20 殲滅級の古龍と一人で対峙した気分

「おーい、老師、姫さまー!!」

 荒れ果てた荒野にて殺気放出レベル2状態を試していると、町のある方角からマスター達を呼ぶ声が届いてきた。

 顔を向ければ自警団の一団がこちらに向かっている。先頭で声を上げているのはイケメン隊長のカイルだ。他にも偉そうな感じの人も居るけど、もしかしたらあれが自警団の団長とかなのかも知れないな。


「おいおい、地面が捲れてるぞ!?」

「こりゃ、完全に大規模戦闘の跡だな」

 大地は大きく抉れ激しく突起し、至る所が黒く焦げていた。そんな惨状を見渡しては驚きの声を上げる自警団員達。

「達人級二人が本気で戦ったんだろ? ドア師が本気で魔法を使ったみたいだ」

「おい、そんなことより姫さんの隣を見てみろよ。あの娘、恐怖で今も殺気立ってるぞ」

「ああ、相当恐かったんだろうな。可哀想に、達人級二人の戦い巻き込まれたんだろうな。あんなにピリピリして」

 殺気放出(弱)には耐えられるのか、俺を見付けてはそんな勘違いをしていた。


「ドア師! この有り様は何があったんだ!? 説明を求めるぞ!」

 団長とおぼしき四十代の男がマスターに詰め寄ってきた。

「殲滅級か壊滅級の龍でも襲ってきたのか!?」

 殲滅に壊滅って確か、軍隊での基準では、全滅が部隊の三割で、壊滅が部隊の五割、壊滅が十割だったかな?

 うろ覚えの知識を思いだしてみる。

 ただ、彼らの話を聞く限り部隊の損失率の話とはちょっと違うみたいなんだけど……パラパラと持ってきていた冊子を確認してみることに。


【リグラグ危険度ランク】


 冊子にはそんな項目が存在した。


【壊滅級】 都市の五割方を破壊できる力の襲来。

【殲滅級】 都市一つを破壊できる力の襲来。

【絶滅級】 国一つを崩壊できる力の襲来。

【消滅級】 複数の国もしくは大陸を消し去る力の襲来。


 力の襲来?

 その言い回しが解らず続きを見れば補足があった。

 何でも、ここで言う力とは魔獣、魔物、気象変動などのことであり、最上位の消滅級に関しては神の降臨やマグニチュード10クラスの地震、巨大隕石の飛来となる。

 魔獣や魔物などの生物?が関わってくる危険度は絶滅級までで、龍で現すならば壊滅級が若い龍数匹、殲滅級で古龍一匹、絶滅級は厄災龍と称される禁忌指定された特定の龍種のみであった。


