04/10/12:00――ベル・運び屋の真似事

 失踪した人物の足取りを追うには、セオリーがいくつかある。けれど、いずれにせよそれは、調査員であることを表向きとして、第三者と会話をしながらも情報を集めなくてはならない部分が必ず出てしまうものだ。

 可能な限り足跡は残したくない。それがたとえ、身分を偽り、詐欺めいた真似をして雲隠れするような結果になるにせよ、だ。

 ジィズ・クライン――米国陸軍情報部所属、実働第七班隊長。

 相手がこんな肩書きを持っているのならば、なおさら、資金の流れを洗ったところで当人にまでたどり着くことはできない。辿れるのは生活だけ、となると聞き込みが必要になる。

 ――だから、そこに推測を入れる。隙間を埋めるように、あるいは道を作るように。

 可能性と、そう呼ばれるものを引き込むのだ。

 それはかつて、ある少女からベルが、まだ花ノ宮の名を持っていた時に教わった思考方法でもある。限りなく正確に可能性を導く――いわば推測の一種だ。

 とは言うものの、間違いなくそういった技術を身に着けているベルではあるが、今回に限ってはそれを行って――思考はしていたけれど、もっと確実な方法があり、そちらを使って、大した労力もなく対象の隠れ家を突き止めることができた。いや、それもやや違っているか。

 なんのことはない、先に見つけた相手を尾行しただけだ。

 つまり、米国陸軍の部隊を。

 ――さあて。

 情報封鎖は必要ない。それを行った時点で、対象、この場合はジィズに感付かれる。だから周辺封鎖はあとからだ、まずは対象の確保を最優先させてから、状況を理解してもらうための説明をするのが普通の流れだろう。

 作業は手早く、そして演出は〝不明〟を、その上で流れを見失わないこと。

 浮遊したヘリからロープで降下してきたのは六人、その内の一人を確保して瞬間的に殺したベルは、肩に乗せるようにして裏路地まで移動しつつ、装備のナイフを引き抜き、ほかの五人が下りるタイミングよりやや早く、雷系の術式で電磁場を作りだし、威力、速度を増加させてヘリのローターを破壊した。

 完全に破壊されないローターは不器用に回り、街の外側に向けて旋回しながら、やがて落ちる。――爆発音、周囲を照らす赤い光、続く振動。

 何が起きたのかわからず、その十秒程度を間抜けな顔をしていた連中は、爆発音にまぎれた発砲音も聞けない。ただ時間が足りず、一人だけ残ってしまった。

 いや――それはそれで、構わないか。

「おい! なんだよこれ!」

 ベルは、慌てた様子で路地から飛び出すと、周囲を見渡しながら叫んだ。残った軍人の一人がこちらに気付く――何かを言おうとする瞬間を狙って縮地、一気に死角へと潜り込んで移動、殺した軍人から奪っていた拳銃を腰の裏から引き抜き、太ももと腕、どちらも片側に一発ずつ撃ちこみ、背後から抱きつくようにして襟首を掴んで、締めた。

 といっても、気絶させるほど強く締めているわけではない。

「時間はない。すぐに人は集まってくる」

「なんだ貴様……!」

「ヘリは落ちた、お前は一人、援軍もない。情報封鎖も不可能、間抜けを晒せば助かるかもしれない。――あるいは」

 一度言葉を切って、耳元で言う。

「ほかの五人と同じ道を辿るか、だ」

 動く側の太ももを撃ち抜いてやるが、しかし、男は奥歯を噛みしめて悲鳴を上げなかった。

「援軍がくるまでの時間、その部隊数、対象の殺害許可。――五秒やる、答えろ」

「……――最低でも二十分、追加はおそらく二部隊、殺害許可は最悪の場合のみだ」

「良い返事だ」

 拳銃を男が見える位置、けれど手が届かない位置に放り投げると、ベルはその空いた手で懐を探り、無線を引き抜くと、それを遠くへ放り投げた。そして。

「生かしておいてやる」

 後頭部を肘で殴り、すぐさまその場を離脱する。騒がしい空気は伝播しやすい、ジィズに逃げられれば面倒が増える。

 住人の死角を可能な限り縫いながらも、彼らとは逆方向へ移動する。だが走らない、ゆっくりとではないが歩く。周囲への印象も重要だ、ある程度は誤魔化しておくべきだろう。

 それでも一キロほど離れた、民家のような場所を発見したベルは、周囲を見渡してから中へ入る。入り口をノック、五秒ほど待って返事がないのを理解してから、扉を蹴飛ばすようにして中に入った。

