04/09/15:00――ベル・鈴ノ宮の仕事
やり方を学べば、次は実践してみたくなるのが、人というものだ。つまりベルが、情報収集の方法を学んだのならば、それを使って裏をいろいろと探りたくなるのは、必然なのである――というか、それはベルだけではないけれど。
狩人育成施設は
つまり錠戒にとっては、育成施設それ自体の存在を知っていて、黙認していて、手も貸しているが、表向きはノータッチで何をしているかも知らない、というのが実情である。おそらく末端の組員は何も知らないだろうし、上に行ってもそう多くのことは知らないはずだ。だからこそ、あくまでも間借り、という体裁が保てている。
そして――こうして外に出る機会ができた。いくら仕事とはいえ、ほかのことを調べる余裕はある。上手く使わなくてはならないが、しかし、仕事は仕事、きっちり終わらせなくてはならないだろう。
ベルに与えられたのは、まず、愛知県
無造作に、庭に足を踏み入れた状態で待つところ十五分、相手は警戒しながらも近づいてくる。屋敷という領域に踏み入ったのだから、家主たちが気付くのは当然のこと。その間は、まだ手入れもされていない庭を、ぼんやりと見ていた。
「いらっしゃいませ、お客様。なにか御用でしょうか?」
取り繕ったような、丁寧な言葉。けれど、どこか睨むような視線が全てを台無しにしているような気がしなくもない。もちろん、ベルはそんなことを気にする人物ではないので、ああと、小さく頷いた。
「執事の真似事がしたいのなら、口調もそうだが笑顔の練習もしておけ――と、練習するのは、笑顔になるんじゃなく、笑顔を張り付ける練習だ。常にそのツラなら、あまり不快感もなく、誤魔化しやすい」
「……ご忠告、どうも」
「ソプラノはいるか――と、いや、鈴ノ宮
「お嬢様ならいますが……」
「仕事の話だ、案内してくれ」
「――、わかりました」
こちらですと、屋敷に向かって歩き出すが、ベルはやや距離を空けておいた。
「珍しいこともあるもんだな。橘の分家が拾われるとは、思ってもみなかった」
「私のことをご存じですか?」
「いや、厳密には知らない。名前も、性格も、在り方も。分家であることは事前情報だ」
「だとすれば、私と同じかもしれませんね。〝今日は客がくる〟けれど、それが誰であるかはわからない」
「なかなか良い返しだ」
中に入れば、エントランスの両脇にある二階への階段の下で、彼女が。
鈴ノ宮清音が腰を下ろしていた。
「お嬢様、お客様です」
「ありがとう、
「……隠していないのか?」
「今のところは、そうです」
「俺にとってそれは、調べてくださいって催促と同様だから気をつけろ、
「――なんの話かしら」
「迂闊なことを言う前に、事前準備をしておけという話だ、ソプラノ。……じゃない、鈴ノ宮清音」
「好きに呼んでいいわよ」
「そりゃ心が広くて助かるね、嬉しいくらいだが、俺のことはベルでいい。――資料だ」
持っていた資料を五六に渡せば、そのまま清音の傍にまで行く。
「仕事の内容は人材調達らしいな?」
「――ええ、そうだけれど、あなたが引き受けるの?」
「俺自身に対する疑問よりも前に、仕事の内情を話せ――といっても、これだけ広い屋敷に二人だ、手が足りないことは間抜けでもわかる。本家を潰す前に手配しろと、言いたい気分でもあるが」
封筒を開ける様子はなく、二人の探るような視線を感じながら、ベルはジャケットの内側から煙草を取り出して火を点けた。
「先に言っておくが、この屋敷を建築する際に発生した金の流れにも目を通してる。この程度は初歩だ、拍手はいらない。それに本家を潰したのは昨日だろう、この時点で知っていたところで情報通とは口が裂けても言えないな。――ただ、打診した相手を間違えたんじゃないのかと、苦言を呈したくはある」
「そうかしら」
「資料に目を通せ。俺がわざわざ、仕事前の確認をしようと足を運んだんだ、それが失敗だろうが正解だろうが、知っておいて損はない」
言って、ベルは小さく笑った。
その笑いの意味には気付かないが、手早く資料を読み出す。
「これ……」
「……」
「退役軍人という扱いになるのね?」
「一人は、そうだ」
「男女が一人ずつ……ですか」
「どうしてこのチョイスを?」
「それは俺じゃなくて、相談した相手に言え。ただ、俺の見解を言うのなら――流通を担う鷺ノ宮の〝代わり〟をするくらいなんだから、そのくらいのことは受け入れろ」
「どこまで――」
「事情なんか知らない。情報から察しただけだ」
携帯用灰皿に灰を落としながら、ベルはため息を落とす。
「仕事が俺に遂行できるかどうかは、度外視してくれていい。何故なら、依頼主はお前らじゃないからだ。それと、俺の事情を探りたいのなら、好きにしてくれ。べつに隠していないし、いつかはわかることだ」
