第七話 冒険屋組合

23 迷子になっても帰れる自信はありまして?

「あらあら、お姉様。道に迷いますわよ」

 キョロキョロと、お上りさん状態で町の風景を見渡している俺に、先を行く姫さんからの注意勧告が届いてきた。

 早朝の、目覚めた町に活気が満ちあふれ始める時間帯――


 昨日の特訓によりグロ耐性Lv1及び解体技術Lv1をゲットした俺は、冒険屋になるべくために公営組合を目指していた――んだけど、

「悪い。でも、すげー町が気になってさ」

 町の中を出歩くのは三度目になるんだけど、一度目は着いたばかりの時で町人全てに避けられていたのでよく解っていない。二度目は一昨日になるんだけど、あれはあれで夜も更けていたので町を見渡すゆとりは無かった。


 気分的にはこれが初めての散策だ。

 ポニーテールのリボンも認識阻害の効果を発揮しているのか、俺を気にする人の姿も無く快適だ。

 まぁ、ただ、若干男からは距離を取るように歩いてしまうのは仕方ないと思う。

 グロ耐性Lv1は男性に対する耐性にはなり得なかったのだ。


 未舗装の道に石造りの建物。今更ながらに異世界の町って感じがしてきた。

 思わず大きく深呼吸してみれば、町の中だというのに排気ガスで汚れていない空気が美味かった。

 スー、ハー、スー、ハー――?

 大きく吐いては広げた手を掴まれた。

 掴んだの姫さんだ。


「もう、お姉様。本当に迷子になりますわよ」

 どうやら手を引っ張って案内するつもりのようなんだけど……

「あのぉ、姫さん。すっごく目立ってる気がするんだけど」

 気配感知のスキルが俺に向けられた周りの視線を察してくれる。俺一人の時はさほど感じなかったんだけど、さすがは姫さん。

 注目度が違っているようだ。


「姫さん、手を引っ張って貰わなくても大丈夫だから」

「あらあらあら、お姉様。お姉様はここで一人迷子になっても帰れる自信はありまして?」

「うぐっ」

 ぐぅの音は辛うじて出せた指摘だった。

 周りに気を取られ、すっかりと道順を忘れていた。

 まぁ、鉄の髭亭は有名そうだから道を訊けば帰れるとは思うけど……素直に従っておくかな。

 あっ、決して、姫さんの手が柔らかくてスベスベで手放すのが惜しいと思ったわけではない。

 しっかし、周りの視線の微妙な暖かさは何だ?

 もしかして、不甲斐ない姉が良く出来た妹に手を引かれてる図にでも捉えられているのかも?


    ・

    ・

    ・


「お姉様、こちらが公営の冒険屋組合ですわ」

 連れて来られたのは大通りに面したそこそこ大きな建物。見る限り、

「いかにもって感じの趣だな」

 ファンタジー系のゲームやマンガに出てくるギルドそのものの風体をしていた。


「公営って言っていたけど、私営とかの組合もあるのか?」

「あらあら、まぁまぁ、そこに気付くとはさすがですわ、お姉様」

 過剰の賛辞って馬鹿にされてる気が……

「もちろん、公営以外にも冒険屋組合はありますわ。商人の護衛任務を主とした商人連合が運営する冒険屋組合に、各種素材集めを主にする職人連合の組合等々、特色に分かれた組合が存在しますわ。それに、完全にフリーで活動している冒険屋もいましてよ」