 鍵はかかっていない。それもそうだろう、かかっているほうが不自然である。不自然さは周囲を誤魔化すのには向かないものだ。

 けれど、でも。

 拳銃を突きつけている男が、おおよそ十歩の距離にいる。それも正解だ、何しろ騒ぎは今まさに起きたばかりなのだから。

「ガキ……?」

「増援は二十分後だ、ジィズ・クライン」

 その言葉だけで警戒の度合いは上がる、それも正解。

「十分やる」

 言って、ベルはジャケットの中にあった折りたたまれた封筒を、ジィズの足元に放り投げた。書類は五枚程度、読むのにもそう時間はかからないはずだ。

「結論を出せ。――それとも、俺が説明をしてやろうか」

 あえて背中を見せて玄関を閉めると、ベルは煙草に火を点けて、壁に背中を預けた。

「誰だ、お前は」

「俺か? ベルだ、そう呼ばれてる。わかりやすく言えば、ハンター見習いみたいなものだな……」

「何をしに来た。俺を知っているんだな」

「時間がないと言わなかったか? 面倒だな……お前に向けられた追っ手は、第一陣だけは今潰したが、増援がくるとも伝えたはずだ。――簡単に説明してやる、よく聞けよクソッタレ。俺はお前らの国外逃亡の手引きにきた。行先は日本、野雨市と言われる場所だ。そこに魔術師協会の息がかかった、ある屋敷がある。そこに住めば、晴れてお前らは自由の身だ――が、まあ、多少の仕事はさせられるだろうがな」

「なに……? それは、本当の話か?」

「書類を見ろと、俺は最初から言っている。お前の命令違反も――帳消しにはならないが、どうにかなるだろう。名前は変えずとも、死んだことになるからな」

 シェリル・リル。

 ジィズはその女性を助けた。――本来ならば殺さなくてはならない相手を助けた、そういう命令違反だ。そこにどんな理由があったのかまでは、知っていても、ベルは口出ししない。ジィズも隊長とはいえまだ若い部類であるし、感情が消しきれなかった結果だろうが、それはジィズの選択だ。

「決断が早ければ早いほど、余裕は生まれると、陸軍情報部に言うのは釈迦に説法だ。いいから読め、拒絶するなら俺の仕事はそこで終わり。承諾するのなら空港まで護衛して日本に行けば終わり――早く動け」

「――わかった」

 拳銃をおろし、肩の力を抜いたジィズは、無精ひげの顔で頷くと、封筒を拾って中身を広げ始めた。

「質問は手短にしろ」

「日本にそんな権力を持った組織があると聞いたことはない」

「組織じゃない、一つの家だ。今のところ持っているのは権力よりもむしろ、武力の方だろう。少なくとも、その家が巻き込まれるようなトラブルがあったら、俺も困る。手を貸す理由はそれだけで充分だ」

「俺たちが生き残れる保証は?」

「ない。ただし、俺がお前らの前から消えない状況が続く限り、命の保証はしてやる。それが俺の仕事だ」

「――シェリル! ちょっと来てくれ」

 呼んでから数秒、奥から少女が姿を見せる。どこか感情を失ったような、いや、疲れている表情だ。感情を動かすのも面倒だと、そういう〝蓋〟を感じられる。

「逃亡生活も、二人じゃ長くは続かないと、気付き始めた頃合いだったか……」

「わかるか」

「シェリルのツラを見ればな。そんな状況で、掴む藁を持ってこれば、疑って当然だ――が、いかんせん、米国陸軍にお前らを引き渡したところで、俺にメリットがない。デメリットは初仕事が遂行できなくなることだな」

