04/05/11:00――イヅナ・相反する二人

 大人びた女性――対して小夜が子供と見間違えられるように、花ノ宮紫陽花は年齢よりも老いて見られることが多かった。

 腰まである黒い髪にやや細い顎のラインに目じりの下がった顔の作り。一七○はある背丈も原因の一つだろうけれど、ひどく落ち着いた物腰が見た目の印象をそうしているのだろう。しかし、口を開けばどこか間延びしたぼんやりとした声が発せられるのだから、そのギャップに困惑もしよう。

 ――無精者なのよ、この子は。

 二人の友人であるところの吹雪快は、紫陽花をそう評する。背丈のことではなく、ある意味での一対――能動的である小夜に対し、紫陽花はとても受動的だった。

 与えられたことを効率的やるだけなのだ。結果を出すことだけに忠実で過程を考えるのを面倒だと思う――いやいや、過程も考えるが、どれが簡単なのかを探るだけで、結果に対する誰かの迷惑など考えやしない。

 小夜が転移することで頂上に至ったのに対し、頂上を失くすことで結果的に試験を合格にさせてしまうように。

 けれど、小夜はそんな行動、つまり性格の部分を嫌っているのではない。もちろん紫陽花も対称的だからこそ小夜を嫌っているわけではないのだ。もちろん、たとえばやや強引に周囲を巻き込んで動く小夜を煩わしく思っているのは確かだし、背丈のことや能動的なのに行動に至る際に乱暴な手段を使う紫陽花を邪魔だと思っているのは確かだ。

 だがそれ以上に。

 何よりも最大の嫌悪を常時むき出しにするだけの理由が二人の間にはある。

 それが、既知感と呼ばれるものだ。

 会話、言葉、行動、そのあらゆるすべてに既知がある。相手のものから己のものまですべて、悉く、何もかもにそれは発生した。お互いがおよそ三キロメートル圏内に居ることを条件に、原因はわからない。

 言葉を発した時点で知っていると感じる――それは、ある意味で彼女たちにとって既知であることは、同じことを二度繰り返す行為と何ら変わりなく、二重になっていると言えば語弊もあるだろうけれども、しかし、機嫌が悪くなるのも頷ける話だ。

 もっとも、普通の人間ならば狂っていてもおかしくはない。機嫌が悪くなる程度で済んでいる二人がおかしいのだから。

「で、どーすんだこれ」

 最終試験会場にて、場内に入っているアブは、隣のイヅナに顔を向けて二人を指した。観客席には五人の狩人がいるけれど、さすがに参加させるわけにはいかない。

「俺に聞くんすか。あーそういや俺が責任者だった。くそう、もう二度と認定試験の依頼なんて受けるもんか。前回もアレだったし」

「なんだ、酷かったのか?」

「先輩らの試験だったんすけどね!」

 ただ、これが世界規模の試験であるのならば、止めるわけにはいかない。そのための観客であり、少なくとも彼らを納得させなくてはならないだろう。

「――いや、そうでもねえか。おいイヅナ、共闘しかねえだろ」

「ま、そうっスね。じゃ、そっちの二人も共闘ってことで――うわ、すげえ嫌そうな顔してる。えーっと武装はナイフだけ? オーケイ? ああ、んじゃ」

 始めるしかないよねえと、実に嫌そうに言うイヅナはしかし、口元に浮かぶ嬉しそうな笑みを隠しきれてはいなかった。

 床に両手をつけるような姿勢になったアブはブーツナイフを引き抜いて、低姿勢のまま疾走する。十メートルほどの距離をたった三歩、そのたびに爆発音のような踏み込みをしながら一直線に小夜へと向かうが、その一直線上にふらりと紫陽花が入り込む。

 ナイフを振る――攻撃に移ったのはほぼ同時、そして二人ともに当たる直前でナイフを停止させていた。

 アブは、イヅナの首元ぎりぎりで。

 紫陽花は小夜の首元で。

 この現状は、見た目ほど簡単ではない――黒瞳を紅色に染めてイヅナは、笑みを余計に深くする。

 迎撃の寸前で更に姿勢を低くしたアブが横を抜けて小夜に接敵するものの、振り返るようにして足を上げた紫陽花に対しての回避運動を含めて上半身を跳ね上げたアブは、そのままナイフを振る――だが、その直前に小夜の空間転移、だがそれよりも僅かに早くイヅナは〝置換リプレイス〟の術式を使った。

 結果としてまず、紫陽花とアブの位置がそっくりそのまま入れ替わる。だが攻撃しようとしていた対象まで変化することはできなかった。それを見た小夜が転移術式をアブに向かって使い、使われた最中にアブが火系術式の小規模爆発によって紫陽花の行動を強制的に変化させる。

 これで場所が変わった。アブのナイフはイヅナへ、紫陽花のナイフは小夜へ。

 爆発によって加速させられた紫陽花のナイフは、小夜がそこに発生する切断の衝撃そのものを空間転移させることで無力化し、アブは右腕の血管が浮き出るほどの強い力で強引に停止させていた。

 それほど強く振ったわけではないのに、力が外的要因によって増加させられている。

伸縮指向魔術フォーシスか……紫陽花ちゃんの手の内は初めて見たよ」

 指向性を操る魔術。それは物体における加速などの操作なのだが、実際にはもっと厄介だ。何故なら力と呼ばれるものを貯蓄し、あるいは貯蓄のために奪うことができる。極端なことを言えば、トラックが突っ込んで来ても羽虫が当たった程度の力にできるし、逆に声を発しただけでパンツァーファウスト並みの破壊を作ることもできてしまう。

「火系特化と認識系か」

「〝炎神〟と〝狐〟だからねえ」

「てめーにゃ聞いてねーよ」

「べつにせっちゃんに答えたつもりないけどお? そっちが勘違いしたんじゃない」

「ンだよ」

「あによう」

 会話を気にすることなく、アブの周囲に火柱が蛇のように出現する。それが、かなり本気であることの証明だ。

「イヅナ、てめえも真面目にやれ」

「ういす」

 ――その日。

 狩人認定試験の中で、歴史上類を見ない最低の最終試験が行われた。

 世界規模で見たところでこれ以上はないほどの異常、異状の程を比較することすら烏滸がましいほどの最悪は、喜ばしいことに死者が出ずに済む。

 この結果を受けてアブはランクAに昇格することになるのだが、それはまた別の話だ。


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