04/04/10:00――アブ・開始と同時に終わり
強い日差しを受け続けたせいか、黒だったはずの髪をやや赤くしたランクB狩人〈
「――で、休暇中に呼び出されたかと思えば、試験を手伝え? おいイヅナ、釈明はまだかよ」
「しょうがないんすよアブ先輩」
隣に、同じパイプ椅子に座ったイヅナが下手な敬語を使うと、後ろに備えていたシーリーがぎょっとしたように驚く気配があった。
そもそもシーリーはイヅナとの付き合いが長いわけではないけれど、同業者で競争相手であっても、一緒に酒を飲んだことくらいはある。どこか上から目線で、まるで学校の教師のように、しょうがないなとそれとなく指導されたこともあるイヅナが、低姿勢でいることに驚いたのだ。
「日本国内で名古屋近辺、まあ移動範囲も含めて手ごろな人材っていうとアブ先輩しかいなかったんすから。面倒事っスけどね」
「学園の単位足りなかったら、お前に一つ貸しな」
「何言ってんすか、単位制じゃねえのに」
男性にしてはやや小柄な彼が学生というのには驚かないが、見た目はともかくも一度でも視線を合わせ話をしたのならば、三十代後半の現役軍人でさえ姿勢を正すだろう。それだけの貫録を持っている。だがランクはイヅナと同じ――けれど、明らかに年上のイヅナは先輩と呼んだ。その意味をシーリーは知らない。
仲間内ではアブと呼ばれる彼が、狩人の中でも五指として数えられる〝
「開始まで時間あるか。おい、そっちの――シーリーだっけか?」
「はい、ランクD狩人〈
「俺のことは知ってるか、まあいいや。結局、二次にきたのは二人だけだって? イヅナからは特に聞かされてねえし、べつにどうだっていいが、名前は?」
「刹那小夜と
「――おいイヅナてめえ」
ぎろりと隣を睨むとイヅナは笑っていた。
二次の実技試験はいわゆる山登りである。基本装備を手渡され、制限時間内に登山を行って彼ら試験官が張った罠を抜けて頂上まで到着すれば合格だ。軍人であってもリタイアすることもある。
「なんすか先輩」
「嫌な名前が並んでやがる。特に後者」
「いやいや前者っスよ」
「それにてめえ、俺じゃなくったってベルは野雨に居座ってんだろ? しかもマーデが帰国してるのも俺の耳に入ってる……つーか三日くれえ前に俺んとこきて、高い酒を五本も空けて帰りやがった。何様だあの女」
「俺にマーデ先輩の文句を言われても困るっスよ。だいたい俺のとこにもきたし。酒は空けなかったけど相変わらず嘘十割の長話をして帰ったなあ……何がしたかったんだろう、あれ」
「とぼけんな」
「んー、まあ」
予定ってことなんすけどと言って、イヅナは視線を地面に向けて、ぽつりと。
「二人の後継者なんすよ、彼女ら」
そう言った。
イヅナが本音を口にしないことは知っている。かつて一緒だった時間もあったし、何よりアブは先輩なのだから、そのくらいのことは見抜いた。そして、場合によって本音を漏らす時は必ず視線を逸らし、それでいて言葉は短くする。もちろん雰囲気もあるのだが――今のは、間違いなく本音だ。
「ったく、――馬鹿じゃねえか? 早すぎるだろ。いやマーデはともかく、ベルだってようやく十六だっけ? そんなもんだ。それで後継者かよ」
「そりゃ同感っスね。でも事実なら俺の手にゃ余るし、それにほら、なーんか険悪なんすよ二人。なあシーリー」
「まあ、そうですね。一度も視線を合わせていませんし、口も開いてません」
「ふうん……でイヅナ、裏は洗ったか」
「うす。刹那小夜は戸籍の新規登録形跡が一つと、俺に向けてメッセージが一つ」
「はあ? いや待て、わかった。あれだろ」
余計なことはするな、そう続けた言葉はイヅナと同時に発せられた。
「ベルだな、間違いねえ。用意周到なんだよ野郎は。俺が探っても同じメッセージがありそうなもんだ」
「昨日一日かけて探ったら、アメリカにあるナインが調べてた形跡も見つけたんすけどね。さすがにメッセージに気付くほど深くは潜ってなかったっス」
