃ同感だが、野郎――ベルがオレをバージニアに飛ばしたってのにも頷ける話だ。どうにも縁が合う。おい、オレを視てた野郎に心当たりはあるか?」

「質問の意図がわからないわ」

「面倒な取引を持ちかけるつもりはねーよ。ベルがオレを拾うのに前後して、オレの行動っつーか状況を見通してたか、予想してた野郎がいるはずだ。野雨にいるんじゃねーのか?」

「小夜、それはおそらく蒼凰蓮華れんかです」

「ああ? 氷鷲って警官の血縁か?」

「弟に当たります。通称はブルー……引退した策士です。戻ってこられればすぐにでも顔を合わせることになるでしょう」

「それならいい。この調子なら、オレが気になる相手ってのは大抵野雨にいそうだな。縁を合わせるってのはまだ微妙だが、勝手に合うなら話は別だ。せいぜい観測でもしてやるさ」

「それで良いかと。――清音、イギリスへの空路は問題ありませんか?」

「準備はさせてあるわ。向こうの承諾も得ているけれど、いつものように着陸許可は貰っていないわよ」

「充分です。感謝の言葉は主様に請求を」

「もうしてるわ」

「――どうぞ、紅茶です」

 いつの間にか消えていた五六がテーブルにカップを置いたため、二人は並ぶように腰かけた。清音は動くつもりがないらしく、手元にカップを置いた五六は後方やや斜め付近に直立する。定位置なのだろう。

「それにしても……変わらないわね。私の記憶が定かならば、だけれど」

「昔つっても、たかだか十年くれーなもんだろ。老人が青年の頃を回顧するのとは違うんだ、覚えて……いや忘れろ。変わらない、なんて言葉は面倒だ」

「人はそう簡単に忘れないわよ」

「どうでも良いことばかり覚えてて、重要なことは尻を拭いた紙と一緒に便所で流しやがる。くだらねーな、どうでもいいぜ。……あ? んだよレイン、てめー飲めるのか」

「機械とはいえ内部は人とそう変わりありませんよ。潜入任務などでの必要性もあります」

「だったらその服は何だ」

「小夜に言われたくはありませんが、これは製作者の趣味です。もっとも私個人としては、どちらかといえば気に入っていますよ。具体的には戦闘における優先順位の二番目にくるくらいに」

「どちらかと言わずとも気に入ってんじゃねーか……おい清音、ナインとの繋がりはあんのか?」

「あると言えばあるわ」

「ここにいる連中はナインから引き抜いたってわけじゃねーんだろ?」

「そうね。むしろ私が保護したのは最初の数人だけで、後は勝手に集まったか誰かに押し付けられているだけよ。ただし、迎えた以上は私が背負うと決めているけれど」

「魔術師協会ってのとの繋がりもあるんだろ?」

「そちらも、同じ答えよ。そもそも野雨における鈴ノ宮の立ち位置など、使い勝手の良い窓口みたいなものでしかないわ。私はそれを自覚して承知している」

「名実共に中継地点ってわけか。だったらこれだけは確認しとくぜ。てめーは、望んでこの立場を得たのか?」

「そうよ」

「……なるほどな」

 だいぶ繋がってきたと呟いた小夜は紅茶を飲む。

「整理が追いついてねーな。まだ見えない一手がいくつかある。過去に関してわからねーようじゃ、現実に通用しねーか……クソッタレ」

「――変わりませんね」

「あ?」

「誰よりも慎重で、誰よりも前進し、誰よりも強く、誰よりも見極めに冷静――小夜様は、変わりませんよ」

 だからこそ、誰よりも恐れられた。

「そりゃ変わらねーところもあるさ。根っ子の部分で、てめーを否定したってしょうがねーだろ。だから言っとくぜ? オレがどうであれ、てめーらがオレを切りたいなら、早いうちにしておくことだ」

「可能ならばもうとっくに手配しているわ」

「五六、それほど小夜は危険だと?」

「清音様の執事としてではなく、私個人としましては、そうですね……ベル様と敵対したくないのと同じです」

「つまり、主様同様に、小夜と敵対するくらいならば、ほかの敵を選択する――そう判断するのですね?」

「繰り返しますが、私個人の話です」

「わかっています。主様より、決して小夜とは戦うなと厳命されていたので、その意味を確認しただけです」

「小夜、質問をするわ」

「おーべつにいいぜ。なんだ?」

「どうしてベルの子狩人に――……そう、違うわね」

「合ってるだろ。その問いに答えるなら、ベルの要求に対してオレが承諾したってのが一つだ。もう一つは、オレが敵わねーと思ったって辺りだろ」

「お嬢様――いえ失礼、清音様。私からも一つ。小夜様、それは今も、ですか?」

「今はまだ、とだけ答えておくか。つーか……わかんねーかこの感覚。連中五人の中で、アブが特別視されてる理由――ああ、ちょい違うか。アブが特別ってわけじゃねーか。どうして五人の中にアブがいんのか、わかるか?」

「……どう考えても、アブの実力が一番低いでしょう」

「だろーな。そりゃ事実だ」

「それがどうかしたのかしら」

「やっぱわかってねーな……実力なら、戦闘なら、戦術なら、戦略なら、圧倒的と前置した上で、まあオレでも軽く上回る。だとすりゃ残り四人してみたって同じことだろ。これが、てめーらの現実だ」

 そして、オレにとっての現実だと小夜は苦笑し――睨むように表情を正す。

「そんだけの事実がある上で、どうしてアブを誰も潰してねーのか……ま、わからねーならいいさ。オレはもう認定試験で懲りた。で、その延長線上にベルはいるんだよ。そう簡単に敵うはずねーだろ」

「そう、ですか……」

「ベルは、あなたに何を要求したのかしら?」

「そりゃ当人に訊けよ。少なくとも利害は一致してるし、持ちつ持たれつってわけだ」

「そう」

「いくら考えたってわかんねーよ。ま、レインならしばらくすりゃわかるさ。ま、面倒を起こした時にゃちゃんと顔を出す。行こうぜレイン」

「わかりました。機会はこれ以降もあるでしょうし、現状で言及せずとも良いでしょう」

 こちらとしては、以降も考えたいのだけれどねと、重い吐息つきで清音は額に手を当てて言った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る