10/18/--:--――神鳳雪人・たどり着いた先

 そこは、庭だった。

 母屋がある。ただし道場はない、和風の佇まい。ふと振り返った神鳳雪人は、そこに二つの燈籠が出入り口を作っているように見えた。

「遅かったわねえ」

 母屋の縁側で、暢気にお茶を飲みながら鋭い眼光の女性がこちらを見ていた。

「いや、早かったのかい? ま、どうでもいいサ」

「――私を待っていたのか」

「知っていただけサ。アタシに知らないことはないからね」

「ほう」

「ただしわからないことはある」

「なんだ、それは知らないことではないのか?」

 近づきながら言の葉を交わす。見るとやや大柄の女性で、背筋をぴんと張った姿は堂に入ったものがある。

「違うね。それは明らかに違うものだ。何が違うのかは自分で考えるといい」

「ふむ、そうさせてもらおう。――神鳳雪人だ」

「如月ようサ」

「夢撓殿に聞いていたのか?」

「待ってはいないと言ったはずだけど、聞いてなかったのかね、アンタは。繰り返すけど知っていただけサ」

「何をどう知っていたのか、問うてもいいか?」

「確認は悪いことじゃないサ。でも知らないと自分で言っているようなものだ。ま、知らなくて当然だ。以前ここに居た少女から聞いたのサ」

「私がここへ来る、と?」

「アンタだと断定したわけじゃあない。けどま、そういうことさね」

「ふむ。つまり――」

 想像を口にする。それはあまりにも現実味を帯びていなかったが、思い付きを口にしたところで何か弊害があるわけでもなく。

「私ではないかもしれない。だが誰かがここを訪れる。時期は世界が紅色に染まる頃合、そういうことか」

「その通りサ。なんだいアンタ、頭がそこそこ回るじゃあないか」

「私が来ることだけではなく、下界の状況そのものを知っていた、というのか」

「違うね、それは違う。彼女はわかっていただけだ。未来を知ることなんて誰もできやしない」

「……なるほどな」

「へえ、賢いじゃないか。アンタ、しばらくここにいるんだろう?」

「ああ、すまないが世話になる」

「世話をするのはアンタの方さ雪人。まずは台所に立つことを覚えるんだね」

「構わんが……」

「それと、ああ、ダンナは生きてたかい?」

「夢撓殿か? 伝言は頼まれていない。生きてはいただろう」

「そうかい。まあダンナもこれからは一人だ、気兼ねがなくて良いだろうサ。アタシと違って、他人が傍にいても上手く使う男だけどね」

「――待て。では容殿は違うと?」

「アタシゃ誰がいたってアタシさ。気遣いなんて母親の腹ン中に置いてきた。寛容の寛ぎを忘れた容たァアタシのことだ。容赦の赦すを忘れたとも言われるけどね」

「……早まったか」

「後悔かい?」

「嬉しそうに聞くな。べつにそういうわけではなく、俺が望んだものを再確認しただけだ」

 俗世には戻らない。下界には行かない、情報を取り入れない。

 それが神鳳雪人が己に科した題だ。

「――よろしく頼む」

「ああ、こっちこそいろいろ頼むよ」

 何がいろいろなのか、それは雪人がこれから身をもって感じることになる。

 ため息の数だけは数えない方が良いと、そんなことを思うのはそう遠くない未来だ。


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