04/03/08:00――イヅナ・狩人認定試験

 狩人認定試験は、全世界で一斉に行われ、試験内容は統一される。原則として国籍を持つ土地にて受験しなくてはならず、このタイミングに合わせた里帰りはある意味で異様であり、まったく試験には無関係な一般人であっても、同じ飛行機に搭乗すると雰囲気でわかるほどで、かといって人間性に似たような傾向があるわけでもない。

 ならばこの場合における刹那小夜はと問われれば、おそらくその雰囲気からは少し外れている人間だろう。

 かつて、ベルがそうであったように。

 待合室はかなり広い。平均して一次試験の受験者は五百人前後なのだし、筆記試験に関しては試験場が変わるわけでもないので広くて当然だが、日本人がそれだけ集まっていると少しうんざりすることだろう。

 何かを読んでいる者は筆記試験の最終チェックでもしているのだろうか、中には仮眠を取るように瞳を瞑ってリラックスしている者も見受けられる。そもそも狩人とは、依頼を受けて遂行する仕組みに必要な、駒のような仕事だ。依頼は千差万別、ある種の傾向はあるけれど、探し物が得意な人間が製造関係の依頼を受けないように、狩人本人にもいわゆる専攻を求められる。だからこそ、ここにいる受験者もまた、誰かに似ているということはない。ないが、それでも受験者という括りにはなっているか。

 それは、いつもの光景だった。この五百人の内、多くても三十人程度しか二次の実技試験に行けるのも、当然なのである――が。

 そこに一つ、いや二つの異分子が紛れ込んでしまった。

 もちろん一つは刹那小夜(せつなさよ)だ。

 昨日とは違い、赤のチェックは同じであるものの基調は黒に変わった、同じ服装で入り口に入った直後、幾人かが刹那小夜の姿を確認してすぐに、それは発生した。

 物音の一切が消失する。

 呼吸を含めて停止してしまった空間を小夜だけがゆっくりと、小さな足音を立てて歩く。向かう先は喫煙室だろうが、そんなことは誰も意識してはいまい。

 呼吸ができていないことに気付くのに三十秒以上を要した。ごとん、と音がすればそれは意識を失った人間が床に落ちたからだ。それはきっと幸運な人間だっただろう。呼吸が停止したことに気付いた人たちは、このままでは死ぬと直感しながらも、震える唇を開こうと必死になり、空気を取り込もうといくら意識しようとも喉も、いや肺も動かずに停止している。六十秒を超えた辺りから、這いずるようにして出口へと向かう者が大勢出てきた。

 殺意である。

 圧倒的な殺意。底冷えするほどの殺意。

 たとえば獣が獲物を前にして息を潜め、ここぞという場面にて疾走を開始する。殺意とは狩りにおける意志なのだが、それを知っていた者も知らぬ者も、後に言う。

 あれは、と。

 これは、獣が研いだ牙を獲物に突き立てる瞬間が延延と、永遠と、蜿蜒と続いている、終わりのない殺意であったと。

 その雰囲気は当然のことながら会場全体へ伝わっており、管理室にいたランクB狩人〈管狐の使役者イヅナ〉も当然のように気付き、くつくつと喉の奥で笑ってしまった。

 狩人認定試験は基本的に現役狩人でランクB以上の者が責任者として就く。それも彼らにとっては公式依頼の一つであり、つまりは仕事だ。もちろん一人ではない、最低でも五人は補助がつく。

「ははは、笑えるね」

 参ったな、という本音はやはり口から出ない。代わりに、おいと近くにいる男を呼ぶが反応がなかった。

「おーい、聞こえてるか? ぼけっとするな、何してんだ。殴るぞ、よし殴る」

 加減して軽く殴ってやると、驚いたように身を震わせた彼は、額に脂汗を流しながらも呼吸を再開させた。

「なんだ生きてるじゃねえか。どうしたんだ」

「くっ……は、なんだこりゃ。イヅナは――平気そうですね」

「何が」

「この殺意ですよ。なんで急にこんな……」

「おいおい、お前、ランクFだっけか?」

「一応ランクDですけど、こんな馬鹿げた殺意なんてお目にかかったこともねえですよ」

「こんなもん、殺意なんてカテゴリじゃねえだろ。それよかこっちのコンソールに、受験者のリスト回してくれ」

「わかりました。まあ確かに、イヅナの言う通りこんなもん、殺意なんて呼べるもんじゃありませんね」

「は? いやそうじゃねえよ。たとえば複数人でいる時に、そうだなあ、仲が悪い奴が二人いたとすると、こう、空気が悪くなるだろ?」

「そりゃまあ、ぎすぎすしますね」

「こりゃそれと同じだ。殺意なんて大げさなんだよ――ああ、こりゃまずい」

 リストに検索を入れれば二つの名前を発見できた。イヅナはしばらく天井を眺めたが、時計に視線を落として一度瞳を瞑る。

 ――こりゃ俺の手には余るだろうな。

 一次、二次くらいまでならいいが三次試験となると、さすがに困る。技能試験は実戦形式で実力を見るタイプだ、この程度の殺意に当てられているような連中では話にならない。

「シーリー」

「はい?」

「とりあえず予定通り一次試験始めるからな。棄権するヤツは放っとけ。これも経験だ、あーお前らもか。俺はちょいと屋上に出て知り合いに連絡しなくちゃいけねえからな。頼んだ」

「そりゃ準備はできてるし後は始めるだけだから、問題はありませんけど……イヅナの知り合いって?」

「いわゆる応援ってやつだ。明日になりゃわかる。ほかの連中が呆けてるようなら殴っておけ。お前も、ぼけっとすんなよ?」

「諒解」

 それにしても、どうしてそれほど嫌っているのだろうか。面識があるのは知っていたが理由までは知らない。

 そんなことをつらつらと考えながら、イヅナは屋上へ向かった。


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