10/18/06:40――雨天暁・その名は

 雨天の家へ戻った暁を真っ先に出迎えたのは、もう背を越してしまった師範であるしずかだった。

 老人は無言でこちらを見上げ、暁は視線を合わせてから少し下へと落とした。

「――都鳥が小太刀二刀〝怯娘〟をここに」

「ああ」

 受け渡しを済ませ、はあと暁は吐息も落とした。

「すまなかったなァ暁」

「必要ねェよ。俺が好きでやったンだ。それに――そうじゃなけりゃ、あいつも報われねェ」

「いや、俺からじゃねェよ。……ひやからの言葉だ。世話をかけちまったと」

「大将が? 馬鹿だな、ンなことねェのに」

 言って顔を上げた暁は、腰から刀を引き抜いて突き出した。

「――爺さん、預かっててくれ」

「どうする」

「刀はしばらくいい。俺は表へ出る、小太刀を一振り借りるつもりだ」

「それがお前ェの選択か」

「ああ。今回は蓮華にも世話ンなっちまったし、経験が足りてねェことを実感した。仕事ッてのをやりたい。野雨の管理はしばらく、爺さんに任せるぜ」

「……ふむ。まあいいだろう。雨天を出ると言わんのなら、な」

「言えねェよ。俺は親父と違って、雨天であることが俺の道だ。涼に、往こうッて言っちまったしなァ」

「――暁!」

 玄関から二人の姿が見え、静は軽く暁の肩を叩いた。

「しばらく休めよ。お前ェが思ってる程に、軽くはねェからな」

「……おゥ。心配かけたな爺さん」

 そう言って静は敷地を出てしまう。おそらく冷にでも報告に行くのだろう。

 そして、二人は、暁の前で止まった。

「お帰り暁」

「ただいま戻った。――鏡の」

「あ、うん……一つだけ、いいかな」

「ああ」

「涼は、笑って逝った……?」

 恨み言も、なく。

 落ち着いた様子で問われ、翔花が支えていたことに気付く。一瞥を投げてから暁は頷いた。

「ああ。満足そうに、逝った。だが――違うぜ。そうじゃねェよ。……往こうと、俺は言って、あいつもそう言った」

 それを聞いて華花は。

 優しく、それこそ満足そうに微笑んだ。

「そっか……ありがとあかくん。本当に、ありがと」

「それと」

 石畳に膝をつき、少し見上げるようにして華花を見る。

「伝えておくことがある」

「ん、なあに?」

「――凛、という名はどうだろうか」

 驚きに硬直した華花は、その頬に雫を流す。

「いい、名前、だね……」

「俺もそう思うぜ。あいつ、忘れてたとか言ってやがった」

「あはは、涼らしい。でも、うん、やっぱりありがとう」

「そっか。――翔花、とりあえずお前も一緒に眠れ。俺も風呂に入って少し休むから」

「……ん、わかった」

 二人が母屋に戻るのを見送ってから、暁は両手を腰に当てて空を見上げた。

 小雨は、もう、上がっている。

「――蓮華の野郎、どうしてッかな」

 多くを背負わせてしまった。無事だといいが、と考えて苦笑した。

 大丈夫に決まってる。

 瀬菜が傍にいるのだし、それに――生きていれば逢いにいける。

 友人であれば。

 繋がりが消えることはないのだから。


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