04/06/00:30――刹那小夜・狩人名はシュンセツ

 即日に出た結果を持って帰宅したのは既に日付の変わった頃合い。以前に来た時と同じようにソファで寛いでいたベルは、軽く手を上げて対面に座れと視線で指示をした。

「よっぽどのことがなけりゃ、やらかさねえと言ったっけか?」

「うるせえ。紫陽花がいるなら先に言え」

「言ったら、どうしたよ」

「ちょっとの心構えをした上で突っぱねたに決まってんじゃねーか。アレと一緒に試験を受けるくれーなら、てめーの使い走りを一年した方がマシだ」

「試験を受けるなら、か?」

「……お互いに嫌ってっけど、それでも、吐き気を堪えて言うなら友人だ。普段ならあそこまでしねーよ。たぶんな」

「原因は」

「快に言わせりゃ既知感らしい」

「なるほどな。それなら条件さえ揃えば、どうにかできるが……ま、いつになるかはわからんな」

「おいおい、マジか?」

「そう難しいことじゃねえよ。それで? イヅナとアブはどうだ」

「……」

「なんだ違ったか?」

「調べたのかよ」

「いや順当な思考だ。お前ら二人じゃイヅナの手には余る」

「そうか? そうでもねーだろ」

「試験だけならな。だが、その結果を証明するにはイヅナだけじゃ説得力に欠ける。ほかの補助試験官は状況を理解できねえだろうしな。俺とマーデは最初から繋がりがあるから除外したとして、フェイは二つ返事で頷かねえしコンシスは呼べば来るだろうが傍観に徹する。そうすりゃ残りはアブしかいねえ、そういうことだ」

 まあ日本に居ればだがと、ベルは付け加えた。

「真正面からは二度とやりたくねー手合いだ。つっても、そりゃ向こうも同じだろうけどな。最終試験場、更地にしちまったし」

「もっとスマートにできなかったのか」

「正直に言えば、甘く見てたぜ。火系術式をあそこまで使うヤツは初めてだったし、何より厄介なのは、火系に多い直情とも取れる熱意を持ち合わせながらも、熱くなればなるほど――冴えやがる。冷めてやがる。ベルとは違った意味で、一般人が特質化した例なんだろーな」

「火系にしか拘ってないからこそ、だろうな。イヅナは?」

「ありゃオレじゃなく紫陽花の苦手なタイプだ。必ず裏を掻こうとして動く。けどま、そのためにめちゃくちゃ手段を持ってるじゃねーか。ありゃ参ったぜ。オレの空間転移や紫陽花の術式さえ使ってきやがって……しかも接近での体術が半端じゃねーよ。蛇みてーに動きやがって、軟体動物かあれは」

「今のお前で殺せるか?」

「――無理だな。逃げの手を打たれたら追いつけねーよ」

「なるほど」

 ここ数年の軍部暮らしで、小夜は落ち着いたようだと思う。以前ならば殺す、と即答していただろうから。

「まあ認めさせたならそれでいい」

「口封じになるくれーはしといたぜ。連中にだってプライドはあるだろ」

「少し待ってろ」

 ベルは立ち上がって隣へ行く。そこは訓練室と隣接した準備部屋のようなものだ。ここで一日過ごした時に間取りだけは覚えた。一人では広すぎるとも思ったが。

 戻る前に買ってきた煙草に火を点ける。実際にはハーブを調合した香草巻きだったのだが、そう悪くはない。これからは愛用してやろう、とも思う。

 ――贅沢だよな。

 軍部に居た頃と比べてそう思い、昔の生活が浮かんでこなかった事実に苦笑する。外に出るのを嫌っていた日日が冗談のようで、それだけ小夜が状況に馴染むことができる証明でもあるのだが、やれやれと思うのも仕方ないだろう。

「ん……?」

 空気が動く気配に顔を向ければ、玄関から入ってくる少女がいた。

 背丈は小夜とそう変わらないだろうけれど、全身を黒と白のゴシックと呼ばれる服で包んでおり、丁寧にカチューシャまでつけたおかっぱ頭の少女は、どこか無機質な冷たい視線をこちらへ向ける。

「――おや、無事に試験を終えて戻ったのですね小夜。落ちたら高い酒を空けようと思っていたのですが、その機会はまた遠のいたようです」

「ああ?」

「遠回しにおめでとうと言っているのですよ」

 ゆっくりと歩いてきた人形のような彼女、レインは対面のソファに腰を落ち着かせた。

「てめー……ん、いや、どっかで聞いた声だな」

「ほんの一ヶ月、回数でいえば二度ほどですから覚えていただけ小夜の記憶力を褒めるべきでしょうね。しかし狩人にとって記憶は必須技能です、現状では褒められるべきものではなく当然だと判断するのが良いかもしれませんね」

