10/18/02:10――ベル・刹那小夜

 駐車場にある専用ガレージに車を入れたベルは、気を失っている少女を背負って降りた。

「――レイン」

『はい、なんでしょう主人。車のメンテならお気になさらず。明日に必ずやってもらいますので』

「そうじゃねえ。r因子系列のプログラムコード、実行しておけ。ログは保存しておけよ」

『フォルダ名称は?』

「そうだな――レィルでいいか」

『母親は赦せないので姉という設定にしておきます。つまり弟です』

「〝教育セッティング〟は好きにしていいが、無茶は組み込むなよ」

『承知していますよ』

「それと、室内AIの〝教育〟もほどほどにな」

『さて、何のことかわかりませんね』

 シャッターを落とすようパネル操作だけしてマンションの最上階へ。完全に意識が落ちているらしく、背負った少女は目を覚まさない。

 ――名をやってくれ。

 ――刹那という姓と、小夜さよという名だ。かつて俺が受け取ったものを、こいつに渡そう。

 それは別れ際に呟かれた言葉で、だからベルは彼女を小夜と呼ぶことにした。本人がどうするかは知らないが、今は意識が落ちている。肉体が作り変わるのだから時間を要するらしいが――過去にないのだから、どうなるかはわからない。

「あれ先輩、お疲れ様っス」

「――なんだ、休んでねえのか」

「いや、もう術式展開してないんで、まあ休憩中っスよ」

 リビングから出てきたイヅナに発見され、空き部屋に移動するとそのままついてきた。

「その子、どうかしたんすか?」

「拾った荷物だ。口外はするな」

「ういす」

 空き部屋に入り、後ろからきたイヅナが扉を閉めようとした直後、ベルは迷わず小夜をベッドへと放り投げた。

 目が開く。

 先ほどまでは完全に落ちていた癖に、覚醒した直後に放り投げられたのにも関わらず、的確にこちらを射抜く視線を受け止めながら、ベルは舌打ちをして上半身を倒し、イヅナへと足払いをかけ、起き上がる動作で前進しつつ倒れたイヅナを部屋の外へ左手で押し出す。

 停止する。

 上半身を起こした凶眼の少女と、直立したまま腰の刃物に手を伸ばすベルと。

「――はッ」

 警戒を解くのは同時に、お互いの実力を評価する。

「くだらねえことをするな」

「はあ? てめー、どこまでわかった」

「少なくとも術式が三次元式固定の空間転移ステップであることはお前が今教えただろう」

「初見、しかもオレが一手を出す前に理解しやがって。で? てめーは何だ」

「俺が何か、わかるか」

 既に立ち上がったイヅナに、もう問題はないと軽く手を振っておく。

「知ってる顔じゃねーよ」

「いいや、そうでもないな」

「……そうか。てめー、紫陽花あじさいの関係者か」

「根拠は」

「視線の投げ方、それだけだ」

「妹が世話になってるな」

「どうってこたねーよ。殺しても殺せない間柄だ」

「既知感か」

「――待てよ。てめー、どこまで知ってやがる」

「おいイヅナ、答えてやれよ。ぼうっと立ってないで」

「うえっ、俺っスか? こっそり式を覗いてんのに邪魔しないで欲しいんすけど」

「見えたか?」

「……どうっスかね」にやにやとイヅナは笑う。「少なくとも俺じゃ手が出せない領域っスよ。面白すぎて笑いが止まらない」

「ちなみに、紫陽花とはまだ一度も顔を合わせていない――ああ、例外が一度だけあったが、向こうは寝ていたし覚えてないだろう」

「……てめー」

「〈鈴丘の花〉だ」

「狩人か」

「花ノ宮鈴蘭でもいい。どちらでも同じことだ」

「どうしてオレを拾ったんだ」

「縁が合ったからだ。――躰は馴染んでるか?」

「てめーの異常性くらい、てめーで把握してる。……けどま、後で友人に調べてもらうつもりだぜ」

吹雪ふぶきかい、か」

「――おい」

「紫陽花の周辺は調べてある。それだけだ」

「それだけ、な。保護するようなやつじゃねーだろ」

「……刹那小夜、それがお前の名だ」

「おー、べつにいいぜ。それで?」

「お前には、俺の後継者になってもらう」

「てめーの?」

「ああ。――いつか、俺の全力を引き出せ。その上で俺を殺してもらう」

「ベル先輩――」

「今からでもいいぜ?」

「――ちょっと小夜ちゃん、そりゃ駄目だ。無理だよ」

「やってみなくちゃわからねーだろうが」

「今の小夜ちゃんじゃ無理だ。戦闘技術しかねえだろ。それだけじゃ、――届かないな」

 イヅナにはわかってしまう。

 空間転移術式に限定して、既に四番目のナイフが法則を切断して空間ごと作り変えてあるのだから。

「納得できないのならば、やってみてもいいが」

「ベル先輩! 俺だけじゃなく他の子が今はいるんすから自重して欲しいんすけど!」

「気にするな。今のコイツを封殺するくらいは簡単だ」

「てめー……」

 ベルは、あっさりとその左目を露出した。

 紅色の宝玉が埋め込まれた義眼を、使った。

「……少し休んでおけ。どうするかも考えておくんだな」

 すぐにベルは退室し、その背中を目で追ったイヅナはやれやれと肩を落とした。表面には出ないものの、心底ほっとしている。完全に安堵だ。

「小夜ちゃんも、怖いことするなあ。しかもアレ、一目でわかったみたいだ」

「……んなことはねーよ。ただ、事実を確認しただけだ。おいイヅナだったか、あいつなんだ? 年齢だってオレとそう変わらねーだろ」

「世界はね小夜ちゃん、自分がいるところ以外にもあるだろ。俺としちゃ、何かを知りたいならしばらく付き合ってみるのも面白いと思うけどね。何しろベル先輩がそれを許可してるんだから」

「てめーは、どうなんだ?」

「は? 俺が、なんだって?」

「てめーはオレを封殺できるのかって聞いてんだ」

「簡単にゃできねえって。ベル先輩と俺は違うんだから」

「はあん……なるほどな。つまりてめー以下ってことかオレは」

 察しが良い、というより思考が早い。そういう部分がどこかベルに似ていて。

「刹那小夜、か。ま、オレにゃ似合ってるしいいか」

「似合ってるって?」

「ああ――オレは〝瞬刹シュンセツ〟なんて呼ばれてたからな」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る