24 きゃぁぁぁぁぁ――!!
「試験内容ですが、サツキさんは渡来人ですので採取1と討伐2となります」
採取もあるんだ。
「採取1はスス滝の水、ネセ草、クク茸――所謂ポーションの材料集めです」
その所謂ってのが解らないんだけど……ポーションの材料か。いかにもって感じの試験内容だ。
受付嬢のルテさんから、二つの袋と一つの水筒が渡された。それらに一杯になるまで集めたら完了とのこと。
「討伐2は小餓鬼を三体ですね」
「猪じゃないんだ」
てっきり、ネスス猪狩り辺りだと思っていた。
「討伐1でしたら、猪や角兎でもかまわないんだけど、渡来人は討伐2と言う決まりがあるんですよ」
「あらあら、何故かしら?」
姫さんも興味を持ったのか口を挟んできた。
「前に渡来人の人の試験内容を聞いたことがあったけど、小餓鬼狩りは含まれてなかったと思ったけど」
「えぇっと、ですね。小餓鬼が討伐対象なのは、人型の魔物を狩れるかどうかを調べるためなんです。
渡来人の中には人型を傷つけることをひどく躊躇う方がいまして……」
何て言うか、難度が上がっていたようだ。
正直、人と同じ姿をした生き物を殺せるかどうかは解らないんだけど……うだうだ悩んでいても仕方ない。もとより、でたとこ任せで戦うしかないんだからか。
「討伐後は魔核を回収してきて下さい。それによって討伐証明とさせてもらいます。また、小餓鬼の角や胆は錬金術の触媒となりますので、一緒に回収してくることをお勧めします」
「魔核って?」
聞いたことの無い単語だった。
「あらあらお姉様。猪の解体をした時に気付きませんでした? 心臓近くに黒と茶色のまだら模様の石っころがあったのを」
「あー、そう言えばあったな。胆石にしては大きなとは思っていたけど、あれがそうなんだ」
更に詳しい説明を受ければ、魔核とはリグラグに生きる全ての生き物に存在する器官で、大気中から吸収した魔素とやらから魔力を生成する代物とのこと。
ちなみに植物は根と茎の間辺りに、動物は心臓周辺に存在し、人は右胸に存在するらしい。
思わず右胸へと手を当ててみるも、感じるの皮鎧の硬い感触だけで心臓のように心拍恩は伝わってこなかった。もっとも、鎧の上からじゃ心音も感じられないんだけど……
「人型の胸を裂いての魔核回収か……」
グロ耐性Lv1じゃ足りない気がしてきた。
すげー鬱になってきそうだけど、やるしかなかった。
この異世界で生きて行くには。
「では、サツキさん。
これより試験依頼の発注を開始します。期日は最長で三日。それを越えましたら、二週間のインターバルをおいて再度テスト依頼を受けることが出来ます」
連続で試験を受けるのは無理らしい。
採取ポイントを教えて貰い、早速行動に移るべく重い腰を上げた。時刻は昼前。どこまで集まるかは解らないけど、期限がある以上早めに行動に移しておきたい。
「あっ、お姫さま! 待って下さい!!」
俺の後を着いてこようとする姫さんをルテさんが呼び止めた。
「話、聞いてくれる約束だったじゃないですか」
「あら? そんなこと、約束したかしら?」
しれっと言い切る姫さん。煙に巻く気だ。
「ダメだぞ、姫さん。約束を破っちゃ碌な大人にならないぞ」
「むぅ……お姉様のいけず。子供扱いしないで下さいませ」
「姫さんは可愛い子供じゃないか」
むすっと頬を膨らませる仕草が愛らしい。
「あの、サツキさん。お姫さまはもうこ――」
「ルテ。話、訊いてあげるから黙ってなさい」
姫さんの矛盾を含んだ言い回しに圧され、押し黙るルテさんだった。
「それで、話は何なのかしら?」
「あっ、はい。
それがその、今日の組合、閑散としていると思いませんか?」
それは最初に感じた率直な感想そのものであった。
「実は先日、自警団の半数近くの団員が再起不能に陥っているらしく、町の警備依頼が組合の方に来まして……」
「あっ」
「あら、まぁ」
事の元凶である俺と姫さんの頬に冷や汗が伝った。
更に、町の近くでメガアントの群れが地表に現れたとかで、スタンピードが起こる前に駆除できる人材をかき集め、送り出しているのがこの状況らしい。
「メガアントって?」
「大型犬サイズのアリですわ。サイズはこれくらいで……」
身振り手振りで教えてくれたのは、ネコくらいの大きさだった。
「普段は地中深くに住み森の中でエサを探してるはずなのに、どうして出てきたのかしら?」
「何でも、東の荒野で大規模な地殻変動が起こったとかで、巣穴が地表と繋がってしまったみたいなんですよ」
「それって――」
マスターの魔法!?