「あー、レインって言ってたか。そのクソッタレな嫌味口調は覚えがある」

「結構。小夜がいなかった間にこうして車以外のボディを得ましたので、今ではこうして生活しています。もちろん車への愛着がなくなったわけではありませんが、整備するのは主様です。――当然ですね」

「べつにお前がやってもいいだろう……とりあえず、これだ」

 ガラステーブルに置かれたのはCZ75、自動拳銃。受け取って弾装を引き抜き、薬室に初弾が装填されていないことを確認してから動作させてトリガーを床に向けて絞り、同じ手順で元に戻す。

「――整備したのか?」

「不具合が出ない程度にはな。使い込んでないから癖は染みついてないが、馴染むのにしばらく時間が要る。九ミリなら山ほど在庫があるから使っていい」

「諒解だ」

 手にした重みに、口の端が思わず吊り上る。それを見たレインが、好きなおもちゃを手に入れた子供ですね、と的確な表現を言った。

「それと携帯端末だ」

「なんだ、二台あるじゃねーか」

「両方使っていい。番号も違う。使い方はお前に一任する」

「こっちの小型耳かけタイプはいいとして、タッチパネルのこっち、利便性はともかくも耐久性に問題ねーのかよ」

「液晶にはサファイアが一枚噛ましてある。問題があるようなら、自分でどうにかしとけ」

「まあ、そりゃ構わねーけどな」

「最後に狩人認定証ライセンスだ。イヅナが手回ししたから、こいつで俺の子狩人チャイルドだと証明される」

「どういうことだ?」

 テーブルに置かれた一枚のカードの表面をそっと撫でるようにした小夜は、ぴくりと指を離してから、ゆっくりと掌の上に置く。その動きには危険物を扱うような丁寧さがある。

「――宝石の削りだしで作ったのかよ。そこらのナイフより切れ味が鋭いな。コーティングはしてあるからそう簡単に壊れるこたねーだろうけど」

「ランクB以上の狩人には特定の宝石を使った認定証を作る権利が発生する。お前はまだ最低のFだから名前、狩人登録番号なんかも記されてるが、俺のはランクしか描いてない。その際に選択したアレキサンドライトが俺の証明だ。お前のにも同一のものが使ってある」

「なんでこの宝石にしたんだ?」

「それはフェイとアブに聞いてくれ。くだらねえと、俺は目についたアメジストにしようかと思ったら、横から口出して勝手に決められた。なんだって同じだろうに、値段と見栄が必要だと思ってんだろ、連中は」

「そんなもんか」

「――小夜はこれから、どうするのですか?」

「とりあえずここ三年の新聞記事を漁りたい」

「五年にしとけ」

「オーライ。一年以内に最低二つの公式依頼を遂行しなくちゃいけねーんだろ? その辺りも適当にやる。ベル、オレに回せるような仕事なら回せ。判断基準もこれから覚えていかなきゃならねーし、オレは日本のこともここ野雨のこともよくわかってねーんだよ。まずはそこからだろ」

「わかってるならいい。ここはセーフハウスとして使っていいから好きにしろ」

「おう」

「――では、これからよろしく小夜」

「よろしくはいいけどなレイン、荷物の調整にお前は明日からイギリスだ……ああそうか、ついでに小夜も行け」

「はあ、まあ、仕方ありませんね」

「ああ? またオレは飛ぶのかよ」

「二日か三日で戻ってこれる、心配するな。それに――礼くらい言いたいだろう? インクルード9を裏から使ってる男に」

「はっ、そりゃいいな。おう、礼ならいくつか言いてーことがある」

「それと」

「まだあんのかよ」

「最後だ。――レィル」

『ほーい。あ、しっちゃんさん、粒子散布よろ』

 のそり、と床に出現した牛カエルは、きょろきょろと瞳を動かしてからこちらを向き、腹を見せるようにして片手を上げた。

『初めまして小夜さん、レィルです』

「おう。で?」

『えっとですね、僕はかあさ……じゃない、レイン姉さんの因子から誕生したある種の生物です。肉体はないけどね。電子戦は得意で、しばらく小夜さんのバックアップしますんで』

「なんだレィル、てめーもオレと一緒に社会勉強か?」

『似たようなもんですねえ。情報だけはあるけどさ、まあ経験も必要だろうって判断で。だから近い内にボディが欲しいなあと、小夜さんに伝えときますね』

「おー、考えといてやる。遊んでこい」

『ほーい』

 カエル姿が消えてから、なるほどなとセツは苦笑する。子育てと似たような感覚だ。

「おい、今日は休めるんだろ?」

「ああ。出発はレインと詳しく決めろ。ルートはソプラノを使え」

「諒解しました」

「任せた。オレはちっと休む」

 小夜は限定条件下でなくては眠れない。それは今でも変わっていないし、睡眠を必要とせず活動することもできる。

 それでもやはり、疲労を減らすには横になるのが一番だ。


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