10/18/00:50――蒼凰蓮華・青色の帰宅

 そういえば自宅に瀬菜はいるんだろうかと、もう視界に入っているのにも関わらず蓮華は遅く気付いた。

 疲れている。

 蒼凰蓮華たろう者が、そんな可能性を忘れていただなんて。

 けれど新築の玄関はあっさりと開き、靴を脱いで中に入れば居間に人の気配がある。だからそちらへと足を向け――。

「あら、……おかえり」

「おゥ、ただいま」

 落ち着いた様子でソファに腰を下ろしている瀬菜が、こちらを見て僅かに微笑んだ。冷静を装っているようで、しかし蓮華はテーブルの完全に冷えてしまっている紅茶に気付く。

 心配されていたのだと確認するよりも前に近づいて、抱きしめた。

「――誰も助けられなかった」

 それはきっと、ここでしか言えない弱音。

「鷺ノ宮も、久我山も、……涼も」

 見知っている相手ならば助けたいと、いつも蓮華は思っていたのに。

「助けたい連中を助けられずに、何が策士だ。何が蒼凰蓮華だ。……クソッ」

 蓮華は感情を偽らず、誤魔化さない。

 助けられない悲しみがあった。

 助けられない悔しさがあった。

 助けられない怒りがあった。

「いいのよ」

 そっと、頭を撫でられる。

「私は、約束を守って帰ってきてくれただけで良いわ。それに――あの時は、私を助けてくれたでしょう?」

 それに彼らは。

 助けてくれ、などとは望んでいなかったから。

 誰にだとて助けることはできなかったはずだ。

「馬鹿ね。相変わらずそうやって余計なものまで背負う。でもいいのよ? 背負っても、潰れる前に私がちゃんと倒れないように支えるわ」

「……ははッ、格好悪ィとこ見せちまったよな。瀬菜も相変わらず良い女だ」

 顔を上げた蓮華に、けれど――いや、やはりか。

 涙の跡はなかった。

 暁と同じく、蓮華もまた涙を流せない人間だ。

「さすがに――……疲れたよ。始末を押し付けやがって」

「それでも、始末をしない選択は得ないのでしょう?」

「まァな。けど、あー……帰ってこれてよかったよ」

「気苦労が絶えないわね」

「瀬菜の?」

「あら、私は信用も信頼もしているもの。期待には応えてくれるし」

「でもま、次からはできるだけ心配かけねェようにするよ」

 言って冷めた紅茶を飲み干す。きっと瀬菜は淹れたことすら忘れていただろうから。

「これから、どうするのかしら」

「……もう、表にゃ基本的に出ねェよ。俺の影響力が今回の件で振り切った、俺が出歩くだけで警戒されちまう。まァ、そう仕向けたのよな、これが」

「あら、事実上の廃業ね」

「とりあえずは延大人エンターレンのとこにでも、また世話ンなろうかなと思ってるよ」

「……? ああ、リリィ・エンね。アルバイトをしていたのだったかしら」

「昔な、まァ悪さしてた頃に。腕が落ちてなきゃいいけどよ――あ、瀬菜はどうする?」

「自宅業務が主だけれど、きちんと職を手に持つわ。順調よ」

「ん……今日はもう寝るよ。何も考えたくねェ」

「そうね。さ、まずはお風呂に入ってきなさい」

「あー……」

「駄目よ。面倒でも、暖まって寝なさい」

「……はい。わかりました」

 頭が上がらないのはわかっていたが。

「よしよし。先にベッド、行ってるわね」

 頭を撫でられ、子供扱いはちょっと止めてくれと思う蓮華だった。


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