「そう」
資料を五六に手渡した清音は、軽く瞑目してから口を開く。
「――詰所でも作った方がいいかもしれないわね」
「なんだ、前向きだな」
「これからは人を使う立場になって、人を囲うことになる。そんなことはわかりきっていたことで、仮にも魔術師協会の息がかかった〝鈴ノ宮〟ならば、元軍人くらいが丁度良いと思っただけよ」
「なるほどな。ところで、元手はどこで手配した?」
「老人たちに遊び場を提供した対価よ」
「……野雨市ってのは、ある種の特異点だな。分布程度は調べているが、深く踏み込む必要もありそうだ」
「そちらの事情は?」
「俺の? まだ見ての通り、クソガキだ。実年齢は忘れたよ、戸籍もない」
そんなことを覚えているくらいなら、医療用単語の一つでも覚えておいた方がマシだ。
「戸籍を作るのはまだ先だ。今はベルでいい。仕事もする。ついでに、野雨にセーフハウスでも作っておこうかと考えている最中だ」
「そう。だったら私としては、出迎えの準備でもと、そう返事をすれば良いのかしら」
「それでいい――ところで、さっきから左側の通路にいる女は、誰だ」
「え?」
気付いていなかったのかと思いながらも、だが、そちらを振り向いても姿はない。あたかも〝出現〟したかのようにベルの背後を取った彼女は、しかし。
その――彼女の背中に、ベルは、己の背中を軽くつけた。
「挨拶としては充分だな」
正直に言えば、ぎりぎりだ。死角を縫うような移動ならば、まだベルにだとて把握できる。だが、死角の〝裏側〟に潜む暗殺の歩法など、これが初見であり、対応としてはここまで。相手が挨拶のつもりだったのも功を奏した。
経験が足りないことを痛感させられる。綱渡りでも対応できたのは、ベル自身が、この技術を見たのが二度目だということも、あったのだろう。
「零番目か。未だに不毛な仕事を続けているのか?」
背中が触れ合うのは一瞬、すぐに二歩ほど退いたベルが振り向けば、驚いたような間抜けな顔をする少女がそこにいる。膝下まであるチャイナドレス、色は赤色で――胸元には派手な鈴蘭の刺繍が施されていた。この服装は、以前見た時とは違っている。
「いつの間に来たの、
橘一族の本家、シングルナンバーで呼ばれる彼らが暗殺代行者としての旗印。殺人を行いながらも、金を得るのではなく、ただ殺す。こと本家に限って言えば、その仕事とは生き様であり、殺した相手から次の殺害対象を聞き出すなんて真似をして、続けている。
その理由については、まだ知らない。いくつか察してはいるが、どのどれもが、必要に迫られて――とのことだが、かといってそれ自体に解決策がないとも、思わないのだが。
それに、狩人だとて、似たようなおのだ。内容によっては、殺しもする。
「……だれ? あ、思い出した。そっか、鈴蘭だ。覚えてる」
「その名前は、まだ使っていない。今の俺は〝行方不明〟だ、あるいは神隠しの方が近いかもしれないな」
「鈴蘭? ちょっと零、知っているなら教えなさい」
「あ、うん、この子、ほら、えっと……なんだっけ」
「なんだっけ、じゃないわよ」
「あーそうだ、そう、鈴蘭。――
無言で、ベルは煙草に火を点けた。
「殺害対象が、おとうさん? だったかな? うん、覚えてる」
「相変わらずの間抜けは、どうでもいい。俺に必要なのは資料を読み終えたかどうかだ」
「え、ああ、そうね、目は通したけれど」
「だったら早めに行動する必要があることも理解したはずだ。質問は?」
「――いえ、ないわ。この条件でやってもらって構わない。私は彼らを〝保護〟する」
「諒解だ。じゃあな零番目、仕事を辞めたっていうのなら、それなりに情報を流布しておけ。いらん面倒を起こしたくないのならな」
「それ、やってくれないの?」
「なんで俺が」
「なんとなく」
「ねえよ」
話は終わりだとばかりに出ようとして、しかし、思い出したように振り向く。
「……なに?」
「これから最低一年間は、外で動くことが多い。俺は野雨を拠点にすると今日、決めた。そのつもりでいてくれ」
「それは被害を許容しろと?」
「影響はあるだろうな」
「そう、横のつながりを太くしておくわ。……ああ、一つだけ、質問が」
「なんだ?」
「鷺ノ宮との繋がりは?」
「ああ――」
それは、ひどく昔のできごと。まだベルが、花ノ宮の名を持っていて、父親が生きていたかどうかは定かではないけれど。
「――きっと、
なにしろ、今のベルは、ただのベルだ。それ以外の何者でもないのだから。
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