「初仕事……?」

「そうなるな。難易度は低い、俺の見立てではランクC指定くらいなものだろう。ま、最終的な評価は、提出する報告書に記すが、お前の気にすることじゃない」

「――、クソ、飲むしかねえか」

「俺が選択肢を狭めたわけじゃない。このまま逃亡生活を続ける道もある――が、成功率は極端に低いだろう」

「だろうな。シェリル、これが最後の逃亡になると信じて、俺について来てくれるか?」

「――はい、構いません。一度は捨てた命です」

「わかった。ベル、だったな」

「ああ」

「承諾しよう。連れて行ってくれ」

「……諒解だ」

 煙草を一本、消費する時間もなかったなと、ベルは玄関の扉をあけ、口から落とした煙草を、足の裏で消した。

「三分やる、準備をしておけ。俺は足の確保だ」

 さて。

 外に出たベルはいったん街の方向へと移動したが、途中で止まっているタクシーがあったので、その運転席をノックすると、顔を見せてくれたので、迷わずナイフを首元に差し入れた。

「降りろ」

 ドアを開けて男を強引に引きずり落とすと、ベルは用意しておいた金を取り出す。これらは、いわゆる育成施設で二年間過ごした際に、その対価として得た〝報酬〟である。金をかけて育成したのにも関わらず、生き残った報酬を出すなんて馬鹿だと思ったものだが、使い道はいろいろある。

 金額はそれなりに大きい。二年間、サラリーマンが働いて得た金が使われずに支払われた、と思えばいいくらいだろう。

 今回用意しておいた、五十ドル札の百枚束を、地面に転がった男の胸元に落とす。

「最寄の空港までの賃貸料金だ。明日にでも取りに行け、たぶん車は無事だ。お前は五千ドルを手に入れて、車も取り戻せる。誰が使ったのかもわからないし、誰に奪われたのかもわからない。――理解できたか?」

「わ、わかった。オーケイだ、ボーイ。俺はなにも知らねえし、車は勝手に移動した」

「大事に金を抱えてろ」

 ナイフをしまって運転席へ。背丈が小さいため、やや視界が狭いけれど、運転自体に問題はなく、じゃあなと一言投げかけて車を移動させた。

 三分後、すぐに二人を後部座席へ乗り込ませ、フリーウェイまで急ぐ。

「飛行機のチケットは三枚、確認したか?」

「ああ……」

「一枚は俺のだ。落とすなよ」

「それはいいが、お前、運転は大丈夫なのか?」

「事故らなきゃ、いけるだろ。心配なら、これからの身の振り方についてにしておけ」

「……ここに書いてあることが本当だとして」

「俺は読んでない」

「総括して考えれば、手伝いをしてくれれば衣食住と命を保証すると書いてある」

「だろうな」

「知ってるじゃねえか……」

「読んでいないのは事実だ。情報提供は俺の業務には入らない」

「教えられないか?」

「……魔術師協会に所属する資産家の一つだ。今回、新しく引き継いだから、手が足りないんだろ」

「引き継いだ?」

「ああ、本家を潰して奪った。潰したのは本家の娘だ、お前らと年齢もそう変わらないだろう。よくある話だ」

「よくあるのか……?」

「少なくとも、武装した一個小隊が突入してくるような状況にはならねえよ――おい、尾行確認くらい手伝え」

「あ、ああ……」

 まったく、面倒な話だ。

 車での移動中、トラブルは一切なかった。鍵は落し物として空港内の受付に渡しておき、手続きも問題なく終了。飛行機の時間に〝合わせ〟てはいたが、数分の時間が余ったので、鈴ノ宮へ電話連絡だけしておく。直通ライン、盗聴防止もしてあるが、されているという前提での会話だ。

「ヘリポートを作っておけ」

 その方が面倒がなくて助かるんだと、最後にはそう言って、返事を聞かずに切った。


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