 どこかで聞いた覚えがあるなと思えば、歩き方の冊子で読んだ覚えがあったんだった。

 もっとも、内容の大半は他の情報に塗りつぶされ忘却の彼方へと旅立っていったっぽいけど。


「ただ、それらに所属する場合でもまずは公営に届け出をする決まりがあるのですわ」

 冒険屋と不法者アウトローは紙一重な部分があるため、国による管理が必要なためだとか――とのことだ。

 まぁ、やましいことに手を染めていない限りは問題無いらしい。

「それに、国に管理されていると他国への出入国が簡略化され、しやすいんですわよ」

「ふーん。そんなものなんだ」

 今のところ、国を巡る予定の無い俺にとって、どうでも良い内容だった。


「あら?」

 西部劇の酒場にでも出てくるようなドアを押し開けては、姫さんが小首を傾げた。

「姫さん? どうかしたのか?」

「いえ。いつもと違って静かだなと思っただけですわ」

 普段の喧噪を知らない俺にしてみても、確かに閑散とした印象を受けた。

 朝のこんな時間帯、ラノベとかに出てくるギルドならば、一日の仕事を取りに来た冒険者で溢れかえっているものなんだけど……拍子抜けだ。

 てっきり、血気溢れる荒くれ共がたむろっており、俺のような新人が訪れれば難癖つけて絡んでくるものだと思っていた。

 まぁ、男の視線を集めないだけ有り難いけど。


 そんな静寂に包まれた組合にて、

「ひーん、終わんない、終わんないです、全然終わんないですぅ」

 呪詛の如く響き渡る、若い女性の泣き言が聞こえてきた。

 声の主はカウンターの向こうに居る一人の女性。歳は俺と同じか少し上くらいの十代後半。制服っぽい服装からして受付嬢っぽい彼女は、膨大に積まれた書類を前にして、必至にペンを走らせ続けていた。


「組合長のバカ、バカバカバカ! こんなんあたし一人で終わる訳無いじゃないですか。ハゲハゲハゲの筋肉ダルマ、似合わない髭生やして、むさいんだよ」

 うーん、上司に無理矢理残業を命じられたOLってこんな感じなのかな?


「ルテ、ちょっとよろしくて?」


 ビクッ――!?

 姫さんが声を掛けると、書類に向けて前のめりだった受付嬢の身体が跳ね上がった。

「あ、あ、あ、あたしはちゃんと仕事、やってますよ! 決して、組合長の悪口なんて言ってませんから」

「あらあら、私としては別に言ってもらってもかまわないんだけど……」

「ほぇ? お姫さま?」

 状況を理解していないのか一瞬呆けた顔を見せるも、姫さんだと気付いて飛びついてきた。

「お姫さま、お姫さま、お姫さま、助けてくださ――ぶふっ」

 カウンター越しに顔面を押さえ付けられるルテ嬢。

「あらあらあら、まぁまぁまぁ、先に話し掛けたのは私だと思うんだけど? それを遮るのかしら?」

 笑顔の威圧に負け、涙目で押し黙った。


「落ち着いたのなら、いいかしら?」

「は、はい! な、な、何でしょうか?」

「こちらのお姉様に冒険屋登録をお願いしたいの。宜しくて?」

 すいっと横に退き、俺を前に出してきた。

「そちらの方を……ですか? 登録は構いませんが、登録をしたらあたしの話を聞いてくれますよね? すっごく大変な状況なんですから」

「あら、まぁ、命令するのね」

「あうぅ」

 射竦められ、二の句が告げられないようだ。

「まぁ、いいわ。だから、早く済ませてくれないかしら?」

「ひゃい」

 あっ、噛んだ。


 気持ちを正すようにコホンッと咳払いをし、改めて俺の方へと顔を向けてきた。

「それではまず、身分証の提示をお願いします」

「解」

 左手からプレートを取り出し、それをカウンターテーブルの上に差し出した。

「渡来人の……拝見しますね」

 カウンターの下に置いてあったメガネを掛けてはプレートを手に取るルテ嬢。

「名前はサツキ。年齢は十六。種族は人間。基礎レベルが15で総合戦闘レベルが7……」

 次々とプレートに記載されている情報を読み取っていく。その呟きが気になった。


「プレートにレベルって書いてあったっけ?」

「あらあら、お姉様。あの娘のしているメガネは鑑定のメガネと言って、プレートに記憶されている情報を読み取ることが出来るのですわ」

 姫さんの使う指輪ほど精密には解らないが、それでも表面的な情報は読み取れるとのこと。

 さすがに細かな習得スキルなどは無理らしい。

 ちなみに冒険屋登録には、基礎レベル10と総合戦闘レベル5以上が必要らしい。


「レベルは最低ラインを越えてますので問題ありません。

 それでは、試験についての説明に移らせていただきます」

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