 確かにこれならば、自警団員が龍の到来を危惧するだけの惨状だよな……ネス町で振るわれていたら壊滅どころじゃ済まなかったと思うし。

 でも、その力の全てが自分に向けられていたとなると、やるせない気がするかも。

 周りを見渡してはしみじみと項垂れていた。


「お二方で何と戦っていたんだ?」

「いやな……ちょっと姫とじゃれ合っていただけだ。ここんとこ、力を振るってなかったからな。なまらないように鍛え直してたんだ」

「嘘だな、ドア師」

 しどろもどろな言い訳はあっさりと一刀両断された。

「部下ならまだしも、俺を謀れるとおおもいか? それにあなた方が町から出る際、達人級の殺気を感じ取っている。それもかなり強烈なヤツだ」

「む……」

 言い負かされ気味なマスターだった。


「あの人は?」

「ブレ君? ネス町自警団の団長ですわ。ブレ=サークス、達人級下位の実力者でネス町における第三位の戦闘能力を秘めてますわね」

 姫さんマスターに続く力の持ち主か。

「ちなみに第四位は副団長のクーラ。エルフの狙撃手なのですけど、こちらには来ていないようですわね」

「副団長でしたら町の塔で見張りの任務に就いてるよ」

 カイルが口を挟んできた。

 さすがに全ての戦力を引き連れて確認には来られなかったみたいだ。


「それより、もしやと思ったが、サツキ殿なのか?」

 何故か疑問系で俺を確認してくるカイル。

「殺気がかなり弱まっていたから、誰かと思ったよ」

 強の殺気を知っているだけに今の俺と同一には感じられなかったようだ。

「これなら町を出歩いていても問題無いかな?」

「どうかな? 非戦闘民は距離を取ると思うし、冒険屋だと逆に喧嘩を売られてると感じるかも」

 姫さんと同じ様なことを言ってくれた。

 どうにも冒険屋って連中は、沸点の低い喧嘩早いのが混じってるみたいだ。

 まぁ、喧嘩を買われても守るくらいは大丈夫だろうけど、町の人との触れ合いができないのは問題か。

 俺としては人との触れ合いが欲しいんだから。

 やっぱし、早く殺気遮断を身に着けるしかないようだな。


「すまん、サツキ」

 不意に名を呼ばれ顔を上げれば、マスターと団長さんがこっちに歩み寄ってきた。

「マスター?」

「ドア師! 本当にこの娘が、あの殺気のヌシだと言いたいのか?」

 俺が応えるより早く、団長が俺を指差してきた。

「確かに先ほどからずっと殺気を放ってはいるが、ゴロツキ程度だぞ?」

 ジロジロと鋭い眼光で見分してくる団長。どうやらマスターは俺のことを話したようだ。

 他に良い訳が浮かばなければ、素直に話した方が無難なんだろうし、俺としても隠し立てする気は無いので良いんだけど。


「俄に信じられないな。どう見ても、冒険屋崩れのあばずれ女の殺気しか感じられないんだが……」

「あらあらあら、本当よ、ブレ君」

「姫様までそう言うのか?」

 それでも信じられないと言いたげな団長だ。

「サツキ、殺気を強に切り替えてみてくれ。それでこの堅物も信じてくれるはずだ」

「はぁ……」

 生返事を返し、頭の中で放出している殺気を強から弱へと切り替えてみた――刹那!


 パッ、シィーン!


 反射的に眼前で併せた手のひらの間には、団長の繰り出した長剣があった。それもその切っ先がギリギリ鼻先に触れそうな位置で。

「あらあらあらあらあらあらあら、まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁ、私の前でお姉様に剣を向けるだなんて、覚悟は宜しくて?」

 白羽取りをしている俺達の傍らで、姫さんが大槌の柄を団長の横っ面に伸ばしてきていた。途轍もない重圧プレッシャーと共に。

 暗闇の中、歴戦の強者と感じさせる団長の精悍な顔には冷や汗が伝っていくのが見て取れた。

「止めろ、姫。ブレ程度の攻撃、サツキが喰らう訳無いことは解ってるだろ? それにサツキ、もう良いから弱に戻してくれ。姫の闘気とサツキの殺気が合わさると、さすがのブレでも耐えきれんぞ」

 俺が殺気を弱へと戻せば、それに倣って姫さんも放っていた闘気を収めてみせた。


「何なんだ、今のは?」

 へなへなへなと、腰を落としてはへたり込む団長。その呼吸は荒く乱れ、肩で息をしていた。

 全身から冷や汗を流していたのが見て取れた。

 また、静かだなと周りを見渡せば、居合わせた自警団員の全てが気を失っており、中には股間を濡らしている者もいた――気がする。きっと股間の染みは冷や汗が濡らしたんだろう。

「まるで殲滅級の古龍と一人で対峙した気分だったぞ」

 言う団長の手は今も震えていた。

「しかも俺の突きを止められるとは……」

「あらあら、まぁまぁ、私のお姉様ならばブレ君程度の突き、指先で止められますわよ」


「程度……」

 微妙に頬を引きつらせる団長の肩に、マスターが手を置いた。

「気に病むな。サツキの防御力は伝説級だ。古龍の一撃だって防げるぞ。事実、儂と姫の全力攻撃を相手にキズ一つ無く耐えきったからな」

「姫とドア師の!? それって伝説級の戦闘力じゃ――」

 くわっと目を見開いては睨んでくる。その眼光が恐かった。

 そう言えば俺の人生ぜんせって、目を背けられることはあっても睨み付けられることは無かったんだよな。

 俺に見つめられた人達ってこんな気分だったのか。

 今更ながらにそんなことを考え――風切り音よりも先に感じた気配。


 一本、

 続いて二本――


 咄嗟に眼前で両の手をそれぞれ握れば、共に矢が掴まれていた。

 そして、更に飛んできた三本目は掴むには手が足らず、身を躱して避けてみせる――と同時に、


 ガッキーン!