完全に原因は俺達にあったようだ。
「お姫さまには町周辺の警邏及びメガアントの駆除を頼みたいのです」
「それ、俺も行った方がいいのかな?」
俺の殺気なら魔物の侵攻も止められるはず。
「無理無理です、お姉様。お姉様の殺気はかなり凶悪な魔物ですら追い払えますけど、メガアントのような群生生物は知性が有りませんから殺気を感じることが出来ないのです」
感情を持たない虫と言ったところか。
しかし、虫……
日本なら殺虫剤なり虫除けスプレーが使えば済むんだけどな――って、
「ランナの葉は使えないのか? あれって、魔獣避けなんだよな?」
「メガアントの数が多すぎてランナの葉だけじゃ足りないんですよ。それにあれって、燃えてる間しか効果がないんです」
長時間燃やし続けるのは無理ってことか。
「メガアントならば、ランナの葉にジャイアントモスの繭を一緒に燃やし、その灰をばらまけば忌避出来るぞい。クィーンの魔核でも手に入れば完璧だがな」
「あらあら? オババじゃないの。久しぶりね。まだ、生きていたんだ」
「フン。贄姫のあんたが生きてるんだからな。乙女の儂が生きていても不思議じゃなかろう」
姫さんの辛口を鼻先で吹き飛ばしたのはヨボヨボの婆さんだった。
「そちらは?」
「薬師のオバ様ですよ。ネス町最高の薬師で冒険屋組合の顧問でもある方です」
ふーん。そんな人と軽口を叩き合えるって、姫さんとは仲が良いのかな?
「オバ様、ジャイアントモスの繭なんてありませんよ」
「その、ジャイアントモスの繭って?」
でっかい蛾なのは解るが、どれくらいのサイズか気になった。メガアントがネコだから、犬ぐらいなのかな?
「お姉様、そちらのテーブルくらいの大きさをした繭を作り羽化するのですが、その繭は他の虫を寄せ付けない匂いを発しているのですわ」
姫さんが指差したのは、組合内に設置されていた二メートルほどの大きさのテーブルだった。
二メートルの繭って無茶苦茶大きいよな――って、巨大な繭!?
「俺、それ、見た覚えがあるかも」
「サツキさん!?」
ポツリとした俺の呟きに、
「そ、そ、それって本当ですか? いつ、いつ見たんです? それをどこで?」
「あらあら、まぁまぁ、さすがですわ、お姉様」
ルテさんが飛びつき、姫さんは何故か感心していた。
「えぇっと、ネス町に辿り着く前に街道沿いの森の中で――」
そこまで言うと地図を差し出された。
う~ん。
あいにくと土地勘の無い俺にとって、徒歩でどれだけの距離を歩いてきたのか解らないんだけど――って、そう言えばコンパスで転生した場所を割り出していたな。
えぇっと……
「この森だったと思う。さすがに細かい位置は解らないけど」
「その位置ですと、早馬でギリギリ日暮れまでに帰ってこれる! いけます!!」
「あら? 荷馬車がいらなくて?」
「あっ!?」
ルテ嬢が気付かなかったとばかりに声を上げた。確かに、あんなでっかい繭を運ぶとなると馬だけでは無理だな。
「オバ様、現地に赴いて調合って出来ますか?」
「出来なくはないが、儂に早馬に乗れと言うのか?」
「あうぅ……」
その指摘に再び頭を抱えるルテ嬢。万策尽きてるようだ。
「さてさて。そう言うことですので行きますわよ、お姉様」
「行くって何処――って、いきなり引きずるな!」
疑問を答えることなく外へと俺の腕を引っ張っていけば、ルテ嬢が慌てて追いかけてきた。
「あっ、ちょっと待って下さい! お姫さまにはメガアントの駆除を手伝って――」
「はいはい。解ってるから黙りなさい。今からちゃんと、私とお姉様でジャイアントモスの繭を手に入れてきてあげるんだから、問題無いでしょ」
そう言っては抱えていたハンマーを地面に置き、その柄に跨がる姫さん。その姿は箒に跨がる魔女そのものなんだけど……まさか、
「これで飛ぶとか言わないよな?」
「あらあら、さすがですわお姉様。雷帝の小槌の真価を見抜くだなんて、素晴らしいですわ。こいつを使えば、早馬よりも早く荷馬車よりも確実に持って帰ってこられますの。
さぁさぁ、お姉様も早く後ろに乗って下さいませ」
そう促されても、往来のど真ん中でのそれには抵抗があった。周りには、興味を持ったのか足を止めて見てくる人の垣根が出来始めていたのだ。
「お姫さま。本当に繭の回収が出来るんですか?」
「あらあらあら、ルテは私の言葉が信じられないのかしら?」
「あっ、いえ。信じます。信じてます」
慌てて弁解するルテ嬢だった。
「そう言うことですので、お姉様。早くお乗り下さいませ」
パンパンと、自分の前の柄を叩く姫さん。
「…………」
周りから注がれる興味と好奇の視線に晒され、そしてルテ嬢からの潤んだ涙目を向けられては断るなんて選択肢は無かったようだ。
はぁ……跨ぐしかないのか。
嫌々ながらも跨がることに。
「お姉様、しっかりと掴んで下さいませ」
言われ、ギュッと柄を抱きしめる。それを待っていたのか、
「迸れ雷光、轟け雷鳴――」
背後の姫さんが囁くように呟けば、その更に向こうから甲高い金属音が響きだしてきた。
そして周りからのざわめき。気になり見渡せば、俺達の方の――何か一点を皆見ていた。
それが何なのかはすぐに解った。
ピリピリとした帯電した空気が肌を撫で、ふわりと上がる前髪。きっと、集まってきていた衆人達は、俺の逆立っているであろうポニーテールを見ているんだろう。
正直目立ちたくないんだけどな……
「行きます!」
背後からの掛け声、トンッとした地面を蹴る音が届いてきたかと思えば、一気に飛び立つハンマー。後に残るは、ぽかーんっと口開けたままの群衆と、俺の上げた絶叫の悲鳴のみだ。
「きゃぁぁぁぁぁ――!!」
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