「そりゃそうだ。マルフタでも軍人じゃ無理だろ。そんで後者は?」
「ベル先輩の妹さんで、二つ年下っスね。こっちは特に手を入れた形跡はないんすけど、マーデ先輩から直接聞いてたんで。それに俺、二人とも顔を合わせてるんすよ」
「知り合いかよ」
「そうでもないっスけどね」
「てめえの、そうでもないって言葉ほど当てにならねえ。政治家の善処と遺憾くれえにな」
「あははは」
「笑いごとじゃねえっての。それでお前はともかく、あっちの二人は知り合いなのか?」
「それは知らないっスよ」
「かなりの嫌悪だろ。そりゃ一次試験の通過者なんていねえよ。相手が誰のどいつかもわからねえ戦場じゃ感じることのできねえ類のものだ。対一、個人であっても、さすがに限定される。ま、俺にとっちゃ懐かしい、だ」
「心地よいじゃないんすか?」
「そりゃお前だろ。だいたい、一次もそうだが二次はかなり退屈だ。こんな頂上でどうやって暇を潰せってんだよ、あァ?」
「ああ、そりゃ問題ないすよ。たぶん十五分以内に終わるっスから」
「賭けるか?」
「芹沢に投げる次の寄付金、アブ先輩の分も出していいっスよ?」
「それよか骨董品の単車を狙ってる最中なんだ。半年以内に持ってこいよ」
「んじゃ俺が勝ったら?」
「今回の貸しはチャラだ」
「あははは、ま、いいっスよ。どうせ勝ちは見えてる」
「――お二方、そろそろです」
「ちなみにイヅナ、開始前の説明ありか?」
「もう今からでいいっス。先輩と一緒で面倒なこと嫌うタイプなんで」
「大した自信じゃねえか。んなに癖があるヤツらなのかよ」
「そりゃま、あるっスよ」
「本気か? まあ、それでも駆け出しには違いないだろ。俺としちゃ退屈な時間を過ごすんじゃなけりゃべつにどうだって――」
「アブ先輩」
「あ?」
ほらと、軽く肩を叩いたイヅナは苦笑しながら立ち上がり、アブはその小柄な少女が睨むようにこちらを見ているのに気付いて、ため息を盛大に落とした。
「――え?」
何がどうなっているんだと、シーリーは後ずさる。それは小夜が抱く存在感が、あるいは機嫌が悪い空気を感じ取っての行為だ。
「やあ小夜ちゃん、久しぶりだね」
「あー? ……ああ、確かイヅナだったか。んだよてめー、試験官やってたのか。くだらねーことしてんじゃねーよ」
「これも仕事だからね。っていうか俺がいるって気付きそうなもんだけど?」
「うるせーな。ちっとほかより大きい石が転がってたって、壊せるんならオレにとっちゃ同じだ。そこまで気を回せてねーのは認めてやる。あークソッ、やっぱ距離が足りねーな」
「空間転移の術式を使ったみてえだな」
「てめーは誰だクソッタレ」
「小夜ちゃん、これアブ先輩ね」
「ああ……よく見りゃ、なるほど、確かにそうかもな。あークソッ、イラつくぜ。下にいた試験官が頂上まで行けって言ったから来た、そんだけだ。それよかてめー、いやイヅナ、ここにいるのはてめーら三人だけか?」
「そうだよ。どうかした?」
「そっちのビビってる野郎の手助けはしろ。ほかは知らん」
そこから発生した現象を上手く説明するのは難しい。ここでの登山は罠に引っかからず迂回しなくとも三時間は必要な程度のもので、それだけ山は大きいこととなる。
だが、地鳴りと共にその山は崩れた。
規模を小さくして見たのならば、それはきっと砂浜にて作った砂山を両手で側面から押し出す動きで山を崩して平らにしてしまう現象に限りなく近い。もちろん、それが大規模になったのだから、やはり詳しく把握することはできなかっただろう。
ただ結果として。
「どうする? 頂上がなくなっちゃったねえ」
花ノ宮紫陽花はどこか間延びした声で、そんなことを言って困ったように首を傾げた。頂上を失くした本人の態度としては、落第点だ。
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