 翻り、背後を向いた俺の口は反射的にそれを噛んで止めていた。

「影の矢まで防ぐなんて……化け物?」

 そこには、超至近距離で矢をつがえている少女の姿があった。

 一見、人と同じなんだけど、耳の長さが明らかに違う。

 所謂エルフなんだろうけど……目の前で狙われていては落ち着いて検証している余裕は無かった。


「そこまでですわ、クーラ」


「姫ちー?」

 つがえた矢を俺に向けたまま、瞳だけを姫さんへと向けるエルフの女。クーラと呼んでいたけど、あれが自警団の副団長か。

 十代の少女に見えるけど、長命で有名なエルフなだけあって年齢は解らない。

「クーラ、止めろ! 彼女は敵じゃない」

「敵じゃない?」

 抑揚の無い言葉で反芻するクーラさん。

「でも、団長と敵対行動をしていたし、町の塔からもすっごい殺気を感じた。今も、反抗的な威圧をヒシヒシと感じてる」

「うっ……」

 そう言われても、これ以上殺気は押さえられないんだよな。

 自分で殺気が制御できない以上、こちらに攻撃の意思が無いことを伝えるのは難しいそうだ。


 ギリギリと、弓を引く手に力が込められていくのが解る。

「止めておけ、エルフのお嬢。サツキは殺気を垂れ流すだけの人畜無害だ。そいつは自分の殺気を制御しきれないんだよ」

「ドアじー?」

 マスターの言葉に、クーラさんは引き絞る手を止めた。ただ、矢は番えたままだ。

「でも、長々距離からの三連射を防がれ、必殺の影の矢も通じなかった。要注意危険人物と断定」

「勝手に断定するな。サツキは防御力が伝説級なだけで、攻撃力自体は皆無だ」

「嘘だろ、ドア師!?」

 クーラさんよりも先に団長が反応した。

「あれだけの殺気に防御力があって攻撃力が微塵も無いなんて戯言、誰が信じられるんだ!」

「そう言っても事実なんだがな……」

 口べたなのか勢いを巻き返せないマスターだったんだけど、


「ではでは、実際に戦ってみたらどうかしら? ここにいる全員と」


 そんな爆弾発言が場を制してきた。

「姫さん!? 何言ってるんだよ!」

「あらあらお姉様。ブレ君もクーラも信じられない以上、戦って解らせるしかないじゃないですか」

 戦ってって、それって強者がやる行為で弱者が受ける内容じゃ無いよな……

「それにお姉様。実戦に勝る修練はありませんわ。これだけの数相手、上手くすればかなりの熟練度が得られはず」

「うっ」

 そんな口車に乗ってしまうのは、仕方ないことだった。

 そう。

 今の俺にとって、殺気放出Lv3の殺気遮断は魅力的過ぎたのだ。


    ・

    ・

    ・


 地平の彼方が白ずんで来た頃。戦いの場に立ってる者の姿は誰も無かった。

 もっとも傷ついて倒れたと言うことではなく(巻き添えで傷ついた者は多数有り)、単純に誰もが力尽きたのだ。

 無論、全員の相手をした俺自身もそうだ。

 大の字で寝転がっては、大きく呼吸する。視界の片隅で胸の膨らみが上下するのが見えるも気にするゆとりは無かった。

 戦いは鮮烈にして熾烈、そして苛烈だった――って言うか、姫さんやマスターまで参加するのは反則だろ。

 ネス町上位四人+自警団相手に、良くもまぁキズ一つ付かずに済んだものだな。

 何はともあれ、


 殺気放出Lv3を習得しました。


 脳内アラート共にそんなメッセージが表示されるのだった。

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